小説
- ナノ -


ホワイトデー



 遂にやってきたホワイトデー。
 一月前、私は全力でスルーつもりでいたバレンタインにおにぎりを配った。流石に三十人分握るのは骨が折れたが、まぁ色んな意味でいい経験になった。さて。それから一カ月。最近妙にソワソワしているというか、隠れてコソコソ何かしているなー。と思っていた刀剣男士たちがどう出るか。正直ドキドキしていた。ただこれは俗に言う『期待感』ではない。むしろ『不安』なのだ。
 だって奴ら『神様』だぜ? しかも現代知識はそれなりに身に着けつつあるが、基礎知識は全盛期である『平安』『戦国』『幕末』と言った激動の時代が主軸なのだ。こちらの度肝を余裕で抜いてくる可能性は十分ある。

 そりゃあね? こう、櫛とか手鏡とか、花とかお菓子とかならいいんだけど、もし、もしも、だ。全く予想だにしていなかった物を渡されたとしたら。まともにリアクション出来る気がしない。特に鶴丸。アイツが一番何をしてくるか分からない。
 いや、楽しむことはいいことだ。彼らだって折角自由に動かせる手足が出来たわけだし? やりたいことがあるならさせてあげたい。とはいえ、それはあくまで『私が想像できる範囲内』での出来事だ。予想の斜め上とかいかれたら正直テンパる自信がある。さて、どうなることやら……。

 半ば以上不安を抱えつつ、私は早速枕元に置いていたアラームを消す。
 いつも通りの起床。目をこすりつつ欠伸を零していると、閉じた襖の向こう。廊下から幼い声が掛けられる。

「主君、おはようございます。前田藤四郎です」
「主さま、おはようございます。平野藤四郎です」
「あえ……? どうしたの? 何かあった?」

 こんな朝早く、と言っても七時だけど。彼らが並んで部屋に来るとは珍しい。基本的にヤバイ案件が起きたら初期刀である陸奥守か、小夜が来るのだが、そう言った類とは別のものだろうか。
『ホワイトデー』に対する不安が一瞬で別の『不安』にすり替わるが、すぐさま二人から「いいえ」と否定の言葉が返ってくる。

「主さまの御支度をお手伝いしに来ました」
「不要かと思いましたが、今日だけは僕たちにお任せください」
「え……ああ……そういうこと」

 多分、これが二人なりに考えた『ホワイトデー』のお返しなんだろうな。ぼさぼさになっていた髪を軽く整え、御簾をしっかりとつけてから襖を開く。

「二人ともおはよ〜」
「はい。おはようございます」
「おはようございます。さ、主さま。湯を用意しております。こちらでお顔を拭いてください」
「うわ〜。至れり尽くせりだぁ〜」

 幾ら日中暖かいとはいえ、朝夕はまだ寒い。冷水で顔を洗うと内臓が震えるような心地になる。それを気遣ってくれたのだろう。二人は人肌より少し熱めのお湯に手ぬぐいを浸し、
それを絞ったものを渡してくれた。

「主君、御髪を整えますね」
「あ。櫛は、」
「大丈夫です。持参しております」
「わぁ。流石前田。しっかりしてる〜」

 御簾の奥で蒸しタオル、改め蒸し手ぬぐいで暖を取っている間に、前田が丁寧に櫛を入れてくれる。

「それでは僕はお布団をあげますね。シーツは歌仙さんが洗濯する、とおっしゃっていましたから、その間掛布団は干しておきましょうか」
「あ。ありがとう。助かるよ」
「いえ。今日は“ホワイトデー”ですから」

 平野は笑顔でそう答えると、掛布団を持って庭に降りる。その間に前田も櫛を入れ終えたらしい。「出来ましたよ」と声がかかる。

「それではシーツは僕が持っていきますね」
「ありがとう。じゃあその間に着替えておこうかな」
「あ。それでは戻り次第声をおかけしますね」
「ははっ。ありがと」

 流石に着替えを見られるのは恥ずかしい。まぁどうせ大した格好はしないのだ。パパっと着替えてしまおう。
 そう思って立ち上がった時だった。

「そんな君に! 俺からのサプライズプレゼントだ!!」
「うわあ!! 天井から来やがった!!!」

 ガコン! と天井の板が外されたかと思うと、そこからビックリ爺こと鶴丸が顔を覗かせてくる。忍者かお前は!!!

