小説
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 アタシの名前は“夢前ののか”。審神者になるためにつけた所謂『偽名』というやつだ。でもまさか自分が『偽名』を使う日が来るとは正直思っていなかった。そりゃあ将来『アイドルになれたらいいなぁ〜』とは思ってたけど、アイドルになりたいのも結局『芸能人と付き合いたい』からだし。まぁ付き合うのが無理でも? 連絡先とか? 知れたら超ラッキー! みたいな。歌とかダンスは普通に好きだし? 好きなことをそのまま職業に出来たら最高じゃね? って感じで選んだんだけど、それよりも全然『サニワ』の方がすげーし!
 だって周り見たら超〜〜〜イケメンな男子がいーっぱいいるわけ!! これってまぁじ最高じゃん?! 最高すぎてやばいっていうか! 右を見てもイケメン、左を見てもイケメン。正面見てもイケメン、っていうイケメン三昧!! 正直韓国アイドルの推しメンであるユージより格好いいし。背も高いしー、料理も出来るし。燭台切光忠さん、とか。最高of最高! みたいな! 勿論、陸奥守さんとかも? 全然イケるし。加州さん? はー、ちょっち対応冷たい感じするけどー、そこがまたいい! みたいな? 他はー、アタシ自身まだそんなに話したことはないけど、三日月さん? とか。小狐丸? さんとか? もいい感じだし。だから本当、誰か一人とか選べないし! 超ハイレベルなイケメンが揃ってるわけ!! 

 でも自分の刀じゃないんだよねー。ていうかぁ、未だに『刀』とか『神様』とか言われても正直実感湧かないし。

 先輩の水野さんはぁ(この人も偽名らしい)何かすごい真面目に『刀剣男士は神様だけど刀でもありますから』とか言ってたけど、正直「だからぁ?」みたいな感じなんだよね。真面目なのはいいけどー、真面目すぎるっていうか。ちょっと絡みづらいんだよね。ああいうタイプは小学校とか中学校にもいたけどさぁ、やっぱりなーんか慣れないよね。
 でも水野センパイ、何でか知らないけど刀たちには超人気っぽい。本当謎なんだけど。謎すぎるんだけど。だってチビだしデブだしクソ真面目じゃん? 顔だって隠してるし。自信がないのがバレバレっていうか。正直ブスなんじゃね? とか思ってる。
 だからアタシの方がモテてもおかしくないんだけどなぁ。でも刀剣男士さんたちを上目遣いで見つめても手応えなし。いや、マジで何で? これでもアタシ超モテたんですけど。初めて出来た彼氏は小学三年生の時だったし、初キスも小四の時に済ませた。彼氏だって両手じゃ足りないぐらいの人数付き合ってきた。でも元カレ達より全然刀剣男士さんたちの方が格好いいし、優しい。でもやっぱり昔の人? あー、刀? だからかなぁ。水野センパイみたいにおぼこい? って言うの? 芋っぽい子の方がいいのかなー。昔と今の美人は違う、って誰かから聞いたことあるし。あーあ。なんか残念。あ。確かこういうのを『残念なイケメン』って言うんだっけ?

 考えながら携帯を弄っていると、執務室に今一押しの刀剣男士さんこと燭台切さんが顔を出してきた。

「あ。やっぱり主、まだ帰ってきてないね」
「みたいですね」

 燭台切さんのちょっと下から顔を出したのは、水野センパイが『一時的に預かっている』と言っていたモノヨシ? さんだ。この子も可愛い顔したイケメン枠なんだよねー。正直タイプではないけどー、好きって言われたら好きになっちゃいそうな感じ。
 ただ二人とも用があるのは水野センパイっぽい。ま、この本丸――だっけ? の持ち主だし。そりゃあ話があれば家主に通すのが普通だよね。

「えっとー、水野センパイならまだ道場と馬小屋に顔を出してから戻って来てませんけど」

 休憩時間はもうすぐ終わる。そうすれば休憩前に確認した資材の在庫数を打ち直す作業に入るよう言われていた。
 さっきはボロカスに言ったけど、水野センパイは仕事をちゃんと教えてくれる。前にちょっとだけお世話になった武田さんは、本人が忙しすぎて全然教えてくれなかったし。いや、ちょっとは教えてくれたけど、本当にちょっとだったし。だから審神者が何をするのか。水野センパイはちゃんと教えてくれる。その点は真面目な水野センパイでよかったかもー。とは思ってる。

「そう。じゃあ一人であの量の湯飲みを片付けるのは大変だよね。僕戻って見てくるよ」
「あ、それじゃあボクも行きます。水野さんにばかり仕事を押し付けるわけにはいきませんから」

