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 鈍い音を立てて鍵が解除される。そうした開いた扉の先に続いていたのは、幾つもの座敷牢だった。

「こ、こんにちは〜……」

 恐る恐る声を掛けてみると、すぐ傍にあった牢の中で気配が動く。

「……主じゃない。でも加州はいるんだ。ふぅ〜ん……」
「ついにお勤めですかぁ? 嫌やわぁ。ずっとこうして蛍とのんびり眠っときたかったんやけど……」
「えー、俺はもうやだよ。いい加減戦いたい。ずーっと寝てるなんて、国行じゃないんだから無理」
「つれへんなぁ、蛍は。まぁ、元気なのが一番やけど」

 そうぼやきつつも体を起こしたのは、眼鏡をかけた男が一人と、少年が一人。明石国行と蛍丸だ。演練会場でも、武田さんや柊さんの本丸でも会ったことがあるから分かる。彼らは特別怒っている様子はなく、むしろ明石国行は残念がっているみたいだ。蛍丸は逆みたいだけど。
 そんな蛍丸はこちらに近づくようにして柵に近づくと、丸い瞳で見上げてくる。

「ねぇ、ここから出してくれるんでしょ?」
「はい。でも、その……敵ではないので。斬りかかったりしないでくださいね?」

 薬研と岩融、そして加州の件がある。だから初めから『戦う気はないのだ』と告げれば、蛍丸は頷いてくれた。

「分かってる。殺気もないし、気も穢れていない。むしろそこのお爺さんに至っては清浄な気さえ感じる。そんな人たちを斬るわけないでしょ」
「あ。ですよね。よかった」

 体は小さくとも立派な刀だ。しっかりした性格らしい蛍丸にほっと息をつけば、その横で明石国行がケラケラと笑う。

「そないに心配せんと、のーんびりいきましょ。別に痛いのが好きなわけ違いますし。むやみやたらと刀なんて振り回しませんて」

 こちらはむやみやたらと刀を振り回された側なのだが。言ったら面倒くさそうなので曖昧に笑って誤魔化す。どうやらこの二人は人間に対し『無関心』なようだ。ならば大丈夫だろう。加州へと視線を投げれば、懐から鍵を取り出す。

「出た瞬間斬りかかってこないでよね」
「しませんて。信用ないなぁ」
「それはお互い様でしょ。さ、出なよ」

 審神者の代わりに悪態をつかれてきたのは加州だ。それなりに警戒するのは当然だろう。だが明石と蛍丸は約束通り抜刀することはなかった。むしろ牢から出た瞬間「うーん」と伸びをし、肩を回す。

「はあ。やっと出られた。もうすっごい暇だったんだから」
「せやなぁ。ま、そんなん今更やけど。で? どちらさんが新しい審神者なん?」

 どうやら明石は勘違いしているらしい。彼らを顕現した主から自分たちが譲渡されたとでも思っているのだろう。だからすぐさま訂正する。

「違います。私たちはあなたたちを解放し、保護するために来ただけです。新しい主ではありません」
「あ、そうなん?」
「はい。他の刀も同様に保護するつもりです」

 その会話が聞こえていたのだろう。静かだった地下牢の中で気配が動き出す。

「ほーお? そんじゃあ俺達を顕現させた審神者は夜逃げした、ってわけかぁ?」
「まだそうと決まったわけではありません。現在調査中です」
「ふぅーん……ま、僕はどっちでもいいけど。人間なんてすぐ死ぬしね」
「兄者、気持ちは分かるが口は謹んでくれ」
「ははっ、冗談だよ。弟丸」
「膝丸だ、兄者……」
「折角見つけた主もどこかに消えた、か……俺はいつになったら次の主にちゃんと会えるんだろうな」
「なぁなぁ、早くここ開けてくれよ! 上にはみっちゃんたちがいるんだろ? 早く会いてえんだけど」
「ちょ、ま、待ってください! 順番に開けて行きますから!」
「はっはっはっ。皆さんお元気なようで何よりです」

 多分声質からして日本号、髭切、膝丸、小竜景光、太鼓鐘貞宗だろう。他にも喋り出す刀が増えたからもっといるはずだ。レア刀ばかりを幽閉しているのは事実らしい。
 大体一つの牢には一振りから二振り幽閉されており、同じ刀派や兄弟刀でまとめられていた。流石に藤四郎だけは幾つにも分けられていたけれど。

