小説
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 彼氏いない歴=年齢、喪女審神者こと水野(仮名)。現在急変した環境にてんてこ舞いです。


『審神者のお仕事』


 新人審神者こと夢前ののかさんに加え、急遽増えた刀剣男士たち。彼らと生活を始めて早三日経った。当初抱いた不安は見事的中した。まぁ『的中』したけど全く嬉しくない。だって忙しいんだもん。というわけで、今日も今日とて本丸内を動き回っている。

「えっとー、水野センパーイ。コレって正直必要なことなんですかぁ?」

 夢前さんの「うっわー、こんなのやりたくねぇ〜」という気持ちが滲みまくっている声に内心で深く頷きながらも「はい」と答える。

「幾らデータ管理しているとはいえ、あくまでも入力は人の手で行っていますから。週に一度は資材の数が倉庫内にある数と、データ上とで一致しているか確認した方がいいですね」

 私たちの目の前にそびえたつのは、種類も大きさも様々な『資材』たちだ。これがなければ刀の手入れも出来ないし、鍛刀も出来ない。遠征に向かう場所によって得られる資源も違うので、管理は細かに行っていた方が安心できる。

「さっさと始めちゃおうよ。俺達もいるんだし。二人でやるわけじゃないんだからさ。やる気出してよね」

 腕まくりをしながら早速手前にあった『木炭』と書かれた箱を開けたのは『加州清光』だ。こっちの加州はうちの刀ではない、預かっている方の加州だ。彼らはこうして本丸内の清掃や資材管理、料理などを日々手伝ってくれている。

「うへぇ〜、俺こういうの苦手なんだけどなぁ〜」
「しょうがないでしょ。御手杵さんは背が高いんだから、ボクたちの代わりに高いところにある資材を見て貰わないと」
「乱殿の言う通りですぞ、御手杵。元より我々は戦に出られぬ身。『働かざる者食うべからず』と言うでしょう。さ、始めますぞ」
「うへぇ〜」

 他にも御手杵、乱藤四郎、蜻蛉切が手伝ってくれることになっている。因みに彼らも預かっている刀だ。うちの乱と加州はそれぞれ遠征と出陣に組み込んでいるので、現在不在である。

「これが終わったら休憩にしましょう。お手数おかけしますが、お願いします」

 幾ら預かっているとはいえ、相手は神様だ。本来ならこんなことさせるべきじゃないというか、するような立場ではない。御手杵が文句を言うのも無理はないのだ。それでもいつもなら手伝ってくれる長谷部や陸奥守、江雪や燭台切にはそれぞれ別の仕事を割り振っている。短刀たちも日頃私が一人で行っているとすぐに駆け付けて手伝ってくれるのだが、今は本丸の刀が増えたことで急遽畑を拡張しているのだ。そのため人手が多い藤四郎たちを畑に回している。だから手が空いている刀が預かっている刀たちしかいないのだ。

「あー、別に頭下げなくていいって。世話になってるの俺らだし」
「ほら〜。御手杵さんが文句ばっかり言うからだよ? 水野さん! 気にしなくていいからね! 御手杵さんはぼやくのが趣味みたいなものだから!」
「そんな趣味ないんだけどなぁ〜」
「ほらほら、ぼやいていないで始めますぞ」
「へーい」

 微笑ましい刀たちのやり取りに少しだけ笑い、夢前さんと一緒に在庫数を改めて数えていく。

「水野センパーイ、これって何でしたっけ?」
「それは玉鋼だね。玉鋼は一つの箱に二十ずつ入れてるはずだから、一応中の個数確認してくれるかな」
「はーい」

 やる気のない返事ではあるが、夢前さんはちゃんと一つずつ数えて次の箱へと移っている。何だかんだ言って根は真面目なんだろうな。
 その後も一つ二つ聞かれたことに応えつつ箱を確認し、それぞれの分担が終わると倉庫を出た。

「冷却材と砥石が若干数が違ったけど、他は大丈夫だったね。よし、皆お疲れ様でした。それじゃあ休憩にしましょうか」
「はーい!」
「やったー! 休憩だー!」
「はぁ〜。疲れた」
「良い汗を流しましたな」

