小説
- ナノ -





 彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野、所謂『謎解き』タイムに入りました。


『幕引き』


「それじゃあ説明してくれる?」

 様々な経験を経て私は幾つか検討がついているけれど、武田さんは勿論、他の刀たちも訳が分からないことばかりだろう。現に陸奥守は私が戻るまで誰にも詳細を話すつもりがなかったらしい。彼は周囲を見渡すと一つ頷き、ようやく固く閉ざしていた口を開いた。
――自身の身に起こった全てのことを、話すために。

「最初に妙な物を見たのは鶴丸が顕現した時じゃ」

 鶴丸が顕現した日、陸奥守の脳内に突然不思議な光景が流れたという。それは無声映画のように淡々と音もなく流れ、見知らぬ“誰か”の記憶を陸奥守に見せた。

「誰のものかは分からんかった。この本丸とよう似ちゅう本丸ん中を、誰かの視点で歩きゆうのを感じた」

 フラフラ、フラフラと。その“誰か”は覚束ない足取りで本丸内を移動し、ある部屋へと辿り着く。そこで見たのは“誰か”が“誰か”を斬る瞬間だった。

「ハッとした時には意識が戻っちょった。斬った奴が誰かも、斬られたんが誰かも分からんかった。やけんど、ええもんやないということは分かった」

 それから時折陸奥守の頭の中に妙な“記憶”が流れるようになった。
 赤く染まった空。血の飛んだ襖。襲い来る黒い手。焼けつくような痛み。大切な誰かに裏切られたような、酷い胸の痛み――。日が経つごとにそれは頻度を増し、陸奥守を悩ませた。

「主に相談することは出来んかった。まだ本丸が慌ただしい時やったし、心配をかけたくなかったきの」
「むっちゃん……」
「えいえい。気にしな。おんしは何も悪くないきに。わしの意地みたいなもんじゃ」

 悲惨な記憶に悩まされる中大典太が顕現した。慌てふためく私の傍で陸奥守も口元に手を当てていたが、彼は別の意味で驚いていたそうだ。
 それは大典太の体中に刻まれた“妙な文字”が見えたからだと言う。しかしすぐさま見えなくなり、陸奥守はその時うっすらとだが察した。私では呼び出すことの出来ない、所謂“レア太刀”と呼ばれる刀たちが顕現する毎に、謎の記憶を見る頻度が増えているということに。その頃には男の顔も、男と刀たちがどんな関係かも、粗方予想がついていたらしい。
 まぁそれもそうだろう。見る記憶の殆どが刀を蹂躙するシーンだったのだから。喉を切りつけ声を奪い、手足を縛りあげて抵抗させないようにする。時には刀で手足を地面に縫い付け、呪術の実験台にしていた。それを陸奥守は何度も何度も繰り返し見たという。それこそ、戒めるかのように。

 そして遂に『三日月宗近』が顕現する。
 この日陸奥守は遠征に出ていた。手に入れた資材を運ぶ最中、陸奥守の視界が突然『完全に』別の視点と切り替わったという。

「三日月が誰かに拷問を受けちょる姿が見えた。まさかと思って帰ったら三日月がおる。そん体に刻まれた文字も、三日月から感じた霊力も、普通じゃなかったがよ」

 陸奥守の目に三日月は異様な姿で映った。体中には一目で“呪術”だと分かる祝詞が刻まれ、皮膚は毒に侵され薄く変色していた。気づいているのは自分だけだと、何も言わない周囲を見て陸奥守は悟った。

「それに顕現した日の夜のことじゃ。寝入る三日月の体中に突然文字がこじゃんと浮かび上がっての。瞬きする間に何度も姿が変わった。遡行軍の太刀との。やき、わしは何があっても主を守らんといけん思うた」

 三日月の体に浮かんだ呪詛の数は大典太と比べ物にならないほど凄まじかったそうだ。感じる力も強く、彼の意識が薄まる時――特に睡眠時が多かったそうだ――その姿が遡行軍の太刀と同じものになったらしい。陸奥守は三日月をよく観察し、警戒するようになった。