「ていうか意外と早く来たな……」
「ん? 何がだ?」
「いや。こっちの話」

 てっきりもっと後から『驚き』を提供してくるかと思っていたが、予想を裏切られた。いや、別に期待していたわけではないのだが。しかし前田も天井裏から来るとは思っていなかったのだろう。シーツを抱えたままポカンとした表情で鶴丸を見上げている。うん。そりゃそうだ。
 鶴丸は器用に天井裏から降りてくると、そのまま懐に手を入れ何かの包みを出してくる。

「さ。これが俺からの“プレゼント”だ。遠慮せず開けてくれ」
「あ、ありがとうございます」

 渡されたのはふっくらとした、存外軽い包みだ。色合いもショッキングピンクのような濃いピンクの下地に、薄いピンクの水玉模様が可愛らしいデザインをしている。リボンも赤で系統は統一されているし。一体何が入っているんだろう。とリボンを解いて中を覗いた瞬間、私は勢いよくそれを閉じた。

「おいコラ!! 鶴丸!!」
「はっはっはっ! どうだ、驚いたか!」
「あの、主君? 何が入っていたんです?」

 流石に鶴丸も自分が何を買ったのか前田に教えていないのだろう。不思議そうにこちらを見つめる前田に、慌てて「何でもないよ」と返す。

「あ、ほ、ほら前田。歌仙が待ってるかもしれないから、シーツ、持って行ってくれる?」
「あ、はい! 分かりました!」

 流石に前田の前で『コレ』について話すわけにはいかない。だから洗濯室で待っているであろう歌仙の元へ行くよう促せば、素直に従ってくれた。そしてその背が見えなくなったところで鶴丸を睨み上げる。

「あんたねぇ〜! 何贈ってきてんのさ!」
「ははは。いやぁ〜。男の浪漫、というやつだ」
「どこがじゃい!! ただのエロ爺やんけ!!」

 そう。鶴丸が贈ってきたのは何と『下着一式』だったのだ。おっ前、これ逆さまにして出さなくて本当よかったわ!!!

「しかも赤だし! 何で赤?!」
「縁起がいいだろう?」
「今日“ホワイトデー”ですけど?!」
「ああ。だがここで白を選ぶと安直すぎるだろう? だから赤だ! それにほら、鶴と言えば紅白! つまり俺だ!!」
「もう意味分からん!!! 殴り飛ばしたい!!!」

 どうなってんだこの爺の思考回路!! 包みごと下着を投げつけてやろうかと思ったが、それより早く鶴丸に両肩を掴まれる。

「何、さいずはぴったりのはずだ」
「は? あ。何で?!?!」
「はっはっはっ。それはお前さん、秘密に決まっているだろう」

 やばい。怖い。何だこの刀。
 今まで感じたことのない謎の恐怖心と気持ち悪さにぞっとしていると、そのままグイグイと部屋の奥へと連れていかれる。

「さぁ、今から着替えるんだろう? 俺が手伝ってやる。それに折角だ。その下着をつけてみればいいじゃないか」

 うわーーーー!!! コイツこれが目的だーーーーーーーーッ!!!! 流石平安刀! こっちの予想の遥か斜め上どころか大気圏超えてきやがったーーー!!!
 絶句している間にも鶴丸が「さぁさぁ」と促してくる。こ、これはマジで誰か呼ばないと貞操(?)の危機……!!!

「だッ、」

 誰かー! と叫ぼうとした瞬間、締まりきっていなかった襖がスパン! と音を立てて開く。

「御用改めである!!!」
「ギャア! きみたち早すぎないか?!?!」

 駆けつけてきたのは和泉守と加州だった。堀川はきっと朝餉の準備をしているのだろう。本当、本当助かった……!!
 内心ほっとしていると、平野と前田も駆け足で戻ってくる。どうやら和泉守と加州の声が二人にも聞こえていたらしい。抜刀した状態で部屋に上がり込んでくる。

「不届き者め! 我らが主君に近づくな!」
「主さま! お怪我はありませんか?!」
「おっとー。これは不味い」

 流石の鶴丸も四人相手では分が悪い。頬を引き攣らせつつ、私の肩からそっと手を離す。

「おいおい鶴丸のじいさんよぉ〜。朝からいねぇなぁ、と思って探してみりゃあ……」
「朝っぱらからいい度胸だよねぇ〜。主を“襲う”とか」
「最低です。鶴丸さん」
「幻滅しました」
「うわあ! 打刀たちの言葉より短刀たちの言葉の方が突き刺さる!!」