「えーと、これで全員……ですかね?」

 幽閉されていた刀は二十振りにも及んだ。いやいや、本当どんだけ幽閉してんだ。凄いな、おい。うちの戦力の半分以上やんけ。羨ましい。

「やーれやれ。やっと出られたぜ」
「おいしゃん酷い寝ぐせついとぉばい」
「皆、怪我は?」
「大丈夫だよ、一兄」
「秘蔵っ子とはいえ、流石にこうも長い間秘蔵されているとねぇ……」
「だよなぁ。これじゃあ伸びるもんも伸びねえっての」
「はっはっはっ。皆元気なようだなぁ」
「笑い事ではないぞ、三日月。ああ、主様……」

 各々喋っているのが元気という証拠だ。怪我をしている様子もないし、病気とは無縁だろうから良しとする。ちょっと自由すぎるところはあるが、神様なんてこんなものだろう。諦めにも似た気持ちで小さく息を零せば、一振りの刀が近づいてくる。いや、この場合槍、か。

「おい、そこのあんた。名前は?」
「別本丸の審神者を務めております。水野、と申します」

 目の前に壁のようにして立ったのは、かの三名槍に名を連ねる『日本号』だ。福岡で一度だけだが本物を見たことがある。螺鈿細工が美しい、繊細な槍は偉丈夫と言うより『ワイルド』という言葉が似合う風貌をしていた。

「ふぅん、水野、ね……俺ァ日本号だ。知ってるか?」
「はい。存じております。一度福岡の博物館に足を運んだこともありますので」

 この話をしていいものかどうなのか。正直ちょっと怖いところもある。出会い頭にやらかした長谷部との件もあるし。だけど武田さんと柊さんのところで会った日本号はとても気さくで、私が福岡に一時期いたことがある、と話した際には大いに喜んでくれた。だから大丈夫かな、と思って口にすれば、こちらの日本号も破顔してくれた。

「おお! そうかい。それは嬉しいねぇ。いやぁ、今度は話が分かる相手のようで安心したぜ」
「お姉さん福岡おったと?!」

 日本号の足元から聞こえてきた声に視線を落とせば、赤渕眼鏡をかけた金髪の少年が一人。こちらをキラキラとした瞳で見ている。

「あ、はい。短い間でしたけど」
「嬉しかー! 俺は博多藤四郎! 博多の商人の間では知らん人はおらん、藤四郎の一振りばい」

 ニコニコと笑う博多藤四郎に改めて挨拶をすれば、他の刀たちも会話を耳にしていたらしい。全員の視線がこちらに向く。その中でも真っ先に口を開いたのは髭切だ。

「ねぇ、君は僕たちの主の知り合いかい?」
「いいえ。政府の要請があってお手伝いをしにきただけです」
「へぇ。じゃあ赤の他人か。お人好しなんだね」
「いやいや、お賃金が出るので働いているだけですよ」

 これに嘘はない。というより彼らに嘘をつく理由がない。給料が出る限りは働くし、無理難題でない限り付き合うのは社会人として当然の務めだ。実際こういう案件には『特別手当』というものがちゃんと付くので、決してボランティアではないのだ。だからと言って『給料が出なかったら手伝わないのか』と聞かれたら首を横に振るけど。『困った時はお互い様』という精神は私にだってある。お金が出ずとも要請があれば受けただろう。だがそんな言い訳じみた弁解をする気は毛頭ない。むしろ『金で動く人間』と思われていたほうが理解が早いと考えたのだ。何せ長いこと幽閉されていた刀たちだ。人の心の機微に敏いとは思えない。幾ら長く人と共に生きていたとはいえ、所詮は『刀』。受肉したとはいえ、顕現してもすぐに幽閉されたのだ。苦楽を共にした私や柊さんたちの刀たち程情緒や感性に優れているとは思えなかった。ならば分かりやすく『金で動く』と思われていた方が理解されやすいかな。と考えたのだ。実際彼らは若干の『人間不信』に陥っているみたいだし。
 そしてそれは功を奏した。商人の手に渡っていた博多が理解を示してくれたからだ。

「それは大事なことばい。タダ働きはよくないけんね。お姉さんは正しか!」
「はっはっはっ、博多の言う通りだ。何の目的もなしに他人の刀に手を出すもんじゃねえからな」

 これに追従したのは日本号だ。どうやら彼は立場や位に捕らわれず物事を柔軟に考えられる質らしい。これはありがたい。幾ら賃金が出るとはいえ、敵だらけの中に突っ込むほどの度胸はない。それに誰か一振りでも『人間側』にある程度の理解を示してくれる刀がいてくれる方が助かる。

