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狼羊



 え? と思った時にはもう重なっていた。真っ白な髪に真っ白な肌。閉じた瞼に生える睫毛まで白くって、アタシはこの時初めて彼の睫毛が白いのだと知った。

「――――は?」

 ゆっくりと離れた唇。思わず出たのは色気もクソもない感嘆符。呆然とするアタシは数度瞬いて、対する彼は憎らしいほどに可愛らしく首を傾ける。

「恋人であれば、キスの一つや二つはするだろう?」
「いや、それはそうだけど……――え?」

 誰と誰が恋人だって? 再度彼の左右非対称の瞳を見つめれば、彼も困ったようにアタシを見つめ返す。

「……俺とお前は恋人ではなかったか?」
「え? あ、いや、そりゃあ、まあ……一応はそういうカテゴリーに入るけど……」

 カルナと所謂『恋人』同士になって早一年。今まで一度だってそういうことをしなかったから、てっきりもうこの関係は『なし』になっているのかと思っていた。だけど彼の中では違ったらしい。呆然とするアタシに対し、珍しく目に見えて焦り始める。

「ま、まさか俺の勘違いだったのか? ジナコ、俺はお前を――」
「ヘイヘイヘイ、ちょい待ち。一旦落ち着いて整理しましょう」

 アタシはてっきり『なし』になっていたと思っていた。だけどカルナの中では違っていたらしい。彼曰く「ただタイミングが掴めなかった」だけだと言うのだ。

「ロビンに聞いたら『そういうのは勢いでいくものだ』と言われてな……他にも『自分がしたくなったらする』とか『相手がして欲しそうだったらする』などの意見も多数貰った」
「その結果、カルナさんはどれを選んだんッスか?」
「……お前の楽しそうな横顔を見ていたら、つい、な……」

 つまり、彼は裏ボスを縛りプレイで倒して「ヤッター!」と声高らかに叫んだアタシに愛しさを感じたわけだ。成程分からん。

「カルナさんの萌えポイントがボクにはいまいち掴めないッス」
「モエポイント……? それはセーブポイントと違うのか?」

 ボク以上に恋愛ごとに関して素人な彼にため息が出る。いやだって、これは流石にないだろう。

「ていうか、キスされておいて何ですけど、カルナさんってボク相手にどうこう出来るんッスか?」

 所謂『夜の営み』的な意味で。と問えば、彼は驚くほどあっさりと頷いた。

「当たり前だ。むしろお前は俺を何だと思っているんだ? 好いてもいない女と付き合うほど酔狂ではないぞ」
「え。ま――マジで?」

 まさか、まさかである。
 この絶世の美男子ことカルナが、世界中の美をここに集めました! どうだ!! と言わんばかりのこのカルナが! アタシ相手にその、ぼ、ボッキしたり、妄想したりすんの? 嘘でしょ? どっかで『ドッキリでした!』とかネタばらし来ない?

「では俺からも一つ聞きたい。ジナコ、お前は俺のことを何だと思っている」
「え。えっとぉ〜……生物学上は、男?」

 思わず疑問形で答えれば、彼はまるで放置した生ごみを見た時のように眉間に深く皺を刻んだ。

「……正直に言うが、俺とて自慰ぐらいするぞ」
「へあ?! な、何でそんなこと突然……!!」

 特別知りたくもなかった――いや、知る必要のなかったカルナの情報に柄にもなく慌てふためけば、彼はじっとりとした視線をこれでもかというほどに向けてくる。
 な、何だよぅ。

「言っておくが、俺が頭の中で裸にして抱いたのはお前だからな。ジナコ」
「ぎ、ぎえええええ!!! セクハラ!! それセクハラだから!!!!」

 ギャー! と叫んだ瞬間持っていた携帯ゲーム機が腕の中から飛んでいく。有難いことにそれはクッションの上に落ちたが、セーブはまだしていない。

「セクハラとは何だ。人聞きの悪いことを言うな」
「い、いや、だって、だって……!!」

 あ、アアアアアタシをだ、だだだ抱く、とか……!!! 考えてもみなかった事象に頭がパンクしそうになる。
 しかしそんなアタシを見て却ってカルナは冷静になったのか、後退るアタシの腕を掴んで引き寄せてくる。その力は思っていた以上に強かった。

「では今ここで証明してやろうか?」
「な、何でそうなるの?!?!」

 ゲームはまだセーブしていない。時間帯もまだ昼をすぎたばかりだ。外では子供たちが元気に遊びまわり、時折散歩中の犬の鳴き声がする。そんな穏やかな世界の中で、彼は一体何をしようとしているのか。

「ジナコ。一つ覚えておけ」

 引き寄せられた体勢から、押し倒される体制へ。床に敷いた分厚いカーペットにアタシの髪と彼の手が同時に落ちる。見下ろしてくる瞳は真夏の太陽よりも更に熱を帯びていて、体だけでなく心まで焼かれてしまいそうだった。

「男は狼だ。例えそれが羊のような見た目であっても、決して騙されてはいけない」

 もやしのようにひょろくて力がなさそうなのに、伸ばした手はあっさり引き倒され再び唇を奪われてしまう。
 これがアタシのファーストキスとセカンドキスだと知ったら何と言うのだろうか。
 それよりもまず先に、アタシはやらねばいけないことを渾身の力で叫んだ。


「カルナァア!! せめてセーブだけでもさせて!!!」


 人生もゲームみたいにセーブポイントがあればいいのに。
 滅茶苦茶不服そうなカルナの視線を受けながら、アタシは「てへっ」と可愛らしく笑ってみせた。


end



現パロ(?)的なカルジナちゃんでやらしい雰囲気目指して撃沈しました。
ドンマーイ。


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