小説
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 彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野(仮名)、どうにかお師匠様が来る前に玄関前に辿り着きました。


『一難去ってまた一難』


「よっしゃああああ! セーフ!!」

 バタバタと走り抜けた廊下の先、玄関前には既に柊さんと刀剣男士たちが集まっていた。

「はい。セーフですよ、主」
「おやまぁ。随分と御髪が乱れていますよ? 整えてあげますから、ちょっとこちらにいらっしゃい」

 笑顔で受け入れてくれた長谷部と、呆れつつこちらに手招きする宗三の元に息を整えつつ近寄る。どうやら手入れを終えた刀たちもここにいるらしい。随分と顔色がよくなった薬研藤四郎が笑いながら話しかけてくる。

「はっはっはっ。本当あんたは見ていて飽きないな」
「そうですか? いや、まぁ今はちょっと、猿の毛繕いみたいなことになってますけど」

 毛繕い、と口にした瞬間宗三が軽く頭を小突いてくる。

「あなたねぇ、身なりを整えるのは当前のことでしょうが。ほら、早く息も整えなさい。もうすぐいらっしゃるんでしょう?」
「はい」

 歌仙がいない時は宗三が母親みたいだな。そう思ったが声にはせず、二度三度と深呼吸を繰り返す。そうしてちょっと落ち着いたところで門が反応した。

「いらっしゃったみたいですね」

 柊さんが言葉を言い終わらない内に門は開き、以前お世話になった石切丸と一緒にお師匠様が姿を現す。

「お師匠様〜!」
「ああ、はいはい。水野さん。こんにちは」

 駆けよればお師匠様こと『榊さん』がにこりと微笑む。榊さんは六十代ぐらいの男性で、おっとりとした優しい人だ。そして時々おおざっぱと言うか、感覚的な説明をすることもある。そのため時折言葉を解読するのに苦労する。そして混乱することもままある。とってもいい人なんだけどね。
 そんなお師匠様は今も優しい笑顔を湛えては居るが、視線は私の隣。半透明の今剣へと向けられていた。

「水野さん。こちらの方は?」
「この本丸の審神者から妙な術を掛けられて、私とお師匠様以外には見えていないこの本丸の今剣さんです」
「ああ、成程成程。道理で。こんにちは。今剣様。私『榊』と申します」

 両膝を地につけ、頭を下げるお師匠様に今剣が「かおをあげてください」と手を振る。

「さかきさま、ですね。ごめいわくをおかけしますが、よろしくおねがいします」
「はい。では今剣様のご許可も頂いたことですし、お仕事と参りましょう」

 立ち上がったお師匠様は石切丸が手にしていた大幣(おおぬさ)を受け取り、両手で掲げてお辞儀をする。大幣、とは神主さんたちが祭事の時などに振るうはたきのような道具だ。白い紙がいっぱいついたアレ。サイズはそこまで大きくないので、もしかしたら小幣(こぬさ)と呼ばれる物かもしれない。その辺はあまり詳しくないので覚えていたらお師匠様に聞いてみよう。
 大幣を掲げたお師匠様は私にはよく分からない祝詞のような呪文のような言葉を朗々と紡ぎ、大幣を振る。すると徐々に、先程までは見えなかったが、今剣の体の上にお札のようなものが見えてくる。

「――――かしこみかしこみもうす。はい。さて、それでは御身に触れますが、よろしいでしょうか?」
「はい。おねがいします」

 今剣が頷けば、お師匠様は皺がよった指を伸ばし「えいっ」という感じでお札をベリッと剥がす。途端に今剣を中心とし、強い風が吹き荒れる。思わず両腕で顔を覆うが、風はすぐに落ち着いた。数度瞬いた後今剣を見下ろすと、その小さな体は半透明ではなく、ちゃんと質量を持ってそこに立っていた。

「おお……! 今剣!!」
「本当だ……本当に今剣がいたんだ……」

 どよめく刀剣男士たちの声がする。今剣はまじまじと自分の両手や体を見下ろし、そして私とお師匠様を見上げる。その顔は呆然というか、唖然というか。とにかく驚きに満ち満ちてはいたけれど、すぐさま白い頬を紅潮させ、勢いよく飛びあがる。