「ええと、では上に出ましょう。他の刀たちも皆さんのことを待っています」

 牢から出られたのだ。いつまでもここにいる理由はない。彼らを外へと促せば、先程声に出していたように太鼓鐘が「なぁなぁ」と声を掛けてくる。

「上にみっちゃんはいるか?」
「はい。いますよ」
「ほぉ。そいつは良かった。伽羅坊もいるのか?」

 太鼓鐘の後ろから声を掛けてきたのは鶴丸だ。彼も幽閉されていた一振りなので、彼にも頷き返す。

「はい。皆上で待っています。行きましょう」

 あまり広くない階段だ。私の背後は小夜に任せ、先頭をお師匠様と石切丸が並んで進む。

「あ。榊さん、水野さん。皆さんも、おかえりなさい」
「柊さん! ただいま戻りましたー」

 大広間で待っていてくれたらしい。柊さんたちに迎え入れられる。私の後ろから上がってきた刀たちも、自分と所縁の刀たちを見つけると一目散に駆け出した。

「みっちゃん!!」
「貞ちゃん! よかった、元気そうで」
「よぉ、伽羅坊。元気にしてたか?」
「……あんたもな」

「みかづき、こぎつねまる!」
「おお、今剣か。久しいな。元気にしておったか?」
「こうして我ら三条が揃うのは何時ぶりであろうな。ガハハ! 気分が良い!」
「相変わらず岩融は豪快だねぇ」
「石切丸、笑ってないで助けぬか」

「一兄〜!!」
「ああ、皆無事だったんだね……! よかった、本当によかった……!」

 感動の再会。という奴だろう。よかったねぇ。と思いつつ眺めていると、傍に陸奥守が歩みよってくる。

「おかえり。大丈夫やったか?」
「ただいま。うん。大丈夫だよ。争いとか何も起きなかったし。そっちはどうだった? 何もなかった?」

 ここには手入れを終えたこの本丸の刀たちを置いてきたのだ。流石に手当てをしてくれた柊さんに手を出すことはないだろうが、少しだけ心配もあった。だけどこちらも何事もなかったらしい。陸奥守は「何もなかったがよ」と笑う。
 そんな中、お師匠様は残った仕事がある。ということで再会を喜ぶ刀たちには黙ってその場を去った。

「本日はありがとうございました」
「いえいえ。柊さんも水野さんも、困ったことがあればいつでも連絡してくださいね」
「はい! ありがとうございました!」

 開いた門の中へとお師匠様と石切丸が足を踏み入れる。笑顔で手を振る二人に手を振り返せば、どうやら私たちの不在に気づいたらしい。この本丸の長谷部が駆けてくる。

「あのご老人は……?!」
「あ、先程帰られました。皆さんには積もる話があるだろうから、ということで」
「くっ……! せめて一言でも礼を言いたかったのだが……」

 やはり長谷部は長谷部だ。律儀なところは変わらない。彼らの気持ちは私と柊さんから伝えるという旨を口にすれば、少しだけ曇った表情を見せたが頷いてくれた。そして次に、私たちに向かって頭を下げてきた。

「先程は無礼な態度を取り、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、勝手に本丸に上がったのはこちらですし、誰だって怪我をしていれば他人を警戒するものです。長谷部さんの対応は当然のものですから。お気になさらないでください」

 うちの長谷部に背負われていた時は何かと文句を口にしていたが、『へし切長谷部』という刀は基本的に礼儀正しく理性的なのだ。人だろうが物だろうが見知らぬ他人を警戒するのは当然のことだ。更には受肉し、普段から戦をしているんだから最もな反応とも言える。そんなこと一々気にしていたらきりがない。そのような意味合いの言葉を続ければ、長谷部はどこかほっとしたような顔を見せた。

「そうですか……ありがとうございます」
「いえいえ。それでは本丸に戻りましょうか。まだ話したいことはありますし」

 この本丸の審神者について。そして今後彼らをどうするのか。この本丸自体のことも考えねばならない。問題はまだ山積みなのだ。だがこちらで勝手に決めるのも忍びない。この本丸で生活してきた刀たちの言葉も聞きたいし。というわけで、三人で再び大広間へと戻る。

「あ! みずのさま!」

 大広間についた途端駆け寄ってきたのは今剣だ。私と柊さんの刀たちもそれに続いてこちらに近づいてくる。

「主、ある程度俺達の趣旨は説明した。向こうもそれなりに理解を示してくれたぞ」
「そうですか。ありがとうございます、山姥切」

 どうやら私たちがいない間に柊さんの初期刀である『山姥切国広』がこの本丸の刀たちに事情を説明してくれたらしい。審神者に似て仕事が出来る刀だ。いや、うちの陸奥守だって負けてないけどね?!

