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 冬らしいお話。恋愛色薄めで水野と皆がほのぼのしているお話です。




 炬燵にみかん。これこそまさに『冬の風物詩』だろう。私自身炬燵はあんまり好きじゃないんだけどね。何故かって? 理由は一つ。だって寝ちゃうんだよ。どんなに抗おうと、どんなに戦おうと。我々は炬燵の誘惑に打ち勝つことが出来ないのである!! だから基本的に炬燵は出さないよう心掛けている。やらなきゃいけないことが沢山あるからね。毎日が冬休みならガンガン寝るけど。流石にね。社会人だからね。だから今年も炬燵とは縁のない冬を過ごすはずだった。

 それなのに。

「はあ〜……誰だよ“炬燵に入りたい”って言った奴は……」

 ダメだった。今年は何故か“炬燵に入りたい”と言い出す刀剣男士が何人かいて、食事の時以外では、と許可を出したのだ。当然私は自室兼仕事部屋に籠るから関係ないと思っていたんだけど、お茶のおかわりを貰いに行ったら「まぁまぁ」と言われながら炬燵にinされ、今も動けずにいる。

「主、みかんあるよ。食べる?」
「……食べる」

 みかんは好きだ。すっぱすぎるのは苦手だけど、多少すっぱいぐらいなら余裕で食べる。勿論甘いみかんも好きだ。だけどみかんって種類多くない? 一般的な掌サイズと、デコポンみたいに大きい奴。あと皮が厚すぎて包丁使わないと剥けないのもあるし。いや、単に私が非力なだけかもしれないんだけどさ。
 それはともかくとして、一緒に炬燵に入っているのは燭台切光忠だ。他にも秋田と五虎退がいるが、現在沈黙している。つまりは寝ている。だよな。お前らも勝てないよな。炬燵の誘惑にはな。だってトラ達でさえアクロバットな寝相を披露しているのだ。相当誘惑が強かったに違いない。
 だけど燭台切は先程まで台所の掃除をしていた。だから炬燵に入ったのは今さっきだ。普段キッチリしている燭台切も誘惑に負けるのかなぁ〜。なんて思っていると、籠の中で山盛りになっているみかんを一つ差し出してくる。

「はい、どうぞ」
「あ。ありがとう」

 私の掌にすっぽり収まるサイズでも、燭台切が持つと小さく見える。やっぱり手が大きいんだな。ま、男の子だし。太刀だし。当然か。そんなことを考えながら無心で皮を剥いていると、燭台切がいつも付けている手袋を外した。

「あ」
「え?」

 いや、そりゃそうだよね。手袋したままみかん剥いたら汚れちゃうよね。でも手袋を外している姿なんてそうそう見ないから、何だか新鮮で驚いてしまった。

「いや、ごめん。何でもないよ」

 適当に笑って誤魔化し、剥いたばかりのみかんを口にする。うん。程よい甘さとすっぱさだ。これは当たりだな。

「炬燵にみかんって、すごい誘惑だよね」
「ね〜。これは一種の“魔境”ですよ」
「フフッ、魔境かぁ。僕たち凄いところに足を突っ込んじゃったね」
「ははっ。確かに」

 みかんを食べつつどうでもいい話で笑い合う。そういえば、燭台切とこうしてのんびり話すことって今まであんまりなかったな。いや、基本的にのんびりする暇がなかなかない所為なんだけどさ。

「うっ、」
「ん? どうした?」

 珍しく燭台切が上ずった声を上げる。どうかしたのかと視線を向ければ、どこか恥ずかしそうに口元に手を当てながらもごもごと口を動かす。

「今すっごくすっぱかったから……ごめんね。格好悪い姿見せちゃって」
「あははっ。気にしなくていいのに。でもそうか〜。すっぱいの当たっちゃったか〜」

 すっぱい奴って何であんなにすっぱいんだろうね。梅干しとはまた違った酸味を思い出しつつ、私は三分の二ほど残っていた自分の分を燭台切に渡す。

「はい。こっち甘いよ」
「え。いいよいいよ。自分が選んだ奴だから、自分で食べるよ」
「お? その理論で行くとこのみかんも燭台切が選んだみかんになるんだけど」
「え。あ、あー……ずるいなぁ、それ」

