小説
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 二人に手を引っ張られ、グニャグニャとした床の上を走る。最初は歩いていたのだが、時間がない。ということで途中から走ることになったのだ。でも考えてみて欲しい。私は太っている。太っているのだ。つまり、足が遅い。どれだけ頑張って筋肉を動かそうとも、彼らと並んで走るとか無理無理の無理なわけですよ。それでも「あとほんの数メートルだから頑張って」と言われ、こうして何年かぶりの中距離走に全力を出しているのである。

 いやでもキッツイんだわコレが!!! いやね、これがね、普段からランニングしてるとか、元陸上部とか、もっといえば他の運動部だったらね? まぁもう少しはマシだっただろうな。って思うんですよ。でもね、私バリバリのインドア派の文化部出身なわけですよ。日頃どころか昔から走るの苦手だったわけですよ。そんな奴がね? 今更走れると思います? 学生の頃より更に体力やら何やらが低下してるのに? ぶっちゃけもう休みたいんですけどね!!!
 なんてツッコミも口に出来ないほど、私は疲れ果てていた。

「がんばってください、ほんとうに、ほんとうにあとすこしなので……!」
「燭台切に見つかると不味いんだ……! ほら、あそこに見える穴を潜り抜けたらすぐだ」

 山姥切と今剣に激励されること早数回。返事もまともに出来ない悲惨な状態である。うん。もう心臓口から飛び出そう。
 それでもどうにか穴を潜り抜ければ、二人はようやく止まってくれた。

「は、はあはあはあ……ッ、」

 キッッッツ!!! 膝に手をつき、必死に呼吸を繰り返す私の背を二人が擦ってくれる。ごめんな、こんなデブの運動音痴で。正直君らだけならあっという間に駆け抜けられる距離に数倍時間かけてごめんな。本当、減量しなさいよ、ってね。はい。
 声にならない声の代わりに脳内で自分を詰りつつ、滲む汗を袖で拭って顔を上げる。

「そ、それで、あの、何を見せたいん、です?」

 息切れが激しいが、それでも問いかければ、再度二人が「こっちだ」と手を引いて歩き出す。だけどさほど歩かないうちに目的の場所へと着いたらしい。二人は揃って「コレを見てくれ」と引いていた手を何かに押し当てる。

「……あたたかい……それに、脈打ってる……?」

 触れたのは動く壁同様、妙にあたたかく柔らかい“何か”だ。しかもそれは確実に脈打っており、両手で触ってみるとうっすらとだが凹凸が感じられる。……何かコレ……形が人っぽいぞ?

「これ、照らしてみても大丈夫です?」

 ポケットに入れたままだった携帯で照らしてもいいか聞けば、二人は少し悩むような沈黙を落とした後小さな声で囁く。

「燭台切が来たらすぐに消すんだぞ?」
「みはりはぼくがします。おはやく」
「あと驚いたとしても決して大声は出すな。いいな?」

 傍らに立った山姥切に念を押され、深く頷いてから携帯を取り出す。ライトで照らさずとも画面の明かりだけでも見られると思ったからだ。実際、私が触っていたものは何だったのか。携帯を起動させてすぐに理解することが出来た。まぁ、正直そんな気はしていたしな。

「……百花さん……」

 薄い粘膜の向こう。脈打つ“何か”。例えるなら、そう。繭のような“培養器”のような肉塊の中で、一人の少女が目を閉じた状態で閉じ込められていた。

「彼女はまだ生きている。だがもう残された時間は僅かだ。このまま霊力と生気を吸い取られると、彼女は本当に死んでしまう」

 周囲を照らしてみれば、他にも大きな腫瘍のような肉塊が四つ見受けられる。……やっぱり、ここに閉じ込められている人たちは……

「みずのさまっ」
「!」

 今剣に呼ばれ、咄嗟に携帯の明かりを消す。かと思えば山姥切に腕を取られ、そのまま奥へと向かって走り出す。

「今剣、頼んだ!」
「はい!」

 燭台切が巡回にでも来たのだろうか。分からないが、私は促されるままに走り続ける。
 そういえば、さっき明かりで照らした時に山姥切の顔は見えなかった。私を此処に連れてくる前は二人共まともに話すことも出来なかったのに、今は違う。
 危険な状況だというのに何を悠長な、と思われるかもしれないが、ふと疑問に思ってしまったのだからしょうがない。
 だけどそれを口にするより早く、山姥切が立ち止まって私を別の穴の前へと立たせる。

