小説
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「何……?」

 襲い掛かってくるはずの衝撃が来ず、顔を上げた先。私の頭上で光っていたのは一振りの刀――を受け止める、見慣れた白刃であった。

「……三日月……?」

 振り下ろされた『三日月宗近』を受け止めたのは、ずっと反応がなかった“私の”『三日月宗近』だった。

「グッ……!」
「な、何故お前がその姿を……」

 震える腕で三日月は刀を受け止めている。そして男もまさか三日月が対抗してくるなんて思ってもみなかったのだろう。一瞬の隙をつくようにして、三日月がその刃を跳ね上げる。

「三日月さん!」
「うッ……、げほっ! ガッ、グゥウ……!」

 跳ね返された刃ごと引くようにして男が数歩後ずさる。対する三日月は地面に膝をつき、倒れるのを防ぐようにして刀を突き立てると、近寄る私の目の前で大量の血を吐き出した。

「三日月!!」
「あ、あるじ……か……」

 ヒューッ、ヒューッ、と、彼の喉から苦しそうな呼吸音が聞こえる。吐き出した血のせいで口元は血で汚れ、真っ青な顔に汗が幾重も伝った。

「まさか動けるとはな……流石は付喪神、天下五剣に名を連ねる『三日月宗近』か。恐れ入ったよ」

 本当に動けるとは思ってもみなかったのだろう。男は驚愕と恐れを綯交ぜにしたかのような表情を見せた後、すぐさま道化のような笑みを浮かべる。

「だが、やはり思うようには動かないようだな。まぁ、お前もそれは重々承知の上だろうが」
「はあ……うッ、」
「三日月、無理しないでッ!」

 地面に突き立てた刀を支えにしなければ、立つどころか両膝を立てることすら困難な様子なのだ。息も荒く、今にも死んでしまいそうな彼に「助けてくれ」だなんて口が裂けても言えない。なのに彼は常にない乱暴な動作で口元を拭うと、自身を持つ手に力を籠め、立ち上がろうとする。

「ほぉ……面白い。自分がどうなるか分かっているうえで、この私に歯向かうというのか?」
「そう、だな……貴様がかけた術のせいで、思うように動かなんだが……それでも……」

 震える足で立ち上がった三日月は地面から刀身を引き抜くと、いつもより好戦的な瞳を輝かせながら自身を構える。

「“守るべき者”がいる限り、立ち上がるさ。例え、この身が砕けようともな」
「三日月……」

 立ち上がってくれた三日月だけど、あの男に勝てるはずがない。何せ力の差がありすぎる。三日月はうちの本丸で一番練度の低い刀だ。元々の性能はよくても、あちらの三日月はあの男が『最高傑作』と呼ぶほどの実力を有している。勝ち目はない。でも、例えこれが三日月にとって『敗北イベント』なのだとしても、私はそれを素直に受け入れることは出来ない。
 足掻きたい。何を犠牲にしても。こんなに傷ついた三日月に戦わせるぐらいなら、私にも何か力があればよかったのに。どうして私は何も出来ないんだろう。今まで私は何をしてきたんだろう。皆に甘えて、守られているばかりの私。剣を握ったことがないから。と言い訳して、敵から逃げた挙句がこの様だ。逃げたくないのに、実力が伴っていない。悔しくてしょうがない。私は、自分の『宝物』を守る力もないのか。
 地面に爪を立てる私を男から隠すように、三日月が動く。

「はあッ!!」
「ぐっ! 流石三日月宗近か……死にかけでも、よく動く……!」

 刀同士がぶつかり合う。まるで火花が散るかの如く激しい打ち合いだ。ボロボロになっても三日月は決して引かず、相手に打ち込んでいる。だけど、明らかに彼の刀身が欠け始めている。

「はあッ……はあッ……!」
「まさかここまで動けるとはな。思ってもみなかったよ。実に面白い」
「相変わらず、不愉快な男だ……貴様は……」

 パラパラと構えた刀身から欠けた破片が落ちてくる。三日月の体は刀身含めて既にボロボロだ。衣服には血が滲み、両手足も体を支えきれないのか震えている。それでも三日月は自身を構え、相手を睨みつけている。

「とはいえ、もう限界だろう。私が貴様に刻み付けた数多の“呪い”が、貴様の体を外からも内からも蝕んでいるはず……本当ならさっさと鉄くずになって眠りたいだろう?」
「ははっ、そうだな……本当に憎らしい身だ……貴様の術を何一つ跳ね返すことが出来ないというのは、屈辱で仕方ない」
「呪い……? 術……?」

