小説
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 彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野(仮名)。知らない間に三日間も行方不明になっていました。


『主』


 私と陸奥守が揃って『神域』に足を踏み入れている間、現世では三日も時が過ぎていた。以前呪われた本丸に行った時も時間の差を感じてはいたが、まさかここまでずれているとは。あの本丸にいた燭台切は『時間がゆっくりに感じる』という私の言葉を分かっていたかのように口にした。けど実際にそうだと誰が思うだろう。
 というか、もしかしてだけど、あの燭台切は現世とあの本丸とに流れる時間の差を知っていたのでは? なんて考えてみたけど答えが返ってくるわけでもない。何せあの本丸は三日月曰く『常に移動していていつ現世に繋がるか誰にも分からない』場所なのだから。答えを聞きに行きたくても行けないのだ。

 そんな中、持ち帰った情報を武田さんに伝えたのが二日前。そして今日、武田さんと柊さんが揃ってやってきた。

「まずは、水野さん。武田から行方不明になった、と聞いた時は肝が冷えましたが、ご無事で何よりです」
「すみません。ご心配おかけして。でも体調とかは特に問題ないんですよね。むしろ元気なぐらいで」

 そうなのだ。心配してくれる柊さんには悪いが、不思議なことにあの本丸から戻って以来妙に体の調子がいい。以前は与えられた『神気』が体に馴染まなくて調子が悪い日も多かった。それだけに何の問題もなく過ごせている自分が少し怖い。それともこんなものなのだろうか。神気が体に馴染むという事は。でもあまりにも突然すぎる気もしなくはない。
 いや、今は私のことはどうでもいい。今日武田さんと柊さんがうちに来たのは、亡くなっていた“百花”さんと、その担当者であった“水無”さんについて話があるからだ。

「そんじゃあ早速本題に移るんだがよ、政府の役員である“水無”って奴だが、困ったことに二カ月ほど前に退職してたんだよなぁ」
「え。そうなんですか?」
「はい。元々精神科に通院されていたのですが、徐々に症状が悪化し、そのまま退職されました」

 精神疾患、か。うーん……。あの本丸で聞いた声を思い出してみれば、確かにちょっと混乱? 錯乱していた感じはする。詳しくは分からないけど。でも辞めている人についてどこまで調べられたんだろう。
 続きを待っていると、武田さんがいつもより険しく、渋い表情を浮かべる。

「それによぉ、何故かそいつが担当していた“百花”って審神者の情報もデータベースから無くなってたんだよ」
「え。そんなことってあるんです?」
「いいえ。通常退職された職員含め、審神者の情報も厳重に保管し、勝手に削除することはありません。ですが、どこを探しても見つかりませんでした」
「つまり、誰かに情報を“消された”ってことですか?」

 それはどう考えても犯罪だ。ハッキングしたのか、それとも誰かが職員達の目を盗んで消したのか。どちらにせよ情報を『消す』だなんて相当な理由があるはずだ。何故そんなことをしたのかはまだ分からないけれど、これは益々もってヤバイ案件になってきたぞ。

「本来こういう事件は警察の仕事なんだが……ほら、うちはちょっと特殊だろ? 霊力だとか、付喪神だとか。そもそも霊力がない人間は付喪神以前に本丸にすら入れん。だから俺達が警察の手足となって動かなきゃならねぇんだよ」

 言われてみればそうだ。霊力がない人間からしてみれば付喪神である彼らは単なる“刀”だ。幾ら受肉しているとはいえ、彼らは基本的に本丸と、政府が特殊な術を施した施設の中でしか顕現出来ない。そして霊力のない一般の人は本丸にすら入ることが出来ない。だから警察とは『共同捜査』という形になるらしい。いやはや。政府も大変だなぁ。

「だが審神者の中にも現役で“警官”を務めている奴もいる」
「はい。警察の他にも軍隊、消防、海防、自警団などに所属していらした方も、極少数ですがいらっしゃいます」
「まぁ流石に軍人には“元”がつくけどな」

