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ホワイトデー



 朝からバタバタしたが、朝食は無事に終えることが出来た。その時燭台切から「夜はご馳走だよ」と満面の笑みで伝えられたので一日の楽しみが増えた。ただその際
「やっぱり伊達男らしいプレゼントにしたかったんだけど、ほら。主たちは体が資本でしょ? だから僕が作った料理が主の血となり肉となるのも悪くないな、と思って」
と若干恐ろしいことを言われたのは気になった。が、あれが燭台切なりのお返しの仕方なのだろう。それに料理を心から楽しみにしているのは本当だ。深い意味はないと思って受け流すことにする。
 というわけで今日も真面目に執務に取り掛かろうとしたのだが……

「……長谷部、五虎ちゃん、用があるなら入ってきていいよ」
「はっ! す、すみません、主……」
「お、おじゃまかと思って……」

 開け放った襖の前でちらちらとこちらを覗き見る五虎退と、庭の掃除をしつつこちらを『さりげなく』を装って伺ってくる長谷部に気が散ってしょうがなかった。意外とこの二人はこういうところがある。五虎退はともかく、長谷部なんかは「失礼します!」って感じで入ってきそうなものなんだけど。やっぱりファーストインパクトを未だに引きずっているのかもしれない。こういう時には奥手だった。

「あ、あの、あるじさまにお返しを、と思って……」
「俺も五虎退と同じ理由で……」
「わー、嬉しいなぁ。二人は何を選んでくれたの?」

 何だか親になったような気分で二人を見返すと、殆ど同時に四角い包みをそれぞれから差し出される。

「こ、これ、ぼくからのお返し、です!」
「その、面白みのない品物で申し訳ないのですが……」
「開けていい?」

 長谷部のは長方形、五虎退のは正方形の包みだ。まずは五虎退から貰ったプレゼントの包装紙を開けば、私が愛用しているハンドクリームが入っていた。

「わ! 嬉しい!」
「よ、よかった……あるじさま、前に僕に『いい香りだから好き』って教えてくれたので……えへへ。あるじさまが喜んでくれると、僕もうれしい、です」
「ありがと〜! 大事にするね!」

 これはありがたい! やっぱり年々手荒れが増えるのは勿論のこと、乾燥で書類が捲れなかったり静電気が起きたりと結構大変なのだ。だけど折角使うなら香りが好きなのを使いたい。そりゃあ大容量でコスパもいい薬用ハンドクリームもいいけど、やっぱり、ねえ? 仕事中好きな香りがするとちょっと心が安らぐものじゃない? だから五虎退の気遣いはとても嬉しかった。

「主はどのような香りがお好きなのです?」
「そうだねぇ〜。柑橘系とか結構好きだよ。グレープフルーツとか特に。あとはバラの香りかなぁ〜。贅沢な気持ちになれるっていうか、結構落ち着くんだよ」
「成程。そうでしたか」

 長谷部の質問に答えつつ、長谷部から貰ったプレゼントを開く。中に入っていたのは一本のボールペンだった。紫色のボディに、金色のラインが入った細身のペンだ。どうみても千円そこらで手に入るような見た目ではない。一瞬「マジか」という感想を抱くが、期待と緊張に満ち満ちた長谷部の視線を裏切るわけにはいかない。試しにペンをメモ用紙に走らせてみると、意外なことにものすごく書きやすかった。

「え! なにこれ書きやすっ!!」
「気に入っていただけましたか?」
「いや、ちょ、これマジ凄いわ! えーっ! 何これ! 書くのが楽しくなる〜!」

 愛用しているサ〇サボールペンより更に滑らかな書き心地ってどういうことだ〜?!?! あまりの滑らかさに驚くと同時にちょっとうっとりとしてしまう。こ、これは何か、ヤバいぞ。使うのがもったいないぐらいだ。

「ありがとう、長谷部。大事にする」
「はい。こちらこそありがとうございます。ですが、その……使って頂けた方が俺は嬉しいです」

 あ、そうよね。そうだったね。君はね、そういう刀でしたね。どこか照れくさそうな長谷部に「今日から使うね」と返せば、それはそれは嬉しそうに瞳を輝かせてくれた。
 うん。長谷部。お前は可愛い良い子だよ。

 その後も乱が入浴剤のセットを、薬研がポーチを、歌仙が花を活けるための花瓶を、鳴狐と秋田と鯰尾が手作りの狐のお面と押し花で作った栞、駄菓子のセットをプレゼントしてくれた。
 正直こんなに真面目にお返しをくれる彼らに本当におにぎりだけでよかったのか。と思わなくはないのだが、時すでに遅し。という奴だ。痛む良心に唸っていると、背後から「おい」と声を掛けられる。

