小説
- ナノ -


初めてのホワイトデー


遅ればせながらホワイトデーのお話です。我(→)(←)サクが主軸ですが、若干のシカテマ要素もあります。苦手な方はごめんなさい。m(_ _)m



 女の子の殆どは知っている、ホワイトデーに贈られるお菓子の意味。だけど男の子はどうなんだろう。やっぱり知らないのかな。そう思ったのは、彼がホワイトデーにくれたお菓子が『クッキー』だったからだった。

「うーん……判断に悩む……」

 確かに、クッキーは悪い意味ではない。『ずっと友達でいましょう』という、大なり小なり人によって解釈は違ってくるが、概ねこんな感じだ。悪い印象ではない。だけど『特別な女性』として見ているわけではない。友人、あるいは仕事仲間。そう言った手合いに贈るお菓子だ。ただそれを相手が『知っているかどうか』がここでは問題になる。相手は我愛羅くんだ。知らない可能性もあるし、知っていてこれをチョイスした可能性も勿論ある。
 判断に悩む中、件のクッキーを贈ってきた彼は特に変わった様子もなく焼き魚定食を口に運んでいる。

「やはり木の葉で食べる魚は美味いな」
「え? そう?」
「ああ。砂隠は乾燥地帯、加えて海が遠いからな。全く獲れないわけではないが、木の葉ほど豊富ではない。それに運ぶ間にも鮮度は落ちるからな。やはりその差だろう」
「成程」

 神妙な顔で頷く彼は、確かに木の葉での食事を楽しみにしている節がある。先月のバレンタインの時も、結局甘味だけでなく色んな美味しいものを食べ歩いた。
 砂隠は木の葉に比べ生活環境が酷だ。海からも遠く、熱帯、乾燥のダブルパンチで作物も環境に強い種でなければ生き残れない。もっと言えば雨量が少ないので、どうしても水分を多く貯めておける多肉植物などが多くなってしまう。勿論オアシスなど多少の緑、整った土壌、豊かな水があれば環境に適さない種でも育てることはできるが、それでも『大量』とはいえない。そもそも砂漠に挟まれた極めて特殊な地域に存在しているのだ。魚介類も陸路で運ぶうちに鮮度が落ちてしまうのは仕方ないだろう。
 だから我愛羅くんもだけど、カンクロウさんやテマリさんも食事や温泉を密かに楽しみにしているらしかった。

「美味い食事は心を豊かにする。だからナルトもお前も、表情豊かなのだろうな」
「え?! と、突然何?!」

 うんうん。と何故か殊勝に頷く彼に少し身を引けば、彼はキョトンとした顔で瞬いた後首を傾ける。

「褒めたつもりだったんだが」
「え。あ、そ、そうだったんだ……ごめん。ありがとう。嬉しいわ」

 うーん! この悪気がない感じ! そしてこの天然さ! やっぱり判断に難しい……。このクッキー、どういう意味合いなのかしら……。それとも何も考えてないのかなぁ……。
 本人に直接聞けば早いのだが、流石にそれは無理だ。デリカシーがなさすぎる。むしろ却って彼を傷つけてしまう可能性だってある。ここは無難に、当たり障りない意味合いとして額面通り受け取っておくべきか。
 そう決めこもうとしたところで、見慣れた姿が暖簾を潜ってきた。

「あれ? 我愛羅にサクラじゃないか」
「テマリさん!」
「何だぁ? お前らも今飯か?」
「それにシカマルも」

 現れたのは本日我愛羅くんと一緒に木の葉に来たテマリさんだった。彼女と一緒に仕事をしていたシカマルも後から入ってくる。どうやら共にお昼を食べに来たらしい。

「我愛羅は焼き魚定食かい? 本当にソレが好きだねぇ」
「砂隠では美味い魚には出会えんからな。食える機会に食っておかなければ損だろう」
「それもそうだね。さて、アタシは何にしようかねぇ」