 成程。それもそうか。軍はともかくとして、警察は全国各地、それこそ大勢の人が務めているのだ。その中に霊力を持った人が一人二人、十人や二十人いたっておかしくはない。現に二人も政府業と審神者業で二足の草鞋を履いているのだ。警官にだって出来ないことではないのかもしれない。いや、実際のところどうなのかは知らんけど。だって私警官じゃないし。管轄とか、何課があるのかさえちゃんと知らないし。どれくらい忙しいかも知らないし。うん。まぁ、無理のない範囲でなら出来るのかも? みたいな?
 分からないなりに納得しようとする私に、武田さんが「しかも、」と続ける。

「水野さん。あんたもよーく知っている人だぜ? その“警官”様はよ」
「へ? 私ですか?」

 よく知っている、って言われても……私の知り合いに警察官なんていないぞ? 警察のお世話になったこともないし。
 キョトンとする私に、武田さんがその人の名を告げる。

「あんたも知ってるだろ。“田辺さん”」
「ぎぇっ」

 た、田辺さんって、あの“田辺”さん?!
 御簾の奥で盛大に頬を引き攣らせると、表情が見えなくても声からして彼にどんな感情を抱いているか理解したのだろう。武田さんが苦笑いする。

「あー、まぁ、確かにあんたにとっちゃ苦手なタイプかもしれねぇが、あの人あれでもエリートだぜ?」
「ぐわあああ! 知りたくなかったあああああ!!!」

 エリートとか言われたらさあ、余計に苦手意識持っちゃうじゃん!!! こちとら庶民だよ?! 庶民! しかも何の特徴もないモブ中のモブ!! 常に平々凡々と生きてる中でさぁ、『エリート』とか『出世コース』とか、そういう言葉が実際に聞こえてくる会社にもいなかったから余計に何か圧が凄いんだよ! 分かる?! 誰か分かってくれる?!?!

「あの人の担当は俺じゃねぇんだが、俺の同期が担当でよ。頼んでみたら快諾してくれたぜ?」
「ごっはっ!! 何でやねん!! 何ッッッでやねん!!!!!」

 何で! 承諾しちゃうんですか!!! いや、警察官だからね。そりゃあね、自分も務めている“審神者”関連で事件が起きればそりゃあお鉢が回ってくるでしょうよ。でもさーでもさー、あーでもこんなこと言う私の方が悪いんだろうな。だって向こうは仕事だしぃ? お賃金出るならそりゃあ働きますよねそうですよね分かります。それにまぁ確かに? 物言いはズバズバとして容赦ないけど、責任感強そうだし? 仕事とか超真面目にしてそうだな。とは思ってたよ? でも! まさか! 自分が世話になるとは思わないじゃん?!

「ぐおぉおぉおぉぉぉぉ……!!」

 分かってはいてもつい呻き声が出てくる。これには流石の柊さんも「ま、まぁまぁ」と常にない狼狽えた声を出す。

「私はその『田辺さん』という方は存じ上げませんが、武田の同期でもある“火野”は決して悪い人ではありません。彼が信頼に足る人物として水野さんのことを相談したのであれば、頼りになる方だと思いますよ」

 うん……。そうね。そりゃあ、そうでしょうけどね……。柊さんの言うことも分かる。分かるんだけどさぁ……。田辺さんかぁ……。

「あー……まぁ、その反応からしてあんたにとっちゃ会いたくねえ人物なのかもしれねえが……悪い」

 あまりにも落ち込む私に武田さんも心底申し訳なさそうな顔をする。しかし同時に両掌を合わせ、頭を下げた。

「もう呼んじまったんだ。ここに」
「え」

 驚いたのも束の間。トテトテと廊下を歩く軽い音が聞こえてくる。多分この軽い足音はこんのすけだ。
 そう思った時には既に障子の前にこんのすけは座し、いつものように「何でもない」と言わんばかりのトーンで、今一番聞きたくないことを告げてきた。

