小説
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 あれから買い出しを含め、陸奥守と街を練り歩いた。だから結局本丸に戻ったのは夕方だった。

「皆ただいまー」
「あるじさん、おかえりなさい!」
「あるじさま、おかえりなさい、です」「ガウッ!」「ギャウゥ」
「主君、お疲れではありませんか? お荷物があるようでしたらお受けいたしますよ」

 バタバタと駆けてきたのは足の速い短刀たちだ。がばっ! と抱き着いてきた乱と、虎たちと一緒にお出迎えしてくれた五虎退。そして前田に続いて小夜が顔を出してくる。

「おかえりなさい、主。陸奥守さん」
「ただいま、小夜くん。ごめんね、お出迎え出来なくて」
「おお、ただいま。小夜」

 迎え入れてくれた小夜は遠征部隊に組み込んでいた。だから本当なら私が彼らを出迎えるはずだったのだが、思った以上に街で遊ぶのが楽しくて帰宅時間をオーバーしてしまったのだ。

「気にしないで。今日の遠征は僕と兄さまたちだけだったし。今日は主に息抜きをして欲しかったから。だから、あなたが楽しかったのなら、僕はそれでいい」
「ありがとう。すっごく楽しかったよ」

 小夜の気遣いが嬉しい。小さな頭を撫でれば、陸奥守も「すまんかったの」と謝りつつ小夜の肩に手を置く。

「わしが主を引っ張り回してしもうた」
「え。それじゃあ、今日は一緒に街を回ったんですか?」
「おん。現世は楽しいところやった」
「そうですか。陸奥守さんも息抜きが出来たみたいで、よかったです」

 いや〜、本当に小夜はいい子だ。うん!
 深く頷いていると、丁度湯浴みを終えたらしい。ラフな格好をした宗三と江雪が「おや」と声を上げる。

「おかえりなさい。随分と遅かったですねぇ。陸奥守がいるから心配はしていませんでしたけど、連絡ぐらい寄越したらどうなんです?」
「うぐっ! ご、ごもっともな意見……遅くなったうえ連絡もせずに、すみませんでした……」

 宗三の言う通りだ。帰宅時間をオーバーしたんだから、せめて連絡すればよかった。一応本丸には電話を置いているんだし。項垂れると、宗三の傍にいた江雪が「コラ」と声を上げる。

「いけませんよ、宗三。主を責めるようなことを口にしては」
「おや。別に責めているつもりはないんですけどねぇ」

 飄々とした態度の宗三に江雪はため息を零すが、すぐさま乱がクスクスと笑い出す。

「大丈夫だよ、あるじさん。宗三さんはあるじさんが心配なだけなんだよね! 本当に素直じゃないんだから」
「乱? 勝手な解釈はやめてもらえます?」
「兄さまは素直じゃないから……」
「小夜まで! 違います! 違いますから! 勘違いしないでくださいよ!」

 何故か必死な宗三に苦笑いしていると、風のように一振りの短刀が駆けつけてくる。

「みずのさまー!! おかえりなさーーーい!!」
「うわっ、今剣さん?!」

 バビューン! と勢いよく胸に飛び込んできた短刀を受け止めれば、今剣がニッコリと眩い笑顔を浮かべたまま見上げてくる。

「えへへ、いきおいがよすぎましたね」
「もー、本当ですよ。お怪我はありませんか?」

 柔らかい髪ごと頭を撫でつつ問いかければ、今剣は元気よく「だいじょうぶです!」と答える。そんな今剣を追いかけてきたのだろう。廊下の奥から岩融がやってくる。

「これ、今剣。廊下を走るでない」
「岩融。すみません。みずのさまのおこえがしたので、つい」
「はあ……まったく。水野殿、帰還が遅れるのは感心せんな」
「うへえ、すみません」