 カウンターに座っていた私たちの隣にテマリさんは当然のように座ってくる。席順は、壁、私、我愛羅くん、テマリさん、シカマルだ。
 テマリさんはメニュー表を確認しつつ我愛羅くんに話しかける。

「それで? 我愛羅、ちゃんと渡せたのか?」
「今聞くな」
「いやぁ、やっぱり心配でさ」
「いらん世話を焼くな。もう渡してある」

 多分、ホワイトデーのクッキーのことなんだろう。どうにもテマリさんは弟のことになると心配性な面が出てくるらしい。対する我愛羅くんは私の前ではあまり見せたことがないつっけんどんな態度を見せる。それでも二人の仲が険悪になるようなことはなく、テマリさんは「そうかそうか」と優しく笑う。

「そりゃあよかった。お前さんはどこぞの誰かと違って本当に思いやりがあって優秀で、お姉ちゃんは鼻が高いよ」
「おい。聞こえてんぞ」
「ああ、何だ。アンタいたのかい」
「お前なあ!」

 我愛羅くんに向けていた笑顔は一瞬で消え、シカマルに対し冷めた目を向けるテマリさん。ははーん。さてはシカマル、お返しを用意するの忘れたな?

「聞いてくれよサクラ。この甲斐性なし、ホワイトデーのことすっかり忘れていたんだぞ」
「えー?! シカマルサイテー」
「だッ、しょうがねえだろ! こっちだって任務があったんだ。帰ってきたのだって昨日の夜だぞ? 用意なんて出来るか!」
「ふぅーん。じゃあ覚えてはいたのか」
「当たり前ェだろ。母ちゃんに色々突っ込まれて面倒だったかよ。忘れるか」

 素直じゃない。素直じゃないぞー、シカマル。しかもその言い訳のチョイスはダメだ! 恋人の前で母親の名前を出すとかマイナス効果しかないから!
 現にテマリさんは先程よりも冷めた目で「あ、っそ」とメニューを見つめている。

「アタシのチョコより母親の言葉の方が強く記憶に残っているのか。へー。そりゃあ母親想いのいい息子なことで」
「あ? な、おッ前……だー! もうめんどくせえ!」
「ちょっと、喧嘩しないでよ」
「魚が不味くなる」
「我愛羅くん。あなたは一回魚から離れて」

 痴話喧嘩に巻き込まれているにも関わらず、尚ももくもくと定食を食べ続ける我愛羅くんにちょっと頭が痛くなる。うん。マイペースなところがあることは知っていたけど、ここまでとは……。手強い。

「そもそも、だ。テマリ。お前は何をそんなに期待しているんだ」
「え」

 しかもこの天然マイペース、止める間もなく地雷原を歩き出した。

「シカマルが手先や頭の出来とは別に不器用であることは周知の事実だろう。そんな男が突然、それこそ映画の主人公のようにお前に愛を囁くとでも?」
「待って、待って我愛羅くん。テマリさんだけじゃなくてシカマルも傷つけてる」

 テマリさんを諫めるような口ぶりであるにも関わらず、実に大きく傷を抉りに行っているのはシカマルの方だ。現にまさか自分に矛先が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。シカマルが胸を押さえて俯いている。流石にちょっと可愛そうだ。

「この際だから言わせてもらうが、ホワイトデーなるものも、所詮は相手に気持ちを伝えることが容易ければ苦労しない。という男どもの苦肉の策から出てきた行事ではないのか?」「待って、待って我愛羅くん。本当待って」

 確かにホワイトデーの起源ってバレンタインに比べれば雑な成り立ちだけど、まさかそんな風に捉えていたとは……。でもあながち『間違いではない』のがどうにも否定出来ない。

「どうせ人生など一度きり、しかも俺達忍はいつ死ぬとも分からんのだ。言いたいことがあれば言えばいいし、言いたくなければ黙っていればいい。言葉にするのが嫌なら態度で、それすら無理だから贈り物をするのだろう。それが用意できなかったのは致し方ないとしても、だ。言いたいことがあれば言わせてやるべきだと思うんだが」