「ありがとうございます! みずのさま、ぼくのすがた、ちゃんとみえますか?!」
「はい。ちゃんと見えますよ」
「あはっ! 岩融ー!!」

 バタバタと今剣が岩融めがけて走っていく。それはまさに『風の如し』という言葉がピッタリな勢いで、飛びついた今剣を抱きとめる岩融も楽し気な笑い声をあげる。

「おお、おお! 今剣よ!! ようやくそなたをこの目で見ることが出来る!」
「はい! ぼくはここですよ、岩融!」
「よかったなぁ、旦那。今剣も、おめでとさん」

 声を上げて喜ぶこの本丸の刀たちを軽く見遣った後、改めてお師匠様に向き直る。

「お師匠様、ありがとうございました。私ではどうすることも出来ませんでしたので……」
「ええ、ええ。それは仕方のないことです。あなたにそういった力は宿っていませんから。それでも、彼はあなたの手を強く握っておいででした。それだけあなたに心を砕いたという事です。それだけでも十分なことなのですよ? 人には必ず『適材適所』というものがあります。あなたが出来ないことは私が、私や柊さん、武田さんに出来ないことはあなたが。そういう風にうまく回るように出来ているのです。あらゆることを一人でこなせる者など一人としておりません。あなたにはあなたの出来ることを。それでよいのですよ」

 ふんわりと笑うお師匠様に改めて礼を告げる。適材適所。それもそうだ。室内戦ならば大太刀ではなく短刀を使用するように、必ず人にも物にも向き不向きがある。それが私には『感知』であり、お師匠様のような『お祓い』ではないというだけだ。まぁ、お師匠様は感知も出来るんだけどね。本当にすごい人だ。

「さてさて。それでは次のお仕事と参りましょうか。本丸の中から強い結界の気を感じます。柊さんからもそう聞いておりますからね」
「はい。こちらです」

 体が見えるようになった今剣を始め、この本丸の刀たち。そして私や柊さんの刀たちも揃って大広間へと赴く。勿論私は柊さんの目となり歩いているわけだが。
再び辿り着いた結界の前で、お師匠様と石切丸が「ほお」と感嘆の息を漏らす。

「これはこれは。随分と珍しい」
「ふむ……見た感じだと三つ程術を組み合わせて結界を作り上げているね。一見高度に見えるが、割合使っている術自体は単純なものだ。解除するのはそう難しくはないよ」

 こちらを安心させるように微笑む石切丸にほっとする。それは他の刀たちも同じらしい。緊張していた空気が緩和される。

「でもどうやって解除するんです? 今剣さんが言うには“鍵”が必要みたいなんですけど……」
「ええ、ええ。本来はそうして解除するものですが、今回はそうも言っていられませんから。ある程度、危険が及ばない程度に術を解除したら南京錠を破壊します」
「は、破壊?!」

 穏やかなお師匠様らしくない発言に目を剥けば、石切丸がのほほんと笑いながら頷く。

「大丈夫大丈夫。やるのは私だから」
「いや何が大丈夫なんでしょうか?!」

 そりゃあ石切丸の打撃力ならこんな小さな南京錠ぐらい軽く壊せるとは思うけど……。不安を抱くがお師匠様たちから「下がっていなさい」と言われ、おずおずと下がる。

「さてさて。それではもう一仕事いきますか」

 再び大幣を掲げるお師匠様と、それに追従するようにして石切丸も祝詞を唱え始める。何だか読経みたいだな。なんて軽く失礼なことを考えていると、何やらパチパチと静電気みたいな音が聞こえ始める。

「何だろう、この音」
「結界が反応しているのでしょう。古い術式であろうと強い術式であろうと、榊さんは『解除出来る』お方です。信じて待ちましょう」
「あ、はい。そうですね」

 柊さんの言う通りだ。お師匠様はあの鬼崎の蟲毒たちすら浄化した凄腕の神主様なのだ。この程度の結界、破れないはずがない。現に先程より音は激しさと大きさを増し、何かが焦げたような匂いまでしてくる。

