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仕返し



※性格悪いジナコちゃん注意!




「ねぇねぇ、校門前にすっごい格好いい人がいるよ!」
「えー? マジでー? どこどこー?」

――キン、と甲高い声が耳に響く。ただでさえうるさい教室に響く、金切り声のような女子の声。クラスメートではあるけれど、決して仲がいいわけじゃない。そんな彼女たちの声を聞き流して帰ろうと立ち上がった瞬間、目を引く紅に意識が奪われる。

「うっわ! ガチなイケメンじゃん! マジもんじゃん! えー? 何だろ。撮影か何かとか? っていうか何であんなイケメンがうちにいるわけー?」
「知らなーい。案外誰かのお兄ちゃんだったりしてー!」

 嘘ーヤダー! なんて。そんな耳障りな甘えた声すら耳に残らないほど鮮烈に、その紅はまっすぐアタシを射抜く。

「え? っていうかコッチ見てない?! 嘘々! ヤバイ! 超コッチ見てる!!」

 キャー! と叫ぶ彼女たちの後ろを足早に通り過ぎ、下駄箱から靴を取り出し裏門へと回る。

 冗談じゃない! あんな奴と一緒に歩いていたら何て言われるか。

 ただでさえ今のアタシは『腫れ物』扱いだ。両親を亡くした悲劇のお嬢様。日独のハーフという意味でも、両親が事故死したという意味でも人目を引くというのに、ここで更にアイツとの関係が露になってしまったらどうなるか。殆ど駆け足で裏門を抜ければ、呼んでもいないのにアイツがアタシの腕を掴んでくる。

「待て、ジナコ。どこへ行く」
「見て分かんない? 帰るのよ。家に」
「そうか。だがそちらからだと遠回りになる。どこかに寄るのか?」

 人目を気にせず話しかけてくる、無神経で配慮のない従者をキッと睨みつける。

「アナタとアタシは他人なの! 外で話しかけないで!」

 捕まれた腕を無理矢理解き、人がまだらな道を颯爽と歩く。早く、もっと早く。早く学校から離れなきゃ。アイツから離れなきゃ。
 そう思うのに、コンパスの違いかはたまた彼の足が速いのか。一定の距離を保って彼が追いかけてくる。周囲にも人がいるのに、どうしてアタシはあの男の微かな足音を聞き拾ってしまうのだろう。感じ取ってしまうのだろう。幽霊みたいな、無駄に顔が整っているだけの不気味な男の気配を。

「ジナコ」

 振り払ったはずの腕を再び捕らわれ引き戻される。その強引な動作に腹が立つ。再び振りほどこうとした瞬間、アタシの背後を勢いよく何かが通り過ぎた。

「前方不注意とは感心せんな。車という奴に当たれば怪我をするぞ」

 引き寄せられた腕の中、見上げた信号は赤だった。そして周囲の人たちの奇異の目がアタシたちを映す。

「――なんで……」

何でアタシが、こんな目に合わなきゃいけないのか。

「……ジナコ? おい、ジナコ。どうした。どこか痛いのか? まさか先程の車に当たったのか? 待て、本当に分からん。何故泣く」

 肩に下げていた鞄が地面に落ちる。張っていた力が涙と一緒に流れていく。

「う、ふぅ……う、うわぁああぁあぁぁあ〜ん!」

 もう限界だ。限界だった。アタシにとっては何もかも、全部が煩わしくて大嫌いで、無遠慮で不作法で憎かった。家に帰れば「おかえり」と言ってくれる人がいる。待っていればごはんを作ってくれる人がいる。当たり前のように『両親』の話をするクラスメートに嫉妬する。だけどアタシに遠慮して「あ」って顔をされるのも嫌。『可哀相』も『今は大変だと思うけど〜』なんて慰めも全部嫌! 先生も親身な振りして本当は面倒くさがっている。知ってるよ。どうせあと一年の我慢だ、って思ってるんでしょ? 卒業しちゃえば関係ないって、そう思ってるんでしょ? でも両親を亡くしたアタシは一生一人なの。一人なのよ。恋人も家族も出来ないで、きっと一人で死んでいくんだわ。
 そう思ったら堪えてきた『ナニか』が決壊して、アタシは不覚にも彼の腕の中で泣き出してしまった。

 珍しく目に見えて狼狽える姿に清々するわ。でもアナタもアタシもとても不器用だから、きっとこの先もずっと上手くはいかないと思う。だってアタシはアナタの助けになんてなれないもの。

「ちょっとそこの君! 女子高生相手に何をしているんだ!」
「え」

 だから駆け付けてきた警察官に職質をされているアナタを見ても、アタシ助けてあげないから。

「ち、違う、俺は彼女を傷つけようとしたわけでは――」
「顔が良いからって許されると思うなよ!」

 カルナの話を聞こうともしない警察官がちょっとだけ面白い。そしてそれに狼狽え、どうにか弁解しようと必死になる彼が面白い。
 まぁ、命令もなしに学校に迎えに来た罰としては十分だろう。そう思ったら涙もだいぶ引っ込んで、アタシは連行されかけているカルナの袖を引っ張った。

「大丈夫です。この人、親戚のお兄ちゃんだから」
「え? そうなの?」
「はい。ごめんなさい。体育で怪我したところが痛くって、泣いちゃいました」
「ああ、そう……。でも何かあったらいつでも警察に連絡するんだよ?」
「はい。ありがとうございます」

 視界の端では通報したらしい人もほっと胸を撫で下ろしている。ついでに見上げた彼は、だいぶ参ったらしい。珍しくぐったりとした顔をしている。

「次無断で学校に来たら、今度こそ警察に突き出すから」
「何て主だ……」

 げんなりする彼に鞄を押し付け、青信号に変わった道路を歩き出す。こんな主であっても忠実であろうとする従者は文句一つ言わない。むしろ押し付けた鞄を律儀に持ち、アタシの後をついてくる。
 もし学校で『あの人知り合い?』って聞かれたら、こう答えてやろう。

――全くの赤の他人だ。って――。

 そうしたらきっとこの胸もすくはずだ。そう考えたら少しだけ楽しくなって、アタシはさっきより軽くなった足取りで帰路を辿った。




end



性格悪い中学生ジナコちゃんも大変美味しいです。
中学生って色んな意味で多感で面倒で扱いづらいよね。っていう話。
頑張れカルナさん。(笑)


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