「山姥切さ、」
「すまない。だが後は頼んだ。俺達の主を……どうか、救ってくれ」
「ちょ、まっ……!!」

 ドン、と両肩を押される。
 女の私が、例え折れていようとも男である山姥切に敵うはずがない。それでも咄嗟に伸ばした両手は何かを掴み、そのまま一緒に穴の底へと落ちて行った。

 そして気がつけば、私は大広間の前の廊下に座り込んでいた。

「主!!」
「主様!!」

 バタバタと、廊下の先から走ってくる刀たちの姿が見える。先頭を走っているのは小夜だ。その足元にはこんのすけが、そして続々と本丸に残っていた刀たちが駆け寄ってくる。

「主! 大丈夫?!」
「主様の気配が突然消えたので大変心配いたしました」
「こんのすけの言う通りだぜ? また何かあったのかとヒヤヒヤしたぜ」
「主さん、顔が真っ青だよ? 大丈夫? 横になった方がいいんじゃない?」

 小夜とこんのすけに続いて私の肩や背に触れたのは、本日非番であった和泉守と堀川だ。そんな彼らの騒ぎを聞きつけたのだろうか。畑や馬小屋の当番であった刀たちも顔を出してくる。

「主! お怪我はございませんか?」
「主さま、大丈夫ですか?」
「大将! 怪我はねえか?!」
「……ああ……うん……大丈夫。みんな、ありがとう……」

 今、私がいるのは……自分の本丸、で間違いない。薄暗く、グニャグニャした生き物の腹の中のような世界ではない。視線を上げれば青々とした空が広がり、ふわりと風が頬を撫でていく。
 私の体に触れている皆の手の感触も、ぬくもりも分かる。ペタペタと、触診、だろうか。触れてくる薬研の手つきも、真剣な瞳も、しっかりと感じ取ることが出来る。
 ああ、そうだ……。ここは私の本丸だ。百花さんの本丸でもない。あの“神域”と呼ばれる本丸でもない。あの気味の悪い妙な場所でもない。でも、どうやって帰ってきたんだろう……。

「水野さん! 何があった?!」
「水野さん!」

 背後から聞こえてきた声に振り返れば、客間の方から駆けてきたのだろう。武田さんと柊さんが揃って駆け寄ってくる。
 あー……そうか。またかぁ……。また迷惑をかけたのか……。しまったなぁ……。

「私……」
「はあ……心配したぜ。水野さんが『席を外す』って言ってからもう二時間経つ」
「主の気配が本丸の中から消えていたから、皆で探していたんだ」

 二時間? そっか……。そんなに経っていたのか。ああ、でも、そうか。二時間ならまだ日が暮れたりするわけでもないし、明るいのは当然か。
 まだどこかぼんやりとしていると、演練に向かわせていたはずの陸奥守たちが帰ってくる。

「主! 何があったんやか?!」

 かと思えば珍しく陸奥守が慌てた様子で駆けつけてくる。何かあったのかな。ん? いや、何かあったのは私か。あれ? でも何で陸奥守がそのことを知っているんだろう?

「薬研から連絡があってざんじもんてきたぜよ。どいたんじゃ。怪我はしちょらんじゃろうな」

 陸奥守の大きな手が私の肩に触れる。ああ……そういえば、今剣の手も山姥切の手も冷たかったな。走る前も、走った後も。あれは、やっぱり……幽霊、だったのかな……。

「つーか、水野さん。あんた何握ってんだ?」
「……え?」

 何を握ってるって……何が? 武田さんに指し示され、視線を落とせば確かに何かを握っていた。何だろう。
 何となしに広げれば、それは乾いた血がこびりついた汚れた布だった。これ……誰のだろう?

