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 例の事件から早半年。ついに審神者となって一年を迎えた私、水野(仮名)こと喪女審神者は、現在修行中の身であった。

「みーつけた、秋田藤四郎!」
「わあ! 見つかってしまいました」
「流石主君。我々を見つけるのが早くなりましたね」
「前田の言う通りです。日々精進なさっておいでなのですね」
「いや〜、まだまだだよ」

 半年前、私は厄介事に巻き込まれた。その時にまぁ色々あって、今までにない力を取得したのだ。それが『感じ取る力』、所謂『感知能力』だ。何を感知するのかというと、主に『霊力』だ。それが自分にとって良いものであるか悪いものであるか、直感にも似た感覚で判断するのだ。あとはこうして刀剣男士の『気』を辿って探し当てたりすることも出来る。まだまだ修行中の身だけど。

「ですが政府からの仕事も増えてきたでしょう? いいんですか? それで」

 宗三が言うように、私がこの力を手に入れてから『審神者業』以外での仕事を請け負うことが増えてきた。どうやら『霊力』以外での特殊な力を持つ審神者は少ないらしい。戦いには向かないスキルだけど、意外と回されてくる仕事は多い。

「まぁ仕事だからね。お給料が出る限りは働くよ」

 とはいえ、まだあまり責任重大な凄い仕事を任されたことはない。簡単にいえば『自分の本丸が分からなくなったよう!』と迷子になった審神者を本丸に連れて行ってあげたり、『最近調子が良くないんですよねぇ』ってぼやく刀剣男士に『あんた肩凝っとるで』と教えてあげたりするような感じだ。あくまで例えだけど。それでも鍛えていけばもっと色々出来るようになるらしいので、私は週に一、二度、武田さんの上司である神主さんの所に修行に行っている。

「それはそうでしょうけど、気を付けてくださいよ。何があるか分からないんですから」
「大丈夫大丈夫。アレからは特に何もないんだし、そうそう変なことには巻き込まれたりしないって」

 以前の担当者に目を付けられ、命を狙われたのが半年前。事件が解決してからは特に何事もなく日々を過ごし、皆もだいぶ強くなった。特に初期刀である陸奥守と初鍛刀で来た小夜左文字は修行にも出た。今までも頼りにしていたが、修行に出てからというものステータスだけでなく『男前レベル』まで上がった気がする。今まで以上の働きを見せる二人に『目が、目がアアアア』なぁーんてどこぞの大佐みたく目元を覆ったことも一度や二度ではない。
 だって二人共男前なんだもん。見た目は勿論だけど、発言内容とか態度とか。惚れてまうやろ!! って感じ。

「そうは言っても主は『巻き込まれ体質』なんだからさ。用心してよね。俺達寿命は長いけど、それでも寿命が縮むかと思ったもん」
「あははは。加州でも冗談とか言うんだね〜」
「いや、冗談じゃないし。マジだし」

 宗三と並んで座っていたのは加州だ。両手で頬杖をつき、唇を尖らせる様はどうにも愛らしい。目元が涼し気な美人なだけに幼い態度を取ると可愛いんだよなぁ、これが。
 だけど笑っているのは私だけだ。加州たちの後ろ、厨からお盆を持って出てきた燭台切も硬い声を出す。

「主。幾ら何でも気を緩めすぎじゃないかな。確かに今は何もないかもしれないけど、何が起きるか分からないのが人生でしょ? 用心しなきゃダメだよ」
「う、それはそうだけど……」

 心配する皆の気持ちも分からなくはないのだが、あれから私も少なからずレベルアップした。今は特にこの『感知能力』が高まってきているので、悪いフラグは折れると思うのだが。

「死亡フラグを回避出来たとしても、厄災に巻き込まれたら元も子もありませんよ。燭台切はそう言っているんです」
「うわぁ。何も言ってないのに心の声を読んだかのような補足。抜かりないですね、宗三さん」
「ふざけないでください。こちらは真面目に言っているんですから」

 分かっている。分かっているんだ。皆が私を心配してる、って。そんで私が舞い上がっちゃって天狗になってんじゃないか、って思ってることも分かっている。でもさ、でもね?