 呆然と二人を見上げる私に、男がふと笑う。

「ああ……あなたは霊力が低いですからねぇ……見えないのでしょう。では代わりに説明して差し上げます。私は彼の刀身に数多の術……その身を縛る“呪い”を何重にも掛けているんですよ」
「刀身に? どうやって……」

 三日月のボロボロになった刀身にどうやって呪いをかけたのか。必死に目を凝らして見つめていると、うすぼんやりとだが何かの文字が見えてくる。

「何、簡単ですよ。ただ“彫った”んですよ。その身に直接ね」
「彫ったって……」

 完成された刀に新たに傷をつけたというのだろうか。それとも本当に文字通り“彫りこんだ”のか。分からず目を凝らしていると、男が一枚の札を出す。

「そんなに興味があるのでしたら、見せてあげましょう。御覧なさい。これがあなたの『三日月宗近』の真の姿です」
「な、何を……!」

 ヒュッ、と風を切る音が耳に届くほどの素早さで男の手元から一枚の札が投げ飛ばされる。それを三日月が斬り捨てた途端、私の目が急激に痛みだす。

「いっ……!!」
「主ッ!」
「ははっ、そう焦ることはない。時期に馴染む」

 男の言う通り、痛みは徐々に引いてくる。最初は失明でもしたのかと思ったが、それは違ったようだ。

「ほぉら。よく見えるでしょう? それがあなたが大事に抱えていた『三日月宗近』の本来の姿ですよ」
「……うそ……」

 男が指示した先、立っていた三日月の体には幾重にも鎖が巻かれ、地面に繋がれていた。

「……な、んで……どうして……」
「まだですよ。もっとよく御覧なさい。その刀身を。その体中を。刻まれた“呪”に苦しむ哀れな刀を、その目に焼き付けなさい」
「悪趣味な……!」

 憤る三日月の体に、今度こそはっきりと写るものがある。何と書かれているかは濁って読めないが、その刀身にも、与えられた体にも、幾つもの言葉が刻まれ、そこからじわじわと血が滲んでいた。

「昨夜あなたの元に放った一匹の“蜘蛛”を覚えていらっしゃいますか?」
「蜘蛛……あの、元は『刀』だった子……?」
「おや。アレが元は刀だったとよく気づきましたね。素晴らしい! あの蜘蛛は『蟲毒』という呪術の一種で作り上げた特殊なものです。蟲毒にもいろいろありましてね。三日月の刀身にも“蟲毒”で作り上げた“血”を使って文字を刻み、一つの“呪い”として完成させているんです」
「三日月の体に……?」

 未だに整わない呼吸を繰り返す三日月の刀身に、びっしりと刻まれた文字。その一つ一つはとても小さく、またヒビが入っているため読み取ることは出来ない。だが三日月の肉体に浮かぶ文字は刀身に刻まれたものと同じなのだろう。そこからは血が滲んでおり、相手を“縛るための呪文”が書かれているようだった。

「その体に巻き付く鎖もそうですよ。彼の力を制御するためのものです。非常に効き目が高くて助かっていますよ、私はね」
「小賢しい男だ……本当に」
「お褒めに与かり光栄です」
「で、でも、どうして三日月の体にこんなこと……!」

 彼らは千年も生きている神様だ。そんな簡単に誰かに縛られるような存在には思えないのだが、男は顎に手を当て暫し考える。

「そうですねぇ……まぁ三日月の頑張りを称えてお話しましょうか。私はね、代々伝わる『陰陽師』の家系の生まれなんですよ」
「陰陽師?」
「はい。名前自体はご存知でしょう? 平安の頃より朝廷に仕え、学問や占術に長けていたとされるあの“陰陽師”の一族です」

 陰陽師は平安時代を舞台にした物語でよく見る存在だ。今は何かこう、ファンタジーな一面が強く押し出されているけど、元々は占い師だとか学問に秀でた人がいたとか、そんなだったはず。私自身詳しくは知らないけど、昔流行ったことがあるから小耳に挟んだことがある。小説や漫画なんかにもなっていたし、詳しい人は詳しいだろう。だけどそんな家系がまだ残っていたとは思わなかった。