「主様、お客様がお見えになりました」

 ……行かなきゃ、いけないですよねぇ……。
 何故今日に限って陸奥守を演練のお目付け役に任じてしまったのか。数時間前の自分を説得しに行きたくてしょうがなかった。


***


「お邪魔します、水野さん」
「こ、こんにちは。田辺さん。ご足労おかけして申し訳ありません」
「いえ。事件だと聞きましたので。ああ、水野さんには伝えておりませんでしたが、私刑事部捜査二課に務めております、現役警察官です」
「あ、はい。先程武田さんから伺いました。すごいですね」

 何が『凄いのか』と聞かれたら困るが、だってこっちは警察のお世話になるだなんて思ってもみなかったんだよ! 訳分らんことを口にしてもしょうがなくない?!
 そんな私に助け舟を出すかのように、彼の背後からひょっこりと背の低い男性が顔を出してくる。

「こんちャーっす! 初めましてー! 俺が田辺の担当をしています、“火野”って言います。水野さんですよね? 武田から話は色々と聞いてますよ〜。今回は色々と大変でしたね。俺達も協力するんで、一緒に頑張りましょう!」

 溌溂とした態度に、ツンツンと立った黒髪。そしてキツネのように釣り上がった目が特徴的な男性は武田さんと同期とは思えないぐらい陽気だ。
 いや、武田さんも割とノリが軽いといえばそうなんだけど、火野さんは正直「本当に政府の役員?」って聞きたくなるぐらい軽い口調で挨拶してきた。

「あ、は、はぁ。よろしくお願いします」

 一応今回協力してくれるのでお礼の意味も込めて頭を下げようとしたが、それより早く両手を取られてブンブンと勢いよく上下に振られる。

「そんな水臭い挨拶いらないですよー! 俺達これから共同戦線で顔の見えない相手と戦うわけですから! あ、戦うって言っても捜査ですけど。長丁場になる可能性もあることですし、気さくにいきましょう!」
「は、はあ……」

 勢いよく振られる手と、火野さんのノリについて行けずぼんやりとした返事しか出来ない。そんな私を見かねてか、後ろにいた武田さんが「おい」と火野さんに声を掛ける。

「お前なぁ、初対面の相手にグイグイ行きすぎんな、っていつも言ってんだろ」
「え〜? それお前が言う〜?」
「火野さん。ファーストインパクトは大事です。もっと落ち着いてください」
「柊ちゃん冷たっ! でもそこがイイ〜!!」

 あー……何となくだけど分かったぞ。この人あれだ。『お調子者』ってやつだ。まぁ、でも。この人がいれば田辺さんとも気まずくはならないかもしれない。どうにかクッション役になって欲しいものだ。

「はいはーい! というわけで、挨拶も済んだことだしィ? このまま調査に入りますか!」

 夢前さんと大して変わらないノリを披露する火野さんに再度「はぁ」と間の抜けた声を返す。というかそういう声しか出てこない。一応ちらりと武田さんを見上げれば、彼は大きな溜息を零しながら後頭部を掻いている。柊さんも同様だ。つまり、火野さんは常にああいう感じだということか。いやはや。元気な人である。

「ゴホン、すみません。水野さん。私の担当が無礼な振る舞いを……」
「あ、いえいえ。そんな、お気になさらないでください。むしろ気さくな方で却って安心しました。その……事情が事情ですので、やっぱりプレッシャーが大きかったですから」

 以前とはまた違った意味での事件、しかも今回は刑事事件にまで発展してしまった。失われた個人情報を含め、どうにもきな臭い。しかしだからと言って当事者、いわば被害者でもあり、ある意味では加害者になるかもしれない私が逃げ出すわけにもいかない。関わってしまったのなら最後まで付き合うのが筋というやつだろう。
 改めて気合を入れなおす。毒を食らわば皿まで、という奴だ。

