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診断メーカーで出たお題です。

【人間の脚が生えたマグロに追いかけられる夢を見る水野さん】でくり+さに。



 起きたのは偶然だった。時刻は真夜中。ふと目が覚めるのはよくあることだろう。常ならばそのまま二度寝に入るのだが、今日は喉の乾きを覚えたので厨に向かうことにする。
 普段は騒がしい本丸も今は静まり返っている。歩く度に軋む床の音以外では、風が木の葉を揺らす音か、虫の音しか聞こえない。静かないい夜だ。
くあ、と人目がないのをいいことに欠伸をしていると、大広間の向こう。審神者の部屋に電気が点いていることに気付く。

 何をやっているんだあの審神者は。今何時だと思っている。

 眉間に皺を寄せつつ、迷うことなく審神者の部屋へと向かう。
 もし仕事の途中で寝落ちたというのであれば「布団に入れ」と促すが、単なる夜更かしであれば「さっさと寝ろ」と叱りつける必要がある。馴れ合いは御免だが、こちらは審神者がいなければ色々と不便な身なのだ。『情けは人の為ならず』という言葉もある。
 俺は審神者の部屋まで真っ直ぐ進むと、抜き打ちのように無言で襖を開け放つ。途端に部屋の中央に座していた人物がビクリ、と跳ねた。

「ヒッ?! あ、お、大倶利伽羅か……どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。今何時だと思っている」

 一応上掛けに包まってはいるが、その手には携帯端末が握られている。まさか夜更かししていたわけではないだろうな。と睨んでやると、手にしていた携帯を手放した審神者が慌てて弁解を始める。

「いや、違っ、夜更かしじゃない、夜更かしじゃないです!」
「では何故こんな時間まで起きている」
「あー……そ、それは……」

 言いよどむ審神者だが、こちらが黙って「折れない」ことを示すと、おずおずと話し出す。

「それが、その……嫌な夢を見まして……」
「夢? また何かあったのか」

 うちの審神者は何度も怪異に巻き込まれている。もしやまた何かに巻き込まれたのかと尋ねれば、審神者はまたもや「違う違う!」と声を上げる。

「心配してくれるのは嬉しいけど、全然違うんです!」
「では何だ」
「…………が……る夢……」
「は?」
 いつもハキハキと喋る審神者にしては珍しい。こんな静まり返った本丸の中でさえ聞き取れない程の小さな声。大して離れていたわけではないが、それでも聞こえない。仕方なく部屋に押し入り顔を近づければ、審神者は縮こまりながらももう一度繰り返す。

「……脚が生えたマグロに追いかけられる夢……」
「…………」

 何故、そんな夢を――。
 声にならない声で、というより視線で訴えれば、審神者も苦しげに唸った後喚くようにして囃し立ててくる。

「私だって分かんないよ! 何でこんな夢を見たのか! でもあんまりにも迫真というか勢いがあったというか、凄まじかったというか! とにかくそういう、何かすごい勢いで追いかけられたから妙に怖かったんだよお!」
「そ、そうか」

 むしろ今のお前の方が勢いがあるのでは? と思わなくはなかったが、言わぬが吉という奴だろう。更にこちらの服を引っ掴んで唸るものだから、俺は呆れ半分、同情半分でその背を叩いてやった。

「分かったから落ち着け」
「うぅ……何でマグロ……マグロ好きだけど、あんなの嫌いになるわ……」
「いいから落ち着け」

 項垂れる審神者に今度は喝を入れるために軽く叩けば、「イテっ」と零しつつも大人しくなる。

「確かに妙な夢だが、怪異でないだけマシだ。そう思え」
「まぁ確かにね。それはそうなんだけどね? うん……まぁ、落ち着くことは大事だよね……」

 色々と自分の中で折り合いを付け始めたらしい。ようやくいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。
 俺自身はすっかり眠気が飛んでしまったが、審神者は眠った方がいいだろう。夜明けまではまだ遠い。そう進言すべく口を開こうとした瞬間、審神者がぱっと顔を上げた。

「あ。そうだ。この際だから一緒にDVD見ようよ」
「何故そうなる」

 一体何を考えているんだこの女は。呆れを明確に、視線と声音で伝えるが当の本人は気にせず立ち上がる。

「いやー、一回起きちゃうと中々眠れなくてさー。そういうことない? それにあんな夢見た後だし。かといって仕事するのは嫌だし。ゲームするのもなぁ〜。って思ったら、あとは映画とかアニメ見るしかなくない?」
「だから何故そうなる」

 普段真面目に仕事をこなしているから分かりづらいが、この審神者は意外と遊ぶことが好きだ。外で短刀たちと遊ぶのは勿論のこと、携帯ゲームや漫画、アニメや映画の視聴などと様々だ。勿論俺も暇つぶし程度に見ることはあるが、他の刀たちに比べれば淡泊な方だろう。
 それでも審神者は棚を物色し、何枚か手に取って戻ってくる。

「因みに私のおすすめはジ○リです」
「……そうか……」

 もう突っ込むのも疲れた。俺はため息を一つ零すと審神者の隣に座り、意気揚々と準備を始める主の丸い背を眺めた。

 結局、その後二人で夜明けまでジ○リ祭りをしたことは口が裂けても言えない。

「バ○ス!」
「静かにしろ」


end


恋愛要素は相変わらず薄めでしたが、審神者を想う心はキッチリある大倶利伽羅を書けて満足です。
ただ脚が生えたマグロは嫌だよね。パ○ワくんで慣れてるけど。
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