「だが主たちが戻ってくるまでは細かい話も出来ないと思ってな」
「分かりました。それでは今から聴取を行いましょう」

 私の両隣には小夜と陸奥守が、柊さんの両隣には山姥切と小烏丸が座し、他の面々がその後ろに並んで座る。対するこの本丸の刀たちは初期刀の加州を先頭に、今剣、岩融、薬研藤四郎が一列に並び、その後ろにそれぞれ座した。

「それでは今から聴取を行いたいと思います。それほど堅苦しいものでも、あなた方の審神者を糾弾するようなこともありません。こちらの質問に答えたくなければそれでも構いません。どうか身構えずお答えください」

 柊さんはボイスレコーダーとモバイルノートパソコンを起動させる。バインダーに挟んだ書類に書き込む役目は山姥切が請け負うらしい。だけど私は何もない。正直ここにいていいのか迷うが、柊さんは早速質問を口にした。

「まずはあなた方の審神者からです。お名前と性別、年齢など分かる方はいらっしゃいますか?」

 審神者不在の本丸ではあるが、登録されている審神者の名前が分かれば検索自体は出来る。行方不明になった審神者は少ないと言うので、何かしらの理由があって本丸を空けているのだろう。
 基本的にはこういうのは担当役員の仕事なのだが、報告がされていないということは担当が知らない間に審神者が行方知れずになったか、共犯しているかのどちらかだ。前者はほぼありえないと思うのできっと後者だろう。加州が言うにはこの本丸の審神者はまだ子供だったから、絆された可能性は十分ある。私だって『遊びに行きたい』って言われたら頷いてしまうだろうし。
 そんなことを考えていると、柊さんの問いかけに刀たちは答え始める。

「名前は“ももか”。百に花って書いて“百花”だよ」
「お母さまが考案されたそうだ」
「へぇ。そうだったのか」

 名前を答えたのは加州、続いて長谷部が補足のように情報を付け足すと薬研が頷く。幽閉されていた刀の中には審神者の名前すら知らなかった者もいるらしく、後ろの方で「そんな名前だったのか」的な声がちらほらと上がった。
 名前すら教えていなかったということは、やはり顕現してすぐに牢に連れて行ったのだろう。ある程度育成されている加州が傍にいれば顕現したばかりの刀では抵抗らしい抵抗も出来ない。彼らを牢に入れることはさぞ容易かっただろう。でもせめて名前ぐらいは名乗っておくべきだよなぁ。と思ってしまうのは、私が刀を幽閉するような心境に至ったことがないからなのかもしれない。だって刀を飾る趣味なんてないし。戦争中なんだから武器は使ってなんぼだろう。そもそも『戦いたい』って主張する刀の方が多いんだから。

「歳は十歳ぐらいだったよ。身長も俺達の腰ぐらいまでしかなかった」
「御髪は背中の辺りまで伸ばしていらっしゃったな」
「ああ。燭台切の旦那がよく結んでやっていたよな」
「うん。綺麗な黒髪でね。光に透かすとちょっとだけ茶色くも見えたんだよ」

 成程成程。きっとお洒落に敏感だったんだろう。私の子供時代とは真逆の性格だ。
 余計なことを考えてばかりいる私とは反対に、柊さんは次の質問へと移る。

「成程。では、いなくなったのは何時頃からでしょうか。私たちがこの本丸に気付いたのは一月ほど前ですが、一月でこれほどまでに本丸が荒れるとは思えません」

 地下牢へと続く封印術式を解いたためか、幾分か空気の澱みはマシになっている。が、それでも荒れた本丸が元に戻るわけではない。未だにどこか重たく澱んだ気を本丸中から感じる。それは他の刀も同じなのだろう。特に幽閉されていた刀たちは上がこんな空気になっているとは思ってもみなかったらしい。柊さんの言葉に続くようにして何があったのか説明を求める声が広がる。

「皆さん落ち着いてください。この本丸の初期刀は加州清光。あなたでしたね? 説明を拒むのでしたらそれでも構いませんが、協力してくださると助かります」

 柊さんの言葉に加州は苦虫を噛み潰したような顔をして口を噤む。隣に座る今剣はそんな加州を心配するかのような面持ちで見上げていたが、ここで両腕を組んでいた薬研が口を開く。

「加州が答えたくない、ってんなら俺っちが代わりに答えよう。大将が本丸に顔を出さなくなったのは何もすぐ、ってわけじゃない。徐々に徐々に、毎日が週に三度に。そして週に一度に。それから二週に一度、それから月に一度、って感じに減っていったんだ」
「それでは正確に姿を現さなくなったのは何時頃からですか?」
「そうだな……。気づいたのは半年ぐらい前からだ。それから徐々に、な。だから正確な日付は俺っちにも分らん。だが三ヵ月は顔を見ていない。カレンダー、って奴がないからあくまで体感時間でしかないが」

