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 本丸に柊さんが来たのは、それから数日後だった。

「え? 刀たちがどこにいるか分からない本丸があるんです?」
「ええ。私たちも色々と探ってはいるのですが、水野さんのように感知に長けた者が現在入院中でして……」
「あらぁ。それは何というか……」

 政府に属する多くの人が正規の仕事と審神者とを兼業している。柊さんもその一人だ。主に審神者の管理をメインに扱っているらしい。ところが最近審神者が不在の本丸が発見されたという。だが刀たちの霊力は感じられるものの、彼らがどこにいるのかさっぱり分からないのだと。本丸中を隈なく探すが姿はなく、困り果てているということだった。

「そこで大変申し訳ないのですが、水野さんのお力をお借りできないかと思いまして」
「ああ、別にいいですよ。そんなに畏まらないでください」

 柊さんとはあの一件以来仲良くさせてもらっている。新しい情報が入ればいち早く教えて貰えたり、柊さんの本丸にお邪魔して勉強させてもらったこともある。非常に頼りになる方だ。ただそんな柊さんでも『感知能力』はないらしく、時折こうして私に政府の仕事を頼むことがあった。

「今は以前に比べて元気ですし、何の問題もありませんから」
「ですがあまり無理をなさらないでくださいね。水野さんに何かあれば刀たちには勿論、武田にも顔向けできませんから」

 本来こうした仕事を持ってくるのは担当者である武田さんだ。だけど武田さんは担当している審神者の数が多いらしく、こういった伝達事項は部下である柊さんに任せているらしい。私としてはどちらでも問題ないのだが、柊さんは仕事に実直な人だ。だから本来の担当者ではない自分が請け負っていることに責任を感じているらしい。そんなに気負わなくてもいいのに。そんな思いも込めて殊更明るい声で返事をする。

「大丈夫ですよ。むしろ最近の刀たちは過保護に拍車が掛かっていて……ちょっと息が詰まる思いをしていたところですから」
「それはそうでしょうね。彼らは皆、水野さんのことを心から大事にしていますから」

 柊さんの本丸に行ってから気づいたが、うちの刀たちは相当過保護だ。確かに柊さんに比べて私のほうがちゃらんぽらんなのだが、それにしたって、と唸らずにはいられない。

「主の言う通りだ。我々刀剣男士は根本的に主人には忠実に仕えるよう出来ている。それに更なる忠誠を誓うのは、結局のところ主人に惹かれるところがあるからだ」

 そう補足したのは柊さんの所の膝丸だ。彼は武田さんの膝丸よりも更にキッチリとした性格をしている。刀は主人に似るという。それが如実に感じられる刀の一振りだ。

「それに、君は俺の目から見てもだいぶ危ういからな。深く知らない俺でもそうなのだ。君の刀であればよっぽどだろう」
「ええ? そんなに心配されるような感じなんですか? 私」

 自分では全く以て理解できないのだが、膝丸は深く頷く。うーん。どの辺が『心配』してしまう部分なんだろう。この際だから聞いてみるか。

「自分じゃよく分からないんですが、主にどの辺が心配なんです?」
「そうだな。まずは考えが足りない。『浅慮』という言葉に尽きる」
「最初から大ダメージ!!」

 あまりにも容赦ない一言が心に突き刺さる。思わずよろめけば柊さんが膝丸を厳しく睨む。

「膝丸。言葉を選んでください」
「言わせてもらうがな、主。こやつはハッキリと、それこそ明確に言葉にして教えてやらんとすぐに軽く考えるぞ。厳しいぐらいが丁度いい」
「み、見抜かれている……」

 うちの刀たちからも何度も「主はもっと自覚を持って」「危機感を持って」と耳に胼胝ができるぐらい言われている。だけどうちの刀は優しいところがあるから、今の膝丸のように心にダイレクトアタックを決めてきたことはまだない。チクチクとは刺してくるけど。

