小説
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 彼氏いない歴=年齢こと喪女審神者水野(仮名)、ただいま本丸内をうろついております。


『一念発起』


 武田さんたちが我が本丸から引き上げた翌日。私たちは本丸内を捜索していた。

「主が消えたのはこの辺か?」
「んー、多分……。気づいたら別本丸にいて、振り向いたら今剣が立ってたんだよね」

 敵の心臓部へと手引きしてくれたのは折れた刀たちだ。そんな彼らが私を引き込んであろう場所は大広間の前か、その直前だと思われる。だが正確に、どの辺りで引きずり込まれたかまでは分からない。ただ客間から大広間までの間ということは確かなので、以前別本丸から救出してくれた大倶利伽羅、山姥切の両名が当時のようにペタペタと空中に向かって手をかざしていた。

「だがあの時のような違和感はないな」
「ああ。亀裂のようなものも、縫い合わせた跡もない。以前の男が施した術とはまた別のものだろう」

 二人に話を聞いたところによると、あの時は空間に裂け目のようなものがあったらしい。というかそれを縫い合わせた跡みたいなものが感じられたんだと。
 でも今はそれもないらしく、二人に“感知”してもらうことは不可能なようだった。

「うーん。僕が見ても特に何もないからねぇ」
「兄者の言う通りだ。それに水野殿の話を伺う限り、もう既にその本丸は存在していないのではないか? “足場が消失した”ということは本丸そのものが崩壊した可能性が高いだろう」

 大倶利伽羅や山姥切に続き、意見を述べたのは源氏の兄弟刀だ。彼らは百花さんの刀ではあるが、他の刀から事情を聴いたのだろう。今朝方二人揃って『協力する』と言ってくれたのだ。鬼退治か何かだと勘違いしている可能性も無きにしも非ずだが、心強い助っ人であることは確かだ。存分に力を借りることにする。
 あ。因みに夢前さんは別の方の本丸で研修の続きを受けることになった。事情が事情なので、未成年を巻き込むわけにはいかないのだ。当然彼女から猛抗議されたが、ご両親からの説得と、政府からの『命令』という強烈な令呪を受けて渋々去って行った。
 正直言うと、かなり言葉は悪いが、これで心置きなく調べ物が出来る。ということは非常に有難かった。

「ってことは、あの『神域』である本丸を探すか、この山姥切の布に残った僅かな霊力を頼りにあの気持ち悪い本丸を直接探すか……二つに一つ、ってことか」

 本来、こういうことは武田さんたちと協力して探すべきなんだろう。実際『勝手に動くな』って言われたし。でも、

「百花さんたちに残された時間がどれほどあるのか……分からないからなぁ」

 体感としては数十分、でも実際は二時間経っていた。これ以上長引けば行方不明になっていた審神者たちが亡くなってしまう。それこそ、今この瞬間に命を落としかけているかもしれないのだ。それを思うと、どうしても『待つだけ』なんて出来ない。
 ぎゅっ、と乾いた血がこびりついた布を握りしめれば、背後から清らかな霊力が近づいてくる。

「水野さん、あまり根を詰めすぎてもよくありません」
「そうそう。第一水野ちゃんはただの人間なんだから。あんまり『神域』とか『彼岸』に近い場所に近づくの、良くないよ」

 振り返れば太郎太刀と次郎太刀が揃ってこちらを見下ろしており、思わず苦笑いを浮かべる。

「すみません。でも、どうしても助けたくて」
「お気持ちは分かります。水野さんが誠実な方であることも、勿論知っております。ですが相手は政府だけでなく、我々の目を掻い潜って事を企てた者です。焦っては足元を掬われます」
「そうそう。それに言っちゃ悪いけど水野ちゃんの力、ちょっと弱まってる気がするんだよね。一度ちゃんと休んだ方がいいんじゃない?」
「え。そうなんですか?」

