小説
- ナノ -





 刀たちを預かって十日程経った。新人の夢前さんも今日は休みなので不在だ。
 審神者に休みがあるのかって? そりゃあありますよ。それに彼女はまだ学生だからね。本丸で寝泊まりさせていないのだ。まぁ別に本丸で暮らしてもいいんだけど、やっぱりご両親が心配するからね。だから朝の八時半までに本丸へと出勤してもらい、夕方五時までには親元に帰している。それに幾ら通信教育と言えど週に一回は学校に顔を出すみたいだし。だから実質彼女が本丸にいるのは七日間のうち四日間だけだ。私は本丸で生活しているので常に本丸にいるわけだけど。
 勿論私以外にも本丸で生活している審神者は数多くいる。私自身も時には現世に戻って友人に会ったり、家族と食事を共にしている。まぁ基本的にはずーっと本丸にいるんだけどね。何故かって? そりゃあ単に友人が少ないからです。あんまりコミュニケーション能力が高い方じゃないからなぁ……。あと会える範囲にいる友人が少ない。だからあまり現世に戻ることは多くないんだけど、時にはこうして足を運ぶこともある。

 そう。お仕事でね!

「や〜。政府の定例会議にもいい加減慣れてきたものですなぁ」

 今日は月に一度の定例会議の日だ。これは各地区の審神者を一か所に集め情報を交換する場だ。と言っても東北で活動している審神者を九州に呼ぶ。なんてことはしない。基本的に都道府県をまたぐことはしないのだ。勿論ゲートを使えば難しくはないけど、座標が遠ざかれば遠ざかるほど確実性は低くなる。だから基本的には県内の施設で行われるのだ。
 それでも年に一度だけ東京にある施設へと集められる。これは各国の審神者の交流と情報交換がメインだ。が、最近ではここを“婚活”の場として活用している審神者も多いらしい。何故『らしい』と言うのかと言うと、聞いた話で実際に行ったことがないからだ。だってその会議の日に私ぶっ倒れてたからね! インフルで! インフルこの野郎!

 というわけで、年に一度の会議は来年まで持ち越しだ。今日の会議は全国の審神者が集まるわけではないので人数は絞られるが、それでも多いことに変わりはない。現にいつも会議で使用している施設は多くの審神者と刀剣男士で賑わっている。今までは霊力がないため小夜しか連れて行けなかったが、今は皆に与えられた『神気』がある。おかげで打刀や脇差も連れてこられるようになっていた。まぁ基本的に一振りしか連れてこないんだけどね。だって両脇に美男子侍らせて街を歩くとか無理無理の無理。そこまでメンタル強くないから。

「まっはっは。そうやにゃあ。最初は右も左も分からざったのが嘘のようじゃ」
「いや本当。その通りだわ」

 隣で笑い声をあげたのは陸奥守だ。彼が言う通り、最初は彼に随分と申し訳ないことをした。
 これは審神者に就任して初めての定例会議に参加した時のことだ。まさか霊力が足りないなんて思っていなかった私は陸奥守をお供に現世へと向かった。施設内まではよかったのだが、一歩外に出た瞬間陸奥守が刀に戻って物凄く慌てたのだ。おかげで軽いパニック状態に陥った。ただ運よく近くに役員がいたため、冷静さを取り戻すことが出来た。だけど正直あの時のことは忘れられない。まるで落とし穴に突然陸奥守が落ちたような、“いる”と思っていたはずの存在がどこにもいなかった。と知った時の恐怖にも似た思いを抱いた。本丸に戻った後も少ない霊力を消費したので気分が悪くなり、結局使い物にならず多大な迷惑をかけたのだ。以来霊力の消費が少ない小夜と共に現世に戻っていた。

「お。まだ余裕あるけど、もうだいぶ集まってるね」

 案内された会議室へと向かえば、広いはずの部屋は既に八割程埋まっている。因みに御簾は今日もしている。している人としていない人の割合は半々ぐらいだ。今の所している人の方が多いかな。だから会議がある日は常に名札を下げるよう決められている。名前と地域名が明記された名札をね。
 席はある程度自由に座ってもいいことになっている。ただし机が各地域事で纏められているので、その範囲内であれば。ということだ。勝手に別地域の席に着くことは原則禁止だ。そのため自分の管轄地域の空いている席に向かって進んでいると、