「日中は不穏なことをする気配はなかったがよ。けんど、おんしが初めて怪異に襲われた日のことじゃ。わしは三日月が眠っちょらんことに、本当は気づいちょった」

 傍に長谷部がいたから何も言わなかったそうだ。いつもであれば寝入る寸前に遡行軍の太刀の姿が一度は見えたのに、それがなかったから「起きているのではないか」と思っていたらしい。とはいえ、何故そこで三日月の体と呪術が馴染んだと思わなかったのか。曰く皆が持つ霊力と呪詛は正反対の性質を持っているから、ほぼ百パーセント体に合わないらしい。それは陰と陽が決して交わらないように、三日月の体を蝕んでいたそうだ。

「それでも言わんかったのは主が三日月を信じちょったからじゃ。それに三日月だけ捕まえても意味がないろ? 三日月を操る男を捕まえん限り、主はずっと命を狙われ続けるきな」

 だから男が本丸を襲撃してきた時に顔色を変えることがなかったのだ。男が私を狙っているということは既に予測しており、あとはいつ私を狙って来るかが問題だったのだから。

「わしが自分を疑っちゅうことに三日月は気づいちょった。それでも何も言わざったのは、その頃には三日月が主をげに大事にしちゅーことが分かっちょったき。やき、最後まで見届けんといけん思うた」

 三日月は私が最後の怪異に襲われる前に、陸奥守にあることをお願いしていたらしい。

「三日月は何も言わざった。けんど一つだけ、渡してきたものがある」

 陸奥守はそこで懐に手を入れ、一つの物を差し出した。それはボロボロになった金色のお守りだった。

「主の身に何かあってからでは遅いきと、わしに託していった。何も言わいでももう分かる。三日月は折れる気じゃった。それが必要なことでもあると、薄々じゃが感じちょった」

 本来なら一振りにつき一つしか持てないお守りだが、三日月はそのお守りに細工をしたらしい。刀装の代わりに持つことが出来たそうだ。

「何をしたかは分からん。けんど、三日月が託してきた命じゃ。主のために使わんといけん思うた」

 実際彼のお守りがあったおかげで陸奥守は今もこうしてここにいる。彼は命を懸けて私と陸奥守、二人の命を守ってくれた。
 私は傍に置いていた桐箱をそっと撫でる。

「初めは疑うちょったし、いざとなったら主を守るために折るつもりじゃった。けんど、最終的には助けられた。わしも主も。やき、三日月が根っからの悪者だとは思わんで欲しい」

 三日月だけじゃない。陸奥守は鶴丸たちにも呪術が掛けられていることを知っていた。なのでそれとなく目を配らせていたらしい。大典太も三日月を疑っていたみたいだけど、陸奥守は燭台切を除く太刀全員を気にかけていた。
 本当に、私は彼に何から何まで背負わせてしまった。仲間を疑うなんて、本当は凄く辛かっただろうに。

「ごめんなさい。全部背負わせてしまって……」 
「えいえい。そがな顔するもんやない。わしは気にしちょらんき、おんしも落ち込まんでえい」

 からりと笑い飛ばす陸奥守の本心は、はっきり言って読むことは出来ない。本当に心の底からそう思ってくれているのかもしれないし、私を安心させるために誇張している可能性もある。でも私はそれについて深く言及するのではなく、彼が安心してくれるように笑うことにした。きっと、陸奥守もそっちの方が気負わずに済むと思うから。