「今日は、あれだろ? 何とかでー、って奴なんだろ?」
「たぬさん覚える気ないな?」
「何でもいいだろ。とりあえず、ほら。やるよ」

 同田貫から渡されたのは六角形の缶詰だった。描かれたイラストはメリーゴーランドで、それに因んだ立体構造になっている。

「開けていい?」
「別に大したもんじゃねえぞ?」
「うん。それでもいいよ」

 了承を得てからテープをはがし、蓋を開ければ色とりどりの飴玉が入っていた。

「わー! 飴だ! 嬉しい。ちょっと口寂しい時とか、小腹が空いた時には飴舐めたくなるんだよねぇ〜」
「そうかい。そりゃよかった」

 同田貫自身深く考えずに買ったのだろう。ケロっとした態度で頷くと、そのまま「そんじゃあ渡したから戻るぜ」と言って出て行った。私もこれと言って止める理由はなかったので、「ありがとね〜」と手を振って送り出す。すると入れ替わるようにして廊下から左文字の三人が歩いてきているのが見えた。

「今のは同田貫ですか。彼もちゃんとお返し用意していたんですねぇ」
「まぁね。あれでたぬさん結構義理堅いから」
「フフッ。そうですね」
「主。僕たちからもお返し」
「わーい! ありがとう!」

 宗三は同田貫の背を見送っていたが、江雪と小夜は早々と私の前に座し、持ってきたプレゼントを渡してくれる。

「これ、僕たち三人から。その……あんまり上手にできなかったけど、猫の小銭入れ……」
「え!? 手作り?!」
「う、うん……兄さまと一緒に作ってみたんだ……主、猫、好きだったでしょ……?」
「うわー! 嬉しいよ! ありがとう!」

 犬も猫も鳥もハムスターも、というか動物全般大好きだ。その中でも確かに猫が一番好きかもしれない。改めて小夜が『兄弟で手作りしてくれた』という小銭入れを受け取れば、水色の生地に黄色や桃色と言った可愛らしい色合いで継ぎはぎした猫が縫い付けられていた。

「可愛い〜! これ、それぞれのイメージカラーが入ってるね」

 水色は江雪、桃色は宗三。端っこにキーホルダーのように取り付けられているミサンガのようなアクセサリーは、小夜の赤い髪留めとよく似ている。うん。これを持っていると常に三人と一緒にいられる気持ちになる。そういう思惑があってのチョイスだと思っていたけど、小夜はポカンとし、宗三はムスリと唇を尖らせ、江雪だけがクスクスと笑っていた。

「はい。主なら気づいてくださると思っていました」
「別に僕の提案じゃないですよ。兄さまがそうしろ、って言うから僕は……」
「江雪兄さまと宗三兄さまのは分かりやすいと思ったけど、僕のも気づいてくれたんだ……」
「えー? 気づくよ。当たり前でしょ? だってずっと一緒にいるんだよ〜?」

 どうやらこのアクセサリーは小夜が作ってくれたらしい。きっと一所懸命作ってくれたのだろう。改めて「ありがとう」と伝えると、ここで宗三が「ちょっと」と声を上げる。

「それ、誰から貰ったんです?」
「え? 何が?」

 訝し気な視線を送ってくる宗三が指さしたのは、先程同田貫がくれた飴が入った缶詰だ。あ。もしかして欲しいのかな?

「これ同田貫がくれたんだよ〜。宗三もいる?」
「は……あの男飴を贈ったんです?!?!」

 え。何でそんなに過剰に反応してんの?
 勢いよく立ち上がった宗三を皆で見上げれば、宗三はわなわなと握った拳を震わせ、小さく「あの男……!」と呟いている。え。マジでどしたん?

「あなた! そのプレゼントの意味、ちゃんと分かってます?!」
「え?! い、意味?!」

 あ。そういえば昔『ホワイトデーに贈るプレゼントには意味があるんやで〜』って聞いたことがある。今まで自分に関わる行事じゃなかったからスルーしてたけど、今日がその日やんけ!!