 元気よく手を挙げたのは乱、歓喜の声を上げたのは夢前さんだ。御手杵はずっと高い場所での作業だったから肩が凝ったのだろう。グルグルと腕を回している。対する蜻蛉切は特に疲労はないらしい。いつもと変わらない柔和な笑みを浮かべている。
 いやー、それにしても蜻蛉切さんって本当いい筋肉してるわ。何ていうか、こう……ハリがって、色艶がよくて。何か程よく弾力がありそうというか、食べたらおいしそう的な。鶏むね肉みたいな感じ? なんて若干失礼なことを考えてはいるが、決して声には出さない。流石にこんなこと言われたら引かれるしね。

「さてと、確か今日の厨当番は、っと……」

 皆で広間へと向かい、台所へと顔を出す。大所帯になったため厨当番の人数も増やしたのだ。今日は確かうちの光忠と堀川、山姥切に加え、預かっている刀である燭台切と歌仙、蜂須賀と骨喰、物吉がいたはずだけど……。

「あ。いたいた。おーい、光忠〜、じゃない!!」

 暖簾を潜り、真っ先に目に入った背中に声を掛ける。が、それが「間違い」だと気づき慌てて口を押えた。

「す、すみません! うちの光忠かと一瞬見間違えちゃって……」

 そう。こちらに背を向けて作業していたのはあちらの燭台切だった。(名前が被ると面倒なので、うちの刀たちは今回だけ愛称で呼ぶことにしている)

「あはは。それはしょうがないよ。見た目は一緒だからね。でも、どうして君は僕が君の刀じゃない、って分かったの?」

 燭台切はどうやら皿を拭いていたらしい。綺麗になったお皿を机に置きながら問いかけてくる。

「あー、まぁ、その。見間違えていてアレなんですが、やっぱりちゃんと見れば分かると言いますか……」

 感知能力があるおかげか、同じ刀であっても自分の刀か預かっている刀かは分かるのだ。明確な判断基準というものはなく、殆ど直感のようなものだけど。だからこうして一瞬見間違えて声をかけてしまう時もあるんだけどね。
 それでも燭台切は感心したように「へぇ」と声を漏らす。そして続けざまに何か言おうと口を開いたが、その背後にあった裏口からうちの光忠が姿を現したことで音にはならなかった。

「あれ? 主来てたんだ。どうかしたの?」
「あ。光忠。あのね、今から休憩しようかと思って。夢前さんたちは今手を洗いに行ってるから、お茶とお菓子の用意お願いしてもいいかな?」
「オッケー! 主の分は? どうする?」

 何故光忠が私の分を聞くのかと言うと、

「うん。今日も馬小屋と道場の方に顔を出すから。私のは後でいいよ」

 そう。他の刀たちがどういう様子なのかを確認するため、毎度休憩時間に足を運ぶようにしているのだ。

「だから夢前さんと、御手杵さん、蜻蛉切さん、乱さん、加州の五人分でよろしく」
「了解。それじゃあ内番の皆の分のお茶はこっちに用意しておくね」
「うん。ありがとう」

 余談だが、私は基本預かっている刀たちに対しては「さん」付けしている。だが加州だけはあんなことがあった手前、抵抗感があるのだろう。自分から『“加州”でいいよ。あんたに“さん”付けされて呼ばれると調子狂うから』と言われたので、彼だけは「加州」と呼び捨てにしている。だからうちの加州を呼ぶ時は「清光」とか「清」と呼ぶようにした。今まで『加州』だったから違和感もあるけど、加州自身は『主に呼ばれるなら何でもオッケー!』と快諾してくれた。本当、気のいい刀である。

 さて、話を戻すが、お茶を道場や馬小屋に運ぶのは刀を預かったその日から行っている。何故かと言うと、やっぱり刀同士でいる時と審神者の前にいる時とでは刀たちの態度が若干異なるのだ。やっぱり預かってきた刀たちは人間に対し、というか『審神者』という生き物に対し懐疑的な気持ちを抱いているように感じる。百花さんがどんな人であったか、それは接していた刀たちにしか分からない。いや、接していてそれでも尚『主の考えが分からない』と言っているのだ。幽閉されていた刀たちからしてみれば自分たちを閉じ込めた『審神者』という存在に疑問や不信を抱くのも無理はない。
 確かに私は彼らの正式な持ち主ではないけれど、少なくとも事の詳細が分かるまではうちで預かるのだ。少しくらい打ち解けたいと思うのは当然だろう。それにうちにいない刀多いしね! 下心ありありで正直ごめんやで!!

