小説
- ナノ -





 政府の男に『一時的に本丸を閉鎖する。その間お前たちは俺の本丸で管理することになった』と告げられてから早数日。ようやく『武田』と名乗る男の本丸や刀たちに慣れたところで、俺は初期刀である陸奥守を呼び出していた。

「突然すまないな」
「構わん。わしも話したいことがあったきの」
「そうか」

 本丸の一室ではなく、そこから離れた場所にある――所謂『離れ』と呼ばれる小さな建物へと陸奥守を連れて行く。そこには既にもう一振り刀が座っており、小さな短刀は吊り目がちの目をちらりと寄越した。

「陸奥守さん、大典太さん。皆が探し出す前に話を終えよう」
「そうじゃな」
「ああ」

 この二振りに話したいことがある。と呼び出したのは俺だ。現在俺たちの主は現世の『病院』と呼ばれる場所で養生しているらしい。武田の言によると意識は回復したらしいが、暫くこちらには戻ってこれないという。なので彼女がいない間に話を済ませる必要があった。

「こんなことを言うのは正直憚られるのだが……俺は、どうしても疑問に思っていることがある」

 夜半、主を襲った黒い影。そして数日前に我が本丸で髭切が切った黒い影。アレは決して同じものではなかったが、放った術者は同じだろう。夢の中で主を襲った影は俺や小夜左文字でも対処することが出来た。だが今回の件は別だ。俺達では見つけることが出来なかっただろう。何せ別々の空間を無理矢理繋ぎ合わせていたのだ。しかもそれを悟られぬよう巧みに隠していた。その霊力も、痕跡も。あらゆる面が桁違いで厄介な相手なのだ。報告してきた山姥切の言葉で確信した。
 そして悔しいが、一時的に保管されている俺達とは違いこの本丸にいる刀は皆『最高練度』に達している。俺と同じ『大典太光世』もいるが、彼との力の差は歴然としていた。同じ刀だというのに、俺は弱い。主である彼女を守ることが出来なかった。本当に、情けない。

「まずは主が夢で襲われていた怪異の件だ。あの時陸奥守と長谷部は『主の部屋に行くことが出来なかった』と言ったな?」
「ああ。どういうわけか入れざった」
「これは憶測に過ぎないが、あの時お前たちがいた廊下と主の部屋は分断されていたんじゃないのか? 俺達の力では及ばぬほどの力で作られた“結界”によって」

 陸奥守と小夜の目が大きく開かれる。あの時あの場所には長谷部もいたが、今回彼は呼んでいない。何故かというと、彼は今本丸内の清掃に励んでいるからだ。世話になっている分何か働かないと。と思っているらしい。ダラダラしていては主の顔に泥を塗ると考えているのだろう。律儀で働き者である彼らしい考えだった。
 そんな彼を除け者にするつもりはなかったが、確信が持てない以上無駄に話を拡げるのは如何なものかと思ったのだ。陸奥守も小夜も互いに顔を見合わせた後、小夜が小さな口を開く。

「でも、僕はあの時廊下を抜けて主の部屋に行くことが出来ました。結界が張られていたのであれば、僕は通れなかったと思うんですが……」
「小夜左文字が通った時にはまだ完成していなかったんだろう。その後すぐさま陸奥守と長谷部が部屋を飛び出したらしいが、その時には完成していた。だからお前たちは通ることが出来なかった」
「成程にゃあ。そがな考えもあるがか」
「あくまで憶測だがな。だが可能性は高いだろう」

 顎に手を当て、唸る陸奥守と瞠目する小夜左文字。その背後にある扉が突如開いた。

「その話、俺にも聞かせてもらおうか」
「! 長谷部……掃除中じゃなかったのか?」
「ああ。離れの掃除をしてくる。と言って出てきたからな。問題あるまい」

 どうやら彼は俺と陸奥守がこちらに歩いていく姿を目にしたらしい。そこで何かあるな。と察知した彼は武田の所にいる『蜻蛉切』に『庭の清掃』から『離れの清掃』に移ることを告げ、ここに来たのだという。
 彼も当事者だ。話しておくことに異論はない。小夜の隣に彼が座ったところで、改めて話を続けた。

