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 彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野(仮名)の本丸にも、ついに『検非違使』と遭遇しました。


『神域』


 久々に重傷者が出た翌日。色んな意味でショックを受けたであろう夢前さんには休日を言い渡した。帰り際、負傷した第一部隊の皆を心配していたので手入れ部屋でスヤスヤと眠る彼らを見せれば安心した様子で帰って行った。それが今朝の話だ。今は朝食も終えた八時過ぎ。回復した第一部隊を中心に、大広間で昨日の出陣について話し合っていた。

「それじゃあ昨日は本丸に帰還する間際に突然『検非違使』が現れた、と」
「はい。僕たちが本丸のゲートを開こうとした時です。突然空が曇りだして、雨でも降るのかな。と思って見上げたらそこに突然稲光のようなものが走って……そこから出来た空間の裂け目から遡行軍とは違う部隊が出てきました」
「ああ。しかも有無を言わさず襲い掛かってきてな。刃を交えて実感したが、遡行軍に比べ遥かに硬かった。俺の練度が低い、というのを差し引いても、アレは相当なものだった」

 小夜、鶯丸の言葉に先日行われた会議を思い出す。鳩尾さんも言っていたが、検非違使は神出鬼没で攻守ともに優れた部隊だ。各地で送られてきた報告書のコピーを見てもそうだが、どの本丸も痛手を食らわされている。現に鶯丸もお守りが発動したらしい。帰還間際の一刀を小夜が庇わなければ確実に折れていた。という話しだった。本当、小夜には感謝してもしきれない。

「僕と大倶利伽羅さんが二刀開眼してようやく一振り倒せたぐらいですからね」
「ああ」
「鯰尾くんと伽羅ちゃんが二刀開眼してようやく、って……相当厄介だね」
「まぁその前に遡行軍を退けてますから。その分の負傷を加味して、ですけどね」

 顎に手を当て唸る燭台切の言葉に皆が頷く。鯰尾と大倶利伽羅はうちの本丸でも重要な主戦力だ。特に脇差は堀川と二振りしかいない。だから鯰尾にはかなり助けてもらっている。何せ脇差は室内戦でも夜戦でも実力を損なうことはない。だからどうしても出陣回数が多くなる。結果として練度も他の刀より早く上がるのだ。そんな彼らが、だ。手を組んでようやく一振りだなんて……これは編成をもっと考えないといけないぞ。

「検非違使は我々よりも練度が高いのでしょうか」
「もしくは部隊で一番の強者と互角に張り合える者たちで動いているか、だな」
「何にせよ情報が少なすぎるよね」

 疑問を口にする宗三に意見を返したのは長谷部だ。彼が口にしたことは政府や他の審神者からも大方予想されていることだ。検非違使と遭遇した審神者達の報告から見てその線が高いんだと。
 そう考えるとうちで一番練度が高いのは『極』と呼ばれる修行に出た陸奥守と小夜だ。もしその小夜と互角だったのであれば、鶯丸が折れかけるのも分からない話ではない。

「今後は部隊の練度を均一に保った方がよさそうだね」
「となると、暫くの間俺達の出陣は面子が固定されるな」
「……致し方ありませんね……」

 鶴丸が言うように、一度折れたことがある鶴丸、鶯丸、江雪、大典太、三日月は今の所練度がほぼ同じだ。だから検非違使が現れてもいいように暫くの間はこの五人での出陣になるだろう。

「じゃあ今後は『皆の足並みをそろえる』ということで。そのためにはまず鶴丸、鶯丸、江雪、大典太、三日月の出陣回数を増やそうと思うんだけど……皆はどう思う?」

 陸奥守たちに続いて練度が高いのは短刀たちだ。一時期打刀もろくに出陣させることが出来なかった頃、殆どの戦場を駆け巡っていたのは彼らだ。おかげで殆どの短刀たちが最高練度まであと一歩、というところまで来ている。そのうち小夜のように修行に送り出す日が来るかもしれない。
 ただ彼らは強すぎるが故に検非違使と遭遇した時が危険だ。他の練度が追い付いていない刀が折れる可能性がある。それを避けるためには彼らの出陣回数を控えるか、太刀組の出陣回数を増やすかだ。とはいえ『言うは易く行うは難し』とはよく言ったもので、実際に戦場に赴くのは彼らだ。幾ら私が『主』だとはいえ、彼らの意見も聞かずに独断で決定するわけにはいかない。机上の空論もいいところだしね。だから確認の意味も込めて尋ねれば、殆どの刀が賛同してくれた。