「あれ? ってことは、たぬさん知ってて選んだのかな? ていうか、飴玉の意味って――何?」

 意味を知っているのだろう宗三を見上げて聞いてみれば、何故か脱力された。

「……いいです。あなたは一生知らなくて」
「え! 何で!」
「何でもです!! ネットで調べたりしないように! いいですね?」
「お、おう……そこまで言うなら……」

 気にならないと言えば嘘になるが、こんなにすごい迫力で言われたらちょっと調べるのが怖くなってくる。何だろう。もしかして悪い意味とかなのかな。まぁ、別にいっか。どーせこういうのは何癖付けたような理由なのだ。贈る気持ちが大事なんだし、きっと同田貫だって「アイツ食うの好きだから菓子でいいだろ」って感じで買ったんだろうし。気にせんどこ。

「おや、随分と賑やかだな」
「おお。もしや出遅れたか?」
「あ。鶯丸さん。三日月さん。いらっしゃーい」
「一応、俺もいる……」
「ちょ、大典太さん! もっと堂々と入ってきていいですから! そんな縮こまらないで?!」

 続いてやってきたのは鶯丸と三日月、そして大典太だ。どうやら太刀組は揃ってお返しを持ってきてくれたらしい。最近出陣で一緒だからな。仲良くなったのかも。

「そなたたちも主に返礼をしに参ったのか?」
「ええ。そういうあなたたちも同じでしょう?」
「ああ。だがいつも茶菓子では芸がないと思ってな。今日は別のものを用意してきたぞ」

 やたらと自信満々な様子の鶯丸が差し出してきたのは、丸い筒状をした品物だった。和紙で包装されており、見た目に比べて随分と軽い。鶯丸を見ればニコニコと微笑んでいるので、そのまま開けてみるとペン立てだった。

「どうだ! 茶筒のようで愛らしいだろう」
「あはは。流石に茶筒に愛らしさは感じませんけど、これは嬉しいですね。ペン以外にもいろいろ立てられるタイプみたいですし、重宝しそうです」

 確かにぱっと見茶筒に見えなくもない。鶯丸が胸を張るのも分かるなぁ〜。と思いつつ、早速机の上に置いて一本ペンを立ててみる。うん。安定感もあるし、高さや大きさも邪魔にならないベストサイズだ。それに最近文房具を無駄に買っちゃって引き出しを圧迫していたから、地味にありがたい。

「ありがとうございます、鶯丸さん」
「うむ。主が気に入ってくれたようで何よりだ」
「はっはっはっ。よかったな、鶯丸よ。では、俺からも」

 そう言って懐から小さな袋を取り出したのは三日月だ。縦長の包みは中央から下部に向けて膨らんでおり、何となくキーホルダーかな、と思う。
 受け取ると同時に三日月から「開けてみるがよい」と言われたので、遠慮なく開けさせてもらう。
 案の定中に入っていたのはストラップではあったが、その先には小さな金色の鈴がついていた。

「鈴、というものは古来より魔除けとして重宝されていてな。何かと巻き込まれるそなたに良い贈り物だと思ったんだが……」

 指先ほどしかない小さな鈴ではあるが、試しに鳴らしてみれば以外にも涼やかで綺麗な音がする。もっとカラコロとした玉を転がすような音かと思ったのだが、素材が違うのだろうか。

「いえ。とても素敵な音色だと思います」

 チリーン、と風鈴にも似た、高く澄んだ音が辺りに響く。それは青空に透けていきそうなほど美しく、何だか胸がすくような気持になった。

「そうかそうか。ならばよかった。俺からも願いを込めたでな。そなたを魔のものから守ってくれるであろう」
「はい。ありがとうございます」

 問題ないようだったら小夜たちから貰った小銭入れにつけてもいいかもしれない。ご利益ありそうだしね。
 鈴に指紋がつかないようそっと机の上に置くと、大典太がどこかしょんぼりした様子で小さなお守りを手渡してくる。

「その、三日月と被るようで申し訳ないが、俺からもお守りを……」
「え! 嬉しいですよ! ありがとうございます!」

 両手で受け取ったお守りは、通常神社やお寺で見るものとはどこか違う。名前が刺繍されていないのだ。普通は縫われているのにな、とまじまじと見つめていると、

「……その、初めて作ったから不出来なんだ……あまり見ないでくれ……」
「ええ?! 手作り?! これ手作りですか?!」

 まさかのお手製お守りでした!!! ご利益過ごそう!!!
 改めて見てみるが、特別不格好なわけではない。確かに隅っこの方は何か、こう……もだっ、と手間取ったんだろうな。的な痕が見え隠れしないではないが、売り物として通用しそうな水準ではあった。