「ふむ。この者、流石と言うべきか。真っ向から結界を壊す気らしい」
「小烏丸さん」

 柊さんの隣で呟いたのは、一番の古刀である小烏丸だ。彼は面白そうにお師匠様たちの姿を眺め、ふむふむ。と頷く。

「実に見事だ。結界の持つ力をじわじわと削っている。結界が壊れるのも時間の問題だな」
「でも大丈夫なんでしょうか。結界が壊れた瞬間何かが起きるとか……そういうトラップ――罠が仕掛けられている可能性だってあるでしょう?」

 今の所そう言った、爆弾処理班的な役割をこなしたことはないが、蟲毒という爆弾を抱えた倉庫に足を踏み入れたことはある。あの時の怖気が走る気持ちを思い出して苦い顔をすれば、小烏丸ではなく膝丸が「それはないだろう」と否定する。

「もしそのようなことをすれば地下に閉じ込めている刀剣男士がどうなるか分からない。“傷つけたくないから戦場に出さない”審神者が、閉じ込めた刀たちに害が及ぶような罠を仕掛けると思うか?」

 膝丸はそう言うが、狂った人間は何をするか分かったものじゃない。それこそヤンデレじみた人なら『他の誰かに傷つけられるぐらいなら私が殺す!』ぐらいなことやりかねないだろうし。あるいは『本丸もろとも死ねェ!』って感じに自爆覚悟で何かを仕掛けているかもしれない。映画や漫画を見過ぎ。と言われたらそうかもしれないが、常に可能性は考えておくべきだろう。
 とはいえ結界の奥から何も感じないのも事実だ。ここの審神者がどんな人なのか分からない以上、無駄に議論をしてもしょうがないか。そう自分の中で落としどころを見つけたところで、例の隠し扉の奥から小夜と堀川、そして目元を赤くした加州が出てくる。

「何か聞こえてくるかと思ったら……何してんの?」
「あ、おかえりー。今ねぇ、ここの結界を解いてもらってるの」
「結界って……これ、解けるもんなの?」

 近づいてきた加州にお師匠様の邪魔にならないよう小声で説明する。加州も自分の主がここに何を幽閉しているか知っているのだろう。苦い顔をしつつも苦言を口にすることはない。

「主がいなくなってからだいぶ経つからね。幾ら飲み食いしなくても死なない体とはいえ、中で刀剣男士がどうなっているか……」

 加州は『主が大切にしているものは守る』という旨を口にしていた。だから幽閉されている刀たちも『守る』対象なのかもしれない。まぁ、同時に『主に大事にされている』から嫉妬の対象でもあるのかもしれないけど。その辺は何も語らないので、聞くのも野暮かと思い黙る。
 その間にお師匠様は大幣を振ることを止め、石切丸が柄に手を掛けた。

「さて。それではちょっと力業だけど、こじ開けるとしよう」
「よろしくお願いしますね」
「ああ。任されたよ」

『刀の強さ』というものは上限が設けられている。所謂『ステータス値』というやつだ。だから最高練度に達した刀たちの力量を数値化すれば皆同じになる。だけどそこに付加価値がつく。それが審神者自身の力量、ようは『霊力』の強さだ。
 柊さんのように占術が使えるのは勿論のこと、武田さんのように純粋に霊力値が多く、濃密な人。それからお師匠様のように『特別な力』を持った人などが所持する刀たちというのは、通常のステータス値では測れない力を示す時がある。例え『霊が斬れない刀』であっても、審神者自身に『霊を斬る力』ないし『霊を祓う力』があれば霊を斬ることが出来る。そういう風に審神者の力を得て出来ることもあるのだ。
 だからお師匠様の石切丸は通常の『石切丸』より『祓う』力に特化している。だから簡単に斬ってしまえるのだろう。例えどれ程の術であろうとも。よく研がれた包丁で豆腐を切るかのようにすんなりと。それこそ大蛇のようなしめ縄ごと南京錠を真っ二つにした。

「よしよし。何事も起きませんでしたね」
「おや。でも中にも罠が仕掛けられていたようだ。まぁ僕が一緒に斬ってしまったんだけどね」

 まじまじと覗くお師匠様に続いて中を覗けば、石切丸が言うように何かのお札が別に貼られていた。だけどそれ事石切丸は切ったらしい。凄まじい破壊力である。

「さて、それでは進もうか。中からは特に悪い気は感じないし、もう罠はないだろう」
「ただ全員で行くとあまりにも多い。数人だけで行きましょう。水野さん、あなたは来なさい」
「はい」

