小説
- ナノ -


“私”の蝶々



大倶利伽羅→水野。珍しく恋愛色濃いめ。本編終了後から一月ぐらい経った話。



 様々な出来事が起きてから早一月。折れた皆も元に戻り、日々戦に励んでいる。
 私自身はまだ体調が思うようにいかない時もあるが、概ね元気だ。だけどすっかり忘れていたことがある。
 それは大倶利伽羅から貰った『蝶のチャーム』のことだった。

「うーん……やっぱり落ちてないよなぁ〜……」

 一月前、我が本丸で起きた一大事件。以前の担当者から襲撃を受けた私は、相手の隙を突くために大倶利伽羅から貰ったチャームを投げつけた。その後も回収する暇なく色々あったせいかすぐには思い出せず、あ! と思った頃には既に一週間が過ぎていた。以来暇を見つけては庭や本丸内を練り歩き探しているのだが、どこに飛んで行ったのか。未だに見つかる気配はない。本物の蝶々のように飛んで行ってしまったのか。それともあの時鬼崎に斬られてしまったのか。分からないが、どちらによせ大倶利伽羅に向ける顔がない。
 貰って数日しか経ってなかったのになぁ。とため息交じりに庭に下りて床下を覗いていると、頭上に影が落ちる。

「何をしている」
「あ。大倶利伽羅」

 噂をすれば何とやら。背後に立っていた大倶利伽羅は訝しげな表情でこちらを見下ろしている。いつもならその顔をまっすぐ見つめ返すのだが、今日は後ろめたさが勝ってつい視線をそらしてしまう。

「あー……えっとぉ、そのー……探し物を……」
「ここに落としたのか?」
「いや、その、正確にはどこに落としたのか、サッパリ……」

 あの時は逃げるために鬼崎の顔面に向かって投げつけた。その時チャームがどうなったのかサッパリ記憶に残っておらず、当時投げつけたであろう場所から探していたのだ。そう遠くへ飛んではいないと思うのだが、小さくて軽いから保障はない。
 第一貰った本人に「失くしました」と素直に告げる勇気はない。とはいえ嘘をつくわけにもいかず、どうしてもしどろもどろになってしまう。そんな私に大倶利伽羅は不思議そうな顔をするが、すぐさまいつも通りの無表情に戻った。

「俺も探してやる。落ちた物は何だ」
「うぐぅ! そ、それは……」

 あなたから貰ったものなんですぅー!! とは口が裂けても言えない。というより言いたくない。
 普段物を大事にしていると自負している分、人様、いや、神様から貰ったものを失くしただなんて笑い話にもならない。
 呵責の念に駆られ、ついつい顔の中心に力が入り変な顔になってしまう。しかし御簾をしているため大倶利伽羅には見えなかったらしい。眉間に皺を寄せつつ「どうした」と問いかけてくる。

「言いにくいものなのか?」
「う、は、はい……」

 出来れば、出来ることなら自分の手で探したい。折角プレゼントしてもらったのだ。確かに鬼崎の顔面に投げつけたけど、大事にしたかったのだ。
 大事にすると、言ったのだ。それをものの数日で失くすとか、本当……本当に自分って奴は……。

「……すみません……」
「何故謝る」

 突然謎の謝罪をされれば訝しむのは当然だ。大倶利伽羅は勝手に凹む私に心底「理解できない」という顔をした後、呆れたように息を吐いた。

「おい。何を隠そうとしているのかは知らんが、どうせ顔に出るんだから無駄な抵抗はやめておけ」
「いや、でも今は御簾をしてるし――」

 本丸に戻ってきたばかりの時は御簾を実家に忘れてきたため暫く素顔を出していたが、すぐに新しい物を取寄せたので今はまた顔を隠して生活している。何故か皆残念そうな顔をしたが、元々顔に自信がある方ではないのだ。むしろ皆無と言っていい。刀剣男士たちは皆美男子だ。そんな彼らに囲まれていると、性別が違うとはいえ、その造形美との差に悲しくなってしまうのだ。
 笑うなら笑えばいい。だけど私にだって人並みに嫉妬心とかあるんだよぅ。なんて思いながらも大倶利伽羅を見上げれば、彼の無骨な手が伸び、御簾を下からベロリと捲られた。

「御簾があろうがなかろうが、あんたがどんな表情をしているかぐらい想像出来る」

 黄金色の、猫みたいな瞳がこちらを至近距離からまっすぐと射抜いてくる。あまりにもその瞳が綺麗で力強かったからか、それとも陸奥守に告白されたせいで彼らを――刀剣男士を、だ――変に意識してしまったのか。分からないけど、私は咄嗟に両腕を押し出し大倶利伽羅の体を突き返した。

「――ッ」

 だけど私も無意識というか、殆ど反射みたいな感じだったから自分でも驚いてしまった。当然突き放された方の大倶利伽羅も珍しく驚いた顔をする。
 お互いの動揺を如実に感じとり、というより私の方が勝手にパニックに陥り、無意味な言葉を繰り返す。

「あ、や、い、今のはその、ち、違っ、違うというか、言いますか、いや、その、何て言うか、あの、いや、」

 変な汗がドバっと溢れ出る中、大倶利伽羅は数度瞬いた後口元に手を当て顔を逸らす。
 や、やばい。引かれた……。一人で騒いでショックを受けていると、大倶利伽羅は口元に当てていた方の手とは逆の手で私の頭にポンと手を置いた。