「一口に“陰陽師”と言っても分野は様々です。星を読むのが得意な人もいれば、悪鬼羅刹を退治するのが得意な人もいます。“安倍晴明”なんかが有名ですね。ご存知ですか?」
「名前ぐらいは……」
「よろしい。彼はとても優れた陰陽師でした。遅れ咲きでしたけどね。悪鬼羅刹が信じられていた時代、陰陽師とは非常に価値のある存在でした。天皇から重宝されるぐらいには。とはいえ、何も表舞台だけが彼らの島ではありません。表があれば裏があるというもの……。人を救うのが表の姿ならば、人を殺すのが裏の姿。私の一族はそうした“裏舞台”で活躍していた一族なのです」
「ようは“暗殺者”、ってこと?」
「響きが美しくはありませんが、まぁそれでも良いでしょう。今は衰退した一族ですから。肩書やジャンルなど気にしてもしょうがないですしね」

 政権争いはいつの時代でもあるものだ。天皇が力を持っていた時も、武家の時代でも同じこと。あまり歴史は得意ではなかったが、当時の記憶を引っ張り出しながら男の話に着いて行く。

「私の実家には多くの呪術に関する知識が貯蔵されています。門外不出としてね。とはいえ、それらをまともに扱うことが出来る人間は殆ど残っておりません。この“私”を除いては、ね」
「私を除いては、ってことは……ご家族や他の人は使えないの?」
「はい。祖父だけは少々使えたみたいですが、それも僅かなもの……“先祖返り”という言葉をご存知ですか? 私はまさにそれでね。誰もが使えなかった“術”を、私は全て使うことが出来る。まさしく“天才”! それが、私なのです」

 先祖返りと言えば、ご先祖様の能力だったり遺伝子だったりが突然発症することだった気がするけど……本当にそんなことがあるというのか。私には想像のつかない世界だけど、もし
そうだとしてもこの男、ただ悪戯に術を行使していたわけではないのだろう。『天才』なんて自分では言っているけど、きっと何度も術を使って練習してきたに違いない。そうでないと、こんなにも躊躇なく色んなことが出来るはずがないのだ。それにさっきも“実験”と言っていたし……過去の術に縋るだけでなく、自分からも研究しているのかもしれない。胸糞悪い話だが。

「じゃあその残されていた術を使って、私たちをこんな目に合わせたってこと?」
「その通り。我が一族が陰ながら残してきた秘術たちを使ってね。まぁ『人を呪わば穴二つ』なんて言いますけど、ようは破られないだけの力をつければ良いだけのこと。呪い返しにさえ合わなければ大抵のことは恐ろしくなどありませんから。何事も経験と反復ですね。勉強やスポーツと一緒ですよ」

 三日月の刀身に彫られた幾つもの文字。きっとそれは一つの術だけではない。幾つも掛けているから小さな文字で刻まれているんだ。立っているのがやっとの三日月が先程まで姿を保てなかったのも、そこに理由があるのだろう。

「三日月には幾つかの術を掛けています。大概が能力封じなのですが……いやぁ、驚きました。まさか抗ってくるとは。まぁ、完全には呪い返しが出来ていませんが、動けるほど抗うには相当な根気と生命力がいります。『身を削ってまで抗う必要なし』と言わんばかりに頭を下げていたあの“三日月宗近”が、そんな小娘を守るためだけによくぞそこまで……想定外です。素直に驚きました。何故そこまでする必要が? もう殆ど力も記憶も残っていないでしょうに」
「記憶?」

 男の口からもたらされた新たな情報に三日月を見上げれば、彼はぐっと唇を噛みしめる。そんな三日月を嗤うかのように男は尚も“種明かし”を続ける。

「不思議だとは思いませんでしたか? 度重なる“怪異”。刀剣男士が助けてくれたものの、それもすぐに、とはいかなかったでしょう?」
「それは……そうだけど……」

 確かに怪異に巻き込まれ、自力で戻ってこれたことは数少ない。というより、最初に悪夢を見て魘された二日間だけだ。それ以外は全て刀たちの助けがあったからこそ戻ってこれた。あの棄てられた本丸の時も、昨日の森でも。そういえば、私が消えた後皆どうやって私を探し出したのだろう? 聞いたことがなかった。