「おや、水野さん。久しぶりだねぇ」
「あ。鳩尾(みぞおち)さん。こんにちは。お久しぶりです」

 親し気に声を掛けてきたのは六十代後半の男性審神者だ。貫禄のある態度と物静かな雰囲気から嫌煙されがちな人だが、実際はとってもいい人である。
 審神者に就任してすぐの頃、色々と戸惑い困っていた私に沢山アドバイスをしてくれた。そんな彼は常に初期刀である歌仙兼定を連れており、今日も彼の傍で静かに控えていた。

「最近はずっと陸奥守を連れているようだね。うちの歌仙みたいに小夜左文字で固定しているのかと思っていたよ」
「あはは……まぁ、その、色々ありまして」
「まぁ理由はどうであれ、陸奥守も頼りになる刀だからね」
「はい。それはもう」

 どっしりと腹に響くような低い声。だけどどこか柔らかく、こちらを気遣ってくれる鳩尾さんの言葉に深く頷き返す。途端に陸奥守は「わははは」と笑い飛ばし、鳩尾さんの歌仙さんがクスクスと口元に手を当てて笑い出す。

「相変わらず君のところの主は素直なお人だね」
「ほにほに。ええ主やろう」
「ははっ、君も大概だ」

 二振りの刀も含め世間話に花を咲かせていると、会議室に残りの審神者たちも集まってくる。そのうちの一人が私のすぐ隣に座った。

「おはようございます。水野さん。鳩尾さん」
「あ、お、おはようございます。田辺さん……」

 しまった。つい微妙な挨拶を返してしまった。何を隠そう、私はこの『田辺』と名乗る男性審神者が苦手なのだ。
 フレームなしの細い眼鏡をかけ、いつもキッチリとスーツを身に纏う彼は鳩尾さん以上に近寄りがたい空気を醸し出している。
 そもそも彼は物言いが容赦ないのだ。鳩尾さんは雰囲気こそ厳格だが、話してみると意外と気さくで紳士的だ。だが田辺さんはこちらを配慮する気が一切感じられない。あの容赦ない、ずけずけとした発言に何度凹んだことか。思い出して苦い顔をしていると(どうせ御簾で見えないしね)彼が連れてきた長谷部の視線がチラリとこちらを向く。
 うっ、な、何だよぉ〜。うちの長谷部以外の長谷部の視線は苦手なんだよなぁ。怖いし、鋭いし、なんか値踏みされてるみたい。
 不自然に思われない程度に身を捩れば、陸奥守が音もなく動いて傍に立つ。

「主、もうすぐ会議が始まるぜよ。用意しとうせ」
「あ。うん。ごめん」

 どうやら話しかけるついでに彼らの視線から私を遮ってくれるらしい。動かない陸奥守に小さく「ありがと」と返せば、悪戯な微笑と共にウィンクを返される。何ともお茶目な初期刀である。それを間近で見た鳩尾さんと歌仙もくすりと笑い、私たち同様手元の資料に視線を落とした。
 それからは何の滞りもなく、いつも通り会議は進んでいく。ただその中で気になったのは、最近『検非違使』と呼ばれる遡行軍とは違った存在が頻繁に出現している。ということだった。
 元々『検非違使』の存在はだいぶ前から言われていたけど、最近は遭遇率が以前よりも増しているらしい。だから進軍は慎重に行うように。と通達された。

「鳩尾さん。鳩尾さんの所にも『検非違使』って出現しましたか?」
「ああ。何度かね。遡行軍よりも連携が取れているうえに硬いし、何よりも強い。更に厄介なのが攻守ともに安定していることだ。練度を揃えておかないと痛い目を見るから、水野さんも気を付けなさい」
「はい。分かりました。教えてくださってありがとうございます」

 あんな騒動があったが、私の刀たちは皆嫌がらずに出陣や遠征に励んでくれている。今のところ遡行軍以外との白刃戦はないが、それでも気を付けておくべきだろう。特に同じ時代に進軍を繰り返していると遭遇しやすい。と他の地域から報告も上がっているみたいだし。皆の足並みを揃えるいい機会にもなるだろう。

「ところで、水野さん。この後時間あるかい?」
「え? 特に何もありませんが……どうしてです?」

 鳩尾さんは会議が終わればすぐに帰る人だ。それが珍しく『時間があるか』と聞いてきたので首を傾ければ、彼は自分の初期刀に視線をやってから苦笑いする。

「いや、うちのコレがね。遂に集めた陶器や骨董品が部屋に入りきらなくなったんだよ。それで幾つか貰い受けてはくれないかと思ってね」
「え! い、いやそんな悪いですよ! 貰うだなんて! お支払いいたします!」