 重箱の隅を突くようで悪いが、揶揄い交じりに口にすれば燭台切も苦く笑う。それに笑い返しつつも、彼の手元にまだ半分ほど残っているみかんとトレードする。

「ははっ。言い出しっぺは自分でしょ。はい、交換交換。美味しいものもすっぱいものも、共有しようじゃないの。折角一緒にいるんだしさ」

 こうして会えたのも何かの縁だ。元々私の霊力では顕現できるはずのない刀だったのだ。それでも顕現してからずっとこの本丸を支えてくれている。出陣も遠征も、内番に料理当番だって嫌がらずに行ってくれる。そんな頼りになる刀とたまにはこうしてのんびり言葉を交わすのも悪くない。

「うおっ! すっぱ!」

 だけど想像していたよりもずっとすっぱいみかんにびっくりした声を上げれば、隣で燭台切が「ほらね」と言って笑う。

「これ鶴丸に食べさせたらどんな顔するかなぁ……」
「ははっ。鶴さんかぁ。面白い顔してくれるかもしれないね」

 笑いながら燭台切も私が渡したみかんを口にする。その横顔を盗み見ていると、案の定ふわりと顔が綻んだ。

「うん。これ甘くて美味しいね」
「でしょ〜? 燭台切は私に“当たり”を渡して、自分が“はずれ”を引いちゃったんだよ」
「主思いのいい刀でしょ?」
「ははっ。確かに」

 燭台切にしては珍しい冗談に笑えば、その声に目を覚ましたのだろう。秋田と五虎退が目をこすりつつ起き上がってくる。

「はえ……はっ! しゅ、主君! いつからここに?!」
「おはようございます……あるじさま……」
「はーい。おはよう二人共。早速だけどみかん食べる〜?」

 燭台切が選んだ“はずれ”みかんを一切れずつ渡せば、素直な二人は「いただきます」と声を揃えて受け取り、口に放り込む。

「うっ!」
「す、すっぱい〜!!」
「あははは!」

 キュウ、と顔を顰める二人に堪えきれずに笑う。それは燭台切も同じなのだろう。口元を手で押さえているが、「ふふふ、」と笑う声が聞こえてくる。

「酷いですよ主君〜!」
「ふぇえぇ……」
「あははは、ごめんごめん。いや、でもほら。面白いことは皆で共有しないと」
「何も面白くないです〜!」
「あははは!」

 嘆く秋田を笑い飛ばせば、その声につられたのか偶然なのか。内番で手合わせをしていたはずの二振り――同田貫と和泉守が顔を覗かせてくる。

「何だ何だ? 何か面白いことでもあったのか?」
「珍しいな。炬燵にあんたが入ってるなんてよ」
「今日は偶々ね。あ、そうだ。二人共みかん食べる?」

 秋田と五虎退を罠に嵌めたように、二人にもあのすっぱいみかんをお裾分けする。ここで燭台切はまた小さく「ふふっ」と笑う。秋田と五虎退も私が渡した奴があの“すっぱいみかん”だと気づいたのだろう。はっとした顔をした後両手で口を塞いだ。偉いぞ、二人共!! そして渡された二人は何も疑うことなくそのみかんを口に入れた。

「うわっ! すっぺ!!」
「うーわっすっぺえ!! 何だコレ!!」
「あはははは!!」

 うーわ、うーわ! と二人して叫びながらブルリと体を震わせる。そんなにすっぱかったのか。それとも油断していたのか。油断大敵だぞぉ? と思いはしたが、それよりも二人の反応が面白すぎて笑いが止まらない。

「こンの、主! 趣味が悪ぃぞ!!」
「うーわ、すっぺえ。目が覚めたわ」
「んふふふふ」
「燭台切まで笑うんじゃねえ! つーか秋田と五虎退まで笑ってんじゃねえか!」
「あはは! ごめんなさーい!」
「ふふっ、ごめんなさい、です」
「くっそー、何だよお前らぁ。人の反応見て笑いやがって」

