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「ほんっとーにすまん!!」

 パンッ! と目の前で音を立てて合わせられた両の手。そしてその後ろでは呆れと疲労がない交じりになった顔でため息を零す太郎太刀が立っており、私はただただ死んだような目を自覚しながら武田さんを見上げていた。

「ははっ……嘘でしょセンセー……今わしの本丸に何振り刀がいるとお思いで……?」
「いや、それは分かってんだけどよ……俺もどーしても付きっ切りで面倒見なきゃいけねえ奴がいるんだ。その間頼む!! 新人教育、俺の代わりにやってくれ!!」

 一難去ってまた一難。とはよく言ったものだ。刀を預かった翌日、そう。翌日に、だ。武田さんは一人の女性を連れて我が本丸にやってきた。
 曰く『新しく審神者になったばかりの新人さん』らしい。太郎太刀の隣に立ち、キョロキョロと周囲を伺っているのがその人だ。年齢はまだ十代半ば。花の女子高生。可愛らしい丸い大きな目をした、黒髪ショートボブが憎らしいほどに似合っている小柄な女性だ。いや、何故私を選んだし。
 え? っていうか今日平日よね? 何で学校行ってないのん? 突っ込んだらアカンやつ???
 思わず現実逃避気味なことを考えていると、そのショートボブの女性と目が合いハッとする。いかんいかん。ここは先輩としてきっちり挨拶を、

「こんにちはー! アタシ、“夢前ののか”って言います。あ、勿論偽名でーす! 将来はアイドル志望! ってことで、よろしくお願いしまッス!」

 あ。これアカンやつ。私と正反対のタイプ来た。いや別にさー、ギャルとかアイドル志望とかその辺はどうでもいいっていうか、別に苦手とか嫌いとかじゃないんだけどさぁ、根本的に『合わない』んだよねぇ〜……。一言でいえば『オタク気質』で『陰険』な私に対し、彼女はまさに『キラキラ』とした女の子だ。幾ら私にも『女子高校生』だった時があるとはいえ、多分価値観が違う。つまりは精神が死ぬ。うーわー……マジかぁ……。
 御簾の奥で目が更に死んでいくのを実感しつつ、どうにか挨拶を返す。

「ハジメマシテ……水野です……よろしくお願いします」

 あー……ダメだ。心が死ぬ。これから預かった四十振りの刀をどうしていくかも考えなきゃいけないのに、何故かここで新人研修とか……。そりゃあ私も先輩審神者の元に勉強しに行ったし、それがすごい大事なことだとも分かってはいるけれど、何故今!! タイミング悪すぎだろーーーーーー!!!!!

「悪い! 一月以内には戻ってくるから! その間頼む!!」
「了解しやした……死なないよう頑張ります」

 新人研修はおおよそ一ヵ月から三ヵ月行われる。私も三ヵ月程先輩審神者の元にいた。彼女はまだ武田さんの所に来てから二日しか経っていないというので、本当の意味で『新人』だ。本当、色んな意味で。

「えーと……夢前さん? その、学校はどうしたんです?」

 慌ただしく去って行った武田さんを見送った後、とりあえず一番気になっていることを尋ねてみる。すると彼女はあっけらかんとした態度で、こともなげに言い放った。

「えー? だって学校とか超つまんないし。直接行かなくてもー、通信教育とかあるし。学校行く必要ないじゃないですか〜。友達だってー、ネットで、ほら! インスタとかー、FBとか! 繋がってる人いーっぱいいるんでぇ、学校でイヤ〜な女同士の争いに巻き込まれるより超健全だし、精神的にも辛くないし! お得っすよ!!」

 バチコーン! とアイドル志望らしくウィンクを飛ばされるが、正直ハートを射抜かれるより脳みそを撃ち抜かれたような衝撃だった。
 そうか……今は『通信教育』が昔に比べて『当たり前』になってきてるんだ……うおおぉ……ジェネレーションギャップを早速感じてしまった……。
 だが私がそれに関し何か言うよりも早く、夢前さんはマシンガンの如く話を続けてくる。

