小説
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 ギシッ、ギシッ、と木造の階段が軋む音が響き渡る。しかし廊下は狭い割に何故か階段は広い。薄暗さは大体一緒だけど。一体どうなってるんだ? この建物。異様な造りに気味の悪さを覚えるが、文句ばかり言っていてもしょうがない。私は二階へと辿り着くと、すぐさま階段へと後戻りした。

「え? 待って???」

 確かに私は『二階に着いたら一階と同じように確認していこう』と思っていたよ? でもさでもさ。一階と二階とで構造が違うのは流石にヤバくない???

「え……えーーーーー……???」

 だって階段を上がってすぐ目に入ったのは、どういうわけか木造建築にあるまじきオープンテラスだったのだ。

 何ッでやねん!!! いや、そりゃあ外でお茶する文化があるのは知ってるよ? 茶道でもそういうお茶会あるよね。知ってる。でもさ、でもさ、そういうのじゃねえんだわ。あそこにあったのは完全に『ファンシー』な空間なのよさ。
 世界観が崩れてんだよ! どうなってんだこの建物! 何で椅子の上にキ〇ィちゃんの巨大ぬいぐるみが座ってんだよ! ツッコミきれねえわ!!!

「もうヤダ……何がどうなってんの?」

 オープンテラスとはいえ、そこまで広いわけではない。何せ机は一つしかないし、椅子は二つだけだ。テラスの床は優しい色合いのベージュのタイルが敷き詰められ、机と椅子は白で統一されている。一階の薄暗い廊下とは違ってかなり明るい雰囲気だ。更に日差しを避けるためだろう。大きめのガーデンパラソルが設置されており、程よく心地よさそうな陰を作っている。完全におくつろぎ空間だ。こんな状況じゃなかったら是非とも一休みしたいものだ。

 それにしても――

「何で二階は明るいんだ?」

 廊下は一階同様長く続いているが、左右に襖で仕切られた部屋はなく、ホテルのように壁が続いている中時折ポツンと洋風のドアが存在している。加えて二階は照明が天井だけでなくドアの上部脇にも取り付けられているため、一階よりもうんと明るい。
 何か、本当に滅茶苦茶だなぁ。世界観。

「まぁブツクサ言っても始まらんし。とりあえず進んでみるか」

 廊下はホテル同様カーペットが敷かれており、とことん洋風に徹している。しかし何の履物もなしに歩くのはなぁ。と思っていたが、ふと違和感を覚えて足元を見やる。
 するとどういう仕組みなのだろうか。先程は履いていなかった靴が私の足にピッタリと嵌っているではないか。
 はー、もう分からん。とことん分からんぞこの世界。だけど有難いのは事実だ。だからもう深く考えることはやめて歩き出す。
 しかしどの部屋もノックしてみるが返事はない。ドアノブに手を掛けて回してみるも、殆どの部屋に鍵が掛かっている。そういう意味では和室って本当セキュリティ甘いよな。すぐ開けるもん。だが現状そうなると困るのは私である。このまま何の収穫もなしに終わるのか。ややしょぼくれた気持ちになっていると、廊下の先から見慣れた姿が歩いてきた。

「あれは……長谷部?」

 長谷部は片手に持った書類を眺めつつ、私の数メートル先にある部屋の前に立ってドアをノックする。そしてドア越しに少し言葉を交わした後、部屋にいたのだろう。一人の女性がドアを開けた。

「あ……やっぱり……あの人も繭の中にいた人だ」

 白いブラウスと、淡いピンク色のスカート。見覚えのある服装を身に纏った女性は、遠目でも分る程嬉しそうな笑みを浮かべて長谷部を招き入れる。

「なーんか掴めてきたぞ。ここってようはアレか? 刀たちと審神者が結ばれた世界、ってことか?」

 三日月の相手はあの少女、でいいのだろうか? 幼女趣味があったとは知らなかった……。いや、でもあの瞳からは恋愛感情というよりは『慈愛』のような、とにかく『慈しむ』という感情の方が大きかった気がする。でも続いて見た燭台切と大倶利伽羅に関しては完全にソッチ方面だった。でも、それって本当に『刀たちにとっての理想郷』なのか? むしろ人間にとって都合のいい世界な気がする。あー、でも刀の方が想いのベクトルが強ければこれもある意味では『理想郷』なのかな。よく分からんけど。