 感知能力があるからだろう。私は小夜を護衛に、この本丸の加州清光、そしてお師匠様と石切丸の四名で進んでいく。

「しかしまぁ、本丸に地下がある。っていうのは何だか妙な感じですよねぇ」

 多くの本丸は武家屋敷に近い構造になっている。勿論地下があることが可笑しいというわけではないが、大体の本丸には地下などない。作ったのか、それとも初めからあるタイプなのか。それは分からないが、とにもかくにも石で作られた階段を一つ一つ慎重に下りていく。

「地下は初めからあったよ。ていうか、主が気づくまで俺達は誰も気付かなかったし」
「あ。そうなの?」

 この本丸の初期刀は加州だ。その加州が話すには、ある日突然主が『不思議な扉がある』と言い出したそうだ。

「畳の下敷きになっていたから分からなかったんだけどさ、確かにあったんだよね。地下へと続く扉がさ」
「その時加州は下りてみたの?」
「いや。主が怖がったからすぐに蓋をして、適当に縄で取っ手を縛っただけ」
「そうなんだ。あ。そういえば、まだこの本丸の審神者がどんな人か聞いてなかったね。どんな人だったの?」

 今更だが大事なことを聞いていなかった。この本丸の審神者がどんな人なのか。柊さんに聞いても『まだ調査中でして……』と分かりかねている様子だった。これを機に聞いてみようと疑問を口にすれば、加州の顔が曇る。

「……まだ子供だったよ。それこそ、齢十歳ぐらいの」
「十歳?! まだ子供じゃんけ!!」

 十歳?! 十歳?!?! 十歳と言えば私の半分以下だ。やべえ……政府って子供にまで審神者やらせてたんかよ。そりゃあ武田さんや柊さんが進んで子供たちを誘うわけではないだろうが、上が命令すれば従わざるを得ない。それだけ切羽詰まっている状況なのか、それとも単にその子供の霊力が強いからなのか。それでも子供を戦争に巻き込むなんて正気の沙汰じゃない。
 呆れと憤りが綯交ぜになる中、加州は話を続ける。

「人形が好きな普通の女の子でさ。燭台切に髪の毛を結んでもらうのが好きだった」
「あー……確かに。燭台切ってその辺器用そうだよねぇ」

 私の髪はそこまで長くないし、結んだとしても後ろで一本だ。髪型をアレンジするお洒落心なんて欠片もないが、ここの審神者は違う。普通にお洒落に敏感な、人形が大好きな普通の女の子だったのだ。

「勿論子供だから、現代の学校? っていうところに朝から通って、夕方こっちに顔を出して、夜に戻る。っていう生活を繰り返してたんだよ」
「小学生相手に何とハードスケジュールな……」
「うん。だから、週七日のうち五日はまともに仕事が出来ないから、二日間休日があるでしょ? あの時に皆で手分けして仕事を片付けてた」

 うーん……。これは何というか……あまりにもブラックだ。大人でも大変な仕事を子供が、だ。それも遊び盛りの十歳児。勉強も遊びもまだまだ全力で行う時期に、休日は籠って仕事だなんて。さぞつまらなかっただろう。実際加州も時折その子が愚痴っているのを耳にしたそうだ。

「主はよく『友達と遊びに行きたい』『家族と出かけたい』って言ってたよ。そりゃそうだよね。俺達は主の『道具』であって『友達』じゃない。現代の遊びも知らないし、現代の遊び場に連れて行ってあげることも出来ない。父親でも兄弟でもないし、そもそも人間じゃない。主の心の機微を正確に測れる奴なんて、本丸には誰もいなかった」