「あ? 水野さんもインスタとかFBやってます? 繋がりません?」
「あ。いや、ごめんなさい。私はそういうの、ちょっと疎くって……」

 疎いというか興味がないのだ。他人の人生に口出しするのは勿論のこと、自分と親しくない人が何に興味を持ち、何に好感を持っているとかあまり興味がない。親しい友人から『〇〇おすすめだから! 試してみ!』と言われたらその商品を手にしたり、映画なら一緒に見に行ったりもするが、顔も知らない、本名も分からない。言わば『アンノウン』な人たちの好きなものを共有するのはちょっと……抵抗感がある。そりゃあ見ていたら欲しくなるものや興味を抱くものもあるだろう。でもどーにもああいうのをチェックする。というのが苦手だ。覗き見している気分になるというか、ストーカーになった気分になる。いや、だからと言ってそれをやっている人たち皆が『ストーカー気質』だと言いたいわけではない。単なる気持ちの問題だ。好きなことを好きなようにするのは全然構わない。楽しいツールを紹介したいと思う気持ちも分かる。でもそれに乗るか乗らないかはこちらで決めさせてくれ。というだけの話だ。何でもかんでも私は『YES』と唱える人間ではないから、少し考えさせて欲しい。
 だけど夢前さんは思っていた以上にあっさりと「そーっすか。ま、そういう人もいますよね〜」と言って引き下がってくれた。ありがたいと思えばいいのか、拍子抜けしたと思えばいいのか。まぁ深く突っ込まれることもなかったし。一先ずは安心か。

「えーと、それじゃあまずは本丸を案内しますね。これから一ヵ月はこちらで過ごすわけですから、どこに何があるのか覚えて頂かないと困るでしょうし」
「はーい。っていうか〜、水野さんアタシより年上なんだから、敬語とかいらなくないです? むしろ敬語使わなきゃいけないのはこっちですよね!」

 いや、分かっているならちゃんと使いなさいよ。とここでツッコムべきなのだろうか。それとも一ヵ月耐え抜けばいいのだろうか。分からない。分からないぞ〜〜〜??? こういう時どうしたらいいんですか! 教えて偉い人!!
 再び現実逃避を始めかけていると、本丸の大広間からバビューンと駆けてくる小さな姿が見えてくる。

「みずのさまー!!」
「あ。今剣さん」

 走る勢いのまま、ドン! と胸に飛び込んできたのは今剣だ。彼は随分と私に心を許してくれている。多分あの時私だけが彼の姿を視認出来たからだろう。それにしたって懐きすぎな気もしなくはないが、今剣は本来うちにはいない刀なので、これをいい機会だと思って可愛がることにする。

「もう! みずのさまはどーしてぼくにたいしてけいごをつかうんですか! みずのさまはさにわなんですよ? ぼくたちの、かりとはいえあるじなのですから、もっと“ふれんどりぃ”にせっしてください!」
「いやぁ、そう言われましても」

 彼らが幾ら優しいとはいえ『預かっている刀』であることに変わりはない。昨夜うちに連れてきた時は皆まだ落ち着かない風だったけれど、一晩たって精神的な疲労も緩和されたのだろう。朝餉の席では昨夜よりも穏やかな空気が漂っていた。とはいえまだ彼らとの接し方について決めかねている状態だ。預かっている刀である以上に、彼らは神様だ。無作法は許されない。

「むーっ。むつのかみさんたちとはとってもなかよしなのに〜」
「あはは。そりゃあ自分の刀ですからね。それでも彼らが私に『許可』してくれたからああして話せるわけで、今剣さんは人から預かっている刀ですから。そう簡単にはいきませんよ」

 彼らの本来の主が『許可』したのであれば別だが、独断で自分の刀たちと接するようには出来ない。私だって初めは自分の刀たちと節度をもって接しようと試みていたのだ。(上手くはいかなかったけど)そう簡単に砕けた調子で話すことなんて出来ない。
 だけどここで新人の彼女、怖い物なしの花の女子高生こと夢前さんが「キャーッ!」と黄色い歓声をあげる。