 茶器を始めとした陶器、骨董品に対する目利きは残念ながら私には備わっていない。それでも『歌仙兼定』が選んだものなのだ。絶対いい品物に決まっている。そんなものを幾ら『部屋に入りきらないから』といって簡単に貰うわけにはいかない。だけど慌てふためく私に反し、鳩尾さんは鷹揚に笑って手を振る。

「気にしなくていい。コレが『処分する』と決めたものだ。大したものじゃない」
「ちょっと主。その言い方には一過言申したいんだが?」
「何だ。じゃあやめるか? 捨てるのはもったいないから彼女にあげようか、と言い出したのはお前さんじゃないか」
「それはそうだけど……言っておくけど悪いものじゃないからね。きみのところの『歌仙兼定』に見せるといい。きっと喜ぶはずだよ」

 揃いも揃って寛容というか、懐が広いというか凄いというか。歌仙さんが選んだんだうえ、うちの歌仙が『喜ぶ』となれば絶対に『いい品物』に決まっている。それをそう簡単に『あげるよ』だなんて……。幾ら何でもお人好しが過ぎますぞーーー!!
 その後も何とか粘って交渉してみたが、結局タダでもらい受けることになってしまった。年上の人に口で勝てる気がしませんえ。

「うぅ……でも本当にいいんですか? 私は正直陶器とか骨董品とかの価値がよく分からない人間ですけど、歌仙が見たらすごい喜ぶ品なんでしょう?」
「まぁね。だが私もいつまで審神者を続けられるか分からないからね。それに同じ審神者のよしみだ。受け取ってくれた方がこちらも嬉しいよ」

 鳩尾さんは私が所属する地域では唯一の年配者であり、この戦争の初期から審神者を続けている大ベテランだ。男性も女性も話しかけにくいのか、私と政府の役員以外は殆ど彼とは喋りたがらない。とても優しくていい人なんだけどな。ただ聞いた話では持病を抱えているらしい。詳しくは聞いていないけど、色々と考えてしまうのだろう。

「それにきみはうちの孫娘と歳が近いからね。つい構ってしまうのさ」
「あ、そうなんですか。でも私も鳩尾さんのように頼れる方がいらっしゃると、とても安心します」

 うちの父もそうだが、祖父も鳩尾さんとは違いのほほんとしていた。だけど大事なことはキッチリと教えてくれたし、元気な時はあちこち連れて行ってくれた。母曰く『お人好し』でもあったらしい。思えばうちの家族は皆その傾向がある。もうこれは遺伝なんじゃなかろうか。
 話がずれたが、鳩尾さんのように頼もしい人から親しい気持ちを向けられるのは正直嬉しい。それにありがたくもあるし、嬉しくもあるし、誇らしくもある。
 うん。やっぱり私の幸運値って意外と高いよね! これ誇れるよね?! 履歴書には書けないけど!!

「えっと、それじゃあお言葉に甘えさせて頂きます。鳩尾さん、歌仙さん。本当にありがとうございます」
「ああ。僕もきみのような信頼できる人に渡せてほっとしているよ。大事にしてやってくれ」

 微笑む二人と一緒にニコニコしていると、ずっと黙っていた田辺さんが「ゴホン」と咳払いする。え、嘘。あんたまだおったんかい。

「それでは私は失礼させて頂きます。水野さん。あまり遅くまでフラフラしませんよう、お早いご帰宅を」
「あ、は、はい……すみません……」
「鳩尾様も、ご自愛ください」
「ああ。君もね」

 簡単な挨拶を済ませ、田辺さんは長谷部を連れて颯爽と去って行く。その後ろ姿に詰めていた息を吐き出せば、鳩尾さんと歌仙さんが同時に苦い笑みを零した。

「君は本当に田辺くんが苦手なようだねぇ」
「うッ、い、いや、失礼なことだな。とは分かってはいるんですが、どうにも……」

 さっきもそうだったが、ものすごーく視線が鋭かった。それに何だか『咎められている』気がしたのだ。後ろに控えていた長谷部の視線も氷のように冷たかったし……。正直今でも鳥肌が立っている。陸奥守はどうだったんだろう。苦笑いする二人から視線を外せば、陸奥守は未だに彼らの背を追うようにして目線を遠くへ投げていた。