 言われてみて初めて気づいたが、確かにこの本丸でカレンダーを見たことはない。審神者の部屋に足を踏み入れた時もそうだったが、壁掛けどころか卓上カレンダーすらない。わざわざ持ち去ったのか、それとも端から用意していなかったのか。分からないが、それでもおおよそ三ヵ月前から顔を出していないらしい。
 政府がこの本丸の異常に気付いたのが一月前だから、刀たちは負傷したままで二カ月は放置されている。私からしてみればちょっと考えられない日数だ。

「分かりました。では刀を幽閉し始めたのも半年程前からですか?」
「さあ? その辺は俺っちは詳しくなくてな。近侍は加州か今剣、ああ。ここにいる今剣じゃなくて、今は折れてもういない方の今剣が交代で行っていた。だから加州しかその件については知らねえんだ」
「成程。では加州、この件について答えて頂けますか?」

 加州は未だに苦い顔をしている。話したくないのかもしれない。まぁそうだよなぁ。幾ら加担者とはいえ、加州も好きで刀を幽閉していたわけではないだろうし。もしかしたら最初は説得したのかもしれない。それでも結局主が「やる」って言ったらやるしかないもんな。だけどここでふと疑問に思う。どうして彼女は、『主命』であれば何でも言うことを聞く長谷部ではなく、初期刀である加州にその役目を任せたのだろう。幾ら初期刀とはいえ、加州は何も長谷部程『主命』に忠実なわけではない。勿論反抗心の塊、というわけでもないが、彼はそれなりに分別がある。だが割り切ることが出来る性格でもある。何が理由で任せたのだろうか。無意識に顎に手を当て考えていると、今剣から「みずのさま」と声を掛けられる。

「どうかしましたか? おなかがいたいのですか?」
「ああ、いえ、違います。ただ、どうして百花さんは『主命』に忠実な長谷部ではなく、加州に任せたのかなぁ〜、なんて考えてしまって……どうでもいいですよね、こんなこと」

 たはは、と笑いつつ後ろ頭を掻けば、何故か長谷部は俯き、加州は「あー……」と不味そうな顔をする。あれ? もしかして、また地雷踏んだ?

「それは、その……」
「いい。気遣いは不要だ。真実は語るべし。嘘は許されん。それに我々を助けてくれた御仁だ。これで主の所在が明らかになるのであれば、俺は幾らでも傷つこう」

 言葉を濁す加州に長谷部がはっきりと断りを入れる。うん。どうやら完全に地雷を踏んだらしい! 何でいつもこうなるかな! っていうか何でいつも長谷部関連で地雷を踏んじゃうかな私!! 少しは学習しようぜ!!!!

「水野様のご質問にお答えさせていただくと、単に俺が『嫌われていた』だけです」
「え」

 あ。いや、ごめん。そう何度も言わせたいわけじゃなくて、普通にビックリしただけなんですが。
 しかし柊さんも同じらしい。珍しく目を丸くしている。

「その、どうやら主は俺の風貌や逸話、発言が恐ろしかったようで……。いつも遠巻きにされておりました」
「あ、あー……その……ごめんなさい。色々と、はい」

 絶対に言いたくなかっただろうことを言わせてしまった……。謝罪の意味を込めて深々と頭を下げれば、長谷部から「気にしないでください」と気遣う声が掛けられる。

「そもそも俺の物騒な発言が悪いのです。年端もいかない主に聞かせるような内容ではありませんでした。戦乱の世ではなく太平の世でお育ちになった主にとって俺は恐ろしい男だったのでしょう。それに比べれば加州は目線を下げて会話が出来る男です。初期刀ということもあり、頼りやすかったのでしょう」

 あー、言われてみれば確かに。『寺社の焼き討ちでも何でもどうぞ』なんて言われてキャッキャと笑える十歳児はいないだろう。それに大の男に『主命とあらば』とグイグイ来られても怖いだけだろうし。うん。十歳の子供が長谷部を避けるのは無理もない気がする。

「あなた、子供相手にも容赦しないでしょうからねぇ」
「俺に言うな。俺とあっちの俺とは別人だ」
「まぁそうですけど。よかったですね、うちの主は大人で。まぁ出会い頭にやらかしたそうですが」
「おーい。後ろ聞こえてるぞ〜」

 背後にいる二人に向かって「思いっきり聞こえてんだけど」と言ってやれば、宗三は「ほほほ」と袖で口元を隠しながら笑い、長谷部は「申し訳ありません」と目を伏せる。
 本当に正反対の二人だ。まぁ確かに宗三の言う通り、うちの長谷部にもこっちの長谷部同様地雷を踏んだのは私なんだけどね。反省はしているぞ、反省は。あ、後悔も。もう遅いけど。