「それでは、色々とご不便おかけするとは思いますが、よろしくお願いいたします」
「いえ。こちらこそ。一刻も早く解決できるよう、尽力いたします」

 互いに頭を下げ合っていれば、案の定火野さんが「早く行きましょうよー」と駄々っ子のような声を上げる。うーん……あのノリ、いつか慣れるといいんだけど……。

「それでは改めて情報を纏めますと、亡くなった審神者“百花さん”と、その担当者である“水無さん”の情報が共に根こそぎなくなっている。と」
「はい。そうです」

 再び客間に集い、そこで膝を突き合わせて話し合う。今回は皆刀を連れてきていない。聞けばこういう“事件性”がある話には極力刀たちを連れてこないのがルールなんだとか。何でも霊力のない警察官の人たちは『付喪神』という目に見えない存在を心から信用できないんだと。それでいざこざが起きないよう、必要な時以外は刀たちを本丸に置いてくるそうだ。そういうわけで私も本丸にいる刀たちに『客間には近づかないように』と伝えていた。

「んー、俺も武田と柊ちゃんに聞かれて調べてみたけど、その“水無”って人、どーにも影が薄かったみたいでさぁ。そこの地区担当の奴らに話を聞いても、みーんな『暗かった』とか『あんまり話したことがないから分からない』とか、そーいう答えばーっか返ってきたんだよなぁ」

 火野さんの調べによると、どうやらその“水無”さんは職場でのコミュニケーションをあまり取っていなかったようだ。特に親しい人もおらず、常に一人で黙々と仕事をしていたらしい。見た目は三十代程で、少し天然パーマがかった黒髪に丸い眼鏡をかけていたらしい。背格好は私と殆ど変わらない。ということだから、身長は百五十センチ程だろう。

「業務態度は悪くなかったみたいだけど、そもそもあんまり注目されてなかった、っていうか、はっきり言うと誰も彼女のこと気にしてなかったみたいでさ」
「“彼女?” 水無さんは女性なのですか?」

 私が疑問に思ったことを田辺さんが代わりに質問する。すると火野さんは当たり前のように「うん」と頷いた。

「え? もしかしてそっから? おい武田〜、お前何調べてたんだよぉ」

 同期なだけあって仲がいいのだろう。砕けた口調で文句を零す火野さんに、武田さんも負けじと眉尻を跳ね上げる。

「うるっせーなぁ。そもそも俺はそっちの地域担当じゃねえから、知り合いはあんまりいねぇんだよ」
「というより、そもそも火野さんの人脈が可笑しいんです。普通そんなに各部署に知り合いなんていません。というか作る暇なんてありません」

 普段相当忙しいのだろう。“知人なんて作る暇はない”と苦虫を噛み潰したような顔で零す柊さんに、火野さんはヘラリと笑う。

「まーほら〜? 俺ってばこういう性格だから! それに知り合いは多い方が色々と便利だし? 実際役に立ってるっしょ?」

 それに関しては「確かに」と言わざるを得ない。詰まる私たちに火野さんは「でしょでしょ〜?」と調子に乗った声を上げ、田辺さんは手帳に何事かを走り書く。

「ではその“水無”容疑者は現在どこにいらっしゃるのですか?」
「あー……それが二月程前に退職しててよ。どこにいるのか誰も分からねえんだ」
「退職理由が“精神疾患”だったから送別会をしようにも、ねぇ……だから結局誰も彼女のこと知らないままお別れしちゃったんだよね。彼女と連絡先交換してる人もいなかったし。でも謎だよね〜。なーんで彼女のデータまで消えてんだろ」

 火野さんの疑問は最もだ。何故彼女のデータがないのか。そして亡くなった百花さんのデータもないのか。誰が消したのか。消した人は同一人物なのか。それとも単なる偶然――バグなのか。何一つとして分からない。