 ズーッ、と言うだけ言って暢気にみそ汁を口にする。そんな彼にテマリさんはぽかんと口を開けたまま固まり、シカマルは完全に机に突っ伏していた。

「こ、コイツがアタシに言いたいことなんて……あるもんか……」
「何故お前が決める。シカマルの言葉も気持ちも、お前が勝手に決めるものではない。予想することは悪いことではないが、決めつけるのはよくない。俺は昔それで失敗しているからな。お前に二の舞を演じさせるわけにはいかんのだ」

 あ。思ったより姉想いだったのね。我愛羅くん。
 そんな感想を抱いたのは私だけではなかったらしい。テマリさんも驚いたように目を丸くした後、ぎゅっと我愛羅くんを抱きしめる。

「ありがとうな、我愛羅。お姉ちゃん、目が覚めたよ……!」
「何だ。今の今まで眠っていたのか。寝坊助だな」
「フフッ、そうだね。たまにはそういう日もあるさ」

 ぐりぐりと我愛羅くんに頬ずりするテマリさん。だけど我愛羅くんは特に嫌がる素振りも見せず、むしろ片手を伸ばしてその背を軽くぽんぽんと叩いた。

「それで? サクラはさっきから何を焦っていたんだ?」
「いや、もういいわ。忘れて」

 さっき言ったことを考えれば、きっと彼からのお返しはまだ『そういう意味』ではないのだろう。でも今はそれでいいのだ。もしその気持ちが変わることがあれば、きっと彼はちゃんと『言葉』にして伝えてくれる。そんな気がするのだ。

「はー……これじゃあ俺の立つ瀬がねぇわ……」
「そんなもん初めからないよ」
「キッツゥ〜……」

 どうやら痴話喧嘩もこれで一応収束らしい。テマリさんが「ホワイトデーの代わりに飯驕れ」と発言したことで、何故かシカマルは私たちの分まで驕る羽目になった。流石にちょっと可愛そうだと思ったけど、本人が「喝を入れて貰った礼だ。気にすんな」と零していたのでありがたく驕られておくことにする。

「そういやサクラ、我愛羅からのお返しは何だったんだい?」

 テマリさんとシカマルが料理を待つ間、ふと疑問に思ったらしい。テマリさんから質問が飛んでくる。どうやら我愛羅くんは姉兄には内緒でコレを買ってきたらしい。
 私自身このクッキーに深い意味があるとは思っていなかったので、何の気なしに「クッキーです」と答える。だけどそれを聞いた途端、テマリさんは瞳を輝かせた。

「クッキー! 我愛羅、お前クッキーあげたのか!」
「……うるさい」
「何だ何だ、そうかそうか。よかったな、サクラ」
「え? あ、はい。とても嬉しいです」

 確かにお返しを貰えたのは嬉しかったけど、どうしてテマリさんは『クッキー』と聞いただけでそんなに喜んでいるのか。自分が貰ったわけじゃないのに。
 疑問を抱いていると、私の代わりにシカマルが聞いてくれる。

「何そんなにはしゃいでんだよ。クッキーなんてさして珍しいもんでもねぇだろ」
「バッカだねー、アンタは。いいかい? アタシたち砂隠の忍にとっちゃあクッキーってのは中々手が出せない代物なんだよ」
「え? そうなんですか?」

 私やシカマルからしてみればさほど珍しいものではないけれど、テマリさんは『全く違う』と腕を組んで話し出す。

「いいかい? 砂隠では作物を育てている人は多くいるが、家畜を育てているのは極一部しかいないんだ。何故だか分かるか?」
「いいえ。考えたこともないので……」

 でも、言われてみれば確かにそうだ。我愛羅くんやマツリちゃんは多肉植物を育てるのが趣味だと言っていたし、あちらの医忍たちもそれぞれ薬草を育てているハウスがあると教えてくれた。でも火の国や木の葉のように、牛や馬を飼っている人は見かけない。