「ありがとう、むっちゃん」
「がははは! えいえい。惚れた女を守るのは男の仕事や。気にしな」
「うん。ありが…………え、あああ?!?!」

 うんうん。と頷いている陸奥守だが、その口から零された一言に思わず二度見する。しかしそれは私だけではない。他の皆も一様にぽかんと口を開け、陸奥守を凝視していた。

「む、むっちゃん……?」
「おん? 何じゃ?」
「い、いいいい今、なんて……?」

 ほ、ほれ、ほれたとかなんとか……。聞き間違いならそれでいいんだけど、ともごもごと続ければ、彼はキョトンとした後にぽんと両手を打った。

「そういえばまだ言うてなかった。わしおんしに惚れちゅうきに」
「は、えええええええ?!?!?!」

 あっけらかんともたらされた事実。あまりの驚愕に軽く飛び跳ねるようにして後ずされば、黙っていた他の刀が一斉に口を開いた。

「ちょっと陸奥守! 抜け駆けするなんてどういう了見ですか!!」
「ズルいよ陸奥守くん!! 皆言わないからそういうものだと思ってたのに!!」
「暗黙の了解というやつがあるだろう!! 見損なったぞ陸奥守!」
「というか告白の仕方にも意義がある! もう少し風流なやり方はなかったのかい?!」
「あーーーー!!! 何で俺を初期刀に選んでくれなかったの主ーーーーー!!! 超悔しいんですけどおおお!!」
「というか、気づいてなかった大将に俺っちは驚きなんだがなぁ」
「皆割と分かりやすかったと思うんだけど……」
「と、虎くんたちも気づいてたんですけど、あるじさまは鈍いから……」「ガウ」「キュウン」

 静まり返っていた広間が一転して煩くなる。私が隣にいるからか一定のライン以上近づいては来なかったが、打刀を中心として何振りかが陸奥守に食って掛かる。その勢いがあまりにも凄くて正直引いてしまうが、そこでふと武田さんたちの存在を思い出す。慌ててそちらに顔を向ければ、武田さんも太郎太刀も袖で口元を隠しながらそっぽを向いていた。
 ど、どうしよう……!! 焦ったのも束の間、すぐさま二人の肩が震えていることに気づく。どうやら笑っているらしい。それに気づいた私は恥ずかしさと申し訳なさで思わず両手で顔を覆った。

「本当そういうとこ! そういう所ですよ陸奥守!!」
「俺だって主のことを、」
「長谷部くん! それ以上は言わせないよ?!」
「僕だって順序を追ってと思っていたのに……!!」
「まぁまぁ、言うてしもうた言葉は戻らんき、堪忍しとうせ」
「陸奥守ーーー!!!」

 騒がしい面々にいい加減雷を落とそうと大きく吸った時、突然私の傍が光り輝き、桜が舞った。

「いやぁ〜、黙って聞いていればなかなかに面白い話をしているじゃないか。なぁ? 鶯丸」
「ああ。こちらが刀の姿であることをいいことに、皆好き勝手思いを吐露するとは……抜け駆けはよくないぞ?」
「つ、鶴丸? 鶯丸? どうして……」

 私は傍らに三日月が入った桐箱と、あの本丸で鍛刀した四振りを置いていた。本丸に着いても受肉しなかったのでてっきり彼らはただの刀に戻ったのだと思っていた。それだけに衝撃は大きい。
 ぽかんとする私を尻目に、楽し気に語らう鶴丸と鶯丸とは別に二振りの刀が私の前に膝をつく。

「驚かせてしまってすみません。肉体を象るのに少々時間が掛かりまして……」
「『神卸』なしで肉体を得るのは随分と大変だった。遅くなってすまなかったな」
「江雪さん……大典太さん……」

 初めて顕現した時とは違う。穏やかで、どこか微笑んでいるようにも見える二振りは私の前に正座すると、改めて正面から見つめてきた。

「では改めて……。私は江雪左文字と申します。戦いが終わるその日まで、私はあなたの刀でいましょう」
「天下五剣が一振り、大典太光世だ。また蔵に戻るその日まで、あんたのために俺を振るおう」

 二振りはそう言って顔を合わせたかと思うと、私に向かって頭を下げてきた。

「我らの主、今度こそ最後まで共に」
「……二振り共……」

 混乱していたはずなのに、嬉しさのあまりじわり、と未だ壊れたままの涙腺から涙が滲んでくる。だけどそれより早く、立っていたはずの鶴丸と鶯丸が彼らを挟むようにして座った。

「では俺達も。ゴホン、鶴丸国永だ。きみに最高の驚きを届けに来てやったぜ?」
「古備前の鶯丸。鶴丸の驚きに疲れた時には俺が茶を淹れてやろう。どうだ? いい提案だと思わないか?」