 岩融は宗三以上に物言いが厳しい。宗三はまだ彼なりの愛情を感じられるが、岩融はただただ厳しい。いや、多分一応は心配してくれているんだろうけどさ……。

「せめて連絡を寄越せ。今剣がうるそうて敵わんわ」
「あ! 岩融! なんてことをいうんです! ぼくはみずのさまのおんみをしんぱいしてですね!」
「あー、分かっておる分かっておる。ほれ、早う離れんか」

 べりっ、とまるで猫の子を持ち上げるかのように岩融は今剣の後ろ首を掴んで引き離す。当然今剣は「はなしてくださいー!」と手足をばたつかせているが、岩融は離す気がなさそうだった。
 そんなことをしていると丁度ゲートが開く音がする。どうやら出陣部隊が戻ってきたらしい。

「皆おかえりー」
「おお、主もよく戻ったな。今日も皆無事に帰ってきたぞ」
「よっ、お疲れさん」
「……ただいま」

 今日の出陣部隊には三日月、鶴丸、大典太の太刀三振りと、

「おう! 主もよく戻ったな! 俺達も快勝だったぜ!」
「主さん、ただいま!」
「兼さんと堀川くんもおかえり〜。皆怪我はない? 大丈夫?」

 和泉守と堀川の計五振りでの出陣だった。どうやら今日は軽傷で済んだらしい。大きな傷はないようで安心する。
 そして今日の誉は和泉守が取ったみたいだ。桜がひらひらと辺りに散る。

「お、今日は兼さんが誉取ったのか〜。おめでとう! さっすが兼さん! かっこいい〜!」
「だーろぉ〜? もっと褒めていいんだぜ?」
「よっ! 兼さん日本一!」
「格好いいよ、兼さん!」
「おう! もっと褒めろ!」
「わははは。楽しそうじゃのぉ」

 堀川と一緒に和泉守を持て囃しつつ、近づいてきた三日月と鶴丸、大典太にも労りの声を掛ける。

「三人ともお疲れさま」
「うむ。誉は和泉守に取られてしまったが……何、次は爺が勝ち取るさ」
「お。言うじゃないか三日月。見てろよ〜、主が『あっ!』と驚くような成績を俺が叩き出してやるぜ!」
「血気盛んだな。俺も混ざった方がいいのか?」
「いやいや、大典太さんはご自分のペースでいいんですよ。ゆっくり行きましょう。ほら、私一回それで無理して倒れてますから。反面教師、ってやつです!」
「ふっ……そうか。主であるあんたがそう言うなら、それでいいか」

 三日月と鶴丸が仲良く言い合いをしている中、ちょっと落ち込んでいる様子の大典太を励ましてみる。彼らは一度折れたことで練度がリセットされてしまった。だから来るべき『検非違使』戦に向けて出陣回数を増やしているのだ。だけど焦る必要は全くない。急がば回れ、だ。私がそれで一度失敗しているのだから。反面教師にしてほしい。
 食事と休息をちゃんととって、小さくとも毎日経験を積んでいけばいざという時でも臨機応変に戦える。だから今は焦らないで欲しい。
 そう暗に滲ませれば、大典太はちゃんとくみ取ってくれたらしい。少しだけ表情を緩めてくれた。そんな彼らを見上げて笑みを交わしていると、わらわらと廊下に刀たちが集まってくる。

「皆おかえり〜。もうすぐご飯出来るからね〜」
「早く風呂に行け。外で騒ぐな」
「おいおい、相変わらず伽羅坊は辛辣だなぁ〜」
「兄弟、怪我はないか?」
「平気だよ。ところで晩御飯の方は大丈夫? 人手足りてる?」
「ああ、問題ない。写しといえど料理は慣れたものだ」
「主、こちらの菓子折りはどこに仕舞っておきましょうか」
「あ。それ皆のお土産! そっちの箱は今度来るお客さん用だから、そっちは棚に仕舞っておいてー」
「畏まりました」