「……そちらの俺と水野様は、随分と仲がよろしく見える」

 だが私たちのアホみたいな空気を元に戻したのはあちらの長谷部だ。どこか羨むような眼差しに驚くが、私たちは何も初めからこうだったわけじゃない。

「あー、えっと、今は、その。それなりに、こう……ね? 上手くやっていますけど、私たちも最初は、というか私のせいなんですけど、こんな風じゃなかったんですよ?」

 出会い頭に地雷を踏みぬき、ギクシャクとした空気を数カ月は味わった。それは単に浅慮な発言をした自分が悪いのだが、それを許してくれたのは長谷部だ。彼の寛容さがなければ今こうして穏やかに会話は出来ていなかっただろう。だがそれに食いついてきたのは他でもない。後ろに控えていた私の長谷部だった。

「何をおっしゃいます! 主のせいではありません。むしろ不甲斐ない俺が悪いのです。そしてそんな俺をお許しくださったからこそ、今の関係があるのですよ」
「え?! いやいや! それを言うならこっちのセリフなんだけど! 長谷部が水に流してくれなかったらそれこそ何も始まっていなかったって言うか、再スタートが切れなかったんだけど」

 普通は人の地雷とかトラウマとか、そういうのに触れられたら到底許せるものじゃない。表面上は許したとしても、内面では「この野郎覚えてろ。いつかやり返してやるからな」なんて思われていてもおかしくないのだ。それを水に流し、身を粉にして働いてくれている長谷部相手にどうやって傲慢になれというのか。感謝の気持ちや尊敬の念を抱くのは当然だが、それは私だけで長谷部は抱かなくてもいい部分だ。律儀なのはありがたいが、彼が畏まる必要はどこにもない。だって彼は神様で、私はただの人間だ。その違いは大きい。
 だが長谷部は譲らない。むしろ身を乗り出して熱弁してくる。

「いいえ、主はご自身に対してあまりにも評価が低すぎます。言わせて頂きますが、我々は刀であり、あなた様の道具である以前に“家臣”でもあります。主に仇名す者など首を刎ねられて当然のこと。それでなくとも国を追放されるのは必須。ですが主はこれを許し、そのうえ有事の際にはお供として選んでくださる。正に破格の待遇をしてくださっています。これに応えるのは当然の務め。主が望んでいる以上の仕事をこなすことは罪滅ぼしではなく、俺が『為さねばならぬ』と思ってのことです。主は『当たり前』のことを『当たり前』にこなすことにわざわざ褒美を与えますか? 報酬を求めますか? 違いますでしょう? それと同じなのです。ですからどうかご自身を低く見積もらないでください」

 えーと、つまり、長谷部的には『人とか神様とか関係なく、審神者とそれに仕える家臣として考えた時に、私はビックリするような判断を下した』と。そんでもって『普通なら死罪に当たる罪を無罪にした挙句、忠臣とみなして今も仕えさせている。だからこれに応えるのは“当然”のことで、何も特別なことではない』と。だから私が『神様だから』といって畏まるのは却って仕事を忠実にこなそうとしている長谷部に対して失礼であると。
 あー、うん。成程。自分が忠義を尽くして仕えている相手が『ろくでなし』と言われたらそりゃあ怒るよな。それが例え本人の口から洩れたものだとしても『家臣』である長谷部は『忠義』と『恩義』を持って私に接し、仕えてくれているのだ。これで当の主が『自分は長谷部が仕えるに値しない主だ』と言えば彼の努力が無駄になってしまうというわけか。勿論長谷部だけでなく他の皆もそうだ。成程なぁ。上に立つのも楽じゃない。

「うーん……そういう考え方をしたことがなかったからビックリしたけど、成程。長谷部の言い分も分かる」
「おや。何です? その含みのある言い方は」

 宗三に突っ込まれ、少し考える。別に否定的になっているわけではないが、何ていうのかな……やっぱり『対人関係』って、そんな簡単に済む話じゃないと思うんだ。そりゃあ彼らは『刀』だから、一生を『人間』として過ごす私たちとは観点や感想が違うのかもしれない。だけどやっぱり私は『神様』より“偉い”とは思えないし、彼らを使うことが“当たり前”じゃないと思うのだ。だって『刀』って、今の時代じゃ『特別な物』でしょ? 特別なものはやっぱりいつまで経っても特別だよ。それこそ今は『一生に一度』の、誰でも体験できる日常を過ごしているわけじゃないから。傲慢な考え方だけは、したくない。