 弱まっている。私の力が? そりゃあ元々大した霊力を持っていなかったけど、鬼崎の刀たちから『神気』を分けてもらい、随分と霊力が増えたはずだ。それとも前みたいに私を守るために魂に住んでいる『竜神』が霊力を食べているのだろうか。とすれば、やっぱり私の身に『何かが起こっている』あるいは『今後起きる』ということだろうか。
 胸に手を当てて考えていると、石切丸とにっかり青江も別の部屋から出てくる。

「こちらにもそのような気配はなかったね」
「悪霊なら斬ってしまえるけど、流石に空間はねぇ……難しいよね」
「そうですか……」

 石切丸はともかく、にっかり青江が協力してくれるとは正直思っていなかった。彼はどちらかと言えば審神者側に『不満』を持っていた刀だ。面と向かって何か言われたわけではないけれど、時々そういう視線を向けてきたり、ぼやいているところを耳にした刀が多くいたからだ。それなのに何故協力してくれる気になったのか。分からないが、もしかしたら石切丸が進んで協力してくれているからかもしれない。石切丸は意外にもこちらに好意的な刀だったから。

「おや。水野さん。少し調子が良くないみたいだね。見てあげようか?」
「え。そんなに悪そうに見えます?」

 自分では全く自覚がないのだが、石切丸にまで言われてしまった。奉納されている刀たちにここまで言われたら流石に不安になってくる。

「うーん……『悪い』と言うと語弊があるかな。ただ君は『神域』にも『彼岸』にも足を踏み入れている。人の体にとって“良くないもの”が流れていても、可笑しくはないね」
「石切丸の言う通りさ。君自身に何か“憑いている”わけではないけれど、塵も積もれば何とやら、だ。お祓いぐらい受けていてもいいんじゃないかな」
「うんうん。僕も二人の意見には賛成だよ。君、無理するのが好きみたいだけど、あんまりよくないよ? そういうの。鬼になっちゃうかもしれないしね」
「別に好きというわけじゃないんですが……皆さんに言われたら頷かないわけにもいきませんね。少し休みます」

 髭切は『無理をするのが好き』だなんて勘違いをしているが、実際は無理なんて嫌いだ。出来れば楽に生きたい。生きているだけで百万円ぐらい欲しい。それに責任とか誰かの命を預かるとか、本当は心底遠慮したい件なのだ。でも一度請け負ったからには無責任に放り出すことが出来ない。それだけなのだ。
 でも、確かに焦ってはいる。小夜も心配していたけど、やっぱり私は周りに強制的に言われないと落ち着くことが出来ないみたいだ。

「主、戻るなら部屋まで送る」
「あんたが勝手に動き回らないよう、見張ってやろうか?」
「山姥切はともかくとして、大倶利伽羅はちょっと酷くない?」

 彼なりに心配してくれているんだろうけどね。まぁ休むと決めたら休むさ。ああ、そりゃあもう! 明日の昼頃まで寝てやろうかと思うぐらいにはね!!!

「では水野さんのために加持祈祷をしよう。ゆっくり休めるようにね」
「悪鬼が出たら僕が斬るからね。安心してお休み」
「本丸内の警備なら我らに任せておけ。君には恩義がある。義理は果たすさ」
「うんうん。皆頼もしいねぇ。じゃあ悪霊が出たら僕の出番かな。大丈夫さ。斬ったり斬られたりするのには慣れているからね」
「はい。ありがとうございます」

 心強い神様たちに改めて礼を述べ、彼らに見送られつつ部屋へと戻る。その際山姥切と大倶利伽羅は当然のように後ろからついてきた。武田さんから『常に刀と行動を共にするように』と言われているからだろう。それに文句を言うつもりはない。が、それにしても、だ。

「流石に寝る時まで傍にいない――よね?」

 昨夜は流石に部屋の中にまで入ってはこなかったが、廊下で見張りをしていたらしい。陸奥守と小夜が。その分今彼らは休息を取っている。だから心置きなく昨夜は夜更かし――という名の考え事をしていたわけなのだが。
 あー、もしかするとそのせいで『体調が悪そう』って言われたのかも。前も同じように無理してぶっ倒れたのに、学習してないなぁ。私。
 自己反省していると、ふとさっきから後ろを歩く二人が無言なことに気づく。『二人が無口なのは今更だ』そう言われたら確かにそうなんだけど、さっきの質問に対する答えがないから不思議に思ったのだ。だけど振り返った先、何故か二人は互いに視線を合わせたり外したりと、まるで好き合っている者同士みたいなもどかしいやり取りをしていた。