「一先ずはそれで様子を見た方がいいかもしれないな」
「ええ。今練度が高いのは陸奥守と小夜を除いて短刀達ですから。我々の練度差をなくすことが先決でしょう。僕は賛成ですよ」
「俺っちも鶴丸の旦那や宗三と同じく賛成だ。次にいつ遭遇するかも分からんしな。慎重に行こう」
「それじゃあ暫くの間は出陣部隊のメンバーを固定するね。小夜くんたちは昨日のこと、思い出せる範囲内でいいから詳しく報告書に書き起こしてくれる?」
「分かりました」

 陸奥守と小夜には悪いが、今後は彼らの出陣も暫く控えさせてもらおう。口にせずとも二人共察してはいるだろうけど。

「さて。それじゃあ話し合いはこれで終わりということで。私は万屋に買い物にでも行ってこようかな。鶯丸の新しいお守りも買わないといけないし」
「すまんな、主」
「いいのいいの。無事に帰ってきてくれることが一番嬉しいから」

 どんな傷を負っていようとも首の皮一枚繋がっていれば彼らを助けることが出来る。こればかりは現金な話だけど、彼らがただの『人』じゃなくてよかったな。と思ってしまうところだ。

「というわけで、今日は一日お休みにします! 出陣していた刀もそうだけど、皆も今日はゆっくりしてね」

 昨日の今日だ。夢前さんにも休みを言い渡したことだし、彼らにも休息が必要だろう。一応週休二日制的な感じで休日は設けているけどね。たまにはこういう日があってもいいだろう。祝日的なアレだ。
 預かっている刀たちにも今日は一日休みだと伝えている。その間に私は必要なものを買い出しに行こうと考えていた。

「みずのさま、おはなしはおわりましたか?」
「あれ、今剣さん。そんなところでどうしたんです?」

 ひょっこりと顔を覗かせてきたのは今剣だ。どうやらずっと縁側に座って待機していたらしい。確かに彼らには『軍議を開くからしばらくの間大広間から離れていて欲しい』とは伝えていたけれども。
 部屋から顔を出してみると、少し離れた位置にある縁側で腰かけている三日月と目があった。かと思えばそのまま笑顔で手を振られたので、こちらも一応振り返しておく。

「みずのさま、きょうはおやすみなのですよね? いっしょにあそびませんか?」
「お誘いありがとうございます。でもごめんなさい。今日はちょっと万屋に買い出しに行くので、すぐに、とはいかないんです」

 目当てのものはお守りだが、何もそれだけを買うわけじゃない。酒や米、味噌や醤油といった重たいものは通販で購入するが、それ以外の備品は直接店に足を運んで購入するつもりだった。例えば皆で食べるおやつとか、新しい文房具とか。やっぱ試し書きとかしたいじゃんね。それに買い物って気づいたら買う予定のなかったものまで買っちゃって、結局大荷物になることが多い。だから『付き合ってくれる』と言ってくれた陸奥守と一緒に出掛けるつもりだったのだ。

「む! それでしたらぼくもいっしょにいかせてください! にもつもおもちいたしますよ!」
「いやいや! 今剣さんに荷物持ちなんてさせられないですよ!」

 自分の刀じゃないことを前提にしても、自分より小さく細い彼に荷物など持たせられない。だけど今剣はどうしてもついて来たいらしい。うーん……困ったなぁ。

「コレ、今剣。何を騒いでいる」
「あ。岩融。みずのさまがおかいものにいくというので、ぼくもつれていってください。とおねがいしていたところです」

 ああ、やっぱり。岩融は今剣の保護者も兼ねているのだろう。今剣の声が聞こえるとどこからともなく現れ、こうして話を聞いたり連れて行ったりする。ということは、だ。今剣が「来る」となると、同時に彼も「来る」ことになってしまう。それだけは避けたい。何故かって? 単に大人数で行くと面倒だからだ。そりゃあ確かに岩融は大きいから目立つし荷物だって安心して預けられるだろう。でもあくまでも彼らは『一時的に預かっている』だけで私の刀ではない。それに万屋は存外広いというか大きいというか、規模がデカいのだ。だから行ったことがないだろう今剣とはぐれる可能性がないとも言えない。もしはぐれたとしたら私の監督不行届きだ。それは避けたい。
 だからどう断ろうかなぁ。と頭を悩ませていると、案の定岩融が助け船を出してくれた。