「三日月には幾つか“結界”の張り方を教えていました。とはいえ、何事も術を発動させるには何かを消費しなければいけません。対価、と言えば分かりやすいですかね。ただ霊力を消費させれば周囲に気づかれる可能性が高くなります。大典太光世などは特に霊力を読むことに長けていますから。それに三日月の霊力は勿論のこと、私の霊力を使えばあなたと違う力を察知して警戒されてしまいます。そこで三日月に教えたのが『自身の記憶を対価に発動させる結界』です」
「記憶を対価にって……そんなこと出来るの?」
「はい。出来ますよ。ただ記憶を対価にする場合はとてつもなく永い、膨大な量の記憶が必要となります。普通の人間なら無理ですね。廃人になります。ですが三日月宗近は違う。彼は曲がりなりにも『神』。そして千年を生きる刀です。記憶など、一度や二度では消費しきれないほどありましょう。ですから彼にはうってつけの方法だったのです」
「そんな……じゃあ、今の三日月は……?」

 見上げた先、三日月は苦しそうに表情を歪めたままだ。そしてその瞳が僅かにだが、切なく揺れる。

「千年も生きた刀ですが、何度も結界を使えばもう殆ど記憶も残っていないでしょう。それこそ、かつて共にいたとされる“骨喰藤四郎”のようにね」
「三日月……」

 私の声に何を思ったのだろう。三日月は噛みしめていた唇を開くと、構えていた刀を一度下し、私を見つめる。その瞳は体の芯から感情を揺さぶられるような、悲しく切ない色を浮かべていた。

「すまんな、主……俺に奴に抗うだけの力があれば、こうはならなかっただろうに……」
「違う、三日月さんのせいじゃないよ」
「いや、それこそ違う。俺は分かっていて、承知した上でお前をこの男に贄として捧げたのだ」

 今度は男ではなく三日月が語る。本当の“主”と、過去の自分のことを。

「初めにあの男の元に顕現した時のやり取りも殆ど朧げだが、それでも覚えていることは幾つかある。そのうちの一つが『そなたを贄に捧げよ』ということであった。当時、俺にとっての“主”はあの男だった。それに様々な術を掛けられた後で抗う気力もなく、その命令を受け入れるほかなかった。それに俺はまだそなたに出会う前……人が一人死のうが二人死のうが同じこと。何年も繰り返されてきたことだと割り切り、そなたの元へと参じたのだ」

 説明されても分からない。一度顕現した彼を、どうやってうちに顕現させたというのか。信じられない気持ちで「どうやって……」と呟けば、黙っていた男がそれに答える。

「ああ、そういえば説明していませんでしたね。私、使えるのは“呪術”だけではないんです」
「え?」

 男は懐から幾つか札を取り出すと、それを顔に掲げる。すると私が目にしていた“うりざね顔”の男の顔が、見知らぬ男の顔へと変わった。

「な……?!」
「フフッ、驚きましたか? 人間の視覚、脳みそなんて案外適当なものなんですよ? だからこうして簡単に騙されてしまう」
「じゃ、じゃあ、もしかして……」
「気付きましたか? 一番最初の本丸を建てた時も、この新しい本丸を建てた時も、私は立ち会っていました。そして更に言ってしまえば、本丸を顕現させた張本人がこの“私”なのです」

 そう楽し気に言い放ったかと思うと、男は別の札を取り出し掲げる。途端に男の顔は一気に老け、体は縮こまり、六十代前後の『老人』へと姿を変えた。

「この姿では誰も“私”があなたの元担当者だとは気づかないでしょう? 人間は勿論、刀剣男士を騙すことだって容易いこと。それに私はあらゆる“術”を扱うことのできる稀有な人間なのです。ただ“呪う”だけなら三流でも素人でもできます。それ以外の“高度な術”が使えるからこその『天才』。私はあなたの本丸を“新たに”顕現させたのではなく、“過去の私の本丸”を呼び出しただけにすぎません。一度遊びに来てくれたでしょう? あの本丸とこの本丸は、同じ本丸なのですよ」
「で、でも! 一度自分のところの本丸で顕現させたんでしょ?! どうしてうちでもう一度『鍛刀』出来たの?!」

 そう。三日月は私の本丸で『鍛刀』されてきたのだ。彼は一度男の本丸で顕現し、更に幾つもの術を掛けられてからうちに来たという。ドロップしてきたならともかく、鍛刀は違う。顕現した刀をもう一度炉に放ったというのだろうか。分からず問いかける私に、男は「ああ」と手を合わせる。

「難しいことではありません。私にとっては、ですが。まずあなたの本丸と私の本丸の鍛刀場を繋げる“道”を作ります。炉の中にね」
「炉の、中?」
「はい。何度か“点検”と称して来たでしょう? あの時から本格的に始めたんですよ、本丸の改造をね。とはいえ、鍛刀場の“道”自体は以前の本丸を建てた時にすぐに作っていました。それが上手くいくかどうか、私は実験したのです」
「じゃあ、私の本丸に“顕現するはずのない刀たち”って……」