「んじゃあ火野よ、その“水無”って奴が他に担当してた審神者、知らねえか?」
「あー、いるにはいるけどぉ〜。多分聞いても無駄だと思うよ?」
「それは何故です?」

 訝しむように尋ねる柊さんに、火野さんはすっと表情を消したかと思うと、身を屈めて小さく呟いた。

「――全員、“神隠し”にあってるから」

 ――神隠し。
 それは名前の通り、行方不明になった者たちが『神様に連れていかれた』と周囲が認知することだ。火野さんの調べによると、その“水無”さんが担当していた審神者は五名。担当者数が少ないのは彼女の病気を慮ってのことらしい。しかし、だ。五人分全てのデータが消えているのは明らかに可笑しい。“異常”と言っても差し支えないだろう。

「だから田辺さんに相談したわけ。実の所この件は前から噂になっててさ。他の奴らが調べてたんだよ」
「“調べてた”? 何で過去形なんだよ」

 手帳にメモを取り続ける田辺さんの代わりに武田さんが火野さんへと尋ねる。本来なら火野さんも警察官ではなく一役員にしかすぎないのだが、流石人脈が広いと言われるだけある。彼は様々な情報を入手しているようだった。

「それが今では誰も調べてないんだよ。聞いてみても皆『そんなことは知らない』『自分の仕事じゃない』の一点張りでさ。一緒に捜査をしていたはずの警察官に話を聞きに行ってもみたんだけど、その人たちも『そんな事件に覚えはない』って言うんだよ。な? 可笑しいだろ?」

 もしかしてこれも“呪術”の一つなのだろうか。あの本丸には“迷い”の術が掛けられていた。しかもあの精度、相当な術者で間違いない。それこそ鬼崎と並ぶぐらいに。そんな術者であればあるいは……うん。可能性は、十分にある。

「だからこっそり調べてみたんだけどさ、そいつらが調べていたはずのデータもぜーんぶ根こそぎ盗まれてたんだ。ルパンかよ、ってな。だから正直なところ、俺達が関わって無事に解決できるのか不安はある。でもまぁ、今回はほら。“噂”の水野さんがいるわけだし? 意外とどうにかなるかなぁ〜。と思って」
「は? 噂?」

 そういえばさっきも挨拶された時に言っていたな。どんな噂が流れてるんだ? 不思議に思っていれば、武田さんと柊さんが「ああ……」と同時に呟く。
 何だ何だ。どんな噂されてるんだ、私。っていうかそんなに知名度あったのか? 嫌なんだけど。

「噂って……一体どんな?」
「あー……別に悪いもんじゃねえよ」
「はい。悪いものではないんですが……」
「いいものでもない、と?」

 どこか歯切れの悪い二人の顔を覗き込むようにして視線を向ければ、二人の代わりに火野さんが笑いながら答えてくれる。

「いやー、ほら、水野さんって俺らの上司こと“榊さん”に弟子入りしてるっしょ? だから否が応でも噂になるっていうかー、しかもほら。“生と死の狭間”にある“呪いの本丸”からも生還した勇者っしょ? そんな話聞きゃあ誰だって噂しちゃうよね〜」
「あー成程。って嘘ぉ?!?!」

 私が関わった事件が政府の間で噂になってるとか!! 嫌すぎる!!!
 助けを求めるようにして武田さんを見上げれば一瞬で顔を反らされ、柊さんからは「すみません……」と謝罪される。

「あの、噂を大きくするつもりはなかったのですが……あの本丸から『蟲毒』の壺を幾つか持ち帰ったでしょう? あの時、あの気にあてられて何名かの役員が不調を訴えたんです」
「でも水野さんは元気だったわけじゃん? だからそういう意味でも『勇者』ってことで、俺らの間では『レジェンド』扱いされてるわけよ!」

 うわああああああああああ!!! 嫌だ!!! 嫌すぎる!!!! 何でただのモブである私が『勇者』?! 『レジェンド』?! ふざけんな! 撤回を要求する!!!!