「水野殿、如何なされた」
「ご気分が悪いのでしょうか?」
「マジかぁ。大丈夫かぁ? 人間は弱っちいからなぁ」
「おい嬢ちゃん。無理せず休む、ってのも大将の務めだぜ?」
「皆さん、落ち着いてください。……どうやら、ただの体調不良ではないご様子。まずは話を伺いましょう」

 あ。そういえば今日の演練は引率の陸奥守以外は預かっている刀たちで隊を組ませていた。彼らは一様に不思議そうな顔をしていたが、メンバーがメンバーであっただけに不思議そうにしながらも近づいてくる。
 その中で真っ先に話しかけてくれたのは山伏だ。彼は比較的好意的にこちらに接してくれている刀の一振りである。次に三名槍である蜻蛉切、御手杵、日本号が腰を屈め、最後に太郎太刀が何かを察したように私の額に手を当てた。

「水野さん。お加減が優れないようでしたら無理は禁物です。ですが、あなたの身に何が起こったのか。出来るのであれば、詳細に説明していただきたいと思います」

 太郎太刀の指先から身体の中に何かが流れ込んんでくる。気、だろうか? そこでようやく自分が放心していたことに気付き、ハッとする。

「あ、ありがとうございます……」
「いいえ。半ば心が体から離れかけておりましたから。私の霊力で些か調整させて頂きました。……そうはいっても、私はあなたの刀ではありませんから。きっと体に合わないでしょうが……」

 心が体から離れかけていた……? ってことはアレか! 今死にかけてたのか?! マジで!!!? こッッッわ!!!!
 危なかったところを助けてくれて本当にありがとう! 自分の本丸でいつの間にか死んでました〜。とか笑えんわマジで!!!
 改めて礼を言おうと口を開いたら、馬当番を任せていたはずの次郎太刀の声が聞こえてくる。

「あっれー? 兄貴の霊力を感じたからおっかしいなぁ〜と思って来てみれば。どうしたのさ?」
「次郎……あなたは今日、馬小屋の当番ではありませんでしたか?」
「にゃはははは! 今は休憩中なのさ!」

 底抜けに明るい次郎太刀の態度に太郎太刀はため息を一つ零すが、本人は気にした様子もなく笑い飛ばし、こちらに視線を向ける。

「およ? どったよ、水野ちゃん。そーんな所に座り込んじゃってさ。ん? んんん? え、ちょ、本当にどうしたのさ! 顔真っ青じゃん! え? 何? っていうかこの空気何? 事件?」

 キョロキョロと辺りを見渡す次郎太刀の態度に、気付かないうちに強張っていた体から力が抜ける。
 そこでようやく小夜が私の手を握っていたことに気付き、大して大きさの変わらない手をやんわりと握り返す。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「本当に? 無理しないで」
「小夜の言う通りじゃ。おんしはいっつも無理しゆう」
「あはは……うん。でも、太郎太刀さんのおかげでだいぶ楽になった、っていうか……うん。ちゃんと、戻ってこられたから。大丈夫」

 さっき、きっと、多分。うん。私の魂は半分ぐらい“あちら”に行きかけていた。山姥切たちが口にしていた「時間がない」は私のことも含まれていたのかもしれない。あまり長くいては魂が肉体から離れてしまう、と。となると、やっぱりあそこは“呪いの本丸”と同じだ。『生者』がまともに辿り着くことが出来ない領域。でも、あそこは“神域”でもない。どちらかといえば“彼岸”――あの世、に程近い場所だろう。まだ生きてはいたけれど、あのままだと百花さんも危ない。確認は出来なかったけど、きっとそこに“水無”さんが担当していた残り四人の審神者たちもいるはずだ。
 ただどんな術が掛けられているのかも、あそこがどこなのかもハッキリとは分からない。ああもう、何でもっと“感知”しておかなかったんだろう! 無意識に頭に両手を当てれば、当然ながら手にしていた布がふわり、と頭に被さる。

 ……あ。そうだ。これ……

「山姥切の、布……」

 アレは、あの山姥切も、きっとあそこにいた“折れた刀”の中の一振りだ。“主を助けて”“主を救って”と願い、想いを託してきたうちの一振り。
 ……ああ、そうだ。思い出した。私、あそこからこちらに戻される時、咄嗟に掴んでしまったんだ。彼の、この布を。