「あの夜主の部屋にいたのは、俺と小夜左文字、陸奥守と長谷部、宗三左文字と三日月宗近の六振りだ」
「ああ」
「その中でも宗三は偶然通りがかっただけに過ぎないが、三日月宗近は陸奥守と同室であり、そこには長谷部もいた」
「ああ。俺は昼間主の異変を目にしていたからな。それが気になって陸奥守と共に待機していた」
「怪異を倒した後、皆が主にそれぞれのことを説明する中、一つ疑問に思ったことがある」

 小夜は陸奥守から『主を頼む』と言われていたから夜遅くまで起き、主の部屋の近くで待機していた。陸奥守と長谷部は主の異変に気付き、主と部屋が近い陸奥守と三日月の部屋で共に待機していた。宗三は弟の小夜左文字がいつまで経っても戻らないことを疑問に思い、起きて本丸内を探し回っていた。
 だが三日月宗近は、何と説明していた?

「あいつは『深く寝入らず目だけ閉じていた』と説明していた。長谷部が来たことも、小夜が部屋の前を駆けて行ったことも、その後二人が飛び出して行ったことも全て知っていた。それなのに何故か時間を空けてから二人の元に来た。『何かあったのか』とな。普通なら長谷部と陸奥守が部屋から飛び出した時点で不思議に思わないか?」
「確かに妙だな」

 一瞬だが寝ていた。と言われたらそれまでだが、三日月は確かに『深く寝入らず目だけ閉じていた』『誰かが部屋の前を横切り、二人が飛び出していった』と口にした。だが二人が廊下で見えない壁に阻まれていてもすぐには現れず、宗三が来る少し前に現れた。この間三日月宗近は一体何をしていたのか。
 仲間を疑いたくなどないが、どうしても不思議に思ってしまう。

「あの時俺と陸奥守はそれぞれ声を上げていた。それも結構な音量でだ」
「なりふり構うていられざったきな」
「ああ。見えない壁を破壊しようと、蹴ったり殴ったり、自身で斬りつけたりもしたしな」

 二人はどうにかして主の元に行こうとあらゆる手を使ったらしい。だが何をしても壁は壊れなかった。その壁が壊れたのは俺が黒く濁った水晶を壊した後だ。だがあの水晶に、もしくはあの影に結界を張るだけの力があったとでも? だが俺には、とてもじゃないがあの怪異にそんなことが出来るとは思えなかった。俺と小夜の二人掛かりであったとはいえ、先日の件に比べ怪異の力は弱かった。そんな相手が俺と小夜の練度を足した時より勝る、陸奥守と長谷部の練度に敵うわけがないのだ。
 だがそれで言うなら三日月宗近もそうだ。彼の練度は俺達より低い。だが結界の力は“練度”ではなく“霊力”とその術者の“技術力”の方が必要だ。霊力だけで言うならば三日月宗近は俺と同等か、あるいは向こうが少し秀でている。ならばこの二人が敵わないのも無理はない。

「……仲間を疑う俺を、軽蔑するか」

 この話をするかしないか、正直かなり悩んだ。だが俺は、あの時主の危険を察知することが出来なかった。本丸内から主の霊力が消えた時、俺は髭切と膝丸を置いて主の部屋を飛び出した。近場の部屋を覗けど姿は見えず、いつもこの身に感じていた彼女の霊力が一切感じられなかった。嫌な汗が体中から吹き出してきた。皆がいる大広間に向かう最中、反対方向から小夜左文字が駆けてきた。その顔は蒼白に近く、やはり彼も主の霊力が感じられなくなったことに焦ったのだろう。
 俺たちは自分たちの本丸の中で、守るべき人を守ることが出来なかったのだ。

 それが何よりも悔しく、それ以上に何もできなかった自分が情けなくて仕方なかった。

 考えたくはないが、主を探している間にふと頭をよぎったのだ。今回も彼女は、彼女の周り、あるいはあの別本丸への入り口は、誰かが張った“結界”によって隠されていたのではないのかと。そしてそれを仕掛け、また解除した者が本丸内にいるのではないのかと。そう、思ってしまった。