「えーッ?! マジ『イケショタ枠』あるとか聞いてないんですけど! てっきり大人の男ばっかりだと思ってた〜! 全然いいじゃーん! イケるイケる! うん!」

 えー、と。夢前さんは年下が好きなのかな? どう見てもテンション爆上げ状態な彼女を呆然と見つめていれば、今剣がキョトンとした顔でこちらを見上げる。

「みずのさま、こちらのかたは?」
「はーい! アタシ、夢前ののか。って言いまーす! 趣味は歌とダンスで、好きなものはマカロン! 女子高に通ってる、十七歳でーッス!」

 何と分かりやすく、且つテンプレートな自己紹介だろうか。いや、まぁ女子高生と言えばこんなもんか? 自分と比較してもしょうがないのでぼけーっと眺めていれば、今剣は大して興味なさそうな顔で「そうですか」と頷く。

「じゅうななさいということは、けっこんしていてもおかしくないとしごろですね。それにしてはいささかひんがないようにおもいますが……」
「おん?! 思ったより毒舌ね?!」

 人懐っこい今剣の口から零されたとは思えないほどの辛辣な言葉に驚く。が、言われてみれば彼は平安時代の刀だ。当時の女性は『しおらしく』『たおやかに』貴族であれば『蝶よ花よ』と育てられる。私はジャージと御簾で肌や顔を隠しているが、夢前さんはミニスカート姿で生足を晒しているし、御簾もしていないから顔もバッチリと出ている。常に御簾の奥にいた女性たちを目にしていた男性からしてみれば彼女の姿はいささか刺激的というか、驚くものなのだろう。そもそも平安時代は結婚する年齢がかなり早い。女性であれば十三、男だと十五歳だったか。であれば彼女は丁度その年頃だし、私は子持ちでもおかしくないわけだ。あ。地味に傷つく。
 自分の考えに地味に凹んでいると、いつまでも戻ってこない私を心配したのだろう。陸奥守と、あちらの加州が本丸から出てくる。

「おんしら、そがな所で何しゆうか」
「ちょっと今剣、水野さんに迷惑かけちゃダメでしょ?」

 陸奥守にはこの本丸の方針というか、どんな本丸で、どういう風に過ごせばいいかといったことを説明して貰っていたのだ。だから武田さんを出迎えたのは私一人だった。そのため夢前さんのことは知らない。加州も陸奥守の説明を聞いていたため、私と今剣、そして夢前さんへと視線を移した後説明を求めるようにこちらへと視線を戻す。

「えーと、今日から一月ほどうちで新人研修を行うことになりました。新人審神者の夢前ののかさんです」

 今剣の時とは違い、私から紹介すれば二人の視線が彼女へと向く。それに倣って私も彼女へと視線を向ければ、彼女は感極まったように両手を口に当て、キラキラと瞳を、いや、全身を輝かせていた。

「うっそ……ちょーーーーイケメンじゃん!!! え?!?! マジマジ?! 逆ハーってやつ?!?!」
「はあ?」

 陸奥守と加州の声がダブる。うん。そうだよね。そういう反応になっちゃうよね。多分私とも“百花”さんとも違う反応だったからだろう。二人が素っ頓狂な声を上げるのも頷ける。そしてそんな彼女の黄色い悲鳴が大広間にも届いていたのだろう。あろうことか皆が「何だ何だ」と顔を覗かせてくる。

「おや、主。お客様ですか?」
「あ、本当だ。随分と可愛らしいお客さんじゃない?」
「まだ子供ではないか」
「え? じゃあお茶より紅茶、いや、ジュースの方がいいかな?」
「いや、燭台切。御客人はそんなに小さくないから、普通にお茶でいいと思うよ」

 上から宗三、うちの加州、長谷部、燭台切、歌仙と顔が良い奴らが揃って声を掛けてきたものだから、夢前さんのテンションは更に上がってしまった。

「キャーーー!!! やばいやばい!! みずのんちょーヤバイって!!」
「みずのん?!?!」
「え?! コレマジで逆ハーじゃん! みずのん超やばくね?! っていうか審神者ヤバすぎなんですけどー! 二次元かっつーの!!」