「そっか……これがあれば――」
「水野さん?」
「主?」

 意識を集中させれば、僅かにだけど感じられる。彼の、“折れた山姥切”の霊力が。本当に僅かだけど。割れたガラスの破片の欠片みたいな、そんなささやかなものだけど。でも、確かに。彼の力を感じることが出来る。

「太郎太刀さん。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「いいえ。あなた方に助けられたのはこちらが先ですから。借りた恩はお返しします。当然のことです」
「はは。そう言ってもらえると、はい。少し楽です」

 太郎太刀に改めて礼を言い、不思議そうにしつつも見守ってくれていた武田さんと柊さんを改めて視界に入れる。

「お二人とも、重ね重ねご心配おかけしてすみません。でも、分かったことが少しだけ増えました。今からそれを、お話します」

 あの本丸は一体どこなのか。それは分からない。でも、百花さんは亡くなってはいない。だけど一刻も早く見つけないと、残された時間は僅かだ。
 助けて見せる。感知することしか出来ない私がどこまで出来るのかは分からないけど、やるだけやってみる。……ううん。やらないと。そうでなきゃ、私に託してくれた彼らに顔向けできない。あんな危険を冒してまで私を“核心部”まで導いてくれたんだ。これに応えないと、審神者が廃るってものだ。

「おーい武田ー! 水野さん見つかった〜?! っているじゃん!!」
「それならそうと早く連絡を……いえ、水野さんが無事で何よりなのですが……」

 おっほーい。本音が漏れてる。本音が漏れてるぞー。現役警察官〜。
 少し遅れた登場ではあるが、火野さんと田辺さんも揃った。どうやら彼らはここから離れた場所を探していたらしい。でも足を運んでくれてよかった。呼びに行く手間が省けたから。

 本当は、刀を抜きにして話した方がいいんだろう。でもそんなことを言っている暇はない。っていうか、多分だけど、私の刀が私から離れるとは思えない。そんな気がする。
 現に小夜は私の手を握ったままだし、陸奥守も私の肩を抱いたまま離れる気配がない。和泉守や堀川は平野や薬研と一緒に大広間で話し合う準備を整えてくれている。きっと私の発言から『重要な話がある』と察してくれたのだろう。相変わらず気が利く神様たちだ。

 でも……うん。そうだよね。私の刀は、こうでなくっちゃね。

「火野さん。田辺さん。すみませんが、私の刀も同席させます。これは、私たちだけの手で片付けられる事件ではないみたいですから」
「それなら、俺達も参加するよ」

 別方向から聞こえてきた声に振り向けば、そこにはいつもより少しだけ顔色の悪い加州が立っていた。かと思えば、その脇をものすごい速さで何かが駆け、私の膝に飛びついてくる。

「みずのさま!! しんぱいしました! とても、とても、しんぱいしましたっ……!!」
「さっきまで、あんたの気配がこの本丸から消えていた。今剣たちと一緒に探してたんだ。見つかってよかったよ」
「水野殿にまで何かあっては目覚めが悪いからな。だが、うむ。多少弱ってはいるが、怪我はないようで何よりだ」

 続いて加州の背後から現れたのは、案の定岩融だった。きっと今剣と共に探してくれたのだろう。これじゃあどっちが面倒を見ているのか分かったもんじゃないな。

「すみません。ですが、はい。出来れば皆さんにも、お話しておきたいと思っていました」
「うん。でも、どうする? 他の面子呼ぶ? 俺はどっちでもいいけど」

 百花さんを大事にしていた刀は、加州を含め今剣、岩融、長谷部、燭台切、薬研、小狐丸あたりだろうか。確か彼らも本丸に残っていたはず。だけど鯰尾や一期一振を始めとする数振りは百花さんについてあまりいい感情を抱いてはいないみたいだったから、無理に聞かせる必要もない。だから「聞きたい刀がいれば」と答えれば、何となく察したのだろう。加州は「分かった」と頷き、踵を返す。