 私の少ない霊力で来るはずのない刀。武田さんにも“可笑しい”と言われていた全ての事柄が、今、明かされる。

「はい。全て“私の本丸”で鍛刀した刀たちばかりです。燭台切を始めとする、太刀全員ね。そして打刀たちも何振りか。とはいえ私の術がかかっている刀は“レア太刀”と呼ばれる刀のみです。燭台切や打刀たちには術を掛けていませんから、正真正銘あなたの元に顕現した刀だと思っていますよ。誰も私の顔など知りません。他の太刀共もね。そこにいる『三日月宗近』以外、皆あなたの刀であると信じています」
「そんな……でも、私の力で顕現したわけじゃないなら、霊力の違いで気づくんじゃ……」

 大典太が特に読みとる力が強いが、皆それなりに互いの霊力を読み取ることが出来る。宗三に言わせれば私の少ない霊力だって辿ることだって出来るらしい。そんな彼らの中に混じっていたなら、明らかに違う霊力を持つ者がいると報告が来たはず。だけど皆今日まで何事もなく過ごしてきた。まさかこれにも仕掛けがあるというのだろうか。

「簡単なことですよ。炉には様々な仕掛けを作っています。そうですね。順を追って説明いたしましょう。まず初めに、炉の仕掛けについてです。まぁ『仕掛け』と言えど構想は至って簡単。あなたの霊力では足りない部分を私の本丸に蓄えていた力で補う、というものです。私の“過去”の本丸と同じなわけですから、言ってしまえばこの本丸には私とあなた、二人分の霊力が流れていることになります。そして私は『天才』ですから、炉だけでなく本丸中、そしてゲートにも二人分の霊力が混ざっていても気づかないよう術を仕掛けました。簡単に言えば“境界線が分からなくなる術”ですかね。ハッキリと違うものが一つのものとして存在している錯覚を抱くのです。刀たちが直接あなたの霊力に触れれば別ですが、そんなことそうそうしませんから。大概の刀は気づきません」
「そ、それじゃあ……」
「武田や柊の刀でも同じこと。“ゲート”を潜った時点で罠の餌食です。そして本丸中にも同じ術が施されています。目に見えない場所にね。ですから武田の刀であろうと気づくことが出来なかったのです。何せ、彼らより私の方が霊力も実力も優れているわけですから。弱者は強者に敵わないのです。まさに真理ですね」

 全く気付かなかった。この本丸にそんな仕掛けがされていただなんて。しかもそれが鍛刀場だけでなく本丸全体、更にはゲートにまで及んでいるなんて……。でも幾ら“先祖返り”と呼ばれる存在でも、沢山の刀たちを騙せる実力をどうやって築いたのか。それとも始めから霊力がものすごく高かったとか? いや、そんな馬鹿な……。だって少なくとも彼は“人”だぞ? 人が神様と同格、あるいはそれ以上の存在になれるなんて……どんなに考えても答えは出ない。ならば聞くしかない。例えどんなに恐ろしい答えが待っていようとも。

「じゃ、じゃあ一つ質問なんだけど……」
「良いでしょう。何ですか?」
「神様を騙すって、相当な力がないと出来ないと思うんだけど……あなた、どうやって“神様以上”の力を手に入れたの?」

 本当は「神様より凄い」だなんて言いたくはなかったけど、他に言葉が見つからなかった。それに実際多くの人が、刀が、この男の掌の上で転がされていたのだ。半分は間違っていないだろう。
 だが私の質問に何を思ったのか、男は先程までとは違い、卑しい笑みではなく“心から”とも称せるような笑みを顔いっぱいに浮かべた。とんでもなく、おぞましい言葉を吐き出しながら。

「簡単なことですよ。ただ“喰った”。それだけです」
「く、った……? 何、を……?」

 私は聞くべきではなかったのだろう。でも、どうしても聞かずにはいられなかった。全身が鳥肌を立てる。本能が、全身を巡る血が、聞いてはいけないと騒ぎ出す。それでも、私は聞いてしまった。全てを、知らなければいけないと思って。


「刀剣男士ですよ。私は、彼らを“喰べた”んです。文字通りね」

 目の前がグラブラと、揺れた――。


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