「……何やってんの?」

 いや、別に彼らが『そういう関係』だったとしても反対はしない。だけど今までそんな気配がなかったから思わず突っ込んでしまった。そんな私を見下ろすと同時に二人は足を止める。

「いや……閨に入るのは、流石に……」
「だがあんたは一度夢の中で怪異に襲われたことがある」
「無論主の身は守る。だが、その……やはり女性の閨に入るのは、と……」

 葛藤していたわけか。
 呆れるほど律儀で心優しい二人に乾いた笑い声が出そうになるが、必死に堪えてとある刀の名前を呼ぶ。

「大典太さーん!」

 二人が無理なら彼に来てもらうだけだ。
 今日は出陣も演練も遠征もすべて取りやめている。一応内番だけは回しているが、大典太は本日非番だ。それに昨日あんなことがあった手前、皆割と私の声や気配に対して敏感になっているみたいだし。呼んだら来ると思ったのだ。実際その思惑は見事命中し、数分もせずに大典太が廊下の向こうから駆けてくる。

「どうした。何かあったのか?」
「いきなり、しかも割と雑に呼び出してごめんね。ただ今からちょっと仮眠に入るんだけど、二人が心配だって言うから。前みたいに枕元に置かせてもらえないかな、と思って」

 我が本丸きっての『怪異斬り』こと大典太。逸話のこともあるし、彼が枕元にいれば特に問題ないだろう。寝室に入るのを躊躇っている二人は廊下、あるいはすぐ隣の執務室で控えて貰っておけばいいし。そう考えての提案だった。
 私的には名案だと思ったんだけど、何故だか二人は微妙な顔をしていた。何でだろ?

「俺は別に構わないが……」
「よかった。じゃあよろしくお願いしますね」
「主がそう言うのであれば俺達も従うが……」
「はあ……まぁ、大典太なら信頼出来るか……」

 え。何この空気。二人して「はーもうやんなっちゃうわ〜」みたいなさぁ、テンションと顔でため息吐かれると流石に気になるんですけど? だけど尋ねるよりも早く大典太から「休むんだろう?」と軽く背に手を当てられ、慌てて歩き出す。

「何かあったら起こしてね。遠慮しなくていいから」
「ああ。分かっている」
「しっかり休むんだぞ、主」
「はいはい。了解です」

 閨に入るのは〜、と躊躇っていた割に、私が横になるのを間近で見守る山姥切がちょっとだけ可笑しい。大倶利伽羅は予想通り背を向けて廊下に座ってはいるが、何となくこちらを気遣っているような気配は感じられる。

「それじゃあ少しだけ休むね。おやすみ」
「ああ。良い夢を」
「おやすみ、主」

 もしかしたら夢の中で怪異に会うかもしれない。いや、むしろ心のどこかではそれを望んでいる。
 ただ――

 昨夜お師匠様に連絡を取った時、言われた言葉が胸に引っかかっていた。

『水野さん。“言葉”には気をつけなさい。例えどんなに正しくとも、言葉は時に人の心を傷つける鋭利な刃物になるのですから。そして同時に、“呪い”にもなる。使う言葉に、気をつけなさい』

 当たり前のことのはずなのに。お師匠様に言われた時妙に重く感じた。
 もしかして、“言葉”に何か秘密があるのかな。私が何気なく使う言葉に。あるいは、投げられた言葉の中に。分からない。分からないけど、どうやら私の体は随分と疲れていたようだ。昨夜まともに眠っていなかったのも要因の一つだろうが、さっきまで全然眠くなかったはずなのに、私の意識はあっという間に暗闇の中へと沈んでいった。


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