「すぐ連れてくるから。用意と、小休憩。ちゃんとしなよ」
「うん。ありがとう」

 ぶっきらぼうだけど、ちゃんと気遣ってくれる。そんな加州に礼を言えば、彼は「別に」と大倶利伽羅みたいな反応をしてから行ってしまった。

「それじゃあ主さんはちょっと休憩ね。はい。あったかいお茶淹れたよ」
「あたたかいお茶を飲むとほっとしますよね。さ、主さま。こちらへ」
「堀川と平野もありがとう」

 陸奥守に支えられながら立ち上がれば、小夜が手を引いて歩いてくれる。
 んー! 迸る介護感! わしゃ老婆か!!! 別にそこまでして貰わんでも大丈夫なんだけどね?!
 本当にどこまで過保護なんだ。半ば呆れつつも苦笑いしていると、意外にも山伏たちも大広間へと上がってくる。

「うむ! 一宿一飯の恩――以上のものがあるからな。拙僧も助太刀しよう!」
「山伏殿のおっしゃる通りです。我ら三名槍、恩義を仇で返すことは致しません」
「蜻蛉が言うならやるしかねえよなぁ」
「同郷のよしみだ。嬢ちゃんが困ってる、ってんなら助けてやろうじゃねえか」

 どっかりと、堀川たちが用意してくれた座布団に座る山伏と三名槍。彼らは私の刀ではないのに、それでも助けてくれるという。
 本当、どこまで器がデカいのか。
 こんなどうしようもなく面倒事ばかり連れてくる審神者なのにね。敵視されても可笑しくはないのに。それでも友好的に接してくれる。それがどれだけありがたいか。改めて、心からの礼を込めて頭を下げる。

「色々とご迷惑をおかけしてすみません。至らぬ審神者ではございますが、どうかご助力をお願いいたします」
「何。至らぬ主であればそなたらの刀がそこまで必死になろうはずもない。もっと自信を持たれよ、水野殿」

 力強い声に顔を上げれば、にっかりと、白い歯を見せ爽やかに、けれど力強く笑ってくれる山伏の言葉に自然と目が丸くなる。
 だけどすぐに頬が緩んだ。うん。本当、いい刀たちばかりだ。きっと皆、根本的に『人』が好きなんだろう。だからこうして手助けしてくれるんだろうな。

「ありがとうございます」
「カカカ! 何、当たり前のことを言ったまでよ」
「ええ。山伏殿の言う通りですぞ。さ、水野殿。僅かな時間ではありますが、一息ついた方がよろしいでしょう。顔色が優れないのですから、無理は禁物ですぞ」
「蜻蛉切さんの言う通りだよ。さ、主さん。お茶が冷える前に飲んで」

 堀川に促され、淹れてくれたばかりの暖かいお茶を口にする。
 我が本丸の茶葉は基本的に鶯丸と歌仙が厳選してくる茶葉を使用している。その中でもとびきりいい奴を使ってくれたのだろう。いつもよりまろやかで甘いお茶にほっと肩の力が抜ける。

「はー……美味しい。堀川、ありがとね」
「どういたしまして。でもよかった。主さんに笑顔が戻って」

 にっこりと笑って励ましてくれる堀川にもう一度礼を言う。御簾で隠していても、どうやら彼らには私の表情が分かるらしい。隣に座っていた小夜も、皆に配るお茶の用意を手伝っていた陸奥守もほっとした顔を見せる。
 そうそう。そうだったそうだった。彼らって意外と審神者の顔色を気にするというか、心配性なんだよね。まぁ無理もないか。こんなにも面倒事に巻き込まれてばっかりの主なんだから。人間大好きな彼らが心配しないわけないよね。うん。

「あ。武田さんたちもお茶どうぞ」
「あ? あ、ああ。ありがとよ」

 複雑な表情で私たちを見ていた武田さんたちにもお茶を進めていると、加州が長谷部たちを連れてくる。だけど意外なことに三日月と石切丸、にっかり青江もついてきた。私が知らなかっただけで彼らもそれなりに主に思い入れがあるのかもしれない。知らんけど。まぁデリケートな話だしね。深くは突っ込まないでおこう。

「お待たせ。とりあえずはこの面子で話を聞くよ」
「分かりました。では、お話しますね。実は……――」

 私が本丸から姿を消していた二時間の間に何があったのか。包み隠さず話すことにした。


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