「……むっちゃんに、そういうの聞いておけばよかったのかな……」

 どう返事をしたらいいのか分からなくて、とにかくその手の話題を避け続けた。悪いことをしている。そう思ったことは何度もある。だけどやっぱりどこか気恥ずかしくて、後ろめたくて。返事を先延ばしにするだけでなく、彼からその手の話を聞こうともしなかった。それを分かっていたのか、陸奥守も積極的にその手の話をすることはなかったけれど。……やっぱり、甘えすぎていたんだな。私は。

「この世界を通して、私は自分の問題にもちゃんと向き合わないといけないな」

 いつまでもこのままではいけない。それはずっと思っていた。それでも逃げ続けていた。その清算を、今こそするべきなのだろう。例えどんな結末になっても。
 だけどまずは目先の問題だ。これを解決せずに自分のことばかり考えてなんていられない。

「あのー、すみませーん」

 先程の女性と長谷部が入った部屋にノックをしてみる。だけどやっぱり返事はない。……聞こえてないんだろうなぁ。ただ今回は洋室だ。カギを掛けられていては流石に入れないだろう。半ば諦めつつもドアノブに手を掛ければ、本当にどうなっているんだか。私の手はドアノブを通り抜け、そのまま部屋の中へと体が入ってしまう。

「は? 何これ? どうなってんの?」

 思わず声が出るが、やはり彼女たちには聞こえていないようだった。審神者である女性は長谷部と楽し気に笑い合っている。

「流石長谷部! 仕事が早い!」
「ありがとうございます。さ、主。残りの書類も手早く片付けてしまいましょう」
「はーい。あ、でも長谷部も手伝ってね?」
「ええ。分かっておりますとも。主は俺がいないとダメですからね」

 やっぱりこの二人も恋人関係なのだろう。机に向かう彼女の傍に家庭教師よろしく付き従っている。そろそろと近寄って手元の書類を覗き見れば、私が普段行っている業務と何ら変わりがないことが分かった。

「これが終わったら絶対“お祭り”行こうね! 約束だよ?」
「ええ。はい。勿論です。とても楽しみにしていますよ。主」

 お祭り。この世界で行われるのか、それともこれは単なる“記憶”の再現なのか。時期的には“祭り”には程遠い季節だが、もし記憶の再現なら彼女の地域で行われる祭りを指している可能性もある。勿論この世界で行われる可能性も十分にあるが。とりあえず『祭り』に関しては一旦保留とする。情報が少なすぎるしね。
 今は次の審神者を探しに行こうと踵を返し、部屋を出る。勿論この時もドアを通り抜けた。本当どうなってるんだ私。マジで幽霊か何かなのかな?
 半ば悲しく思いながら次なる審神者を探しに行く。救出したのは五名。既に三名は見つけることが出来た。残るは百花さんとどえらい美人の二人だけだ。このファンシーな階にいるといいんだけどな。なんて考えつつ廊下をもくもくと進んでいく。勿論ドアに鍵が掛かっているかどうかは逐一確認しているが。
 それでも結局廊下の奥の方まで誰かが入っている部屋はなく、とうとう突き当りまで来てしまった。

「ふぅーむ。ってことは、この建物は地下含めて三階構造ってことか」

 ここにも突き当りに階段があった。しかし上へと続く階段はない。下へと向かうものだけだ。つまりこのみょうちくりんな建物は地下を含めて三階建てとなっているわけだ。もしこの階に二人がいなければ地下にいるということだろう。私は最後に残ったドアの前で一度深呼吸し、一応ノックを入れてみる。だけどやっぱり反応はない。

