小説
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我愛羅くんとサクラちゃん 1


あーいい天気!
木の葉の町娘サクラは久々の休暇に晴れ晴れとした表情で外に出る。

「さてと、今日はずっと手入れしてなかった畑の様子でも見てこようかな」

水やりもしなきゃいけないし。と、裏庭にまわり井戸の蓋を外す。
カラカラと井戸から水を引き杓子で豊かに育つ野菜や花に水をかけていると

「冷たい…!」
「え?」

びしゃりと跳ねた水があたったのか、それとも丸ごと被ったのか。
突如サクラの足元を駆け抜けたのはぶるぶると小さな体を震わせる謎の物体。

な、何これ…?!
サクラが動揺する目の先では年端もいかない子供のような存在がいるが、如何せん目の前の存在はただの子供ではないように思う。

だって…耳と尻尾がある…!しかも絶対作りものじゃない!
子供の頭と尻から生える獣の物と思えしものにサクラはこれは夢なのではないかと考えていると、サクラの異様な視線に気づいたのか小さな物体はくるりと振り返る。

「………」
「………」

ぱちくりと、大きな目とソレを縁取る黒い隈。額には何故か“愛”という文字が書かれてある。
え、なにこの子。
とサクラが目を見張る中、その小さな物体はお前、と見た目にそぐわぬ低い声で話しかけてくる。

「冷たかったぞ」
「え、あ、ご…ごめん…なさい?」

不機嫌そうな声音に思わずサクラが謝ればその小さな物体はうむ。と頷いた後に目を見開く。

「…お前俺の言葉がわかるのか?」
「?!え?な、何のこと…?」

もう何がどうなってるのかわけがわかんないわよ…!
まるで怖い噺に出てくる常套句のような台詞を投げかけてくる小さな物体にサクラは内心恐ろしくなるが、自分が思っている以上に恐怖は感じていないのか口はまわる。
人って案外臨機応変に対応できるものなのかしら、とどこかサクラが現実逃避をするかのように思っていると、もう一度ぶるりと身を震わせた小さな物体はサクラを見上げ近づいてくる。

「俺は狸の妖だ。お前は人間だろう?何故俺の言葉がわかるんだ?」

妖?
と聞き返すサクラの数歩先。立ち止まった自称狸の妖は再び頷く。
ああ、だから耳と尻尾が生えてるのか。納得だわ。
などと感心したところでサクラはえ。と固まる。

「あ、妖…?お、おおおおおお化けってこと…?!」
「むっ、お化けではない。俺は妖だ。ちゃんと生きてる」

お化けは死んだ者の未練だろう。
ふん、とふんぞり返るように返された見た目と反する反論にサクラは目の前がぐるぐるとまわっていくような感覚に陥る。

「え、えっと…君は妖であたしは人間で…えぇっと…」
「…大丈夫か?」

ことり、と首を傾けた子供を最後にサクラはああ、もうだめ…と意識を手放す。
何故かというとサクラはこの手に関する話題が苦手であったのだ。

バタン、と突然目の前で倒れたサクラに仔狸はぱちくりと目を瞬かせ、思わずきょろきょろと辺りを見回す。
もしや誰かから狙われたのではないかと思ったからだ。
しかしそんな気配はなく、しかしサクラも起き上がる気配もない。
もしや死んではいまいな、と恐る恐るサクラに近づき

「…おい」

声をかけてみるが無反応。
まさか本当に死んだのかと、口元に手をやればわずかに感じる呼吸に息はしているか、と安堵する。
しかしどうしたものか。と倒れたサクラを前に途方もなく立ち竦む仔狸の姿に気づくものは、残念ながらその場にいなかった。






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