 それでもどうして辞めずに頑張ってこられたのか。理由はたった一つだ。

「主はさ、“今剣”が好きだったんだよ。ここにいる今剣じゃなくて……」
「ああ……成程ね……そういうことかぁ……」

 あの折れてしまった“今剣”。彼こそが彼女が恋した刀だったのだ。だから、きっと。彼が折れた時に彼女の心も折れてしまったのだろう。その気持ちは痛いほどによく分かる。

「それからだよ。主が俺達を戦場に出すことを怖がりだしたのは。しかもそういう時に限って珍しい刀が顕現する。傷つく俺達に怖がって、珍しい刀が顕現する度に『大事にしなきゃ。折らないようにしなきゃ』って頑なに言い始めて。そんな時にこの地下のことを思い出したんだと思う。主はよく顕現する俺達以外の刀をここに閉じ込めるようになった」

 そんな方法でしか『刀を守る』ことが出来なかったのだ。幼い彼女は。だが刀は所詮“刀”だ。戦で振るわれることが本望であり存在意義である。飾られるだけなんて、実質今までと何ら変わらない。何のために肉体を得たのか。当然幽閉された刀たちはそう抗議し始めたらしい。

「主の事情を知らない刀たちからしてみれば『何のために俺達は呼ばれたんだ』って気持ちだったんだろう。でもさ、俺は主の味方だから……。幽閉された刀たちを出してやることは出来なかった」

 戦うことが『刀』の職務なら、主の言を守り実行するのは『家臣』の務めだ。だけど本丸に家臣などいない。だからその役割を担うのもまた『刀』だ。その大部分を初期刀である加州が担っていたらしい。

「主は刀たちに抗議されることを恐れた。だから俺が代わりに食事を運んだ。最初は困惑していた皆もだんだん怒りだして、主に対する不満を俺にぶつけるようになった。正直あんな奴ら、主が“折れる”ことを怖がっていなければ折ってやったさ。でも何のために主があいつらを幽閉したのか。考えたら俺は何も出来なくて……。ただ黙ってあいつらの不満を聞いていた」

 だがそれも次第になくなり、遂には誰も主のことを気に掛けなくなったのだという。

「最終的には皆黙ったよ。『それが主の望みなら』っていう感じじゃなくて、もう何て言うか……『期待してない』っていう感じの関心のなさ。道端の石ころに興味関心なんて向けないだろう? もうそんな感じでさ。誰も『主に会わせろ』とも『事情を説明しろ』とも言わなくなった。俺がいる間も終始無口でさ。幽閉されている刀同士の会話さえなくて息苦しいもんだったよ」

 そんな場所に今から向かうというのだ。気が重いのかもしれない。それでも一緒に向かってくれるのは、やっぱりこの本丸の『初期刀』が彼だからだ。初期刀として全うしなければいけない義務がある。行方をくらました審神者の代わりに負わなければいけない責任がある。それから逃れることを加州は『良し』とはしないのだ。

「ま、お仕事だからね。これも務めなら最後までキッチリ行う。それが“大人”ってもんでしょ?」
「うん。そうだね」

 子供の頃は常に『無責任』でいられた。親が守ってくれた。社会が守ってくれた。法律が守ってくれた。でも、“大人”になるとそうはいかない。
 自分の行いには必ず『責任』が付きまとい、それを支払わずに逃走することは原則許されない。いや、別に逃げ出すことは出来るのだ。物理的に。ただ精神的には囚われる。それを感じない人も中にはいるけれど、大部分の人間は『責任感』というものを大なり小なり持っている。この本丸の審神者はまだ十代だから、その『責任』の取り方が分からなかったのかもしれない。
 だから加州が代わりに背負っている。言ってしまえば『損な役割』ばかりを負っているのだ。

「加州は偉いね」
「あんたに褒められても嬉しくない。……けど、気持ちだけは受け取っておくよ。ありがと」

 私たちの敵は『歴史修正主義者』であり審神者ではない。それは分かっているのだろう。不服そうに唇を尖らせてはいたが、最終的には受け入れてくれた。
 そんな加州に軽く笑ったところで、一つの扉が見えてくる。

「あれが座敷牢の入り口だよ。ここの鍵は俺が持ってる。だから破壊しないでよ」
「ああ、それはよかった。うっかり中にいる刀まで傷つけてしまうところだったよ」

 のんびり笑ってはいるが、全然笑えない内容を口にする石切丸に頬が引きつる。これ、刀流のジョークなのかな? 分からず黙るが、その間にも加州は鍵を取り出し、鍵穴にそれを差し込んだ。


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