「いいか? 我々にとって主とは唯一無二だ。確かに以前の主たちのことは大事だ。自らの記憶、在りようと直結しているからな。切っても切り離せない存在だ。だがそれとは別に君たち審神者との関係が新たな我々を象るのだ。そして君たち審神者には替えが利かない。腕がなくなれば元には戻らないし、死んでしまえばそれまでだ。我々とて折れてしまえば今ここにいる『自分』という個体はいなくなるが、『膝丸』という刀にはまた出会える。だから我らは例え折れたとしても次なる『自分』に審神者の命を託すことが出来る。だが君たちはどうだ? 一度失えば二度と戻らぬ命だ。肉体だ。それを、我々より軽く考えるものではない」

 長きに渡って人を、戦場を見てきた刀の言葉は鋭い。グサグサと心に突き刺さる言葉たちに自然と頭が下がる。でも、やっぱり私にはどうしても納得出来ないことがある。

「でも、私たち人間より神様のほうが大事じゃないですか。こう言っちゃあアレですけど、私は、皆が大事にしてくれるように自分を大事にすることが、その……少し、難しいです」

 何も自分が『価値のない人間だ』と思っているわけではない。自分を卑下して満足しているわけでもない。我が身が可愛い。という気持ちも当然ある。だけど本当に理解出来ないのだ。どうして『私』という存在を皆がここまで大事にしてくれるのか。言ってしまえば私は『人類』という大きな枠組みの中の一つ、一人でしかない。この戦争に参加しているのは日本人だけだが、いずれ世界を巻き込んだとしたらもっと審神者の人口は増えるだろう。となると私一人が欠けた所で何の問題もない。全体を通してみれば一人の力なんてアリんこのようなもの。些末なことだ。それぐらい、人一人の力というのはちっぽけだ。実際に戦場に立つのは『刀剣男士』で、私たちではないのだから。
 だけどそんな私に膝丸は盛大に顔を顰める。

「それこそ俺には理解出来んな。何故自らの命を軽んずる。価値がないと言う。価値のないものなどこの世には一つとしてない。いずれ壊れるものであろうと、生まれた時点でそのものはこの世に『必要』とされているのだ。神だから人だからと小さな物差しで事を測るな。その行為はすべての『命』に対する侮辱だと思え」
「ぐ、こ、言葉が強い……」

 確かに。膝丸の言うことも分かる。あの鬼崎だって結果論から言えば私には必要な人間であった。彼に会わなければこうして自分に『感知能力』が備わっていることに気づけなかっただろうし、刀たちとの関係性ももっと希薄なものであったかもしれない。そう思うと『いなければよかった』とは一概には言えない。私にとって鬼崎との出会いは必然で、必要なものだったのだろう。だから言いたいことは分かるのだ。でも、

「それに、神というのはな。信仰してくれる者がいなければ存在を保つことが出来ない。それに我々は刀だ。手入れして貰わなければ錆びて朽ちるだけの鉄くずだ。結局のところ人の手を借りなければ生きてはいけん。例え一個人の人間より長生きしていようとも、な」
「膝丸さん……」

 彼らの本科は政府に管理されている。だけどそれ以前は他の持ち主たちがしっかりと保管していたから無事だったのだ。焼け落ちた刀もいれば、今は現存していない刀だっている。だけど例え分霊であったとしても、彼らは本科同様人の手がなければ錆びてしまう。けがを負ったら手入れしなければ傷が塞がらない。互いに互いが必要な関係なのだ。私たちは。それを、膝丸は厳しくも正しく教えてくれた。
 再び頭が下がる私に、膝丸がふと息をつく。

「だがまぁ、人が脆いという事実は変わらない。それは身も心も一緒だ。それを鍛えるには相当な時間が必要だし、環境もそうだ。だが君は恵まれている。自分自身に対して自信がないと言うのなら、自らの刀たちに聞いてみろ。君が我々にとって『必要』な存在であるかどうか。まぁ、聞かずとも答えは明白だがな」

 そう言って口元を緩める膝丸に、私も苦笑いを禁じ得ない。もしそんなことを聞いたら多くの刀から非難されるに決まっているからだ。中には「何をバカなことを」と言ってお説教が始まる可能性だってある。過保護、とも呼べるが、大事にしてくれているのだ。皆。私のことを。