「むっちゃん? どうかした?」
「おん? いや、なんちゃあない」

 いつものように笑ってくれる陸奥守。視線は外していても私たちの会話はちゃんと聞いていたらしい。今度は陸奥守も含めて鳩尾さんと陶器の受け取り日時を決め、揃って席を立つ。

「それじゃあまた今度。楽しみに待っていてくれ」
「あの、本当、本当に置けなくなったものだけでいいので!! 高価な物とか、本当そういうのはあの、アレなので!!」
「ははは。それじゃあね。お疲れ様」
「またね、水野さん」

 果たして私の心からの叫びは届いたのだろうか。分からないが、にこやかに手を振る二人に手を振り返しつつ頭を下げる。そして二人の姿が見えなくなると、ふう。と自然と吐息が零れ出た。

「あー……物凄い高価な物とかだったらどうしよう……歌仙は喜ぶかもしれないけど、正直申し訳ないよね」
「まぁ本人がえい言いゆうならそう気にせいでもええ思うが」
「そうかなぁ。せめて何かこう……菓子折り的なものは用意しておこう。うん。そうしよう」

 とりあえず先にATMでお金をおろしてこよう。それに今からは自由時間だ。そりゃあこのまま真っすぐ本丸に帰ってもいいけど、折角現世に来たんだし。偶には遊びに行くか。出陣部隊も遠征組も演練組もまだ戻ってくるには早いしね。

「えーと、それじゃあ私は軽〜く遊んでから本丸に戻るつもりだけど、むっちゃんはどうする?」

 小夜を連れている時は刀に戻ってもらっていた。陸奥守を連れて現世に戻るのはこれで五回目ぐらいだが、一緒に現世を歩いたことはまだない。だから常に刀の状態で、専用のケースに入れて持ち運んでいる。だがこれは決して私が言い出したことではない。陸奥守が自分から『刀に戻っておく』と言ったのだ。今もまだアレだけど、半年前は今以上に神気が体に馴染んでいなかった。だから気遣ってくれたんだろう。
 でも今はだいぶ馴染んだはずだ。だからきっと問題なく街を歩けるはずなんだけど……。今日もやっぱり刀に戻るのかなぁ。と思っていたが、今日は珍しく頷いた。

「それじゃあ主について行こうかのぉ。現世を視察じゃ!」
「お。今日は乗り気だね。いいよ!」

 そうと決まれば早速、と歩き出そうとすると、私たちの会話を聞いていたのだろう。廊下側に面した席に座っていた『乱藤四郎』が声を掛けてくる。

「ねぇねぇ、そこのあるじさん! 陸奥守さんと一緒にお出かけするなら、一階にある『レンタルルーム』に行くといいよ! ボクたち刀剣男士用の服がたーくさんあるから!」
「え?! そんなのあるんですか?!」

 朗らかな声が教えてくれたとんでもない情報に驚けば、乱藤四郎は可愛らしい頬を桃色に染めながら大きく頷く。

「うん! 可愛いお洋服も、格好いいお洋服も、いっぱいあるよ!」
「マジでか。乱さん、有力情報ありがとうございます!」
「いいえー。陸奥守さんとのデート、楽しんできてね!」

 …………ん? でーと?
 固まる私の代わりに乱に手を振る陸奥守を見上げれば、陸奥守の手がポン、と背中を叩く。

「ほいじゃあ行くぜよ」
「え……? いや……デートじゃない……デートじゃない、よね……?」

 だって、デートってアレじゃん? こう、遊園地とか、水族館とか。付き合いたてのカップルとかがキャッキャするために行く奴じゃん? 私今回普通に菓子折りでいいのないかな、って見に行くつもりだったんだけど。それってデートじゃないよね? ただの買い物だよね? そう思って見上げたのだが、陸奥守はいつも通りだ。
……うん。気にしすぎたな。だって別に乱が勘違いしただけで、私たち『デートする』なんて言ってないし。大体男女が一緒に買い物するぐらいで『デート』なら私は一度デートの定義を辞書を引いて確認しなきゃいけない。うん。気にしないでおこう。

「えーと、乱は一階、って言ってたよね」

 気持ちを切り替え、早速受付で尋ねる。すると『レンタルルーム』もとい『貸衣装部屋』は少し奥まった部屋にあるらしく、案内板に従いそちらへと足を向ける。
 受付嬢に諸々のことを教えて貰ったが、どうやら衣装は申請書に情報を明記し、期日内に返却すればいいということだった。思った以上に簡単なシステムだ。だから利用者は多いらしい。そもそも政府役員や審神者の中にファッションにうるさい人がいるとかで、それなりに数は揃えている、ということだった。