 秋田を膝に乗せ、和泉守が炬燵に足を突っ込んでくる。そうして目の前にいた私を軽く蹴ってきた。

「ちょっと男子〜、足当たったんですけど〜」
「ちょっと主〜、今ここに男子しかいないんですけどぉ〜」
「あたしゃ女だよ!!」
「わはははっ」

 笑い飛ばす和泉守にもう一個口に入れてやろうか。と思いつつ、籠の中からみかんを取り出し二人に投げ渡す。

「ヘイ、キャッチ!」
「よっ」
「さんきゅ」
「あ! コラ主! みかんを投げないの!」
「いやぁ、つい」
「二人も受け取らない」
「悪ぃ悪ぃ。つい」
「主君、僕たちも食べたいです」
「ぼくも、食べたいです」
「はいはい。どーぞどーぞ」

 また叱られたくはないので今度は二人の前に籠を押しやる。小さな手がそれぞれ持つとみかんも大きく見えるが、やっぱり和泉守や同田貫が持つと小さく見える。その対比がどこか愛おしい。
 四人共それぞれ皮を剥くと、同田貫は豪快に一口で三分の一ぐらいを、和泉守も同じくらいの容量を口にする。

「ん! 美味ェ!」
「おお。俺のも当たりだわ」
「僕のもおいしいです!」
「ぼくのも、甘くて、おいしいです」
「え〜? じゃあ僕だけはずれ引いたってこと? 悔しいなぁ」

 あのすっぱいみかんはあと一切れ残っている。また誰かにあげようか。それとも自分で食べてしまおうか。悩んでいると、庭の掃除をしていた長谷部が偶然大広間の前を通りがかる。

「あ! 長谷部!」
「はい! 何でしょう、主」

 片手に竹箒、片手に塵取りを持った長谷部を手招きし、炬燵から出て廊下の前で待機していた長谷部の元に例のみかんを持っていく。

「口あけて」
「? はい」

 素直に口を開ける長谷部。お前さんねぇ、もう少し詳細を聞くとか、疑いを持つとかしなさいよ。とは思うが、思うだけで言葉にせず最後の一切れを舌の上に乗せてやる。

「頑張ってる長谷部にご褒美〜」

 なんつって、と笑い飛ばそうとしたが、途端に舞い散る桜吹雪。

「……恐悦至極……! ありがとうございますっ、主……!!」
「あぶぶぶぶ」

 桜、桜が。季節外れの桜が舞って前が見えないです。むしろ御簾がなければ呼吸すらままならないだろう。というレベルの桜吹雪から私を救い出したのは、燭台切と和泉守だった。

「長谷部くん桜! 桜で主が溺れそうになってるから!」
「主は小せぇからあっという間に埋もれちまうぞ?!」
「助けてくれてありがとう、二人とも。でも和泉守さんや、お前さんは一言余計じゃい!」
「イッテ!」

 人が気にしていることを〜! 百五十センチジャストの体から渾身の一撃を背中に叩き込めば、流石に和泉守でも痛かったらしい。「助けてやったのに」とブツクサ言われるが、それはそれ。これはこれ、だ。

「ところで長谷部、さっきのみかんどうだった?」
「はい? どうだった、とは?」

 自分で舞わせた桜を自分で集めて処理している長谷部に問いかければ、当の本人はキョトンとしている。今の所皆が「すっぱい」と口にしたみかんではあるが、長谷部は何とも思わなかったのだろうか。

「お前アレ平気なのかよ。かなりすっぱかっただろ」
「ああ。まぁ、甘くはなかったが……別に俺はどちらでも構わん。主に頂けるものであれば、例え毒であろうと皿まで喰らう」
「うわっ。何だそれ怖っ」

 どうやら長谷部的には騒ぐほどすっぱくはなかったらしい。それより私から貰った方が重要なのか。うーん。それじゃあ他の皆が食べさせてたら長谷部も「すっぱい!」と口にしたのかな。

「ま。いっか。長谷部、掃除終わったら一緒にみかん食べようか」
「はい! 喜んで!!」

 まるで「散歩行くよー」と言われた犬のように瞳を輝かせる長谷部に御簾の奥で苦笑いする。元々「主命」が与えられれば常に全力投球な長谷部ではあるが、先程よりも俄然やる気が出たらしい。舞い散った桜もあっという間に集め、すぐさま他の枯れ葉も集め出す。

