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我愛羅くんとサクラちゃん2


うぅ、とどこかぼんやりする頭を重く感じながらサクラが目を開ければ、そこは見慣れた天井。
あれ…私何時の間に寝てたのかしら…と緩く瞬きを繰り返していれば

「目が覚めたか」
「え?」

一人暮らしであるはずのサクラの部屋に何故か話しかけてくる声が。
慌ててサクラが体を起こせば、どこかで見たことのある小さな物体が少し離れた位置に鎮座している。

「突然寝たから驚いたぞ。若いのだからちゃんと睡眠は取れ」
「え…ご、ごめんなさい…?」

寝たんじゃなくて気絶して倒れたんだけど…
と小さな物体を視界に入れたことで倒れる前のことと今置かれた状況が何となく理解できたサクラは、この時ほど己の適応力の高さに感謝することはないと思う。

「もしかして運んでくれたの?」
「年端もいかぬ女を外に放るわけにもいかんだろう」

年端もいかぬって…なんだか大人びた発言ね。
とは思うだけで言葉にせず、代わりに謝罪と礼を述べる。
そういえばこの子は狸の妖と言ってたっけ。とサクラが記憶を探っていると、仔狸がじっとサクラを見つめていることに気づく。

「どうかした?」
「いや…」

どこか居心地悪そうにソワソワとする仔狸に、どうしたのだろうか。とサクラが行動を見守っていると

「…お前は…いい匂いがするな…」
「え?」

少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、消え入りそうな声で告げられた言葉にサクラは固まる。
うん…多分、褒め言葉よね。

「そう、かな?ありがと」

苦味の強い苦笑いではあったが、サクラが笑むと仔狸はぽぽぽと頬を赤らめ視線を外す。
あれ、何か可愛い?
とサクラがにわかに胸を打たれていると仔狸はすくっと立ち上がる。

「もう目が覚めたようだし俺は帰るぞ」
「あ、待って!あなたの名前聞かせて!」

妖と言ってはいたが流石は動物。駆ける足は早くサクラは慌てて立ち上がり履物も履かず外に飛び出す。

「…知ってどうする」

どうやらサクラの声が聞こえていたようで、立ち止まっていた仔狸は飛び出してきたサクラを不可解そうな顔で見やる。
まぁあの子からしてみれば至極当然なことよね…とサクラは口ごもるが、すぐに口元に笑みを象り言葉を紡ぐ。

「また遊びに来てよ!今日のお詫びしたいから!」

サクラの言葉に仔狸は内心別にいいのに。と思うが、先程女を運んだ時のぬくもりと花のような香りが暫く忘れられそうにもない。
まぁもう一度くらいなら会ってもいいか、と考えた仔狸はサクラの方へ改めて向き直り口を開く。

「俺の名は我愛羅だ。女、お前の名は何だ」
「私はサクラ。我愛羅くん、また来てね」

サクラ、と繰り返すように紡がれた己の名にサクラが頷けば、我愛羅も僅かに口の端を上げまた来る。と告げ今度こそサクラに背を向け森に向かって駆け出した。

すぐさま見えなくなった小さな背と、見た目にそぐわぬ物言いに何ともおもしろい子だと、
今まで聞いてきた噺の妖とは違う妖にすっかり絆されていたこにサクラはまだ気づいていなかった。


end
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