「あ。あった。わー、本当だ。刀種事に部屋が分かれてる。本当に色々揃えてるんだろうなぁ」

 辿り着いた各部屋のプレートにはそれぞれの刀種が明記されている。その中の『打刀用衣装部屋』に入れば、想像していたよりも多くの服が所狭しと並んでいた。

「うっわ、めっちゃある」
「ほぉ〜。こりゃあ豪勢やにゃぁ」

 何というか、もうこれ一つの売り場だよね。なんて感想を抱きつつ中に入れば、どうやら先に来ていた人たちがいるらしい。試着室から出てきた刀と何事かを話している。
 ちょっとした興味半分で覗いてみれば、男性審神者が一人、女性審神者が一人いた。彼らはそれぞれ加州清光を連れているが、その系統は大いに違っている。

「うーん、やっぱり加州は何を着ても可愛いね!」
「え〜? 本当にそう思ってる〜? 主さっきからそればっかりじゃーん」
「加州くん! 今度はこっち着てみない?!」
「別にいいけどさぁ。俺あんまりこういうの似合わないよ〜?」

 一人はアメカジ風、一人はパンクロックな服を選び、再び試着室へと押し込んでいる。おお。なかなか面白い。

「むっちゃんはどんなのがいい?」
「おん? わしはこの手の事はよう分からん。おんしがええと思ったやつでえい」

 何とも陸奥守らしい一言だ。とはいえ私自身そんなにファッションに詳しいわけではない。今日は会議だったからスーツ着用だしね。だから私と並んでいてもおかしくない服を選べばいいか。
 しっかし美男子の隣に並ぶのがこのずんぐりむっくりな私なんだから、本当審神者ってハードル高ェわぁ〜。

「そんじゃあパパッと選んでチャチャっと出ちゃおう。あんまり時間かけてもしょうがないし。っていうかそんな余裕ないし」

 ここで時間を費やしている暇があるなら皆に買って帰るお土産を選ぶ時間にしたい。どうせ陸奥守はイケメンなんだから何着ても似合うだろうし。
 というわけで、私は早速それぞれの系統に分かれているコーナーの前を幾つか通り過ぎる。ファッションに煩い人たちが選んだ、というだけあって実に種類が豊富だ。その中でも一際落ち着いた服が並んでいるオフィスカジュアルのコーナーへと進む。
 何よりもありがたいのは、壁に刀剣男士のサイズ一覧表が掲げられていることだ。
 いや本当めっちゃ助かるわぁ〜。だって刀剣男士の身幅とか肩幅とか足の長さとか胴回りとか知らんもん。一覧表を作ってくれた人グッジョブ!!
 壁に掛けられたそれを確認しつつ、大人しく後をついてきた陸奥守の顔と服を数度見遣り、基準となる色を決める。

「うーん……私のスーツが黒だから、むっちゃんは青系統にしよう」

 柔らかい茅色(かやいろ)のチノパンと、白地に紺色の細いストライプが爽やかなシャツ、その上に羽織る紺地のジャケットを選び陸奥守に手渡す。

「はい。じゃあこれ着てみて。あ。着替え方分かる?」
「おお、大丈夫じゃ」

 空いていた試着室に陸奥守を押し込み、その間に靴を見繕う。革靴やローファーは歩きづらいだろうから、スニーカー系がいいだろう。ネイビーを基調とした靴を手に取り戻れば、丁度陸奥守が出てきた。

「どがなもんじゃろか?」
「おお! いいじゃんいいじゃん! 格好いいよ!!」

 流石陸奥守! 顔がいいだけあって何でも着こなせるのかもしれないけど、意外とこういうカッチリした格好も似合うものだ。
 持ってきた靴を履かせればモデル顔負けの出来になった。

「じゃあ後は諸々の書類に記載して、荷物を預けて行けばいいんだね」
「普段着らんき、妙な感じぜよ」

 動きづらそうな陸奥守に苦笑いし、用意されていた書類にサインをする。先程受付嬢に教えて貰ったが「服は洗濯せずに返却して欲しい」とのことだった。素材によってクリーニング方法が異なるから素人は手を出すな。ということだろう。もしくは別件で何か問題が起きたことがあるのかもしれない。レンタル業界ってこういう時大変だよなぁ。なんて思いつつ、本体である刀を専用のカバンに入れた陸奥守と一緒に街へと繰り出した。


prev / next


[ back to top ]