「じゃ、ちょっと行ってくるね」
「うん。気を付けてね」

 気を付けるも何もないのだが、光忠の気持ちはありがたく受け取っておく。
 お盆に冷たいお茶が入ったポットと湯呑を乗せ、大広間に戻っていた面々にとりあえず声を掛ける。

「それじゃあ私は道場の方に行ってくるから。夢前さん、休憩が終わったら執務室に戻って、さっき確認した資材表を打ちなおして貰える?」
「はーい。分かりましたー」
「それじゃあ皆さんも、ゆっくり体を休めてくださいね」

 刀たちに軽く頭をさげ、道場に向かって歩き出す。
 今の所藤四郎の兄弟の中でも乱や薬研などは好意的に接してくれている。秋田や平野、前田もそうだ。多分同一個体がうちにいるからだろう。そして幽閉されていた藤四郎たちは信濃・後藤・包丁・博多の四振りと、一期一振の合わせて五振りだ。この中では博多が一番私に対し好意的だ。一時的にとはいえ福岡にいたからだろう。他の三振りの短刀は未だ様子見、という感じだ。悪感情はないみたいだけど、まだ三日しか経ってないしな。徐々に打ち解けてくれたら嬉しい。
 一期一振は微妙な所だ。敵意はあまり感じないが、警戒心は持っている気がする。うちにいる藤四郎たちが伸び伸びと過ごしているから『悪い人ではない』とは思ってくれてはいるみたいだけど……。あとは薬研や博多が好意的なのも大きいだろう。特に薬研はことある毎に私と刀たちとの橋渡しをしてくれるから、本当に助かっている。

 そして今回手伝ってくれた槍の御手杵と蜻蛉切。彼らも中立的な立ち位置だ。御手杵はちょっと人間不信な部分があるみたいだけど、蜻蛉切はおおむね好意的に接してくれている。まぁ御手杵に関しては逸話も関係しているのかもしれない。だから彼については私自身が色々と調べるべきだと考えている。そりゃあ勿論本人に聞いた方が早いんだろうけど、突っ込んだことを聞くのは失礼だし、何より余計に不信感を与えるだけだ。だからもう少し時間を掛けて接していこうと思う。
 あとは加州なんだけど、彼は意外にも私の手伝いを率先して行ってくれている。元々『初期刀』としてあれこれ本丸の仕事をこなしていた身だ。今更暇になっても時間を持て余すだけなんだろう。現に『どうせ暇だし。何をやろうと俺の勝手でしょ。あとアンタにこれ以上借りを作るとか嫌だし』と減らず口を叩きつつも手伝ってくれている。正直憎らしい時もあるが、感謝もしている。やっぱり『加州』は加州だ。根はいい刀なんだよなぁ。

 話しを戻すが、今から向かう道場にいるのは監督役として暫く手合わせを固定させてもらったうちの同田貫と、預かっている刀たちがローテーションで入っている。今日は確か太郎太刀と小狐丸、髭切、膝丸の四振りが入っていたはず。日頃うちでは見られない太刀筋の勉強にもなるから、と確か同田貫はワクワクしていたはずだから、間違いないだろう。
 道場に顔を出すと、件の四振りがそれぞれ練習用の木刀で打ち合っていた。

「おーい、たぬさんや〜い。休憩にしようぜ〜」
「あ? ああ。主か。おいお前ら! 休憩に入るぞ!」

 監督役としてちゃんと仕事をこなしている同田貫のことを今は「たぬさん」と呼んでいる。勿論本人から許可は得ている。だって同田貫が二人もいるからね。区別をつけるために愛称呼びをしているのだ。

「皆さんもお疲れ様です。冷たいお茶をご用意しておりますので、こちらにお座りください」
「ご丁寧にありがとうございます」
「これはこれは。審神者殿御自らの手で頂けるとは……ありがたいことですな」
「嫌味な言い方だねぇ、小狐丸」
「全くだ」
「あはは……」

 太郎太刀はそうでもないが、どうにもこの小狐丸は私に対していい感情を抱いてはいないらしい。妙にチクチクとした視線や、皮肉っぽい言い回しが飛んでくる。
 まぁそんなこと一々気にしていてもしょうがないので基本右から左に流してはいるが。

「僕はありがたく頂戴するよ。水餅くん」
「水野です、髭切さん」
「ありゃ。また間違えちゃった」
「兄者ァ……」

 まぁね。『髭切』に名前を間違われるなんてよくあることだから気にしてはいないんだけどね。武田さんの所でも柊さんのところでも最低一回は間違われるからね。うん。気にしたら負けだ。

