小説
- ナノ -


雨とアタシ



 雨は嫌い。静まり返った部屋に音が響く度、この家にアタシは一人なんだって思い知らせてくるから。厳密に言うと二人だけど、一人は家族でも何でもない。アタシにとっては殆ど他人みたいなものだから、いてもいなくても一緒。だからカウントしない。
 広い部屋でアタシは一人きり。シンと静まり返った雪の日みたいな家の中で膝を抱えて丸くなる。

 雨の音は嫌いだけど、テレビはもっと嫌い。楽しくないのに笑ってる。嘘みたいな笑い声ばかりで腹が立つ。何で面白くないのに笑えるの? アタシには分からない。
 苛々しながら羽織っていたカーディガンを握りしめると、黙っていた彼が傍に立つ。

「ジナコ、寒いのか?」

 無機質で無感情な声。きっと将来機械が声を持ったらこんな声なんだわ。そう思うほど、彼の声は耳障りだ。無視して丸まり続けていると、許可もなしに隣に座ってくる。

 お願いだから傍に来ないで。

「ジナコ、黙っていては分からない」
「うるさい。話しかけないで」

 アナタの声を聞くと苛々するの。まるで自分がどうしようもない子供みたいに思えるから。
 突き放すアタシに何を思ったのか、彼は家の中でも脱がないマントをアタシの肩に掛けてくる。思わず顔を上げると、彼はそのまま細い指を伸ばしてアタシの肩を抱き寄せた。

「寒いのならばあたためよう。これでも体温には自信がある」

 雪より真っ白な癖して何を言っているのか。そう跳ねのけることが出来たらよかったのに。鬱々とした気持ちが一瞬で飛んでしまうほどに、アナタは日向のようにあたたかかった。

「雨の音が嫌いなら、俺がお前の両耳を塞いでやろう。雨風に濡れるのを厭うのならば、俺がお前の傘となろう。寒いと言うのであればぬくもりを、悲しいと言うのであれば胸を貸そう」

 そう言って彼は緞帳のように分厚いマントを広げ、アタシを世界から奪い去るみたいにすっぽりと覆う。

「ジナコ。我が主よ。俺はお前の武器であり、盾でもある。如何様に使おうがお前の自由だ」
「カ、ルナ」

 黒い指が伸ばされる。ほっそりとした、だけどアタシよりうんと大きい手。その手がアタシの頬にピッタリ寄り添って、彼は冷たい相貌に笑みを刻んだ。それはゾッとするほどに、美しい――。

「お前が一人を望むのであれば、止めはしない。だが戦いが終わるその日まで、俺はお前の盾であり続ける。それを忘れてくれるな」

 冷たいようであたたかい人。だけどどうしてこんなに優しくするの? アタシがマスターだから? 言えない気持ちが涙となって頬を伝う。

 アナタと逢いたくなんてなかった。こんな気持ちになるぐらいなら、ずっと一人で閉じこもっていたかった。突然世界に一人で放り出されたアタシに優しくするくせに、アナタはこの戦いが終われば一人で還ってしまうのだ。アタシを置いて。

 どうして皆優しくする癖に、皆アタシを置いていってしまうのか。最低最悪のサーヴァント。どうせ別れるくらいなら、こんなにもズルくて卑怯で優しくて、強くて格好良くて最低な男、召喚しなきゃよかった。

「アンタなんて嫌いよ。大嫌い」
「……そうか。それは残念だ」

 そんなこと、本当は欠片も思っていないくせに。
 何も分かっていない男の腕の中にいることが悔しくて悔しくて、アタシは腹いせに男の柔い肌に思いっきり爪を立ててやった。
 だけど昨日切ったばかりの丸い爪先では薄い皮膚一つ傷つけることが出来なくて、結局アタシの指先は彼の服を掴んで終わった。



end



没カルジナには薄暗い空気がよく似合う。


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