「俺も三日月と同じでな。あんたの身の安全を願って作った。……その、随分と重たい返礼だとは思うのだが……これ以外に何も思い浮かばなくてな……」
「いえいえ! 嬉しいですよ。三日月さんのと合わせて持っておけば、何が来ても平気な気がしますから」
「だといいのだがな……」

 しかしこれだけ凄いものを貰うとますますあんなバレンタインでよかったのか。という罪悪感が増してくる。だってこんなに全力投球で皆がお返ししてくれるなんて思ってもみなかったんだよ……。君たち主大好きか……嬉しいけどさぁ……。

 その後は私の仕事を邪魔しては悪いから、と六人は出て行った。

 それからは特にこれと言った来訪もなく、黙々と仕事をこなしていく。大きな問題や事件もなくもうすぐお昼になろうか、という時に、大倶利伽羅はやってきた。

「おい」
「はい?!」
「やる」

 庭先から声を掛けてきた大倶利伽羅の手には、小さな白い籠が握られている。何かと思い受け取れば、白や黄色、オレンジがメインに活けられた、可愛らしい花の寄せ植えだった。

「可愛い! ありがとう!」
「別に。じゃあな」

 相変わらずクールに去って行こうとする大倶利伽羅だが、もう一度その背中に向かって「大事にするねー!」と返せば背中越しに軽く手を振ってくれた。気障な奴め。

「でも何の花だろう。多分これスイートピーだよね? こっちはバラでしょ。んー……あとは図鑑持ってこなきゃ分かんないな……」

 何はともあれ随分と豪華なプレゼントだ。甘くていい香りのする花束を持って部屋に戻れば、お昼時だと呼びに来てくれたのだろう。堀川がちょうどこちらに向かってくるのが見える。

「あ。主さーん! お昼ですよー!」
「ありがとー。すぐ行くねー」

 手を振る堀川が花束に気付いたらしい。「あ」という顔をする。

「それ、大倶利伽羅さんからですか?」
「うん。よく分かったね」
「そりゃあ分かりますよ。主さんに花を贈るのはもっぱら大倶利伽羅さんですから」

 ああ、確かに。言われてみればそうだ。あ。だから歌仙も花を活けるための花瓶をくれたのかな。『君も花瓶の一つや二つ、あった方が困らないだろう』って言ってたし。

「あとで歌仙さんにお願いして一緒に活けてもらおうかな」
「いいんじゃないですか? 歌仙さん喜びますよ」
「ん? 大倶利伽羅じゃなくて?」
「フフッ、主さんってば本当に鈍いんですから。あ、そうだ。僕からのお返しはおやつ時にお渡ししますね」

 何故『鈍い』と言われたのかは分からないけど、とりあえず一旦花を置いてから大広間へと移る。丁度食事当番が歌仙だったので先の件を伝えれば、何故か桜を舞わせながら了承してくれた。そんなに嬉しかったのかな。生け花が出来ると思って。

「まぁでも、大倶利伽羅がちょっと不憫ではあるけどね」
「え? 何でです?」

 お昼休憩の後、そのまま歌仙と一緒に生け花に興じる。とはいえ私は素人中のド素人だ。美的センスも大してないので大作なんてものは出来ないが、貰った花を長持ちさせたいという気持ちはある。大倶利伽羅も何の手入れもせずさっさと枯らしてしまうより、こうして活けて長持ちさせた方が嬉しいんじゃないかと思ったんだけど。歌仙は苦く笑って「君は相変わらずだねぇ」と呟く。

「敵に塩を送るのもアレだけど、まぁ今回は特例だ。確かに枯らしてしまうより、君がこうして自分の手で、贈られた花を活けることはいいことだ」
「ふむふむ」
「だけどね、大倶利伽羅じゃない、他の男の手を借りて、っていうのがね。彼が不憫だなぁ。と思うわけだよ」
「ふーん……何で?」

 だって花の活け方も知らない私がド素人感覚で花をダメにするより、しっかりと知識がある歌仙に習いながらやった方が絶対いいと思うんだけど。だけど歌仙はズルリ、と芸人のように肩を落とし、額に手を当てる。