「だからって四六時中監視することなくない?」
「「「それとこれとは別です」」」

 一人は冷酷に、一人は有無を言わさぬ笑みで、一人は可愛らしく。だけど決して可愛くないことを言う。
 そう。私はアレ以来、刀たちにやたらと心配されまくっているのだ。

「いや確かにさぁ、危ない目にはあったよ? 死にかけもしたよ? その、割と何度も。でもさ! 今はほら! 味方も大勢いるし、皆も強くなったじゃん!」
「確かに。“最高練度”と呼ばれる域まであと一歩、という所ですね」
「長かったねぇ。色んな行事もあったし」
「その間に主も仕事が増えて何度体調を崩したことか……ね? 主?」

 アカン。墓穴掘った。
 可愛らしい笑みのはずなのに、どこか圧を感じる加州に乾いた笑いを返す。すると別方向から「笑い事ではないぞ」と釘をさされる。

「年末にいんふる何とか、に罹った時はどうなることかと思ったぞ」
「その通りですよ、主殿! 鳴狐も私も、心配で眠れぬ夜を過ごしたのですから!」
「怖かった」
「ご、ごめんて……」

 腰に手を当て、燭台切並みに顔を顰めているのは意外にも鶴丸だった。そしてその奥からは鳴狐とお供の狐がひょっこりと顔を出し、更にその奥からは歌仙まで出てくる。

「あのね、主。僕たちは何も主を軟禁しようとしているわけじゃない。だけど君があまりにも無防備で、無頓着だから僕たちが目を光らせる羽目になるんだ」
「いやいやいや。流石に本丸ではのんびり行きましょうよ」
「のんびり出来ない理由を作っている張本人が何を言っているんだい」
「そうですよ! 主君は働きすぎなんです! もっと僕たちと遊んで、じゃなかった。気晴らしすることを覚えてください!」

 歌仙の口撃に加わったのは先程まで一緒にかくれんぼをしていた秋田だ。陸奥守と小夜に並んで付き合いの長い彼に懇願されれば流石に言葉に詰まる。

「いや、でもさぁ、私も『仕事』があるわけだし、毎日遊ぶわけにはいかんよ」

 そうなのだ。幾らこのゆったりとした穏やかな時間が流れる本丸に身を置いているのだとしても、やらなければいけないことは沢山ある。自身の力を伸ばすことは勿論だが、元々の『歴史修正主義者との戦争』が終わったわけではない。増えていく戦場に合わせて戦いは過酷になるし、資材だって無限に湧いて出てくるわけではない。毎日の出陣に合わせ内番も組まなきゃいけないし、遠征にだって行ってもらわなければならない。この一年続けてきた日々の仕事は幾らか慣れてはきたが、先にも述べたように政府からの依頼も増えてきた。それは決して難しいことではないけれど、小さなことでもコツコツと積み重ねて行けば自らの力となる。ようするに、今は耐え時――言わば冬の時期だ。花が咲き、あらゆる芽が芽吹く春に向けて辛抱する時である。その間にフラフラしていては芽吹く力も芽吹くまい。だから耐え時であると同時に『頑張り時』でもあるのだが――

