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「ってなわけで、呼ばれてないけどアイルビーバック!! 戻ってきたぜ! と言っても初対面なんですけどね。あ? でもそちらさんは私のこと知ってたんですっけ?」

 流石に水無さん相手に『あなたの初期刀が私に憑依しています』とは言えなかったが、ざっくりと『死に際から戻ってきたぜ!』という説明をすれば、彼女は実に憎々しそうに「忌々しい……!」と呟いた。

「何故私の邪魔をする! 何も知らない癖に!!」
「いや、それを言うなら私の方が『何でなの?』って感じなんですけど。顔も知らない相手に殺されにゃならんってどういうことですか。自分のこと棚に上げんでくださいよ」

 私からしてみれば至極当然のことを言ったまでなのだが、何故か水無さんはより一層憎しみを増加させたみたいだった。マジで何でなの?

「うるさいうるさいうるさい!! 忌々しい! 私の意に反するだけでなく、私の邪魔までするのか!!」
「どうしよう。会話が通じている気がしない」

 水無さんが一方的にヒートアップすればするほど却ってこちらは冷めてしまう。だってなー。どうしてこんなに彼女が怒っているか理解できないんだよね。

「そもそも水無さんは何をそんなに怒ってるんです?」

 理解できるかどうかは別として理由を聞くのは当然だろう。こちらは問答無用で巻き込まれたのだ。少しぐらい聞く権利はあるはずだ。だけど彼女は私の質問にピタリ、と独り言を止め、暗闇の中から一歩、また一歩とこちらに向かって近づいてくる。

「分からないのか? 本当に、貴様は自分を顧みることはしないのか?」
「え? そりゃあ反省する時はしますけど、あなたの考えていることはちっとも分かんないですよ。人様を巻き込みまくってるテロリストみたいな人だとしか」

 相手を刺激する発言をするのは良くないと分かってはいる。分かってはいるんだ。でも一言ぐらい言ったって罰は当たらんよね?! 私相当ひどい目に合わされてるわけだし?! 少しぐらい悪態ついたって許されるはず!! はいそこ! 『性格わっるー』とか言わない!

「フッ、フフフ……私を“テロリスト”扱いか……貴様も私を理解しない、理解できない低能というわけだな」
「いや、何の説明もなしに理解も何もないでしょ。せめて自分の考え、やろうとしていること、理想や現実可能な方法を提供したうえで理解を求めて下さいよ。現状じゃ説明不足もいいところなんですが」

 とはいえ、実のところ彼女がやろうとしていることは分かっている。ここに来るまでに山姥切が教えてくれたからだ。それでも彼女本人の口から聞いておきたかった。彼女が成そうとしていることを。彼女が追い求めていることを。きちんと、彼女の声で、言葉で、聞いておく必要があった。

「ならば教えてやろう。私が求めるもの、それは――」

 暗闇の中から、私が立つ僅かな明るみがある場所へと彼女が出てくる。だけどその姿がしっかりと視認できたことにより、私の意識は一瞬で“そちら”に向かった。

「私は刀たちの“理想郷”を「でえええ?! 般若ああああああ?!?!?!」

 そう! 何と! 彼女は! あろうことか! 般若の面をつけていたのであるッ!!!!! 何ッッッでやねんッッッ!!!!!

「般若?! 何で般若?!?! えッ、こッッッわッ」

 皆も想像してほしい。ドクドクと地面や壁が肉のように脈打つ禍々しい空間で、自分を死に貶めようとしている存在が現れた時。その顔に般若の面がついていたとしたら!
 すげぇホラーだわ。え。何で般若なん? どういうご趣味で???

「うッわ、怖っ。チョイス怖っ。え? 何でお面? そもそも何でお面? 何で御簾じゃダメだったん?」

 かく言う私もあまり人様のことは言えないのだが。あの本丸からそのまま着替えずに来たから全身血塗れだし。何も知らない人が見たらどっちが犯人か分かったものじゃない。むしろ共犯者と思われそうだ。どっちも顔を隠してるしな。ははっ。

「貴様ァ……聞いておきながら人の話を聞かないとは、私を侮辱しているのか!!」
「あ! すんまっせん!! あまりにも般若のお面がインパクト強すぎて!!! 出オチ感半端ねぇ、って思ったんですけど多分コレ伝わりきれてねえな! って思いました! はい!」
「何の話だ!!!」

 絵にするとだいぶホラーだと思うんだけど、どーにも私の伝え方が下手くそすぎてうまく伝わらないと思う。怖いんだよ? 怖いんだけどね? 皆も怖いって思う? 思って?