 どうやら和泉守と加州は朝から鶴丸の不在を怪しんで本丸内を捜索していたらしい。まぁ天井裏に潜んでいたんだから見つからないのは仕方ないよね。

「ったく、まさか主の部屋じゃねえだろうな。と思って加州と一緒に駆けつけてみりゃあ」
「本ッ当! 何してんのさ」
「この件については燭台切さんと大倶利伽羅さんにも伝えておきますね」
「お覚悟されてください」
「いやいやいや! ちょっとした冗談! 冗談だ!! 本気で主を襲うわけないだろう?!?!」

 いや。さっき割とマジだった。
 肩から手を離されたのをいいことに、スススと皆の背後に回れば、和泉守が片手でグイッ、と体を引っ張って背中に隠してくれた。

「あれ? 主何持ってんの?」
「あ。コレ? あー……これはねぇ……」

 鶴丸からのお返し、なんだけど……と小声でゴニョゴニョと答えれば、加州が「ちょっと見せて」と包みを開き、中を確認した瞬間空中に投げて真っ二つにした。

「あーーーッ!!! 加州! それは幾らなんでも酷いぞ!!」
「うるせーッ! この変態爺!! 主になんてもの贈ってんだ!!!」
「あ、おいバカ! 拾うな短刀共!! ばっちいのが移るぞ!」
「おい和泉守! ばっちいって何だ! ばっちいって!!」
「“ばっちい”、それは汚物を指し示す言b」
「そっちの意味じゃない!」

 ワーワーと言い合う鶴丸と和泉守、加州から離れ、私は短刀たちが拾おうかどうか迷っている『例のブツ』を拾い上げる。

「中身見た?」
「え? い、いえ……」
「そう。じゃあこのまま忘れて」
「は、はい? 主君がそうおっしゃるのであれば……」

 うん。流石にこれは何というか、うん。一期一振がいなくても『お覚悟』案件だわ。いっそのこと武田さんか柊さんの所にいる一期一振にお願いしたいところだ。
 部屋の中では未だに終わりのない言い合いが繰り広げている。でもいい加減退いてくれないかな。じゃないといつまでも着替えられないんだけど。
 そんな思いが顔に出ていたのだろう。平野が三人に向かって声を掛ける。

「皆さん! 言い合いはそろそろやめてください。主さまがいつまで経っても着替えられないではないですか!」
「あ? あ、ああ。悪い」
「ごめんね、主。このエロ爺は俺達が責任もって連れて行くから」
「ちょっとした冗談だったのに……」
「やっていいことと悪いことぐらい区別つくだろーが。ほら、行くぞ」
「あー……」

 ズルズルと和泉守に引きずられて行く鶴丸。だが流石タダでは転ばぬ男だ。鶴丸は軽く両手を合わせ「すまん」というポーズをした後、トントンと後ろ頭を指す。一体何だと後頭部に手を当てれば、指先が何かに当たった。

「ん? 何だこれ」

 カツンカツン、と硬い何かが指に当たる。そういやさっき迫られている時に後頭部に手を回されていたな。
 拾い上げた包みを一旦床に置き、両手で触れば細長いヘアピンがつけられていることに気付く。

「あ。もしかして……こっちが本命か?」

 手探りで触って外せば、それはオーソドックスな『パッチン留』のタイプのヘアピンだった。私みたいなストレートヘアーでも使えるよう選んでくれたのだろう。
 全体的に白く、モダンな和柄が刻まれている。所々に散りばめられた小さなストーンが可愛らしい。壊れない限りは幾つになろうと使えそうな代物だった。

「初めからコッチを渡してくれたらいいのに」

 ホワイトデーに白を選んだら安直だろ、なんて言っていた癖に。掌に収まる小さな髪留めは主張しすぎない、奥ゆかしいデザインだ。本当、良くも悪くも『驚かせてくれる』刀である。

「そんじゃま、着替えますか」

 折角だから着けてやろう。じゃないと流石に可哀想だしな。これからきっと沢山の刀からこってりと絞られるであろう鶴丸を思いつつ部屋に戻るが、すぐさま「あ」と声上げる。

「……この天井の板、どうやって嵌めるねん……」

 あたしゃ忍者じゃねえんですけど。呆然としつつ部屋を見上げれば、一緒に見上げた前田と平野も「あー……」と似たような声を上げた。



続→


prev / next


[ back to top ]