「おんしの気持ちも分かるけんど、人は体が資本じゃ。無理はいかんぜよ」
「んんん〜……むっちゃんの援護射撃〜……」
「まははは! ワシの得意分野じゃあ!」

 どうやら遠征組が帰ってきたらしい。隊長を任せていた陸奥守の背には資材が背負われている。改めて近づこうとするが、それよりも早く陸奥守がこちらに来てくれた。

「それに、昨日まで熱出して寝込んじょったのは誰やったかのぉ?」
「……はーい……私でーす……」

 そうなのだ。年末にインフルエンザに罹って以来、どうにも体調が安定しない。お師匠様曰く『神気が体に馴染んでいない所為もある』ということらしい。いわば心も体もガッタガタ。それでも今日は割かしスッキリ起きられたので、こうしてリハビリついでに短刀たちとかくれんぼをしていたのだ。だけど過保護な刀たちはどうにも神経質らしい。多くの刀が私を見張ると言い出し、結局今日の演練組は『居残り兼私の監視役』として本丸に残ることになったのだ。
 うーん。やっぱりどう考えても過保護が過ぎる。あんたらは親か。

「でも流石に心配しすぎじゃない? 命に別状はないんだからさぁ」
「それでも心配するのが刀っちゅーもんじゃ。この場合は臣下、とも言うがの」

 諭すように口にしながらも、陸奥守は自らの体温と比べるようにして私の額に手を当てる。刀なのに不思議な程暖かい掌を額で感じ取っていると、陸奥守は「うん」と頷いた。

「熱は下がったようじゃな。けんど、無理はいかんぜよ?」
「う、わ、分かった」

 ズイッ、と顔を寄せられ思わず視線を逸らす。実はまだ陸奥守に『告白の返事』をしていないのだ。だって『返事はいつでもいい』って言ったし、正直まだ迷ってるし……。だけどそんな私に宗三の剣のある声が飛んでくる。

「はー? 本当あなた何なんです? 僕たちがアレだけ言っても頷かなかったのに、陸奥守に言われたらコロッと頷いて。厭らしい人ですねぇ」
「な、ち、違うわい!! 一番ダメージ喰らったのは歌仙さんのだもん!!」
「わあ。嬉しくない」

 乾いた笑いを零す歌仙には悪いが、正直歌仙のお説教が一番堪えた。次に燭台切。おかん組のお説教は心にクるのである。

「まぁ、君が無茶をやりがちなのは既に知っている。驚くぐらい頑張り屋で、頑固だということもな」
「つ、鶴丸……」

 呆れた口調でそう言ったのは鶴丸だ。実は事件の後、私は一度彼の目の前でぶっ倒れている。その時に鶴丸はただでさえ白い顔を更に青くしたらしい。
 確かその日はちょうど雪が降り積もっていて、皆で一日遊ぼう! ということになったのだ。だけど私は朝からぼうっとしていた。そのため雪合戦をしていた鶴丸の投げた球を避けられず、顔面に直撃してそのまま気を失ったのだ。
 結論から言うと私は『過労』と『寝不足』だったらしく、主治医である杉下先生から『仕事もほどほどに』とお叱りを受けた。

「で、でも、ほら! あの時に比べて今はだいぶ力もコントロール出来てきてるし、仕事とのバランスもとれてきたから前ほどは頑張ってないよ!」

 お師匠様の所で学び始めた頃は、それこそ気合が入りすぎて空回りした。上手く自分の力をコントロール出来ないのは勿論のこと、与えられた神気がまだ体に馴染んでいなかったのだ。そのせいか眠る時間が異様に伸びた。とすれば今まで行っていた仕事が今まで通り行えなくなる。ならば起きている間に効率よく進めるしかない。あるいは眠たいのを我慢するか。
 で、どちらを選んだかと言うと、どちらもだ。自分の体調と相談しながら行った。だから無理をしているつもりはなかったのだ。だけど実際のところ眠っていたのは意識だけで、肉体は常に『神気』と馴染むためにフル稼働していたらしい。だから幾ら睡眠時間が長くともロクな休息になっておらず、身体が限界を迎えて『過労』という扱いになってしまったらしい。

