小説
- ナノ -



 寒い日でもあったかくなれるんです。(白目)そんなお話。


 砂漠は乾燥地帯であって熱帯ではない。どんなに昼間暑くとも、日が沈めば一気に冷える。
 真夜中のパトロール。かじかむ指先に息を吹きかければその息も白く煙る。今日は一段と冷えている。羽織った外套の下で粟立つ肌と背筋に走る寒気にブルブルと体を震わせつつも、集合場所へと走り抜ける。

「よし。今日も何事もなさそうだな。解散するか」
「そうですね。今夜は一段と冷えていますし」

 今夜のパトロールは私とテマリさんとのツーマンセルで行っていた。容赦なく吹き付けてくる風に押され、足元でも砂が躍る。赤くなった指先を握りしめもう一度息を吹きかけると、テマリさんもブルリと身を震わせた。

「全くだ。今日はここ最近で一番冷えてるんじゃないか? サクラ、風邪引くなよ」
「はい。健康管理には気を付けていますから」
「ま、それもそうか。それじゃあ我愛羅のことも頼んだぞ。アイツ、その辺結構抜けてるから」

 テマリさんが心配するのも頷ける。我愛羅くんは普段はしっかりしているのだが、割とその辺無頓着と言うか、いや、多分本人的には気を付けているつもりなんだろう。それでも風邪を始めとする病気というものは砂では守れない。病は気から。勿論冷えや食事にも気を付けなければいけない。でもきっとあの人のことだから、暖房もつけずに本でも読んでいるのだろう。早く帰ってあたためてあげなくては。

「それじゃあまた明日な」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」

 テマリさんと別れ、足早に帰宅する。見え始めた自宅に視線を定めれば、案の定彼の部屋には電気がついている。白い息を弾ませながら「ただいま!」と声を掛ければ、ワンテンポ遅れて「おかえり」という声と同時に彼が部屋から出てきた。

「寒かっただろう」
「うん! すっごく寒かった! この気温差には正直まだ慣れないわ」
「そうだろうな。俺達でも寒いと感じるんだ。木の葉で育ったお前は特にそうだろう」

 ブランケットを手にしていた彼は、それを広げてふわりと包んでくれる。冷えた体に染み入るような、内側からあたためてくれるようなぬくもりに頬が緩む。

「あったかぁい」
「風邪を引かないうちにあたたまるといい。先程湯を沸かしたばかりだからな。何か淹れてやろう」

「風邪を引かないようにあたためてあげなきゃ」と思っていたのに、結局面倒を見てもらっているのは私だ。何だか情けないなぁ。と思う反面、そんな彼の優しさに体だけでなく心まであたたかくなる。

「サクラ」
「ん?」

 彼が呼ぶ「サクラ」の三文字が好きだ。特にこういった、私を甘やかすような溶かすような、あたたかな音色で呼ばれると堪らない気持ちになる。

「ココア。好きだろう?」
「うん! 大好き!」

 いつも使うマグカップに注がれた、少し甘めに作られたココア。両手で受け取れば冷えた指先がジンと痺れる。だけどそれが「生きている」証だ。
 湯気の立つココアにふうふうと数度息を吹きかけ、ほんの少しだけ口に含む。途端に鼻腔を駆け抜けていく甘い香り。食道から胃に向かって熱いものが落ちていく感覚。堪えきれずに背が震える。

「っは〜……美味しい」

 あたたかいココアと、彼の匂いがするブランケット。今更だけど、きっとさっきまで自分が使っていたのだろう。ふわふわのそれに頬を寄せると、彼の手が私の頬に触れてくる。

「随分と冷たいな」
「でしょ?」
「ああ。鼻まで真っ赤だ」

 片手から両手で。大きな掌に包まれ思わず笑う。

「あったか〜い!」
「そうか」

 笑う私につられたのか、彼が少しだけ唇の端を持ち上げる。そうして近づいてきた顔に目を閉じれば、額同士が触れる感触がする。

「……キスしてくれないの?」
「ん? ああ。だってまだ“うがい”をしていないだろう?」

 まるで「してやったり」みたいに笑う顔が気に食わない。そりゃあね、風邪の予防にはうがい手洗いが必要ですよ。分かっているの。分かっているのよ、それは。でも、でもね。

「今は特別!」

 焦らされるのは好きじゃないの! そう言わんばかりに背伸びをして口づければ、彼が笑いながら私の手からマグカップを奪い取る。
 冷えた指先はもうあたたまっている。それでも彼の首の後ろに腕を回せば彼のぬくもりが伝わってきて、どうしようもなく今が「幸せだな」と感じた。

「……でもあなたって時々意地悪ね」
「何だ。今更気付いたのか?」
「そういうところ。本当そういうところよ!」
「ははっ」

 昔に比べて随分と笑うようになった、少しだけ歳を重ねた彼の悪戯な唇に意趣返しするように噛みついた。


end


 冬は冷えた体をどちらかの体温であたためるにはいい時期ですね!(何を言っているんだお前は)


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