 にやりと悪戯小僧よろしく唇の端を上げて笑う鶴丸と、穏やかに笑う鶯丸。そんな二振りも、先の二振り同様改めて頭を下げてきた。

「今度こそ、正真正銘俺達はきみの刀だ。全身全霊できみを守り、支えよう」
「きみが許してくれるなら、また共に生きたい」

 並んだ四振りの刀。私が至らなかったせいで折れた大事な刀。だけど、あの男がいなければ決して出会うことがなかった刀たち。

「……顔を上げてください」

 揃った四振りの刀たちの奥では、先程まで騒いでいた皆が綺麗に座りなおしている。その表情は真剣そのもので、皆もこの時間を大切にしてくれているのだと分かる。何故彼らがいきなり受肉をしたのかは分からないが、また共に戦ってくれるという。今度こそ『私の刀』として。それならば、私が言うことは一つしかない。

「私の方こそ、また皆さんにお会いできてとても嬉しいです。こんな私でもまた“主”と呼んでくださるなら、これからも共に戦ってください」

 初めて顔を合わせたあの日から、本当はまだ一年も経っていない。だというのにもうずっと長いこと一緒にいるような気がする。私にとって彼らは『武器』であり『一振りの刀』であり『戦道具』であり、『付喪神』だ。だけど、もう一つ。『家族』のように大切な存在でもある。
『はじめまして』も『さようなら』も経験した。でもそれは誰にでも起きることだ。だけど折れた刀たちにまた『おかえり』と言える審神者がどれほどいるだろう。先程まで笑っていたのが嘘のように、驚きで固まる武田さんを見ればそれがよく分かる。理由はよく分からない。それでも、私にとってこれ以上の喜びはない。

「皆、おかえりなさい」

 だから、私が言えることはこの一言だけなのだ。他のどんな言葉でもない。『大好き』も『ありがとう』も、もう伝えたから。それに帰ってきた人に言う言葉はこれしかないだろう。自然と笑顔になる私に、四振りもそっと目元を和らげる。しかし穏やかな時間が流れたのもほんの一瞬。驚き爺がまたしても予想外の行動に出た。

「さて。挨拶も終わったことだし、俺も主争奪戦に参加するか!」
「は?」

 そう宣言するや否や、私の肩をがっしり掴んでその細い体の中に抱き込んでくる。それに硬直したのも束の間、今度は反対方向に勢いよく引っ張られ、またもや抱きしめられる。

「鶴丸、お前も抜け駆けはよくないぞ。なあ、主」
「え? あ、あの?」

 かと思えば鶯丸の両手が誰かに捕まれ、万歳の状態になる。その間に私は別の腕によって救出され、背後に回された。

「二人共、相手の許可なく体に触れるのはよくありません。争いの元になります」
「ああ。それに主は女性だ。みだらに触れるものではない」

 どうやら鶯丸の両手を掴んだのは江雪で、私を救出したのは大典太らしかった。そして彼の背後に隠された私は細い腕に捕まれ、皆の中に押し込められる。

「そうですよ鶴丸。あなた帰って来て早々何してくれてるんですか。ほら主、危険ですからお下がりなさい」
「え」
「宗三の言う通りだ。全く、貴様らは油断も隙もないな」
「え、ちょ、」
「それを言うなら陸奥守だってそうだろう? 俺達ばかり責められるのはちょっとどうかと思うんだが」
「そうだそうだ。発端は陸奥守だろう? 言いがかりも良い所だ」
「わしのせいか? おんしら酷いのぉ」

 静かだったのはたった数分だった。そこからは再び皆があーだこーだと騒ぎまくり、私は後衛で皆を見守る短刀たちに混ざる。武田さんたちと一緒に。

「やれやれ。本当元気だなぁ」
「楽しそうで何よりです」
「す、すみません……どうしてこうなったのか……」

 恥ずかしさと申し訳なさで縮こまっていると、膝の上で五虎退の虎たちが遊び始める。短刀以外にも騒がしいのが苦手な大倶利伽羅や山姥切など、言い合いに参加していない刀も呑気に騒ぎを見守っていた。

「まあ抜刀していないだけマシだろ。そもそも喧嘩の仕方がおもしれえしな」
「ええ。抜刀もせず暴力にも頼らず。まるで軍議のように挙手制で意見を交換している。……大変興味深いです」
「ひええええ〜!! 恥ずかしいんで口に出すのやめてもらえませんかね?!?!」