「だがそれでももし不安なのだというのなら、我々のことを『鏡』だと思え」
「鏡、ですか?」

 思わぬ言葉に聞き返せば、膝丸はゆっくりと頷く。

「我らは少なからず主の影響を受ける。善人であれば善良な意識を、悪徳であれば心が荒む。だから不安になった時ほど自らの刀たちを見てみろ。姿形は違えど、我々は主の心を映す『鏡』だ。見た目に騙されず、本質をその目で見ろ。驕らぬ心で、曇りなき眼で。自らの力で感じ取れ。君にはそれが出来る。そうすれば、自ずと答えも見つかるだろう」

 要は『自分たちの刀が自らの指標となる』ということだろう。立ち止まって顧みるのであれば、自らの心に自問自答を繰り返すだけなのであれば、いっそのこと刀たちを見て、素直な心で感じ取ってみろと。そう、膝丸は言っているのだろう。

「分かりました。迷ったときは、そうします」
「ああ。言っておくが我らも同じだ。我々は主人が好意を示す相手には好意を向ける。嫌悪であれば嫌悪を。同調し、時には増長させる時もあるが、概ね変わらん。だから俺も君にこのような助言をするのだ。口下手な主に代わってな」
「ひ、膝丸」

 珍しく柊さんの声が上ずる。それに対し笑ったのは膝丸だけで、私は思わずぽかんとしてしまった。

「す、すみません水野さん。今のは聞き流してください」
「へ?! あ、いえ、あの、別にそんな、嫌っていうわけじゃないので、というかむしろ嬉しかったと言いますか、えと、その、そんな風にご好意を向けて頂けているとは思ってもみなかったので、少々驚きはしましたが、あの、はい。素直に嬉しいです。ありがとうございます」

 好意には好意を。主の気質を受け継ぐ。と説明されたばかりなのだ。そしてその説明をしてくれた膝丸の主人が目の前にいるのだから、つまりはそういうことなのだろう。
 改めて感謝の意を込めて頭を下げれば、柊さんが焦ったように「顔を上げてください」と口早に続ける。

「ああ、もう。どうして私はあなたを連れてきたのでしょう」
「何。兄者が来ても同じようなことを言っただろう。まぁ、俺のほうが少々説明が上手かろうが、さして変わらん。主はもう少し素直になるべきだな。そこの審神者のように」
「へあ? 私ですか?」

 そりゃあまぁ、嘘は下手だけど。そもそも嘘をつく理由もないのだからそんなことする必要なくない?
 疑問符を浮かべる私とは対照的に、柊さんは目元を染めると私と入れ替わるようにして俯いてしまった。

「わ、私はその、口下手なので……水野さんのように、自分の考えを思ったままに口にするのが、その……」
「ああ、苦手なんですね。でも誰にでも苦手なことありますって。恥ずかしがることないですよ」

 私だって運動苦手だしな!!
 威張れるものでもないが、苦手なことなんて誰だって一つや二つ、三つや四つ、五つや六つあるものだ。そんなこと一々気にしていたらキリがない。いずれ克服できる。と考えていたほうが人生も楽しめるというものだ。
 笑い飛ばす私に柊さんは視線を寄越したかと思うと、すぐに染まった頬を隠すようにして掌を頬に充てた。

「……時折、水野さんが羨ましくなります……」
「へあ?! そうですか? あ。つまりはそれが私の長所! 成程! でも履歴書には書けないなコレ!」

 何の役にも立たねえわ!! と盛大に突っ込んだところで、膝丸が話を戻すようにして軽く咳払いをする。

「さて。では話を戻すが、早急に事を行いたい。刀剣男士の姿は確認できていないが、本丸の状態は劣悪だ。もし刀たちが怪我をしているのであれば助けてやりたい」
「あ。そうですよね」

 軌道修正した話を再び壊す理由はない。その後は特に話を脱線させることなく着々と話を進めた。

「では明後日、第一部隊を連れてお迎えに上がりますので」
「分かりました。こちらも準備しておきます」

 日時は明後日。私と柊さんはそれぞれ第一部隊の面々を連れ、その本丸へと向かうことになった。


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