「砂隠ではバターや乳製品ってものが手に入りづらいものなんだ。勿論全くないわけじゃない。だけど豊富ではない。木の葉の魚と一緒でね。採れる量が多くないのさ」
「ああ、成程な。そもそもの規模が違うんだ。そりゃあ差が出てもおかしくねえか」

 確かに。風の国にもヤギや牛はいるだろう。だけど火の国に比べれば環境が酷だ。大量に飼えばそれだけの食糧がいるし、遊牧させ続けていればいずれは土壌が枯れて砂漠化してしまう。増やしすぎてもダメ、かといって減らしてもダメ。非常に難しい問題があるのだと、今更ながらに気付く。

「だからバターを多く使う菓子や趣向品ってのは贅沢品扱いでね。それこそ『最高峰』と銘打ってもいいぐらいさ」
「テマリ、幾ら何でもそれは大袈裟だ。菓子程度、俺達の給与でも手に入る」
「それでも木の葉程ほいほいとは手に入らないだろう? 国の市場にでも行きゃあ話は別だが、砂隠で手に入れるとなるとちょっと骨が折れるからね」
「そうだったんですか……」

 じゃあ我愛羅くんは、そんな『贅沢品』を私へのお返しに選んでくれたのか。
 そう思うと、途端にこのクッキーがものすごい献上品に見えてくる。

「改めてありがとう。我愛羅くん」
「いや、そんなに畏まる必要はない。テマリが話を盛っただけだ。バターもクッキーも、きちんと手に入るものだ。そう気負うな」
「うん。でも、やっぱり嬉しいよ。ありがとう」

 確かに、この話は幾らか盛られたものなのかもしれない。それでも砂漠で手に入る貴重な物資の一つであることに違いはない。ホワイトデーのお菓子に隠された意味とか、そんなちっぽけなことを考えていた自分が恥ずかしい。我愛羅くんは、そういうものを見て贈り物を選ぶ人じゃないって知っていたはずなのに。

「お前も今度から見習うように」
「げぇ……マジかよ……」
「当たり前だ! 今年は昼飯で我慢してやるんだ。来年はキッチリ用意しておけよ」
「へーへー。了解しましたよ」

 テマリさん、今サラッと凄いこと言ったけど、気づいているのかな?
 自分から『来年も渡す』と言っている事実に気付いているのかいないのか。分からないけど、私も来年はもっと手の込んだものを渡そう。と思った。

「ごちそうさま」
「食べ終わった? じゃあ出よっか。テマリさん、また後で。シカマル、ご馳走様」
「ああ。また後で」
「あいよ。しっかり支払わせて頂きますよ」

 眉間にしわを寄せつつも、ちゃんと手を振ってくるシカマルに笑みを返して店を出る。今日はいい天気だ。里内をのんびり歩くにはうってつけなぐらいに。

「じゃあ食後の散歩といきますか」
「ああ。午後からの職務までまだ時間はあるしな」

 でも食べた後だから、のんびりできるところがいいかもしれない。公園とかどうかな? 考えながら歩き出す。勿論、彼の隣を。

「今年もよろしくね、我愛羅くん」
「ん? ああ……」

 多分、意味が分かっていないのだろう。それでも深く突っ込むことをせず、頷く彼にただ笑う。
 今はまだ、この居心地のいい距離を楽しんでおこう。だけど来年は、もっと違った関係に進めたらいい。

 心のどこかでそう願いながら、私たちは並んで歩き出した。


end



バレンタイン同様、まだお互いに『好意』を抱いてはいてもそれが明確な『形』になっていない感じです。少女漫画で言うところの『甘酸っぱい感じ』? つまりはそういうアレ。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。m(_ _)m



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