……うん。もうどう突っ込んでいいかおばさん分かんねえ。思わず口を噤めば、あちらの加州が近づき耳打ちしてくる。

「ねえ、現代の女の子って皆ああなの?」
「いや、流石に違うと思うよぉ……一部はそうだけど、一部は違うと思うよぉ……」
「だよねぇ……」

 むしろ私は真逆だったわけだし。というかそろそろ、バシバシと叩かれ続けている背中と言うか腕と言うか、身体の節々が痛い。いい加減「止めて」って言うかぁ。だが私が言葉を発するより早く陸奥守が彼女の手首を掴む。

「すまんが、これ以上わしの主を叩かんでくれんか。本人は何も言わんが、嫌がっちゅうき」

 顔は笑っているが、なんとなーく笑っていないことが分かる。私のために怒ってくれているんだろう。それはありがたいことだし嬉しいが、夢前さんはイケメンな陸奥守に色んな意味で衝撃を受けているらしい。完全に固まり、大きな丸い目を更に丸くして陸奥守を凝視している。(主に顔を)

「え……やっば……超イケメン……ユージよりイケメンじゃん……」

 ユージ、が誰かは知らないが、そりゃあ人間と神様を比べちゃいかんよ。神様ってのは大体美しいものなんだから。だけど陸奥守は“褒められている”とは思っていないらしい。硬直している彼女から手を離すと、私の両肩に手を置く。

「さ、戻るぜよ」
「はい。もどりましょう」
「そうね。あんたも、そんなところで突っ立ってないでコッチ来れば? “研修”なんでしょ? 遊んでる暇ないんじゃない?」

 加州に促され、ようやく夢前さんも硬直から解放される。すっかり赤くなってしまった顔を両手で抑えつつ、小走りで駆けよってくる。

「うっわー……マジ審神者って最高じゃん……こんなイケメンに囲まれて生活するとか……もう人間界? に戻れなくなりそう……」

 後ろで夢前さんがブツブツと何かしら呟いているが、生憎おばさんに付き合える体力は残っていないので無視させてもらう。いや、本当ツッコムのにも体力いるんだわコレが。

 大広間には殆どの刀が残っている。朝餉が終わってまだ三十分も経っていないからだ。預かってきたばかりの刀たちもいる。つまり、だ。彼女曰く『超イケメン』が七十人近くいるのだ。正確に言うと六十ちょいだけど。彼女の興奮はまさにピークに達していた。

「やばい……ここもう天国じゃん……イケメンばっかりとか最高じゃん……審神者って最高じゃん!」
「いやいや、そうでもないよ?」

 そりゃあ確かに格好いい男の人たちに囲まれていれば『ヒャッホーウ!!』という気分になるだろう。気持ちは分かる。だが彼らを使って行うのは『血なまぐさい戦争』だ。手入れに必要な資材調達、拮抗する戦力。増え続ける合戦上。キラキラとした彼らにつられて蓋を開けてみれば、その中は闇そのものだ。決して『綺麗』なものではない。だけど彼女はまだ分かっていないのだ。『戦争』を知らない子供だから。

「えーと、皆さんも来たばかりで困惑しているとは思いますが、本日から一月程、急遽この本丸で“新人研修”を行うことになりました。夢前ののかさんです」
「夢前ののかです! よろしくお願いします!!」

 今度はキッチリと、腰を九十度ぐらい曲げて頭を下げる。あれ? 私の時と違くない? いや、別にいいけどさ。
 だがうちの刀たちはまだしも、こちらに来たばかりの刀たちは当然困惑の嵐だ。まだ人の世に、というより本丸での生活自体に慣れていないのに、ここで『何も知らない新人審神者』が来れば不安が募るもの。まだ幼いとはいえ、実際に『審神者』と接したことがあるへし切長谷部や岩融などは難しい顔をする。

「口を挟むようで悪いが、見目にそぐわず随分と中身が幼く見える。大丈夫なのか?」
「ええと、まぁ、そのための“新人研修”と言いますか……」
「水野様、お困りでしたらお手伝い致します。戦場に出ることは叶わずとも、本丸内でのお手伝いは出来ますから」
「お気遣いありがとうございます。長谷部さん」