「今剣よ。そなたが水野殿を好いているのは重々承知だが、我らは世話になっている身だ。あまり我儘を言うでない」
「そ、それはそうですけど……」
「大丈夫ですよ。すぐ帰ってきますから」

 これは本当だ。必要なものを買ったらすぐに戻ってくるつもりでいた。その頃には小夜たちも報告書を仕上げているだろうし、うちにも『検非違使』が出たことを政府に報告しなければいけない。刀剣男士たちは休みでも、こちらは最低限やらなければならないことがあるのだ。勿論時間が出来れば今剣と一緒に過ごすつもりだけども。
 今剣は岩融の説得で多少思うことがあったのだろう。一瞬だけ不服そうに唇を尖らせたが、すぐさま肩を落として頷いた。

「わかりました……みずのさまをこまらせるのはほんいではありませんから……おとなしくまっています」
「すみません。帰ってきたら一緒に遊びましょう」

 思えば今剣はまともに主と過ごしたことがないのだ。かくれんぼでも鬼ごっこでも付き合ってやろう。そんな気持ちを込めて「また後で」と手を振りつつ大広間を後にした。
 そして荷物をまとめて玄関へと向かえば、何故かうちの刀ではない方の三日月宗近が立っていた。

「水野殿。これからお出かけか?」
「はい。ちょっと陸奥守と一緒に買い出しに」
「そうかそうか。ならば俺もついて行ってもいいだろうか」
「え」
「何。邪魔はせんし、勝手にどこかに行ったりもせん。俺は、ほら。幽閉されていただろう? だから一度行ってみたくてな」

 今剣を断った手前三日月の申し出を受け入れるのは難しい。だけど、何だろう。断っても付いてきそうな気配がする。

「えー……一応伺いますけど、ダメです、と言ったら……?」
「ふむ。そうだな……では、勝手について行くとしよう」

 あーーーほらーーー!! やっぱりねー!! そんな気はしてましたよ!!
 頭を抱えているとタイミングよく陸奥守がやってくる。そして頭を抱える私と微笑む三日月を見て何となく事情を察したらしい。呆れた顔を三日月へと向けた。

「おんし、何を考えちゅう」
「何、そう警戒するでない。単に万屋なるものが気になるだけよ」
「それだけには思えんのじゃが……主、どうする」
「どうもこうも、置いて行ったところで勝手についてくる。って言ってるんですよ」

 それは困る。非常に困る。もし三日月がついてきたと知れば今剣を傷つけてしまう。あ。でも待てよ? 別に「万屋に行きたい」だけなら今日じゃなくてもよくないか?

「あ。それじゃあ、今度行きましょう、今度。今剣さんも一緒に行きたがっていたので、次の休日にでも」
「ふむ……まぁ、それでも良いか。では楽しみにしておるぞ」

 よ、よかった……。どうにか振り切ることに成功したぞ。
 じんわりと掻いた冷や汗をこっそり拭いつつ靴を履き、改めて外に出る。

「それじゃあ行ってきますね」
「うむ。気をつけてな」

 笑顔で送ってくれる三日月に軽く手を振り、陸奥守と共に万屋へと続くゲートを潜る。そういえば、最近は陸奥守ばかりと買い物に出ている気がする。陸奥守が出陣でいない時は他の刀たちが着いてきてくれるけど。気のせいかな?

 ……ま、いっか。

「それじゃあさっさと買い物済ませて本丸に戻りますか」
「ほうじゃの」

 万屋へと続く大通りへと二人並んで歩き出す。相変わらず人が多いことだ。だけどここで私たちは不思議な出来事と遭遇することとなる――。


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