「真面目に聞きます! で? 何の話でしたっけ?」

 いや、おちょくる気はないんだ。ないんだけど、ごめん。マジで般若のお面がインパクト強すぎて一瞬脳内の情報持ってかれたんだわ。
 そんな私に水無さんはブルブルと震える拳を強く握りしめると、近くの壁(肉?)にガンッ! と強く打ちつけた。

「許さん……許さんぞ……殺してやる……貴様だけは絶対に私の手で殺してやる……」
「えぇ……何で……どうやったらそんな見知らぬ他人に殺意MAXになれんの……? ジェネレーションギャップ?」

 あまりにも滅茶苦茶な発言に軽く震えるが、ここは意を決して再度尋ねることにする。

「あー、その、せめて殺す前に教えてくれませんかね? 刀の“理想郷”って何です?」
「しっかり聞いているじゃないか!!」
「すんまっせん! わざとじゃないです! 今思い出したんです! 今! なう!!」

 私目線だと伝わり切れていないと思うけど、結構な緊張感漂ってるからねコレ!! だって目の前には殺意100%どころか20000%みたいな人がいるんだよ?! 山姥切が憑依していない状態だと恐怖でいっぱいいっぱいになってたよ絶対!

「フンッ。まぁいい。冥土の土産として聞くがいい」
「あ。どうも」

 ここで「よっ! 太っ腹!」とか合いの手入れてたらマジで殺されてたと思う。水無さんは拳を開き、何かを掴もうとするかのように指を曲げる。

「私は刀たちの“理想郷”を作り上げる。人に使役されず、唯神として存在する永久(とわ)の安寧――人の浅ましい欲望から解き放たれた、神の楽園を作り上げる。これが私の成そうとしていることだ」

 “神の理想郷”――。人に使役されず、また使い捨てにされることもない。ブラック本丸で傷つく刀たちを見続けた政府の人間が考えそうなことだな。と山姥切から聞いた時は思った。

「人はいつから“神”を使役出来るほど偉くなった? たかだが少しばかり他の動物たちより知恵があるだけの、野蛮な猿人類であることに変わりはないのに。世界の頂点に立ったつもりでいるのか? こんなにも浅ましく、欲深く醜い存在が? 美しく、誰よりも気高い孤高の存在である神に! 勝っているとでも言うのか!!」

 彼女の“怒り”は相当だ。わなわなと震えているのは決して指先だけではない。全身が、あるいは少し癖のある黒髪でさえ、怒りに逆立ち、天を突きそうであった。それほどまでに彼女は全身全霊で“怒り”を露わにしていた。

「百歩譲って“戦争”は良しとしよう。彼らは刀だ。戦いたいという気持ちがあっても頷ける。むしろ“神”とは武勇を好むもの。試練を与え、時には試練と共に戦いに身を投じるだろう。だからそれは良い。だが! 何故! 我々が“神”を使役出来る立場にいる? 彼らは“神”だ! 人間よりも遥かに偉く、尊い存在だ! なのに、それなのに……! 人間どもは皆彼らを良いように扱う! 時には“物”として、時には“欲望の捌け口”として!! 許されざる行為だというのに、何故誰もそれを咎めない!!」

 彼女は教室を練り歩く教師のようなゆっくりとした足取りで、持論を掲げながら私へと近づいてくる。

「何故多くの審神者の暴挙を政府は許す? 何故多くの審神者の欲望に晒され、傷つき汚れていく彼らを助けない! 貴様も! 他の奴らも!! 皆同じ醜い生き物だ!!」

 ガッ! と掴まれた両肩に彼女の爪先が食い込む。
 痛い。痛いけど、私はそれを振り払うことなく彼女の“怒り”を真正面から受け止める。

「他者に恋をするのは構わない。子孫を繁栄させるという行為は生物であれば必ず持つ習性だ。だがその相手が何故“神”なのか! 畏れ多くも我々の上に立つお方たちだぞ? 正気か? 畏れ多いとは思わないのか? 何故自らの浅ましさ、醜さを理解できない! 何故見て見ぬふりをする! 我々は醜い! 心も、体も!! 彼らのように美しく、気高さとは無縁の欲に塗れた薄汚い存在だ! 我々の歴史をお前も知っているだろう? 繁栄するために多くを踏み躙ってきた。裏切り、謀り、貶めてきた。心から醜い存在だ。欲望という名の脂肪に蝕まれ、贅肉という名の驕りが心身を鎧のように覆っている。あるいは寄生虫のように、あるいは赤血球のように、体中を巡っているというのに! 何故彼らの美しさを見習わない! 敬意を表さない! 自らも“そうであろう”と努力しない! 何故、彼らと自らを同じように、いや、むしろ彼らより偉いと信じることが出来るのか!!」

 般若の面の奥で、彼女はどんな顔をしているのか。どんな目をしているのか。直接見ることは出来ないが、それでも彼女が相当強い“思い”で今回の凶行に走ったのかは理解出来た。

「貴様も同じだ。“神”を侮辱する汚らしい人間。“女”というだけで、いや。“女”であるからこそ男神をかどわかし、堕落させる。貴様という存在が神にとって“悪”だ。悪は滅ぼされて然るべきだ。理想郷を作り上げるのに最も不要な存在だ。女も、男も、人であれば全て関係なく駆逐し、根絶やしにする」

 だが現実でそんなことが出来ようはずもない。それは流石に分かっているのだろう。だから彼女はこう続ける。

 自らの手で「“刀の理想郷”を作るのだ」と――。



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