 審神者の仕事は主に事務処理だ。だがこれが意外と大変なのだ。報告書をまとめ、管理表をまとめ、日々行われる合戦に資材調達、内番のローテーション決めや刀装作りもある。当然本丸内の清掃も、だ。やることは多い。刀がいればそれだけ割り振ることも出来るが、うちの刀は三十振りから増えてはいない。預かっている刀は原則戦に出すことは禁止なので、手合わせなどの内番を主に手伝ってもらうことになっている。だが当然それもローテーションを組まなければいけない。来たばかりの刀がどんな性格であるかも掴めていないのに、果たして“新人教育”が出来るのか。……不安しかないわぁ……。
 だけどそんな私とは対照的に夢前さんは前向きだ。「真面目に頑張ります!」と拳を握っている。若いっていいなぁ。

「それじゃあ、えーと……本丸を案内する前に内番について説明しましょうか。小夜くん」
「はい」

 うちの刀たちだけであれば口頭で内番を告げるのだが、昨夜で一気に刀が増えたのだ。そのため急遽『内番表』なるものを作り、壁に貼った。

「まずは馬小屋の整備、そして畑の整備と言った本丸の施設面を整えるものと、手合わせ。と呼ばれる刀同士の実力を上げるための三つの内番があります」

 それぞれどのステータスが上がるかも説明すれば、夢前さんはうんうんと頷く。意外と真面目なのかもしれない。メモを取る気はないみたいだけど。ま、そのうち慣れるだろうし。大目に見るか。

「そして疑似戦闘を行うための『演練』、刀の手入れや鍛刀に必要な素材を調達する重要な任務である『遠征』、そして実際に合戦上に向かう『出陣』が彼ら刀剣男士の主な役割です」

 意外にも夢前さんだけでなく、預かっている刀たちも私の説明に耳を傾けているらしい。何だか『先生』になった気分だ。うん。緊張する。

「出陣させるのは主に第一部隊、と呼ばれる本丸での主戦力になります。隊長を決めるのは私たち審神者の仕事です」
「はーい。隊長と隊員って、何が違うんですかー?」
「大きな違いはありません。ただ敵に完全に『破壊される』可能性が低くなります。あくまで低くなるだけなので油断は禁物ですが」
「破壊? 破壊ってことは、死ぬってことですか?」

 あー、そっか。そこから説明しなきゃいけないのか。まぁそうだよねぇ。
 私は広間を見まわし、三日月を手招きする。

「三日月、悪いけど助手をお願いできる?」
「勿論だとも。爺でよければ幾らでも使っておくれ」

 ニッコリと微笑んでくれる三日月に「ありがとう」とお礼を言い、片手を差し出す。

「三日月、刀に戻って」
「了解した」

 基本的に刀剣男士は自らの意思で『ただの刀』に戻ることは難しい。だがうちの三日月は色々あったおかげで自らの意思で刀に戻ることが出来る。ちょっとした『特技』という奴だ。

「夢前さん。今ここにいる『刀剣男士』は皆人の姿をしています。血が通い、ぬくもりがある。痛覚があり、感情があります。それでも彼らの本体は『刀』です。物言わぬ、鉄でできた『刀』なんです」

 ずっしりと、掌から腕全体にかかる確かな重み。片手で扱うには些か重い柄に手を掛け、鞘から刀身を引き抜く。途端に鈍色に光る冷たい鉄の塊が顔を出し、私と夢前さんの姿を刀身に映す。

「決して忘れないでください。彼らは人の形を得ていたとしても『物』であることに変わりはありません。割れたガラスが元に戻らないように、彼らもまた、折れたら元には戻りません」

 例え接着剤でくっつけようとも、ヒビが消えてなくならいように。折れた時点で彼らの仮初の命は終わる。

「ですが、これを一度だけ免れる方法があります。宗三」
「はい。ここに」

 今日の出陣には宗三を選出している。そのため持っていると思ったのだ。実際に彼は懐からお守りを取り出し、夢前さんにも見えるように掲げてくれる。

「それがこの『お守り』です。これは万屋で購入できるものですが、一振りにつき一つしか持たせることが出来ません」
「お守りを持っていると破壊されないんですか?」
「いえ。無敵になる代物ではないので。例え破壊されたとしても、このお守りが一度だけ『身代わり』となって刀剣男士を守ってくれます。ですが『一度だけ』です。二度目はありません。だから過度な進軍はしないよう、肝に銘じてください」