「そういえば、水野さんの霊力は“特殊”だとお聞きしました。我々と何が違うのでしょう」

 田辺さんの所にまで私の“噂”が流れているのか?! 全容は知らんけど嫌な予感しかしないぞ!?

「あー、そういやそこまでは俺も知らねえなぁ。なぁなぁ水野さん! 水野さんが危ない目にあっても平気な理由って、一体何なの?」

 くそぉ、グイグイ来る! グイグイ来るぞぉ、この男!! けど『どうして』と言われてもなぁ……。多分私の中の『竜神様』のおかげなんだろうけど……。

「えーと、黙秘権を使用します」

 何か話したくないからパス! どーにも怖気にも似た、寒気のような、危険信号のような、そんなものを直感で受け取ったのでこの件についてはこれで終わりにさせてもらう。
 だって、ほら。ね? 火野さんとは初対面だから。やっぱり初対面の人に自分の秘密をそうホイホイと言えないって。
 実際火野さんは「えー」と案の定な反応を示したが、武田さんから「もういいだろ」と言われたことで一応は引き下がることにしたらしい。乗り出していた体を元に戻す。

「そういや、水野さんが今回迷い込んだ本丸も『神域』だったんだって? もう本当水野さん引き強すぎでしょ。もしかして呪われてんじゃないの?」

 だがしかし、この男グイグイ来る上どんどん地雷まで踏んできやがる。私が気にしていることをずけずけと言いやがって〜!! その口縫うたろか!!!
 内心憤慨していれば、ここで何故か田辺さんが「え」と驚いたような声を上げる。

「し、神域、ですか? 水野さん、それは、お体は大丈夫なのですか?」
「え? あ、はい。全然、ピンピンしてますけど……」

 何故こんなにも田辺さんが狼狽えるのか。いや、理由は分からなくはない。通常『神域』と呼ばれる場所は身近なものだと神社の境内などがある。だけど私たちが一時的にとはいえ『行方不明』となったのであれば、それは通常の『神域』とは異なる場所だ。それこそ『神隠し』と呼ばれる――。

「あ」

 もしかして、あの本丸、怪しくないか?

 三日月はともかくとして、燭台切は何かちょっと意味深と言うか、謎がある感じがしたし。あの森に迷い込んだのが私だけじゃないとしたら、その『神隠し』にあっている人たちも“あそこ”にいる可能性はあるんじゃないか――? でも行き方がなぁ……。
 本丸は常に移動している。三日月はあの時そう言っていた。だからゲートを使っては辿り着けないだろう。でも待てよ? あそこには“百花”さんがいる。彼女の霊力さえ“感知”出来れば、
 またあの本丸に行けるのでは?

「……あの、ちょっと席外してもいいですか?」

 私は急いで部屋を出ると、足早に廊下を抜けて彼らの姿を探す。“百花”さんの初期刀である加州――または彼女に“姿が見えなくなる術”を掛けられていた今剣。彼らに“百花”さんの霊力が感じられるもの――日常的に持ち歩いていた荷物が何課ないか確認したい。
 確かに加州はまだ主を失った傷が癒えていない。今はそっとしておいて欲しいだろう。今剣もあれ以来大人しく、私に突撃してくることもなくなっていた。ショックを受ける気持ちは分かる。でも、もしかしたら百花さんは“巻き込まれた”可能性があるのだ。この“事件”に。それを解決することでショックが和らぐわけではないだろうけど、それでも。多少の供養にはなるとは思うのだ。勝手な思い込みにしかすぎないけど……。

「加州! 今剣さん! いらっしゃいますか?!」

 大広間を覗くが姿は見えない。庭も静まり返っており、厨にも誰もいない。

 ……可笑しい。何だろう、この感じ……何だか“あの本丸”に迷い込んだ時と感覚が似ている。“呪われた本丸”。全ての時が止まった、赤く、禍々しい本丸に。
 そう思っていた時だった。ふと背後に気配を感じたのは。

「誰?」

 振り向いた瞬間――私は、言葉を失った。



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