 ――と、思っていた。

「はい。どちらさまですか?」
「ヒエッ?!」

 まさかここに来て反応が返ってくるとは?!?! 予想だにしていなかった展開に盛大に狼狽える。ノックしたの自分なのにな!!
 当然引き返すわけにはいかず、慌てて挨拶をする。

「あ、ああのすみません! 私審神者の“水野”と申す者でして……!」

 とにかく不審がられないように簡潔で、且つ分かりやすい自己紹介を、と思っていたが、それは杞憂に終わった。

「みずのさま! ごぶじだったんですね!」
「へ?」

 ガチャリ、とドアを開けたのは、何といなくなっていたはずの今剣だった。

「い、今剣さん?! ここにいらっしゃったんですか?!」
「はい! きっとみずのさまといっしょにここにたどりついたのだとおもいます」
「そうだったんですか……。あ。そっか。今剣さんの本体、私が抱えてましたもんね。あれ? でも、じゃあ山姥切さんはどこに……?」

 よくよく考えてみれば今剣も山姥切も既に折れた身だ。だけど彼らは因果を歪めて現世に留まり、水無さんの凶行を止めようと共に奮闘した。だけど最終的には竜神様の腹の中で元の刀に戻り、そのまま流れ込んできた血の海に揉まれて……――ダメだ。その先が分からない。
 唸る私同様、今剣も詳細は分からないらしい。彼も気づいたらここにいた。と口にした。

「ですがみずのさま。このせかいはほんとうにふしぎなんです」
「ええ。そりゃあもう身をもって体験しておりますが……」
「ちがうんです。きっとみずのさまがたいけんなさったこともずいぶんとたいへんだったものでしょうが、そうではないのです」
「と、言いますと?」

 今剣は困ったように眉根を寄せると、私の手を引いて部屋の中へと招き入れた。

「ひゃくぶんはいっけんにしかず、です。どうかみていってください」
「は、はあ……お邪魔します」

 思ったよりも力強い手に引っ張られ部屋の奥へと入ると、そこは先程の審神者の部屋とも違う、なんとも可愛らしい少女チックな部屋が広がっていた。だがそれよりもまず、気になることがある。

「ん? んん?! んんん?!?!」

 連れられた先。私の目に入った光景は――

「はい! これ、今剣くんにあげるね」
「おてがみですか? ありがとうございます、あるじさま。だいじにしますね」
「んんんんん?????!」

 そこにいたのは確かに百花さんだった。だけど彼女の前に、何故か今剣がいる。いや、今剣がいること自体は可笑しくない。この世界における審神者と刀剣男士の関係性について考えれば彼女の相手は今剣で間違いないからだ。でも、今剣は私の横にもいる。

「――ね? おかしいでしょう?」

 確かにこれは可笑しい。
 だって彼女の、百花さんの今剣は私の隣に立っている彼のはずだ。なのに何で彼以外の今剣がここにいるんだ? 互いに顔を見合わせ、二人のやり取りを暫く眺める。

「あー! ダメダメ! まだ読んじゃダメ!」
「え。だめ、なんですか?」
「あ、えっと、わたしがいない時か、わたしが寝てる時にして……お願い」
「……わかりました。あるじさまの“おねがい”ですからね」
「ありがとう!」

 あんなに嬉しそうに笑う百花さんは初めて見る。思えばしょんぼりとした顔か、無理矢理作った笑顔しか見たことなかったからなぁ。ある意味では彼女も『幸せ』なひと時を過ごしている。でも……

「こんなの、絶対可笑しいよ」

 彼女の愛した“今剣”はここにいる。でも、じゃあ、あそこにいる今剣は誰? 別人には見えない。勿論同じ刀なんだから見た目も声も一緒なのは分かる。でも私には“感知能力”がある。だから今百花さんと楽し気に話している“今剣”も、私の隣に困り顔で立ち尽くしている“今剣”も、全く同じ個体だと分かる。だから余計に分からなくなるのだが。やっぱりこれは記憶の“再現”なのだろうか?