「それでたぬさん、皆の調子はどう?」

 お茶を配り終わり、先にお茶請けとして光忠が用意していた漬物をバリバリと咀嚼している同田貫へとこっそり話しかける。彼には初日からずっと預かっている刀剣男士の様子を見てもらっている。まだ三日目だから全員の太刀筋を見たわけではないが、同田貫は漬物を飲み込むと同じように小声で報告してくれる。

「お前さんの読み通り、練度は低い。特に髭切と膝丸は内番自体の参加が初めてだと言っていた。小狐丸は一、二回出陣した経験もあるみたいだが、殆ど素人に毛が生えたようなもんだ。まともに打ち合えば真っ先に折れるぜ」
「やっぱりそうか……」
「他の刀も同じだな。初日に見た三日月、日本号、物吉、太鼓鐘も出陣経験なし、二日目に見た大包平、ソハヤノツルキ、数珠丸、明石もだ。幽閉されていた刀は殆ど出陣経験なしだと考えていい」
「じゃあ顕現してすぐにあの地下牢に入れられた、ってことで確定かな」

 でもどうして小狐丸だけは出陣経験があるんだろう。初期に顕現したのか? もし地下牢に入れる前に顕現したのであれば出陣経験があってもおかしくはない。それでいざ出陣させてみれば手入れに資材が掛かるとか、レア刀と聞いたから出陣させたくない。と思ったのかも。

「そんで? あんたの方はどうなんだよ。新人教育。ちゃんとやれてんのか?」
「あー……ははっ。まぁ、それなりに?」

 私が刀の様子が気になるように、同田貫も私と新人審神者の様子が気になるらしい。気に掛けてくれるのは大変嬉しいが、まだ『上手くいっている』とは言い難い。

「ま、あんたとあの嬢ちゃんの性格はだいぶ違うみたいだしな。あんまり気張んなよ」
「あはは。ありがとう」

 ぽんぽんと背中を叩いてくれる掌に元気が貰える。うん。そうだね。焦ってもしょうがないし、すぐに上手くいくようなものでもない。地道に積み重ねていくしかないのだ。何事も。

「それじゃあ馬小屋の方に顔を出してくるから。お茶、飲み終わったら出入り口の所に置いておいて。帰りに回収していくから」
「おお。悪ぃな」
「いいよ。むしろ皆のこと任せてるのはこっちだし。私の代わりにちゃんと見てあげてね」

 本当なら私も一緒に見ていた方がいいのだろう。自分の目で見て感じることは大切だ。でも今は新人研修の最中だ。彼女を放って刀たちのことばかり調べてもいられない。どちらかが折れるしかないのだ。だから同田貫は出陣したい気持ちを抑え、私の代わりにこの道場で刀たちの様子を見てくれている。本当に感謝の気持ちしかない。

 再び道場を同田貫に任せ、今度は馬小屋に向かって歩き出す。畑は藤四郎たちに任せているので大人数だ。だから今回は光忠たちにお茶をお願いした。勿論後で報告はしてもらう。だからその分他の刀たちに時間を割けるのはありがたい。

 馬小屋は道場から少し離れた場所にある。今日の馬当番は江雪と歌仙に監督を任せ、預かっている大倶利伽羅と大和守、浦島、青江で組んでいる。徐々に見えた馬小屋から丁度江雪が出てきたので、そのまま声をかけた。

「おーい、江雪さーん」
「おや。主が来たということはそろそろ休憩の時間ですね。皆さん、お茶にしましょう」

 のんびりとした口調ではあるが、江雪が声を掛けると皆手を止めて馬小屋から出てくる。

「は〜、やれやれ。全く、何度やっても馬小屋の整備は慣れないね」

 疲れた様子で出てきたのは歌仙だ。“雅な刀”を自称する歌仙からしてみれば馬小屋の掃除や整備なんかは御免こうむりたいのだろう。それでも鶯丸のようにさぼったり、鶴丸の様に変な仕掛けをせずに真面目に働いてくれるので信頼を欠くことはない。

「でも何だかんだ言ってちゃんとやってくれるじゃないですか」
「仕事だからね。他の刀の目もあるし。真面目にするさ」

 馬小屋から本丸の縁側へ。皆が移動する間にお茶を湯呑に注げば、辿りついた順にそれを取っていく。

「ぷっはー! あー、こういうのを“生き返る”って言うのかなぁ?」
「そういえば浦島は馬当番初めてだったね」
「馬は大きいよねぇ……体格のことだよ?」

 今日の馬当番は浦島以外全員経験者のようだ。わいわいとはしゃぐ刀たちを他所に一番端でのんびり湯呑を傾けている江雪の隣に腰かけ、同田貫に話を聞いた時同様声をかけてみる。