 ブラック本丸がどうだったかは知らない。だけど私の本丸では基本的に過度な進軍は禁止している。皆が傷つくことが嫌というのもあるが、それに伴って消費される資材、時間。それらを考えた時に一旦退く方が総合的に見て得なのだ。同田貫のような戦闘に特化したタイプは物足りないかもしれないが、一気に畳みかけるのが戦ではない。戦況だけでなく自軍の環境も考慮した上で進軍を決めなければいけない。これは当然のことだ。兵糧攻めにあった軍がどうなるか。籠城した城を落とすのにどれ程の戦力が必要か。それを考えれば分かる。時間、人。すべて無限ではない。だからこそ無鉄砲な作戦は選べない。自滅を招くからだ。

「とはいえ、刀の練度に見合った合戦上しか初めは行けませんから。徐々に、刀たちが人の体で行う戦に慣れ、力がついてから次の合戦上へと進んでください」

 宗三に頷いて下がることを命じ、三日月を鞘へと戻す。そして再び夢前さんへと視線を戻す。

「確かに彼らは格好いいですし、審神者になれば『逆ハーレム』と呼ばれる状況になります。ですが、忘れないでください。彼らは『刀』であり『付喪神』と呼ばれる神様です。神は人とは違います。物と人も当然違います。彼らは人の肉を切ることが出来ます。骨を断つことが出来ます。それは主である私たちであろうと変わりはありません。ですからどうか彼らを『人として』扱うのではなく、『神』として、『武器』として、見る目を養ってください。それからです。彼らを『人』のように見るのは」

 ここまで言えば彼女も『審神者』がどんな存在なのか。『刀剣男士』がどんな存在なのか。理解出来たのだろう。先程までの浮ついた空気はなく、不安そうな顔をしている。

「ですが、困った時ほど自分の『初期刀』を頼ってください。彼らは常に審神者の味方です。どんなことがあっても。どんな主であっても。他の刀が何と言おうと、初期刀だけは常に審神者の味方であり、最後まで審神者の『刀』として自身を振るってくれます。ね? むっちゃん。加州」

 傍に立っていた陸奥守と加州へと視線を向ければ、二人共力強く頷いてくれる。この本丸に『何か』が起きるかもしれない、と常に気を配り、皆を守ってくれた陸奥守。主の大切なものを守るために多勢に無勢であろうと立ち向かった加州。二人の想いはどちらも強く、強固だった。それを知っているからこそ、私は『初期刀』を頼れ。と進言出来る。

「初期刀は打刀と呼ばれる刀種の、五振りの中から一振りだけを選びます。夢前さんはまだ選んでいないんですよね?」
「あ、はい。その、まだ刀のことが分からなかったので。武田さんが『後からでも選べるから心配すんな』って……」

 戦争が始まったばかりの頃はそうもいかなかったが、今では初期刀を研修の後でも選べるよう配慮がされているらしい。初期刀と問題を起こす審神者もいたからだ。生憎と私の所は相性が良かったので何の問題もなかったが、合わない人は合わないだろう。人付き合いと同じで。悲しいけどそういうものだ。

「生憎私の本丸は色んな事情があって全員揃っているわけではないんですが、ここで生活しているうちに刀の性格も分かると思います。それに武田さんの本丸とうちの本丸でも刀の性格は違いますから。よく吟味なさるといいですよ」
「はーい。分かりました」

 とりあえず審神者と刀剣男士の主な説明は出来ただろう。細かなことはまた本丸を案内した後に教えればいい。一先ずは終了だ。手にしていた三日月を掲げ、声を掛ける。

「ありがとう。戻っていいよ」

 返事をする代わりにふわりと刀が浮き、すぐさま三日月が人の形を形成する。

「うむ。やはり主に触れてもらえるのはいいな」
「ははっ。それじゃあまた後でね」

 よしよし。と頭を下げてきた三日月の頭を撫でてやれば、一部の刀剣男士からどよめきが上がる。ん? 何かおかしいことした?