 一気に賑わいだす本丸。靴を脱いで中へと戻れば、早速短刀たちが話しかけてくる。

「ねぇねぇ、あるじさん! 今日はどんなお土産を買ってきてくれたの?」
「もう遅いから、明日のおやつまで秘密で〜す」
「ふえぇぇ〜! ぼくたち明日出陣で、食べられないです〜」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと五虎ちゃんの分は残しておくから」
「あ、主! 帰ったらちゃんと“手洗い・うがい”だよ!」
「短刀たち、悪いが配膳を手伝ってくれないかい?」
「はーい!」

 燭台切に促され、洗面台へと向かう。短刀たちは歌仙に乞われ配膳の手伝いをするために厨へと駆けて行く。
 その道中、丁度厠から出てきたもう一振りの『三日月宗近』とばったり出くわした。

「おお、審神者殿。帰還されたようだな」
「はい。三日月さんは今日馬小屋の整備でしたよね? どうでしたか?」

 彼は小狐丸ほど明確な敵意と言うか、警戒心は見せてはこない。だがうちにも三日月がいるからよく分かる。彼は心から私を信用していない。まだ評価するために観察中。という感じがするのだ。
 善でも悪でもない。まるで選定するかのように、彼は美しい瞳で見下ろしてくる。

「うむ。何分初めてのことだったから戸惑ったが、何。存外良いものであった。しかし馬に好かれるのは困るものだなぁ」
「あはは。馬は相手の良し悪しを見抜く生き物ですから。きっと三日月さんの御心に惹かれたのでしょう」

 私としては何気ない一言だと思ったのだが、どうやら三日月的には違ったらしい。「ふむ」と漏らしたかと思うと、マジマジと私の顔を見つめてくる。
 一応御簾はちゃんと本丸に戻る前につけてきた。でも何だか魂の奥底まで見抜かれそうな……力強く、恐ろしい瞳だった。

「……俺にはそなたの方が他者を惹きつける力があるように思うが……それはその“魂”のせいか?」
「……私の魂には、竜が住んでいますから。可能性は『無きにしも非ず』という感じですかね」

 だけどこの瞳に今更物怖じする私ではない。そもそも審神者とはそういう存在であらねばならない。へりくだりすぎてもダメ。傲慢になってもダメ。彼らの『主』として存在するということは、そういうことなのだ。
 常に評価される立場にある。ただ無条件に守られるだけの存在ではダメなのだ。だから、私は彼の瞳がどれほど恐ろしくても、芯から揺さぶられるような心地を覚えようとも、決してその瞳から目をそらすことは出来ない。してはならないのだ。

「……ふむ。成程。成程成程。ふふっ、そうかそうか」
「あ、あの……?」

 何を納得したのだろうか。どこか楽し気な三日月に不安を覚えつつ瞬いていると、突然顎に手を掛けられる。

「そなたの魂、喰らえばさぞ美味かろう。その肉も、その血も。一体どんな味がするのやら」
「え、あ、あの、ちょっと……?」

 な、何だか危険な感じがするぞ……? 近づいてくる異常なほどの美貌。や、やばい。これは突き放した方がいいのでは……? ビクリ、と指先が戦慄く。だけど私が腕を突き出すよりも早く、私の背後から伸びた腕が三日月の顔面を鷲掴みにした。

「コレ、そこな不届き者。我が主に何をしている」
「あなや。まさかもう一人の俺に止められるとは」
「あ……み、三日月さん……」

 ぐっ、と私を片手で抱き止せ、反対の手で相手の顔を鷲掴みにして止めているのはうちの三日月だった。
 お、おお……助かった……。

「それにしても、随分と野蛮な止め方ではないか。人の顔を鷲掴みにするなど」
「はっはっはっ。これはうちの本丸流でな。そなたの所の流儀など知らぬ。第一、この者は我らの主。斯様に手出しするのであれば、その悪戯な腕ごと斬り落としてくれよう」
「ちょ、ちょちょちょ、ストップストップ! 三日月さん、私大丈夫だから! 大丈夫だったから!」

 何かビックリするぐらいあの三日月が怒ってる!! 顔は笑っているけど目の奥が全然笑っていない。どうにか止めようと胸に手を当て仰ぎ見れば、何故か相手の三日月から笑われた。