「別に深い意味はないよ。でも、やっぱり私はあなたたちが大切で、特別だな。って思うだけ。長谷部は『当然のこと』って言うけどさ、その当然を『受けられない人たち』もいるわけだし。厭らしい言い方すると私は『選ばれた』から皆といられるわけで、選ばれなかった人たちはあなたたちと過ごすことはできない。それどころかきっと死ぬまで名前を聞かないままの刀だっていると思う。そう考えたらやっぱり私にとってあなたたちは皆『特別』で『当たり前』じゃないんだよ。それに身を削って戦うのはあなたたちなわけだし。現場で動く人たちを大切にするのは、それこそ『当然』なんじゃないかな? 別にへりくだってるわけじゃないんだけどね。どちらの立場からしてみても、きっとお互いが大切なんだなぁ。って改めて実感しただけ」

 審神者からしてみても、刀からしてみても。きっとどちらが欠けてもダメなのだ。そりゃあ審神者は沢山いるし、刀だって分霊だから何体も顕現出来るけど。『一期一会』って言葉があるように、私たちはそれぞれ『個性』を持っている。私だけでもダメ。刀たちだけでもダメ。そんな、言わば背中合わせみたいな関係だから、きっと『特別』って実感できるんだろうな。

「まだ二十年とちょっとしか生きてない私が言うのも何だけど、お互い学ぶことはまだ沢山あるね」

 人の体を得て初めて実感することがあるように、お互いの姿を見て、その目を通してでしか見られないものもある。そう考えると世界ってやっぱり広いなぁ。と思う。
 そんな私の隣で陸奥守が「わははは」と笑い、小夜もくすりと笑う。

「主は本当に困った人だね」
「無自覚なんがげに恐ろしゅうて敵わんわ」
「え?! 何で?!」

 私変なこと言ったっけ?!?! 考えてみるが、どう思い返してみても妙な発言をしたとは思えない。あ。いや、でも人間の感覚と刀の感覚は違うかもしれないから、ちょっと理解できなかったのかも? いやいや、でも私の頓智気な発言には皆それなりに慣れているはずだし……。いや、やっぱり慣れてない? もしかしてまた何か地雷踏んだ? うーん。分からん。唸りながら腕を組めば、陸奥守が再び笑う。

「えいえい。おんしはそのままで」
「えー? その割にはさぁ、って何で皆も下向いてんの。ちょ、おい。コラ。宗三さん。あなた笑ってんじゃないですよ。ちょっと、コラ」

 口元に手を当て、肩を震わせている宗三の膝を叩く。そうすればようやく目尻に涙を浮かべた宗三が顔を上げる。だけどその瞳に揶揄う色はなく、ただ優しく穏やかな、むしろ慈しむような柔らかさが滲んでいた。

「いえ、すみません。んフフ、そう、あなたはそういうお人でしたね。『特別』を『当たり前』と呼び、『当たり前』を『特別』と呼ぶ。変わったお人で、困ったお人だ」
「え? 何それ。めっちゃ天邪鬼みたいじゃん」
「んフフフ、そう思うのならそう思っていればいいのですよ。どうせあなたは“そういう考え方”を止めないお人なのですから、僕たちがついていけばいいだけの話です」
「え? 待って? 本当に意味分からんのだけども」

 天邪鬼でもいいってこと? いや、別に天邪鬼になったつもりはないんだけど。むしろ『正直』をモットーに生きているんだけど。だって神様相手に嘘つくとか怖いじゃん。後で何が起きるか分からんのだし。そりゃあ言い難いこともあるけど、黙って事態が悪化するぐらいならきちんと報連相をして、皆で議論して解決した方がよくない? 意思の疎通っていうか、考えの共有って必要じゃない? 私なら黙って何かされるより事前に連絡があった方が助かる。そう思っているからそうしているだけなんだけど。
 だが何故かうちの刀たちは皆笑うだけだ。本当に意味が分からん。

「うちの主はちっくと変わり者やき」
「はい。あまり参考にならないと思います」
「わーお。うちの初期刀と初鍛刀がズバズバと審神者の心を抉ってくるー」
「まっはっはっはっ!」

 まぁ確かにね。十代と二十代じゃ考え方も違うだろうし、そもそも一緒なのは性別だけだ。お洒落に敏感な女の子と、お洒落に無頓着で常にジャージで動き回る二十代の喪女。どう考えても前者の方が『女の子』らしいし、キラキラしている。……枯れた覚えはないんだけどなー。いつの間にか枯れてたなー。花が咲かねえ多肉植物かよ私は。