「今日はどんな感じですか?」
「そうですね……。浦島さんは馬当番が初めてだということでしたが、随分と楽しんでおられるようです。他の皆さんも慣れていらっしゃいますね」
「ということは、やっぱり幽閉されていなかった刀は出陣も内番も経験がある。ってことだね。じゃあ練度の差は激しいだろうなぁ。長谷部さんからも聞いてたけど、一度皆のステータスを見直さなきゃな」

 あちらの長谷部から聞き及んではいたが、やっぱり幽閉されていた刀たちは全くと言っていいほど経験がない。出陣は勿論、内番、演練もだ。万屋にも行ったことがないと言うし、顕現したらすぐに地下牢に入れられていたのだろう。これがいい歳した大人なら『コレクター的な一面があるのかな』と思ったが、加州は『レア刀を折りたくなかったんだろうね』と言っていた。今剣が折れてから刀を失うことに恐怖を抱き始めていたみたいだし、やっぱり『刀を守ろう』として幽閉した線が濃い。それが良いか悪いかは別として。

「……やはり、報告されるのですか?」
「うん。それが私に与えられた仕事だからね」

 一時的に預かっているとはいえ、刀剣男士は『政府』の所有物と言っても過言ではない。個人の一財産ではないからだ。そのため彼らの行動、あるいはその日行ったことなどは全て報告する義務がある。特に今は預かったばかりだ。だから色々な情報を少しずつ探っている。慎重に、けれど確実に。幾ら他所の刀とはいえ、“知らない”では済まされないのだ。それが“責任”という奴なのだから。だから少しじれったいかもしれないが、私のペースでやらせてもらっている。だから焦らず、彼らのことを把握していきたい。柊さんにもそう伝えている。

「他にも何か気付いたことがあったら報告してください。そろそろ戻らないと、休憩時間終わっちゃうから」
「それは構いませんが、主。あなたもきちんと休息は取るべきです。ただでさえ業務が増えているのですから、尚更に」

 心配してくれる江雪の瞳は真剣だ。今まで色んなことがあったから余計に心配してしまうのだろう。それでも私は出来る限り頑張りたいのだ。勿論、倒れない範囲内でね。

「ありがとう。でも今は大丈夫だよ。しんどくなったらちゃんと言うから。その時は助けてね」
「勿論です。ですがやせ我慢はしないでください。私たちには、あなたが必要なのですから」

 ここで『まぁ見た目は全然痩せられないんだけどねぇ〜』なんて茶化せる空気ではなかったので、素直に頷いておく。
 本来審神者にとって彼らは『戦争の道具』でしかない。だけど長く過ごせば過ごすほど彼らに対し愛着にも似た愛情を抱いてしまう。それが良いことなのか悪いことなのか。正直、迷う。

「それじゃあ皆さん、午後もよろしくお願いします」

 だけどそんなことを口に出来るはずもなく。改めて皆に頭を下げ、湯呑を盆に載せ来た道を戻る。途中道場の入り口に重ねられた湯呑も回収して厨へと向かえば、居間にはもう誰もいなかった。

「――刀剣男士、か」

 血の通う肉体も、痛覚も、感情も得た戦道具。私は彼らとどう向き合い、付き合っていけばいいのか。
 審神者の数だけ違う考え方。接し方というものがある。だからどれが『正しい』とは一概には言えない。百花さんの行いも、根底にあるのは刀を失う恐怖と、刀を守りたい。という気持ちだ。ただそれが刀には伝わっていない。

 夢前さんはまだ勉強中だが、見ているとどーにも『イケメン男子とのハーレム生活』みたいな気持ちが滲んでいる気がする。気持ちは分からなくはないけど、彼らは『刀』で『神様』だ。いつか来る別れや、人間と時間の流れ方が違うことを彼女は理解しているのだろうか。
 でもあんまり注意しすぎるのもねぇ。本人が分かっていて「それでいい」と言うのであればこちらから言えることなど何もない。でも後々になって「やっぱり人間の男がいい」なんて口にしたら、彼らは傷ついてしまう。刀剣男士は人の器を得ていても考え方は『人』とは違う。それを理解してくれたらいいんだけど。

「はあ……難しいなぁ」

 私自身、未だに出ていない答えがある。それを思えば人の事は言えない。
 自然と口から零れる重たいため息が一つ。それを再度零した後、気合を入れ直して厨の暖簾を潜った。


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