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ホワイトデー





「さ、主。これは僕からのお返しだよ」
「わーお! 豪華!!」

 そして迎えた夕餉の時刻。燭台切が腕によりをかけたと運んできた食事は、想像以上に豪華だった。

「筍ご飯に豆腐と水菜のお吸い物、メバルの煮つけにタコの酢の物、牛肉のアスパラ焼き。旬の食材をふんだんに使いました!」
「燭台切さん全力投球すぎる! ありがとう!!」

 どうやら燭台切は今日一日かけて用意してくれたらしい。本気度が凄い。あんなおにぎりの返礼にしては豪華すぎて目玉飛び出るわ。

「ほら、だってね? これが主の血となり肉となるんだから、妥協は出来ないよね」
「うーん。字面だけ見ればだいぶホラーだけど、笑顔が可愛いからオールオッケー」

 何はともあれ『頂きます』だ。海鮮がメインだけど、筍ご飯や牛肉のアスパラ巻きも美味しそうだ。まずはお吸い物から。と口に含めば、あっさりとした塩の風味が口から鼻腔に掛けて抜けていく。うわ〜。美味しい。

「あー……何か沁みるわ……」
「美味しい?」
「うん。すっごい美味しい」

 何かこう……五臓六腑に染み渡る、っていうの? そういう感じ。他にもタコの酢の物は身がギュッと締まってて美味しかったし、メバルは身がふっくらとしてふわふわしているのに味がしっかり染みててこれも美味しかったし、牛肉のアスパラ巻きも文句なしに美味しかったし、筍ご飯も香りも味も申し分なく美味しかった。うん。もう美味しいしか言えねえんだわ。

「語彙力なくすわ。こんな美味しさ」
「フフッ。そう言ってもらえると僕も嬉しいな」

 益々あんなしょぼいおにぎりでごめんな。という気持ちに駆られるが、もう終わったことを嘆いてもしょうがない。今はこのお返しをありがたく受け取るだけだ。
 そんな幸せいっぱい、腹いっぱいな贅沢な夕餉を終え、さて部屋に戻るか。と思っていたところで和泉守から呼び止められる。

「ちょい待ち。主、遅くなったがバレンタインの礼だ。まだ夜は冷えるからな。あったかくしろよ?」

 そう言ってふわり、と肩から背中にかけて羽織らされたのは大判のスカーフだ。ワインレッドのそれは和泉守の着物の色によく似ている。生地は柔らかく、カシミヤに近い感じがする。無地だからどんな服装にも合わせやすいだろう。それに今日は鶴丸から貰った白い髪留めもつけているし、お互いの存在がいい相乗効果をもたらしてくれそうだ。

「うわ〜、ありがとう! あったかいよ」
「これなら夏場以外どこでも使えるだろ? 襟巻にも羽織にもなるし。長く使ってくれよな」
「了解! 大事にします!」

 流石モテ男、土方歳三の刀なだけある。女性に嬉しいプレゼントに頬を緩めていると、加州も「はいはーい!」と手を挙げる。

「そんな主には、コーレ。加州コレクション、贈呈で〜す」
「えー? 何々〜?」

 加州が手にするのは、三段になっている小物ケースだ。大きさはそこまでではないが、一番下である三段目が一番大きく、一段目と二段目はそこまで高さはない。加州はニコニコとしながらその一段上の引き出しを開ける。

「ここに〜、ジャジャーン! スカーフとか、マフラーを留めるピンが入ってま〜す」
「わ! ありがとう! 可愛い!」

 ベロア調の中敷の上には、宝石のようにカットされたデザインのストーンがついたピンと、クリスタルパールがついたピン、バラがモチーフのピンの三種類が入っていた。それぞれ色は赤、白、黄色と明るい色が揃っている。

「これ、スカーフとか留める以外にもブローチとかでも使えるから、汎用性高いよ?」
「嬉しいんだけどさ、加州マジで幾ら使ったの? 凄すぎない?」

 例え一つ一つが安くとも、これだけ揃えれば結構な額になるはずだ。嬉しいけれどどこか恐ろしくもある。加州の本気具合に驚くが、加州は「まだあるよ〜」と尚も恐ろしいことを言ってくる。