「いや、待てよ? 多肉植物は水を与えたら生き返る可能性が高いから、ある意味では生存率高いのでは?」
「何の話をしているの?」

 小夜の素朴な疑問にも似たツッコミに曖昧に笑い返す。よし。これから多肉植物系喪女で行こう。『多肉』っていうより『多脂肪』だけどな。

「フフッ。水野さんは本当に刀を大切にしていらっしゃるんですね」
「え? そうですか? 柊さんだって似たようなものじゃないですか。何を今更〜」

 珍しく柔らかく目元を和らげる柊さんだが、彼女だって刀たちを大切にしている。むしろ刀たち相手にも常に敬意を払い、節度を持って接している柊さんの方がよっぽど彼らを『特別』扱いしているだろう。それは『大切』にしている何よりの証拠だ。いっそこれだけ砕けて話をしたり、時には手が出る私なんかよりずっと大人の付き合いをしている。褒められるべきは柊さんだ。審神者の仕事だけでなく政府としても働いているんだし。私なんかより数段凄い。それこそ月と鼈。豚と真珠のようなものだ。
 うんうん。と頷いていれば、何故か再び笑われる。しかも隣に座る小烏丸にまで笑われるのだから、本当によく分からない。

「成程。そなたは“そのような人間”なのだな。道理で主が気に入るわけだ」
「小烏丸。余計なことは言わないでください」
「ゴホン、それでは水野さんも、主も、本題に戻るぞ。聴取はまだ終わっていないのだからな」

 山姥切が咳ばらいをし、ようやく本筋に話が戻る。その後も色々質疑応答を繰り返し、終わった頃にはすっかり日が暮れていた。

「それでは、本日の聴取はこれにて終了いたします。皆さまはこれより私、柊の本丸でお預かりすることになりますが、何か質問はございますか?」

 柊さんはこの後今日の聴取で明らかになった情報を纏め、調査準備に入るとのことだ。だがその前に刀たちをこの本丸から一時的に保護しなければならない。私の本丸でもそうだったように、こういった『審神者不在』の本丸が見つかった時は役員が預かるのが決まりらしい。
 だけどここで今剣が「はい!」と手をあげる。

「ぼくはみずのさまのところにいきたいです! だめでしょうか?」
「え?! うちですか?!」

 いや、別に私は構わないんだけど、私は政府の人間じゃない。政府に雇われている、ようは小間使いだ。刀たちに何か起きた時に負わなければいけない責任を思うと息が詰まるが、今剣はキラキラとした瞳でこちらを見上げてくる。
 ううっ……。何故うちなのか……。絶対柊さんの本丸の方が居心地いいよ……皆しっかりしてるし。

「原則政府の役員以外の本丸に預けるのは禁止なのですが……」

 だが何故か柊さんはそこで言葉を切り、こちらを見つめてくる。仕事に忠実な柊さんらしからぬ沈黙に冷や汗を掻いていると、彼女は今剣へと視線を向けた。

「理由を聞いてもよろしいですか? 報告を求められた際、正当な理由であれば通りますので」

 理由がOKだったら他で預かれるものなの?! そんな疑問が浮かぶが、声に出すより先に今剣が元気よく口を開く。

「はい! みずのさまは『かんちのうりょく』があります。もしぼくたちになにかおきたとしても、あなたにれんらくをとり、すみやかにぼくたちをひなんさせることができるとおもいます」
「成程。それは一理ありますね。私に感知能力はありませんから。刀の練度だけでものを見るのは浅慮の証……分かりました。受理いたします」
「マジですか?!?!」

 柊さん決断早すぎない?! そう突っ込むが、彼女は「いいえ」と首を横に振る。

「きっと今剣が発言せずとも他の誰かがそう口にしていたでしょう。そんな気配はしていましたから」
「けは、気配……? え……嘘。そんなのありました?」

 柊さんは忍者の家系ではなかったはず。それなのに『気配がした』って、どういうことなん? え? 単に私が鈍いだけ? 思わず陸奥守を見上げれば、彼からもニコリと笑顔を向けられる。

「おん。やっぱり気付いちょらざったか」
「え?! むっちゃんまで?!」

 何?! 皆そんな『気配』ってやつが分かるの?! そりゃあ鶴丸とか見てるとたまーに「あ。何かあいつ妙なこと考えてんな」とか思う時はあるけどさ、『誰かと一緒にいたい』的な気配って分かるもんなの?! それもうエスパーじゃね?! それとも何か?! この『気配』が読めないから私は喪女なのか?! そうなのか?!?! 恋愛的な駆け引きでアンダースタン?!?!

「では水野さん。皆さんのことはお願いしますね」
「おおう?! まさかの丸投げですか!」
「はい。信頼のおける方ですので。丸投げいたします」
「信頼が重い!!」

 美人に微笑まれると弱い私も悪いんだけどね!!!
 結局私はこの本丸の刀たちを連れ帰ることになった。一時的保護、ってやつだ。今まで三十振りしかいなかった本丸に突然四十振り近く刀が増えるのだ。これは大変だぞ。皆に何て説明しようかなぁ。なんてこの時までは暢気に考えることが出来た。これから始まる荒波のような毎日に翻弄されるとは露知らず。私はのこのこと本丸に帰ったのであった。


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