小説
- ナノ -


拍手お礼文



診断メーカーで出たお題から一本。

落ちているセミの横を2人して何でもない振りをしながら通ろうとしたら案の定足元で動きだし、
逃げようとするもお互いが腕を掴み合っているのでうまく逃げられず余計パニックに陥る水野さん

【鶴丸+水野さん】


「人の身を得て初めて分かったが、夏というのはこうも暑いのか……いやぁ〜……驚きだ」
「そうだねぇ〜。でも鶴丸が現役だった頃に比べて平均気温上がってるはずだから、昔はもっと涼しかったと思うよ」
「え。そうなのか? それはそれで驚きだなぁ。時が経つと気温まで変わるのか。世の中とは分からんもんだな」

 ハタハタとうちわで扇ぎながら鶴丸がぼやく。現在季節は夏。一応本丸の季節は審神者の霊力によって固定したり変更することが
出来るみたいだが、生憎私にそこまでの霊力はない。なので固定せずに流れる時のままに任せている。
 徐々に上がっていく気温に刀たちはぐったりしているが、現世に比べればまだ涼しい方である。アスファルトからの照り返しもないし、
ビルやガラス張りの建物もないので直射日光に困ることもない。エアコンなどの排気熱もない。私からして見るとこっちの方が快適なぐらいだ。
 なので鶴丸より幾分か涼しい顔で敷地内を歩いていると、畑近くであるモノが寝転がっていた。

「げっ!!」
「ん? 何だ。どうした? 馬糞を持った鯰尾でもいたか?」

 硬直する私の横で鶴丸が首を傾ける。いや、でも……うん。奴は死骸だ。きっとそうだ。うん。よし。と気合を入れ、私は鶴丸に
「何でもないよぉ〜」と返しながら止めていた歩みを再開させる。
 平常心平常心。慌てたりビクビクすると余計に鶴丸の好奇心をくすぐる。そうなれば奴と鶴丸の思うつぼだ。
そうなって堪るか! と意気込んでいると、鶴丸もようやくそれに気づいた。

「ああ、何だ。蝉の死骸か。秋田がよく抜け殻を拾っていた奴かな?」
「ど、どうだろうねぇ〜」

 別に蝉自体が怖いわけではないのだ。死んだと思っていたのに動く。それが嫌なだけなのだ。
なのでそれを知らない鶴丸は「死んだもの」と思っている。もしこいつに“動く可能性がある”と分かっていれば
もっと嬉々とした表情で、それこそ好奇心のままにつつき出すはずだ。
 敢えてそれを教える必要もないので私は極力慌てず怖がらず、避難訓練を思い出しながら歩いていた。

 が、次の瞬間――


 ジジジジジジジ!!!!!


「おおおおおおおお?!?!」
「だあああああああああ!!!!!!」

 やっぱり生きてやがったああああああああああ!!!!!
 驚きのあまり反射的に鶴丸の腕を掴む。対する鶴丸も予想外の驚きに体がついていかなかったのか、私が鶴丸を掴んだ腕を掴み返してくる。
傍から見れば軽く抱き合って見えるような状態の中、鶴丸は目を輝かせ、私は顔を青くしていた。

「おいおいおい! あれはなんだ! 生きてるのか?! 生きてるんだな?!」
「生き生きすんなアホおおおおお!!!!! おいやめろ! 待て! 近づくな!! 奴はとびかかってくるぞ!!」

 ずりずりと、私の体を引きずってでも近づこうとする鶴丸を必死に食い止める。だが止められると却って火がつくのか、鶴丸は更に食いつく。

「飛びかかる?! 本当かきみ! 蝉とは存外侮れん生き物だな!」
「だあああああ!!!! 待て待て待て!!! 近づくならせめて私を離せ!!! 令呪を持って命令するぞ!!!!」
「はっはっはっ! それはげーむが違うな!」

 近づこうとする鶴丸と止めようとする私。現世に比べてマシとはいえ、こんなクソ暑い日に何故こんな綱引きみたいな状態にならなければいけないのか。
しかしどれほど力を入れようと体重をかけようと、流石刀と言うべきか。細い割に力のある鶴丸はどんどん蝉へと近づき、嬉々とした様子で足先でソレを突いた。

 ジジジジジジジジ!!!!

「あああああああああああああ!!!!!!!!!」
「はははは!! こいつは驚きだ!! すごいな!」

 子供のようにはしゃぐ鶴丸とは裏腹に、私は一人絶叫する。逃げようにも鶴丸にがっしりと腕を掴まれているので叶わない。
そんな軽いパニックに陥っていた私の声に気付いたのは、ちょうど通りがかった歌仙だった。

「どうしたんだい、そんなに叫んで」
「わああああああ!!! 歌仙さん助けて!!! プリーズヘルプミー!!!」
「ぷりん? 今日のおやつはぷりんじゃないよ。それに鶴丸、君もいったい何をしているんだ」

 近づいてきた歌仙に向かって鶴丸が「ニィ」と笑む。それに悪い予感がしたのは私だけではないだろう。
現に歌仙が口元を引き攣らせた瞬間、鶴丸は先程の蝉を足先で「コン」と蹴飛ばした。
 歌仙の前に。

 ジジジジジジジ!!!

「うわああああああ?!?!?!」
「ぎゃああああああ!!!!!」
「はっはっはっはっ!!! どうだ! 驚いたか!」

 大笑いする鶴丸。絶叫する私と歌仙。その足元では蝉が縦横無尽に動き回り、私は腕を掴まれているのをいいことに鶴丸にしがみついた。

「無理無理無理無理!! お前本当マジふざけんなよ鶴丸ボケエエエエエエ!!!!」
「口が悪いよ主! 雅じゃない!!! でもそれ以上にこの蝉は雅じゃない!!!!!」

 抱きつき、鶴丸の胸に顔を押し付けながらも悪態をつくのを忘れない。そんなプチパニックから大混乱の極に入っている私をすかさず
注意したのは歌仙だが、彼は彼なりにパニックになっているようでいつもより声が上ずっていた。
 そして当の悪戯爺はゲラゲラと片手で腹を、片手で私を抱き込みながら大笑いしている。

「あっはっはっはっはっ!!! 腹が、笑いすぎて腹が痛い! こいつは傑作だ!」
「笑ってんじゃねえええ!!!」
「鶴丸! 今日の夕餉は覚えていたまえ!!!」

 キレる私と歌仙に鶴丸は尚も笑いながら「いやー、夏もいいものだな」とそれはそれは清々しい笑みを見せてきた。

 この日の夕食に鶴丸のおかずが出なかったのは言うまでもない。

「まさか夕餉で日の丸飯を食う羽目にはるとはなぁ……」
「フンッ。梅干しが出ただけでもありがたいと思うんだね」






prev / next


[ back to top ]