「二段目にはね〜、誰かさんと被っちゃうけど髪留め。主あんまり髪型にこだわりないみたいだから。髪留め幾つか持ってると便利だよ?」
「お気遣いありがとうございます……」
「いいえ〜! それで三段目なんだけど、ここには俺とおそろいのマニキュア入れてるから! あ。勿論新品ね。今度コレ塗って一緒に出掛けようね!」

 うーん! 女子力の塊〜〜〜!!! もう何か審神者照れちゃうよ。
 改めて礼を言いつつ二人からプレゼントを受け取る。本当これ何倍返しされてんだろうね? 来年はちゃんと用意しよう……。

 部屋に戻り、早速乱がくれた入浴剤を使って風呂に入る。バスボムだったそれは湯船の中でブクブクと弾け、いい歳した大人であるにも関わらずテンションが上がってしまった。誰にも見られなくてよかった。
 その後自室に戻るも、すぐに眠気が来なかったので縁側に座ってぼーっと涼んでいた。それでも湯冷めすると後で皆に叱られるので、和泉守から貰ったストールを羽織る。
 今日は満月だ。周囲の星は月の明かりに負けて見えないが、きっと今日も綺麗に瞬いているんだろう。そんなことを考えている時だった。本日出陣部隊だった陸奥守が近づいてくる。

「やーっぱり起きちょったか」
「あはは。まだ寝るにはちょっと早いしね」

 陸奥守はいつものように笑みを浮かべ、「隣えいか?」と尋ねてくる。特別断る理由もなかったので「どうぞ」と促せば、陸奥守は少しだけスペースを空けて座った。

「今日はええ月が出ちゅう」
「そうだね」

 さわさわと木の葉を揺らす風はまだ冷たい。あと少ししたら部屋に戻ろう。肩からずれそうになったストールを持ち直せば、陸奥守から「ん」と細長い何かを渡される。

「あー……その、うまい文句が見つからざった。すまん」
「あ。バレンタインのお返し? ありがとう」

 こういう事には奥手なのか、それとも慣れていないだけなのか。こちらには視線を向けずポリポリと頬を掻く陸奥守からプレゼントを受け取る。
長谷部みたいに文房具を贈ってくれたのかな。それとも鶴丸や加州みたいに髪留めかな。でもそれにしてはちょっと重量があるというか、箱の造りがしっかりしている気がする。
首を傾けつつも「開けていい?」と聞けば、陸奥守は頷いた。

「何が出るかな〜何が出るかな〜フフフンフンフフフフン、って……」

 紺地の包装紙の中から出てきたのは、見た目からして高価なものが入っていそうだと分かる細長い箱だった。というか、多分中身はアレだろう。

「うわぁ〜……」

 恐る恐る箱を開ければ、想像通りネックレスが入っていた。雪の結晶のような、美しく輝く小さな花の形をしたネックレス。ダイヤのような輝きは目に痛いほどに眩しい。これは決して安価なものではない。月明かりの下でキラキラと輝くネックレスは、陸奥守が如何に真剣に悩んで選んでくれたかが分かるようだった。

「……あー……何がえいか分からざったき、気に入らんかもしれんが……」

 気に入らないとか、そういう問題じゃない。私に、これを受け取る資格があるのか。陸奥守には申し訳ないけど、真っ先の過ぎったのはそのことだった。

「……ありがとう。でも、ごめん。こんな高価なもの、受け取れないよ……」

 皆それぞれ、思い思いのプレゼントをくれた。手作りでも、市販品でも。皆が私を気遣い、私のことを考えて選んでくれたものだ。正直あんな適当なバレンタインのお返しにこれは『貰いすぎ』だ。幾ら何でもあまりにも『お返し』としては大きすぎる。
 思わず俯けば、陸奥守は無言でネックレスを手に取り、そのまま立ち上がる。