「ねぇ、今剣さん。今剣さんは、折れる前……百花さんとこうしたやり取りをした覚えがありますか?」
「どうでしょう……しょうじきぼくはおれるまえのきおくがところどころあいまいなんです……だからかくしんをもっていえるわけではないのですが……」

 今剣はそこで一度言葉を区切ると、一度ぎゅっと下唇を噛んでから強い眼差しでこちらを見上げてくる。そして断言した。

「ですが、いまのぼくにあるじさまと“こうした”きおくはありません。これはぼくとあるじさまがすごしたじかんとはべつものです!」

 今剣がハッキリ断言してくれたおかげでこれが“記憶の再現”でない可能性が強くなった。ということは、だ。この世界は水無さんや三日月が言っていた『理想郷』が見せる幻覚なのだろうか。

「今剣さん。私、あの時繭から審神者の皆さんを救出しました」
「はい」
「その方たちは、皆この建物の中にいると思われます」
「はい」
「それで、まだ最後の一人を確認していないのですが……」

 私はちらりと目下の存在を見下ろし、それから折り紙を始める百花さんともう一人の今剣を見やる。

「この世界から審神者の皆さんが出たいと思えるような出来事が起きないと、きっと……彼女たちもこの世界に“取り込まれてしまう”。そんな気がするんです」

 これは単なる勘にしか過ぎないけど、彼女たちには“共通点”がある。あまり当たって欲しくはない共通点なんだけどね。

「じつのところ、ぼくもそうおもっていました。あるじさまはきっとげんせにいらっしゃるときよりも、いまここでこうして、ぼくのまぼろしとすごすじかんのほうがだいじなのではないかと……」

 自意識過剰ですかね。と苦みの強い苦笑いを浮かべる今剣だが、私はゆっくりと首を横に振る。彼の考えはきっと間違っていない。誰だってこんな“夢みたい”な世界を望むはずだ。
 血生臭い争いとは無縁の世界。ただ好きな人と結ばれて、楽しい時間を過ごすだけの穏やかな時間。彼らに全力で“恋”をし、またその“想い”に刀が応えていたのだとしたら――。ここは間違いなく彼女たちにとって『理想郷』そのものだ。

 それを壊すべきなのか、いや。壊してもいいものなのか。
 確かにこの世界を壊してしまえばきっと彼女たちは救われるのだろう。“生命”という意味に於いては。でも、この世界はきっとそんな単純なものだけで出来ていない。

「きっと……彼女たちは皆一番大切な刀を失っているんだと思うんです」

 百花さんであれば“今剣”。学生服の彼女にとっては“燭台切”。タトゥーが入った女性にとっては“大倶利伽羅”。先程のブラウス姿の女性であれば“へし切長谷部”。きっと、皆そうだ。別に憶測で物を言っているわけじゃない。これは半ば確信にも近い思いだ。だって彼らは皆、

「ぼくもそうおもいます。かれらも、ぼくとおなじでしたから」

 以前彼らが残りの霊力を使って私の本丸から自分たちの世界へと繋げた時。私に『主を助けてくれ』と口にした刀たちと全く同じなのだ。あの時私に向かって伸ばされた手を、縋るような声を、忘れたわけじゃない。

「だけど今ここにいるのは今剣さんだけで、山姥切さんも、他の皆さんもいません。どうすればいいのか……正直途方に暮れています」

 分からないことが多いけれど、確信をもって言えることもある。それは今の私が何をどう言ったところで彼女たちをこの世界から切り離すことは不可能だという事だ。

「とりあえず、まだ探索していない地下へと行ってみます。今剣さんは何か可笑しなことが起きないよう、見ていてください」
「わかりました。いまはおたがいできることからはじめましょう」

 互いに頷き合い、今剣を残して部屋を出る。現状私たちは苦しい状況に置かれている。それでも味方が見つかったことに僅かに安堵している自分もいる。まだ先が読めない状況だけど、諦めるには早い。

「――行くか」

 最後の一人を探し求め、私は地下へと続く階段へと足を掛けた。



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