「はっはっはっ! これはこれは。また随分と鈍い審神者殿であらせられる」
「……短所であり長所でもあるがな」
「あ。短所が先なんだ?」
「当然だ。そなたのそれは時に毒として、時に薬として働くからなぁ」
「ん? 褒めてる? それ褒めてるよね?」

 笑い飛ばす三日月と違い、こちらの三日月はどこか苦い顔をする。っていうか鈍いってなんだ。どういう意味なんだ。そして私の何が鈍いっていうんだ。体か? この丸い体のことか???
 分からずに問いかけるが、どちらの三日月も教えてくれる気配はない。
 何なんだよー! 短所だと思ってるなら改善するから詳細を教えてくれよー!!

「あ? おいあんたら、こんな廊下で何してんだ」
「あ、たぬさん! 助けてヘルプミー!」
「あ? そりゃどっちも同じ意味だろうが」

 意外と俗世に馴染んできている同田貫に手を伸ばして助けを求めれば、今度は三日月の腕から同田貫の腕の中へと引き込まれる。
……うん。別に抱き込まなくてもいいんだけどね?

「爺さんたちも何熱くなってんのか知らねえがな、こいつの前で争っても意味ねえぞ。“豚に真珠”って言葉知ってっか」
「わーお、ストレート! 流石に今のは暴言だって気づくぞ!」

 流石俺達の同田貫だぜ! 皆がストレートに言えないことをさらっと言ってのける! そこに痺れる憧れ、るかあ!!!

「たぬさんせめてオブラートに言って!」
「それで通じるとは思えねえんだが」
「たぬさん本当に私のことよく理解してるよね」
「分かってんならオブラートに言え、何て言うんじゃねえよ。馬の耳に念仏になっちまうだろうが」
「たぬさん今日どうしたの?! もしかして慣用句の辞典でも食べた?!」
「んなもん食うか!!」

 同田貫の鋭いツッコミが入ったところで再び三日月が笑い出す。流石にもう先程のような危うい空気はなく、うちの三日月も相手の顔から手を放す。

「はー、何とまぁ。愉快な審神者殿だ。うむ。面白い」
「へ?」

 指で目尻を拭っているから、涙が出るほどに笑ったのだろう。一体何がそんなにツボに入ったのか。分からないが、どうやら彼は彼なりに私の評価位置を決めたらしい。先程とは違った体で顔を近づけてくる。

「気に入った。そなた、名を申せ」
「み、水野です……」

 き、気に入ったって……何で? 分からないが、三日月は「そうか」と頷くと私の頭に軽く手を置いた。

「水野、か。よし。覚えたぞ。では今後ともよろしくな」
「え? あ、はい。こちらこそ。よろしくお願いします」

 改めて頭を下げれば、三日月はにっこりと微笑み去って行く。
……本当、何だったんだろう。

「はあ……全く。肝が冷えたぞ」
「同感だ。ったく、おい主。お前さんもうちっと危機感とか持てねえのか」
「え? 何? 何て? ごめん、全然聞いてなかった。何の話?」
「「……はあ……」」

 三日月の背中を見送っていたから正直二人の話を聞いていなかった。だから聞き返したのに、何故か揃って盛大なため息を吐かれてしまう。
 だ、だから何なんだよー!! 聞いたんだから教えてくれてもいいじゃんかよー!!

「主の“コレ”は今に始まったことではないが……」
「チッ、これじゃあ暫く様子見だ、なんて言ってられねえな。他の奴らにも言っておくか」
「そうだな。主に何かあってからでは遅いからな」
「おーい。人の頭上で勝手に話広げんのやめてくれるー? せめて本人いるんだから混ぜておくんなましー」

 何かお互いの間でだけ会話が成立しているのがちょっとばかり悔しい。そりゃあ私は戦ってる身じゃないけどさー、何か寂しいじゃん? 私も混ぜてよー。と続けるが、再び燭台切から「主ちゃんと手ェ洗った?」と声がかかり、慌てて洗面台へと向かった。


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