「う、うーん……君の鈍さは中々手ごわいな……」
「えー? でもほら、歌仙さんの手は借りても自分でも一応活けているわけじゃないですか。それでもダメなんです?」

 大倶利伽羅ってそんなに心の狭い男じゃないと思うんだけど。内心で大倶利伽羅を思い出しつつ一番大きなバラを中心に立てれば、それなりに綺麗な出来栄えとなった。

「やったー! どうです?! ド素人の割に頑張った方じゃないですか?!」
「ああ……うん。そうだね」

 何故か歌仙は乾いた笑みを浮かべていたが、生け花自体は「悪くない」と褒めてくれた。おかげで普段書類と文房具に溢れている執務室が一気に華やかになった。たまには花を活けるのも悪くない。うん。改めて大倶利伽羅ありがとう。

 そんな華やかな執務室で再び黙々と書類捌きに励んでいると、いつの間にやらおやつ時になっていたらしい。堀川が「主さん」と声を掛けてくる。

「はい。僕と兄弟からのお返しだよ」
「その、こんなものですまない……何を返せばいいか分からなくて……兄弟に相談をしたらこうなった……」

 どこか照れた様子の山姥切だが、堀川は鼻歌でも歌っていそうなほど上機嫌にお盆を差し出してくる。

「僕と兄弟の合作だよ。主さんと春をイメージして作ってみたんだ」
「ありきたりではあるが、春と言えば桜だからな。……あまり、綺麗ではないが」

 花形の器の上には、小さな練り切りが二つ並んでいる。一つは桜の花弁を模したお菓子で、もう一つは丸型のお菓子だ。うん。どう見てもこっちが私モチーフだな。

「主さんの名前が“水野”だから水色を基調として、中は滑らかな舌触りのこし餡を詰めてみたよ。上に乗っているのは桜の塩漬け。主さんの厳しさと優しさを体現してみました」
「あ。見た目モチーフだけじゃなかったんだ」
「流石にそこまで安直ではないぞ?」

 真上から眺めていたら分からなかったが、目線の高さまで持ち上げてみるとどうやら短冊状に長く伸ばした皮で餡を包んでいるらしかった。中身が見えているのは私が包み隠さず何でも言うからかな? まぁ、素直でいい。ってことだろう。
 一緒に備えられていた和菓子切りで半分に切り、口に含む。

「あ。美味しい。結構甘さ控えめだね」
「うん。あんまり砂糖入れすぎちゃうと餡の良さが台無しになっちゃうから」
「それに桜の塩漬けがいいアクセントになってるね。私これ好きだなぁ〜」
「よかった! 作った甲斐があったね、兄弟」
「あ、ああ」

 ん? てっきりこっちを堀川が作ったのかと思っていたが、実際は違うらしい。

「桜の形をした方が僕のだよ。それは兄弟が作ったんだ。でも『自分の口で説明するのは恥ずかしい』って言うから僕が、」
「待て! それ以上言うな!」

 白い布で隠れていても赤くなっているであろうことが分かる声音で堀川にストップをかける。そんな山姥切に改めて「美味しいよ。ありがとう」と言えば、彼は固まってしまった。

「僕が作った方も自信があるよ」
「うん。いただきまーす」

 堀川が作った方は全体的にもっちりとしている。それでもくどいわけではなく、ほのかな甘み、まろみがあって優しい味わいとなっている。うん。こっちも美味しい!

「堀川も山姥切も、料理上手だねぇ〜。お菓子職人になれるよ」
「フフッ。じゃあ主さん専用のお菓子職人だね」
「うわー、何それ贅沢〜」

 ケラケラと堀川と笑い合っていると、山姥切も立ち直ったのだろう。軽い咳ばらいをした後席を立つ。

「そ、それじゃあ俺はこれで」
「ええ? 兄弟もう行っちゃうの?」
「こ、これ以上は……無理だ!」

 ダッ! と走り出してしまう山姥切。相変わらず足速いなー。と眺めていると、堀川が苦笑いする。

「もう、兄弟ってば。本当照れ屋なんだから」
「あはは。お兄ちゃんは苦労するね」
「あ。僕がお兄ちゃんでいいんだ。フフッ、それじゃあ照れ屋な弟を回収してくるね」
「はーい。行ってらっしゃーい」

 お盆は後で取りに来る。という堀川に手を振り、束の間の休憩を終えた私は再び仕事へと戻る。いやー、それにしても至れり尽くせりな一日だった。ただ私の本丸には三十振りしかいないからこれで済んだけど、七十振り近く揃えている本丸だったらどうなっているんだろう? まとめてお返し、とかなのかな。それともやっぱり一人ずつからお返しされるのかな。贈る方も貰う方も大変だろうなぁ〜。なんて思いつつ、私は帰ってきた遠征部隊を迎え入れるため席を立った。



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