「別にいい。気にするな」
「あえ? で、でも」
「悪気があったわけではないんだろう。ならばいい」

 そう言ってそのままポンポンと数度私の頭を軽く叩く。叩くと言っても、羽根が落ちるかのように優しかった。
 何だかそれに照れるより安心してしまい、無意味に張っていた体の力を抜いて頭を下げた。

「……ごめんなさい」
「だから別にいいと――」
「違うの。いや、さっきのも、その、悪いとは思ってるんだけど、そっちじゃなくて、本当は……」

 ここまで優しくしてくれた大倶利伽羅に黙っていることも忍びなく、とうとうチャームを失くしたことを白状した。
 怒られるだろうか。それとも呆れられるだろうか。
 幻滅されることを覚悟で伝えれば、大倶利伽羅は思っていたよりあっさりと「そうか」と頷くだけだった。

「え? それだけ?」
「何がだ」

 呆然とする私に大倶利伽羅は何事もなかったかのように問い返す。その顔には嫌悪も呆れも怒りもなく、ただいつも通りで逆に拍子抜けしてしまう。

「てっきり怒られるかな、と……」
「それだけで怒るか。第一、俺は言ったはずだ。“魔よけとして持っていろ”とな。現にそれで首の皮一枚繋がったんだろう。ならばそいつの役目はそこで終わっただけだ。悲観することではない」

 淡々とした口調に嘘や虚栄心は見えない。本当にそう思っているんだろう。私を守るための役目が終わったんだからそれでいい、と。

「あんたが俺たちに渡すお守りみたいなものだ。一度使ったらそれきりだろう」
「あ。あー、まぁ、そう、ね……」
「俺たちがお守りを使わずに折れる方があんたには辛いだろう」
「それは勿論」
「それと同じだ。だからアレを失くした所であんたが落ち込む必要はない」

 あ。何だ、そっか。大倶利伽羅も、私がいなくなることの方が嫌なんだ。
 鶯丸だけでなく、大倶利伽羅にもそう思われていたなんて考えてもみなかった。目から鱗、という奴だろうか。
 ぽかんとする私に彼はどこか気まずそうに後頭部を掻いた後、猫のような金色の瞳をスイ、と向けてきた。

「だが、どうしても気になるというのなら、また買いに行けばいい。あの程度幾らでも買ってやる」

 馴れ合いは嫌いな割に、面倒見がいいというか懐が深いというか。思っていた以上にずっと優しい神様に自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとう。でもまた買ってもらうのは悪いから、自分で買うよ」

 そうすれば失くしたとしても今みたいにダメージを受けずに済むし。それに――

「でも、その時はまた私に似合うのを選んでくれると嬉しいな」

 私にはコレがいい、と言って選んでくれた物だから、余計に失くしたのが悲しかったのだ。
 第一あの時は自分で決められなかったから、どうせ一人で買いに行っても悩むだけだし。どうせ買うならまた大倶利伽羅に選んで欲しい。そう伝えれば、大倶利伽羅は暫し黙した後「分かった」と頷いた。

「今度の休みにでも行くか」
「うん。お願いします」

 改めて頭を下げれば大倶利伽羅は再度頷き、私の頭にもう一度手を置いた。

「では頼まれていた伝言だ。光忠が茶の準備が出来たと」
「あ、そうなんだ。分かった。行くよ」

 鶯丸は今日出陣しているので、代わりに燭台切がお茶当番をしてくれている。
今日のお茶菓子は何かな〜、と浮かれた気持ちで歩き出すと、大倶利伽羅が音もなく隣に並んた。

「で?」
「ん?」
「あんた、さっき俺の事を意識したのか?」

 先程の事を蒸し返され、思わずギシリ、と硬直する。再びダラダラと嫌な汗が浮かぶ中頭上を見上げれば、どことなく楽しげな大倶利伽羅がふと目を細めた。

「そうか」
「ま、まだ何も言ってないじゃん!!」

 再び口元に手を当て歩き出す大倶利伽羅。その仕草が気になって食いつくように見上げれば、指の隙間からほんの少しだが口角が上がっているのが見えて目を見開く。

「わ、わら、笑った?! 笑った?!?!」
「フッ……別に笑ってなどいない」
「いやいやいや! めっちゃ笑ってたじゃん! ていうか現在進行形で笑ってるじゃん!!」
「うるさい」
「こ、コノヤロー……」

 何故か楽しそうな大倶利伽羅に唇を噛んでいれば、再び御簾をベロリと捲られた。

「少しはこちらの気持ちが分かったか」
「え」
「じゃあな」
「え? え、えぇええー?!?!」

 スタスタと、容赦なくこちらを置いていく。思わず「待ってよ!」と叫ぶが彼の歩みが止まることはなく、私は慌てて無口な背中を追いかけた。

――神様の戯れは心臓に悪い。
 心からそう思いながら。




終わり



―おまけ―


「あ、伽羅ちゃん。主は見つかった? って、どうしたの? 顔赤いけど」
「……何でもない」

 大倶利伽羅は不思議そうに見つめてくる燭台切の前を横切ると、ヒラリ、と頭上から舞い落ちる桜を手で払い除けた。



今度こそ終わり



少しだけ恋愛色強めのくりさにでした。
二人だけで買いに行くのか、はたまた誰かが着いてくるのか……。がんばれ伽羅ちゃん! 的な話でした。

そしてどうでもいい補足というか蛇足というか、アレなんですが、タイトルの『“私”』は水野を指しているのか大倶利伽羅を指しているのか……ご想像にお任せいたします。
どちらにしても美味しい気がする。
はい。そんな話でした。お粗末さま。

prev / next


[ back to top ]