「三日月宗近に結界が張れる技術があるのかどうかは知らない。だがそれでも、俺はあいつに対して“気味の悪さ”を覚えた。それが妙に引っかかってな……今でも信用することが出来ないでいる」

 俯く俺に三人は暫く何も答えなかったが、真っ先に口を開いたのは陸奥守だった。

「大典太、そがぁに自分を責めんでええ。腹割って話してくれたき、感謝しちゅう」
「ああ。確かに主の前では話せん内容ではあるが、可能性は常に考えておくべきだろう。主を裏切るなど万死に値するが、考慮すべき点ではあるな」

 陸奥守に続いて長谷部も頷く。主は二度も死にかけたのだ。どんな考えも否定せずに聞き入れ、吟味する対象だと受け入れるのは主の姿とよく似ている。そして彼女の懐刀である小夜左文字も、同様に頷いてくれた。

「大典太さんと三日月さん、どちらを信用すればいいのかはまだ判断材料が足りないから何とも言えないけど、皆には秘密にしていた方がいいよね。主が聞いたら、きっと悲しむから」

 どこから情報が洩れるか分からない。俺が三日月を疑っていることも、結界を張れる術者が近くにいるかもしれないことも。そして言ってしまえば、俺達は誰もが疑いの対象になるのだ。俺も、三日月も。霊力が高ければ高い程疑われる。特に古くから存在する刀はこの手の事にも詳しい分、余計にそう思われるだろう。俺はそんなことをしていないと言い切れるが、他人からすれば分からないのだ。
 俺が嘘をついているかもしれない。そう思われても無理はないと、俺自身もよく分かっている。

「だが大典太の言うとおり、結界という線はあるだろうな。それもかなり強力な。……武田という男は、その点について何か知っていたりするのだろうか」

 武田は政府の男だ。あらゆる情報を手に入れることが出来る男は、小夜曰く俺たちの主を『補佐』する立場らしい。現に今も原因解明に向けて色々と調べまわっている最中らしく、この本丸にいる刀に聞けばあの男が誰かのために色々と動き回るのは日常茶飯事なのだと言っていた。だから悪い男ではないのだろう。現にあの男の寄越した刀のおかげで主は助かったのだ。感謝すれど、疑う気にはなれない。

「聞いてみる価値はあるかもしれない。僕は武田さんは信頼できる人だと思う」
「そうだな。いつ戻ってくるかは分からんが、顔を合わせた時にそれとなく聞いてみよう」

 頷く長谷部と小夜に続き、陸奥守も賛成する。とりあえず俺は自分の中に巣食うモヤモヤとした感情を言葉にすることが出来た。それを受け入れてもらえるかは別問題だが、この三人だけは絶対に主を裏切らないだろう。と断言できる。だからこそ俺も腹を割って話すことが出来た。

「今は主を陥れようとした不届き者をあぶりだすために必要な情報を集めるとしよう。何もしていないと落ち着かないしな」
「そうだね。出陣もないし」
「ただ今は出来ることが限られゆう。出来ること言うたら“三日月を一人にせん”ことだけやき」

 どうやら陸奥守は俺の言うことを信用してくれたらしい。長谷部も小夜も判断材料が欲しいのか、俺たちはそれぞれ交代で三日月を見張ることにしよう。と話を決めた。

「あいつが白か黒かはその後判断しよう。今は少しでも情報が欲しい。例えそれが仲間を疑うものであったとしても、だ」
「背に腹は代えられないしね」
「じゃあ解散するかの。あんまり遅いと皆が心配するき」

 朗らかに笑う陸奥守に倣い、俺達はそれぞれ離れを後にする。去り際に陸奥守から「ありがとう」と言われて首を傾けたが、きっと話しにくい内容を隠さずに話したことに対する感謝なのだろうと思い、ただ頷くだけに留めた。

 この時陸奥守がどんな顔をし、どんな目をしていたのか。よく見ていなかったことを、後々俺は後悔することになる。



prev / next


[ back to top ]