 そうなのだ。これで誰かが手を出したり刀を抜いたりすれば強制的に止めに入ることが出来るのだが、どういうわけか彼らは江雪を審判役とし、左右に別れて挙手制で意見交換をしている。腹は立っているけど理性的に、ということだろうか。宗三や長谷部は時折畳をバシバシと叩いては何事かを力説しているが、それ以上は近づかない。対する鶴丸たちは腕を組み、うんうん。と頷いたり首を振ったりしながら挙手をして反論をしている。
 これではまるで『学級会』だ。恥ずかしさで顔をあげられずにいると、控えていた山姥切が自分の布を私に被せてきた。

「これなら顔を隠せるだろう」
「あ。ありがとう。気遣わせちゃってごめんね」

 苦笑いしながらお礼を言うと、何故か大倶利伽羅が腰布を解いて私に被せてくる。

「え? ちょ、大倶利伽羅?」
「補強」
「え。それ笑う所? 笑っていいところ?」

 山姥切の布では隠せない部分を隠そうとしたのだろう。彼がギャグで言っているのか本気なのか分からず真面目に問えば、何故か武田さんが噴き出した。

「では私の上着も使いますか?」
「太郎太刀さんまで?!?!」
「主君! 僕たちの上着もお役に立ちますか?」
「俺っちの白衣取ってくるか?」
「皆まで?!?!」

 何が伝染したのだろう。太郎太刀さんを初めとし、秋田や薬研までが参加してくる。それに驚く暇もなく次から次へと上着を重ねられ、その隣で武田さんが大笑いする。その声に興味が引かれたのか、白熱していた口論を止めた鶴丸がこちらを見て腹を抱えて笑いだした。

「ははははは!! 何だそれは! 洗濯の山みたいになっているじゃあないか!!」
「ははは。からふるな大福みたいだな」
「はあ。大福というよりは新手の妖怪ですかねぇ」
「誰が妖怪じゃ! 誰が!!!」

 宗三の感想に思わず顔を出して突っ込めば、黙って見ていた鳴狐が小さく「亀」と呟いたことで笑いの連鎖が始まる。

「わはははは!!! 亀! 亀って……!!」
「す、すまない主……! 俺のせいで……!」
「いやいや! 兄弟は悪くないから! もーっ! 兼さん笑いすぎだよ!!」
「そうです! 主君は可愛い亀さんです!!」
「秋田くん?! それフォローになってないからね?! でも気持ちは嬉しい! ありがとう!!」

 再びやかましくなった所で武田さんの携帯が鳴る。武田さんは軽く手を上げた後席を外し、戻ってきた時にパン! と両手を合わせて皆の意識を自分に向けさせた。

「楽しんでいるところ悪いが、うちの上司の石切丸がここに来るそうだ」
「え? そうなんですか?」

 武田さんの上司の石切丸は、あの本丸にあった壺などのお祓いをしてくれた刀だ。直接会ったことはないがお世話になっている刀である。そんな彼が何故うちに来るのだろうか? 首を傾けていると武田さんが説明してくれる。

「水野さんは霊力が尽きたはずだ。それなのに本丸に来ることが出来た。そして折れたはずの刀が記憶を持って再度顕現した。この二点を上司にメールで報告したらすぐに来てくれることになってな。ついでに上司が調べた範囲で分かったことを説明してくれるらしい」
「あ、そうなんですか」

 わざわざ申し訳ないな。と思いつつも皆で改めて部屋の中を整え、来客の準備をする。そうして暫くすると、控えていたこんのすけが口を開いた。

「主様、ゲートが開きます」
「分かった。皆、出迎えに行こう」

 武田さんたちと共に本丸前へと移動する。門はゲートが作動すると開く仕組みになっているので、門前にいればすぐに出迎えることが出来る。現に音を立てて開く門の向こう側から一振りの刀がゆったりと顔を出し、にこりと微笑んだ。

「やあ、武田くん」
「どうも。わざわざすみませんね」
「気にしなくていいよ。主にも言われてきたからね。さて。それでこの本丸の主は……」

 私を探している様子の石切丸に挨拶をしようと口を開くが、それよりも早く彼の口からとんでもない発言がもたらされた。

「ああ、やっぱり。きみは“人”じゃなくなってるね」
「え?」

 硬直する私たちに向かって、石切丸はのほほんと微笑んだ。


prev / next


[ back to top ]