「三日月の許可なく頭を撫でておるぞあの女子……! 命知らずか?!」
「いや、単に怖いもの知らずなだけかもしれん」
「何にせよ豪胆なのは確かだ……」

 ボソボソと何か、あんまり聞いていて気持ちのいい内容ではない言葉が聞こえてくる。わしゃメスゴリラか。まぁいいけどさぁ。刀の性格はそれぞれだ。向こうの三日月は元締めみたいな、大黒柱的な存在なのかもしれない。まぁ、小烏丸がいなけりゃ最も古い刀だしな。年功序列で行けばそうなるか。

「はい。というわけでこれから内番、出陣、その他諸々については当番表に名前が書いた札を貼っていきますので、各自確認してくださーい」

 小夜が手にしていた籠の中から札を取り出し、陸奥守と小夜の三人で貼っていく。因みにこれは急遽作ったので今日限りだ。昨夜のうちに注文していたホワイドボードが今日の昼には届く予定なので、今後はそちらに記入していく。

「さ! 今日も一日頑張りましょう! 解散!!」

 私の号令を合図に皆立ち上がる。うちの刀たちは流石に確認が早い。さっと一瞥するとさっさと支度に入る。

「悪いけど、私は新人教育が入っちゃったから。むっちゃん、演練のメンバーのことは頼めるかな?」
「おう! 任せちょけ」
「ん! 頼んだ!」

 演練には陸奥守と鯰尾を含め、あちらの本丸の刀を連れて行く予定だ。他にも内番はうちの刀を一振りずつ宛がい、面倒を見てもらうようにしてある。

「同田貫、手合わせ任せた! お願いね!」
「おうよ。任せな」
「薬研、馬小屋のことは任せた!」
「了解。大船に乗った気でいな」
「江雪さん、畑のことはお任せしました!」
「はい。任されました」
「光忠、大倶利伽羅、鶴丸、歌仙、山姥切、本丸の掃除よろしく!」
「オッケー! 主の期待には応えないとね!」
「……了解」
「おう! 驚くぐらい綺麗にしてやるぜ」
「鶴丸。妙なことしたら容赦しないからね」
「ヒエッ」
「他の刀たちのことは任せておけ。……写しといえど、出来ることはあるからな」

 本丸の構造は大体一緒だが、細部はやはり違う。それに慣れてもらうのは勿論だが、預かっているとはいえいつまでも『お客人』扱いするわけにもいかない。預かっている刀であろうとも働いてもらう。当然それに見合ったお給金は出すつもりだ。政府が出してくれなければポケットマネーで贖うしかないが。
 さて、それじゃあ本丸の案内をしよう。そう思って改めて夢前さんへと視線を向ければ、彼女は何故かぽかーんとした顔でこちらを見ていた。

「あれ? どうしました?」

 あ。しまった。つい自分だけ説明してさっさと解散させてしまった。質問とかあったなら聞けばよかったな。内心で反省すれば、何故か夢前さんからガッ! と勢いよく両手を掴まれた。

「みずのん超すごいじゃん!」
「へ?」
「なんかー、皆のことすっごい纏めてるっていうかー、ちゃんとリーダーしてるっていうか! うん! 超見直した!」

 つまり、割と見下していたと。いや、別にいいけどね。そんな気は薄々していたし。だけど今までの行動? で何か知らないが見直してくれたらしい。夢前さんはキラキラとした瞳を私にも向けてくる。……正直眩しい。

「正直こんなにイケメンたちに囲まれて、命令するとか無理じゃね? とか思ってたけど、全然余裕だし! みずのん超堂々としてたし! やっぱ人前に立つことに慣れてないと、アイドルにはなれないし!」

 あ。そこに直結すんのね? 驚きより呆れが勝ったが、何にせよ萎縮されるより前向きに考えて貰えた方がこちらも有難い。前向きになれるということはそれだけ意欲があるということだ。教え甲斐がある後輩になってくれるといいんだけど。ま、そこは私次第か。うーん……どう考えても責任重大である!

「と、とりあえずまずは本丸を見て回りましょう。お仕事の話をするのはそれからです」
「りょっ!」

 うん。正直一月もつか不安です。

 それでも逃げることは出来ない。私はどうにか苦笑いで誤魔化しつつ、早速彼女に本丸を案内するのであった。





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