 今はだいぶ落ち着いてはきたが、それでも時折ふと意識が遠のく時がある。それは私の魂に住まう竜神が『食当たり』的なものを起こすのが原因なんだとか。ようは神様たちから与えられた『神気』と私のゴミッカスな霊力が上手く噛み合わず、魂と肉体との間に軋轢が生じる。それが脳を混乱させ、一時的に意識が遠のいてしまうのだという。以来書類のチェックを陸奥守や小夜以外にも、長谷部や燭台切、加州や宗三に頼むことが増えた。間違うつもりはないのだが、脳みそにエラーが出ているのだから正常な判断が出来ない時がある。書類の「いろはにほへと」を間違うだけならともかくとして、計算ミスや記入箇所を間違えたり、提出期日を間違うのは問題だ。そんなことが何度もあったせいか、ただでさえ過保護だった刀たちに拍車が掛かってしまった。
 確かに『善は急げ』って言うけど、先に『急がば回れ』の方を実践するべきだった。今更後悔しても後の祭りなのだが。

「とにかく、今日はそれでお終い。さ、お茶を淹れたから休憩にしよう」
「資材の方は俺と陸奥守でやっとくから、後で管理表持って行くね。主」
「うん。ありがとう」

 遠征組は陸奥守を置いて先に資材保管庫へと行っているらしい。立ち上がった加州と、置いていた荷を再び背負った陸奥守が笑みを向けてくる。そんな二人に「よろしくね」と手を振った後、燭台切がお茶を注いだ湯飲みを渡してくれる。

「火傷しないようにね」
「そこまで心配しなくても大丈夫だよ」

 あまりの過保護っぷりにもはや苦笑いしか出てこない。縁側に座った私に倣うように、短刀たちも座って燭台切が淹れてくれたお茶を口にする。

「でも主君、本当にお体にはお気を付け下さいね」
「僕たちも主君とこうして触れ合うことで知ることが出来ましたが、未だ主君の体と『神気』は完全には噛み合ってはおりません。何時また倒れてしまうか分からない身なのです。どうかその旨をご理解ください」
「うッ……秋田と前田に言われると弱いなぁ〜」

 秋田と前田、そして平野は特に私の修行(という名のかくれんぼ)に付き合ってくれている。勿論他の短刀、乱や薬研も手伝ってはくれる。だけど薬研は基本『医者代わり』として私の体調管理をメインにサポートしてくれているし、乱は気晴らしに歌やダンスを披露して私の肩の力を抜いてくれる。色んな形で皆から十分サポートを受けている身なので、これ以上は何というか、ちょっと贅沢すぎて却って罰当たりなのでは? と思っている。
 曲がりなりにも彼らは神様だ。だのにたかが人間一人の面倒を見させるのは如何なものなのか。自分が不甲斐ないせいで彼らがそうせざるを得ないのだとしたら心底申し訳ない。だけど皆は面と向かってこちらを責めることはしない。律儀というか義理堅いというか。もっと『神様らしく』振舞ってくれてもいいのになぁ。なんて思う。まぁ言ったところで「そうさせないのは誰のせいだ」と返されるんだろうけども。

「ん……」
「おや。眠くなりましたか?」
「……少し……」

 あー。もう。まただ。湯飲みはまだ半分もお茶が残っているというのに、頭が重力に負けてガクンガクンしてきた。何せ人体で一番重たいのが頭だ。太っていても頭に比べたら細い首ではその重さを支えきれず、右に左にと揺らしていると後ろから燭台切に、片側からは宗三に支えられる。

「今は眠っておしまいなさい。まだあなたには休息が必要です」
「そうだよ、主。神気が人の体に馴染むのはすごく時間が掛かるんだ。だから焦らないで、今は休むことだけを考えて」
「大丈夫ですよ、主君。主君の身は、僕たちがお守りいたします」
「はい。ですから、今はゆっくりお休みくださいね」

 支えてくれる皆に何と返事をしたのか。それすらも曖昧なまま目の前が暗くなる。そうして手の中から湯飲みが消えたかと思うと、そのまま意識が闇へと落ちた。


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