 ほらー。これだよこれ。なーんで水野センパイばっかりモテるわけ〜? 本人全然その気ないじゃん。特にモノヨシくん? だっけ。とか、一時的に預かってる系の刀たちには特に他人行儀っていうの? 仲良さげな雰囲気とかないし。むしろへりくだってるっていうか、堂々としてないっていうか。なんか自分たちとの刀との差が激しくて、正直意味分かんない。同じ刀じゃないの? って思うんだけど、持ち主が違うからお客様扱いしてんのかな。でもお客様扱いするなら掃除とか内番? を手伝わせたりする? って思ったりもするわけで。そりゃあ内番? は刀たちの成長にも繋がるみたいだけどさ。水野センパイがどうしたいのか、正直よく分かんないんだよね。
 でもモノヨシくんもイマノツルギくんも、水野センパイのこと好きっぽいし。本当、何でなんだろ。とか思っていたら水野センパイの声が聞こえてくる。

「あれ? 光忠に物吉さんじゃないですか。どうかしましたか?」
「あ! ごめんね、主。湯呑洗うの大変だったでしょ?」
「すみません。ボクたちが厨を離れていたから……」
「いやいや、何言ってんの。アレぐらい一人で洗えるよ。本当に心配性だなー、光忠は。物吉さんも気にしないでください。そのぐらいは審神者でもしますから」

 ケラケラと水野センパイが笑う声がする。部屋から顔を出せば、すぐそこの廊下で立ち話をしていた。その手にはお盆があり、湯飲みとお菓子が乗せられている。勿論それは二人分。
……ふぅーん。気遣い的なものは出来るわけね。まぁこんなもの初歩中の初歩ですけど。モテる女は常にそうでなきゃ!

「主はこれから休憩?」
「いや? 休憩時間はもう終わるから、このまま午後の業務に入るけど」
「え! それじゃあ実質休憩してないじゃないか!」
「いやいや! 休憩したって! たぬさんと江雪さんとのんびりお茶飲んできたし!」

 たぬさん……って確かドータヌキ? さん? だよね? 漢字忘れちゃったけど。何か色黒で、目つき悪い人。ちょっと怖い系でさ。でも水野センパイとは仲良しみたいな感じだった。
 それとコーセツさん、は……えーと、あ! 髪がめっちゃ長くて、めっちゃクラ〜イ人だ。ゆっくりと、しかもボソボソ喋るから、イケメンじゃなかったらソッコー嫌いになってるようなタイプだった。この人も水野センパイとは仲良さげだったな。っていうか水野センパイを嫌ってる刀ってあんまりいない気がする。本当何でだろ? 謎だ。

「本当? 主はすぐに無茶をするから心配だよ」
「大丈夫大丈夫。ほら、超元気でしょ?」
「そう言って今まで何度無理したんだっけ? 教えてあげようか?」
「ヒエーッ! まさか指折り数えていらっしゃる?!」
「当たり前だよ! 君は僕たちの大事な主なんだから。もっと自分のこと大事にしてよね」

 水野センパイは顔を隠しているから分からないけど、燭台切さんは本気でセンパイのことを気にしているっぽい。そういう優しいところも好き! ってアタシは思うんだけど、センパイはそうでもないみたい。っていうか、何であんなイケメンからあんなに優しくされてるのに靡かないわけ? まさかレズとか?

「ぜ、善処しまーす……って、そうだ。ここに来たってことは、何か用事があったんじゃないの?」

 ようやく本題に入ったっぽい。センパイの言葉に燭台切さんが「あのね」と話ながらポケットから一枚の紙を取り出す。

「ほら、一気に人数が増えたでしょ? だから食糧の在庫が一気に無くなっちゃって……万屋の配達サービス受けられないかな、って思ったんだけど」
「あー……本当だ。特に減りが早いのは……ふぁ?! 酒?!?!」
「すみません。うちには次郎太刀さんと日本号さんがいますから……」

 申し訳なさそうに頭を下げるモノヨシくん。
 モノヨシくんが話すジロータチさんと日本ゴーさんと言えば……えーと、ジローさんは女装してる人、だよね? オネエ系っていうのかな? でも口調は割と男っぽかったような……。喋ったことないから分かんないんだよね。
 日本ゴーさんは、つなぎ着たおじさんだよね。あれだけイケてると格好いいけど、何かいつもお酒飲んでた気がする。飲んだくれは流石に好きじゃない。正直あれだけ格好いいのに飲んだくれとか。勿体ないよねぇ〜。日本ゴーさん。

「あー、そっか。うちにはいなかったからなぁ。分かった。じゃあ頼んで欲しい物のリストとか用意出来てる?」
「勿論! ここにあるよ」
「了解。流石光忠。仕事が早いね」
「フフッ、主程じゃないけどね」
「いやいや、私なんて鈍足ですから」