「ごめんね、むっちゃん」

 心の底から申し訳ないと思う。だけど陸奥守は「構わん」と言ったかと思うと、そのまま「ほれ」と私の首にそれを回した。

「え?! 私の話聞いてた?!」
「あ。動いたら付けられんやろうが」
「嘘でしょむっちゃん!!」

 ここに来て人の話を聞いてないとか! ショックを受けている間にも陸奥守は器用にソレを留めた。

「で? 何の話やったか?」
「誤魔化すなーっ!」

 バシバシと陸奥守の腕を叩く。が、痛くもかゆくもないのだろう。陸奥守はいつも通りケラケラと笑っている。

「やっぱりわしの目に狂いはなかったぜよ。よう似合っちゅう」
「うぅ〜」

 流石につけて貰ったものをここで無作法に取り外すのも気が引ける。葛藤する私に陸奥守は再度笑った後、私の頬を両手で挟んできた。

「そがに気になるなら、今度わしと“でぇと”してくれんか」
「え」

 陸奥守の口から零れた言葉に硬直する。……今何て?

「おんしは“ばれんたいん”のことを気にしちゅうみたいだけんど、わしからしてみれば関係ないぜよ。大事なのはわしの気持ちじゃ。おまさんに“何かを返したい”。それだけじゃ」

 陸奥守はそのままムニムニと人の頬を両手で弄ぶと、柔らかく目元を綻ばせる。

「惚れた弱味じゃ。堪忍しとうせ」

 〜〜〜〜〜ッッッ!!!! 流石に! これに言い返せる言葉を私はもっていない。
 顔に熱が昇ったのを両手の平から感じたのだろう。陸奥守はまたもや「わはは」と笑うと、手を離して立ち上がる。

「それじゃあもう遅いき、戻るぜよ。おやすみ」
「お、おぅ、お、おやすみ……」

 してやられた。陸奥守が一番の伊達男だ。
 まるで腰が抜けたみたいに、よろよろと這いつくばって私室へと戻る。明かりを灯した部屋の中、鏡に映る自分の首元には今まで持っていなかった、高価なネックレスがキラリと光っている。

「ああああああああ〜〜〜〜〜!!!」

 あまりの恥ずかしさに枕に突っ伏すが、抱いた羞恥心が消えるわけではない。そのままゴロゴロと転がれば、その度に熱くなった皮膚に冷たい金属が触れて先程のやり取りを思い出す。

「むっちゃんのアホーーーーーッ!!!!!」

 これじゃあ寝れないじゃないか!!! と盛大に内心だけで突っ込みつつ、私は再び枕に突っ伏した。


end


 勿論後日陸奥守と、そ、の、あの、アレ。デート、しました。はい。と言ってもアレだけど。陸奥守が前から行ってみたかった、っていう博物館に一緒に行っただけですけど。
帰りはちゃんと本丸に帰ってきましたけど。はい。もうこの話終わり! 解散!!

 因みに貰ったネックレスを着ければ陸奥守には喜ばれ、周りからは盛大に突っ込まれました。

 終わり。

燭「待って! まだ終わらないで! 主、それ誰から貰ったの?! ねえ!」
加「ねえガチじゃん! それガチじゃん!!」
長「陸奥守か?! 陸奥守なのか?!?!」
三「ふむ……輪っかのようなものは“相手を縛り付ける意味があって嫌煙される”と聞いていたのだがな……」
鶯「してやられたな」
鶴「マジか〜。アレありなのか〜」
宗「あーもう! 敵が多い! 敵が多いんですよこの本丸ッ!!」
同「何だよ。あの装飾品に騒ぐほどの意味があんのかよ」
宗「同田貫は黙ってなさい!」
乱「……陸奥守さん、本丸で戦争を起こす気なのかな……」
薬「いや、流石にそれはねえだろ……」
鯰「でも大胆ですよね〜。流石初期刀!」
倶「大人げない、とも言えるがな」
山「大倶利伽羅が突っ込むほどの衝撃……」
掘「兄弟も同じくらいショック受けてる癖に。僕が白い布取っても気づかないじゃない」
山「あ!」
堀「歌仙さんパース! 今日こそ洗濯するよー!」
歌「主と陸奥守には色々言いたいことがあるけどね! まずは洗濯だ!!」
山「俺の布ーーーッ!!!」
和「やっぱり俺、薩長の奴とは仲良くなれねえわ」
江「争いはいけませんよ……」
小「モテる、っていうのも大変なんだね……」

陸「まっはっはっはっ!」

水「笑い事じゃなーーーーーーいっ!!!!」


今度こそ終わり。


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