「待っていてくださいね、主! すぐに片づけてきますので!!」
「はいはい。ゆっくり待ってるからね〜」
「はい!」

 駆けて行く長谷部の背中を見送ってから炬燵に戻る。そうだ。長谷部も来るなら席を空けないと。とはいえ、今は私、燭台切、和泉守、同田貫、五虎退がいるからいっぱいいっぱいだ。秋田は和泉守の膝の上に座っているからカウントしないとして、少なくとももう一席分スペースが欲しい。となれば、

「燭台切、ちょっとそっち寄っていい?」
「え! あ、うん。いいよ」

 私が座っていたところを空ければいいか。と燭台切の隣に座れば、ドンと腕が当たる。

「あ。ごめん。やっぱり狭いか」
「い、いや! いいよいいよ、全然、僕は平気だから。気にしないし、むしろ、」
「むしろ?」

 むしろ、何だ? 片腕がくっついた状態で見上げれば、何故か燭台切は目をそらした。

「……ンンッ、主は、ほら。僕たちの主なんだから、そんなに遠慮しなくてもいいよ。ってこと」
「あ、そう?」
「そう」

 頷く燭台切の頬が何となく赤い気がするけど、気のせいかもしれない。風冷たかったしね。

「お待たせしました主!」
「あ。早かったねぇ、長谷部」

 ものすごい速さで戻ってきた長谷部を迎え入れるが、何故か輝かしい笑顔から一変。複雑な表情を見せる。

「……あの、主?」
「ん?」
「何故、燭台切とそのように密着しておいでなのですか?」

 密着。ああ、うん。言われてみればそう見えなくもないか。

「いやぁ、誘ったはいいけど長谷部の席がないなぁ。と思ってね。それでこう、横に詰めたわけ」
「そうでしたか……気遣って頂き大変ありがたいのですが、俺は気にしないので是非! 主は悠々とお座りください」
「いやいや、でも、」
「大丈夫です! 代わりに、俺がその席に収まりますので」

 ニッコリと微笑んではいるが、何だか有無を言わせぬ気配がある。うーん。まぁ、長谷部がそう言うなら……ま、いっか。

「じゃあそうしようか。ごめんね、燭台切。何だかぶつかりに行っただけみたいになっちゃった」
「大丈夫。僕は気にしてないよ」

 まだどこか赤みの残る顔で、それでも穏やかに笑って許容してくれる燭台切にこちらもほっとする。

「じゃあ私もあと一個食べたら仕事に戻るかぁ」
「それじゃあお湯沸かしてくるね。お茶持っていくでしょ?」
「うん。よろしく」

 すっかり燭台切に甘えることに慣れてしまった。まぁ本人が「もっと頼ってくれていいから!」と言ってくれたから出来るんだけどね。
 半分ほどになった籠からみかんを一つ手に取り、長谷部へと手渡す。


「はい。庭の掃除任せてごめんね。ありがとうございました」
「いえいえ。当然の務めですので。ありがたく頂戴いたします」

 片手で渡す私と、両手で受け取る長谷部。そんな私たちを真似してか、秋田と五虎退が両手を差し出してくる。

「主君! 僕ももう一つ食べたいです!」
「あの、あの、えっと、ぼくも、いい、ですか……?」
「あはは、いいよいいよ。皆で食べよう。ほら、和泉守と同田貫は〜?」
「そんじゃ、ご相伴に預かりましょうかね」
「おう。俺も貰うわ」
「はいはい。どーぞどーぞ」

 何故か二人まで両手を差し出してくるものだから、つい笑ってしまう。それでも一つ、また一つとみかんを乗せて行けば、籠に残ったのは一つだけだった。

「あ。もうみかん無くなっちゃったね」
「うん。これで最後。はい、燭台切。いつもありがとね」

 燭台切にも、とそのみかんを手に取り渡せば、彼は一瞬キョトンとしたが、すぐさま笑ってくれた。

「どういたしまして」

 見ていたのか、それともただ単に性格なのか。両手で受け取られたみかんはやっぱり彼の手には小さく見える。それでも白い指先は器用に皮を剥ぎ、鮮やかな果肉を口にした。

「うっ! すっぱっ!」
「またか〜」

 どうやら今日の燭台切は“はずれ日”らしい。皆で笑いながら、私は甘い果肉と僅かな団欒を楽しんだ。


end


すっぱいのが好きな人もいるでしょうけどね。それはそれ、これはこれ。です。(笑)


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