 廊下で話していた三人がこちらへと近づいてくる。パッと中に引っ込めば、すぐにセンパイたちは部屋に入ってきた。

「夢前さんお待たせ。お茶用意してきたから、ここに置いておくね」
「あ。ありがとうございます」
「光忠ー、万屋のサイトには私が繋ぐから、自分で注文してくれる?」
「勿論。そのぐらいは自分でするよ」
「ははっ。ありがと。助かるよ」

 通常業務で使うパソコンとは別に、最近政府から配布されたというタブレットを使って万屋? って呼ばれているサイトへとアクセスする。そしてタブレットとキーボードを繋ぎ、センパイは燭台切さんにそれを渡した。

「さ、それじゃあ夢前さんも午後の業務始めようか」
「あ、はい」

 センパイに促され、アタシは慌ててスリープ状態になっていたパソコンの画面を起動させる。資材管理をしているソフトとそれの扱い方は昨日習ったばかりだ。まだちょっと覚えきれていないからたどたどしいけど、センパイは怒ったりせず黙って見守っていてくれた。

「えっと……あの、ここ……どうやって出すんでしたっけ?」

 初日にセンパイから「一度で覚えられないと思うから、メモ取った方がいいよ」と言われていたからメモは取っているけど、し忘れていたっぽい。怒られるかなー。と不安に思ったけど、センパイは気にせず教えてくれた。

「えーと、それはねぇ。ここに『編集』があるでしょ? それをクリックしてー……」

 センパイが口で説明するだけでなく実演もしてくれる。それを見ながら急いでメモを取る。うー! 社会人って大変!

「……で、ここをこうしたら、ほら。出てきたでしょ?」
「はい」
「じゃあ一回自分でやってみようか」

 戻るボタンを連打し、一部分がまっさらな状態に戻る。他の人がどうかは知らないけど、センパイは真面目な分教え方も丁寧というか、優しいと思う。まだ三日しか一緒にいないから断言はできないけど。アタシが入力する間に燭台切さんに呼ばれ、センパイはそちらにも顔を向ける。

「ねぇ主、これの注文数なんだけど――」
「あー……確かに。あの人数だとこの数じゃあ――」
「あとこっちのコレなんだけど――」
「うーん……在庫が――だから、今回は――」

 燭台切さんの声ってやっぱりいいなぁ〜。ちらりと横目で盗み見れば、超絶整った顔が真剣に画面を見つめている。
 うキャーーーー!! 超たまんないんですけど!!! こんなイケメンに迫られたーい!!! 
 あ、燭台切さんって、燭台切が苗字で、名前が光忠なのかな? だったら結婚したら苗字『燭台切』になんの? 何かやばくない?! 超ときめくんですけど!!

「えーと、夢前さん? でしたっけ。手が止まっているみたいですけど……」
「ハッ! ご、ごめんなさい」

 モノヨシくんに指摘され慌てて画面に集中する。やっべーやっべー。そういえばモノヨシくんもいたんだった。燭台切さんの隣にチョコンと座って何も話さないからすっかり忘れていた。こんな美少年を忘れるほど燭台切さんに夢中になっていただなんて……本当、燭台切さんってば罪な人なんだから!

「……夢前さん? 何か面白いものでもあったんですか?」
「へ?」
「顔が笑っていますよ?」

 ニコリ。と微笑むモノヨシくん。流石美少年って感じの超可愛い笑顔に胸がキュン! ってするけど、あんまり遊んでると幻滅されるよね。アタシはキュッと緩んでいた頬を引き締め、キーボードを叩く。

「大丈夫です! 集中します!」
「そうですか。頑張ってくださいね」

 ニコリ。と再び微笑まれ、またもや胸がキュン! と高鳴る。あーっ! もう!! ののかのバカ! アタシは燭台切さん一筋じゃなかったの?! いや、でも他の人たちも正直捨てがたい!!
 それにもし燭台切さんに振られたとしても、これだけイケメンがいるのだ。正直一人ぐらいアタシのこと好きになってくれるよね? っていうか、自分の刀を持ったら絶対好きになってくれるよね! そうしたらここの刀たちがセンパイにするみたいに、アタシのこともチヤホヤしてくれるわけでしょ? それってサイコーじゃん!! 早く仕事覚えて、アタシも早く自分の本丸と刀を持とう!!

「……水野さん」
「はい?」
「夢前さんって、面白い方ですね。笑顔なのに凄い勢いで数字を打ち込んでいますよ」
「あー……何のスイッチが入ったのかな……まあ、仕事をしてくれるなら何でもいいんですけど……」

 センパイとモノヨシくんが何かを話していたが、アタシは全く気付かなかった。そしていつもより数倍早く入力業務を終わらせると、部屋にはもう燭台切さんもモノヨシくんもいなかった。代わりにセンパイが美味しいお茶とお菓子を出してくれた。センパイは確かにアタシより女っぽくはないけど、優しい人なのは間違いなさそうだな。と思った。


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