小説
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彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野(仮名)、ただ今入院中です。


『私の刀たち』


 別の本丸から飛ばされ、変な“呪い”とやらを貰ってきたのが数日前。私は知らぬ間に気を失っていたらしく、目が覚めたら見知らぬ天井を見上げていた。

「……あれ……」

 どこだここ、と続けたかったが、喉が引き攣って言葉にならず咳き込む。すかさず手を差し伸べてくれたのは、涼しげな目元が印象的な美しい女性だった。

「水野さん、大丈夫ですか? お目覚めになったばかりですから、無理は禁物です」
「ゴホゴホッ! す、みませ、ゴホッ、……ありがとうございます……え、っと……」

 コップに注がれた水を受け取り、一度喉を潤してから尋ねる。私を支え、助けてくれたのは初めて目にする人だった。一言で表すならば『絵に描いたようなキャリアウーマン風の女性』だ。
 髪は落ち着いた亜麻色で、後ろでお団子にしてスッキリとまとめ上げている。濃いグレーのスーツから覗くワイシャツは白いシンプルなものだが、清潔感があり、シャープな顔付きに涼しげなキャットアイは知的さやクールさが感じられる。まるでモデルさんみたいだなぁ。と思った。
 そんな彼女は私が落ち着くと一度体を離し、上着のポケットから名刺入れを取り出した。

「私、武田の部下で“柊”と申します」
「あ、どうも。水野です。あ、本名は違うんですけど……」
「存じております」

 水野、とは偽名だ。審神者就任時に幾つかサインした書類の中に登録票もあったわけだが、その時に『本名は決して口にしないように』と明記されていたのだ。本名は“真名”と呼ばれ、神様にバレてはいけないものらしい。なので『偽名を登録してください』と説明され、私はその日履いていた靴のメーカーから取った。もしこの日に履いていた靴がアデ●ダスとかコン●ースとかだったら悩んでいただろうな。
 柊さんは浮かせた腰を元に戻すと、私のすぐ後ろ、窓際に置かれていた一振りの刀を呼ぶ。

「大典太光世、お疲れ様です」
「え」

 柊さんの視線を辿るようにして首を巡らせれば、窓際に置かれた一振りの刀――大典太光世は刀の姿から人の姿へと形を変える。

「もう良いのか」
「はい。水野さんの意識も戻りましたし、もう怪異が襲ってくる気配はないのでしょう?」
「ああ。夢の中や夜半に襲ってくる気配はなかった。今の所安全だろう」

 どうやら彼は私の本丸に顕現した大典太光世ではないみたいだ。この感じからすると柊さんも審神者で、彼女の刀なのだろう。ピクリとも表情を変えない一人と一振りの間に挟まれ縮こまっていると、大典太光世がじっとりとした瞳を向けてくる。が、すぐに柊さんへと視線を戻す。

「あんたの上司が祓ったとはいえ、油断しない方がいい。この女は何度も襲われているんだ。確実に狙われているだろう」
「御忠告感謝します。その件については私からお話しします。あなたも疲れているでしょうから、本丸に戻ってお休みください」
「……分かった」

 言葉少なに頷くと、大典太は振り返ることなく病室から去って行く。余所余所しくも見える淡泊なやり取りに呆気にとられていると、柊さんは一つ咳払いした。

「御見苦しい所をお見せしました」
「え。あ、い、いえ! 全然、そんな……! なんか、ちゃんと『主従関係』が出来上がっているんだなぁ。と思いまして……」

 私の所は何というか、皆が許してくれているからだいぶフレンドリーだ。大典太も口数は多くないが思いやりがあるし、顕現した頃に比べて私との距離を感じなくなっている。それに対し柊さんと彼女の本丸の大典太は互いを見る目は信頼し合っていたが、会話だけ聞くとかなり事務的であった。
 まぁ本丸の数だけ違いはあるし、気にしたところでしょうがないんだけど。私の感想に柊さんは首を傾け、それからすぐに軽く頷いた。

「そうですね。私も政府の仕事と審神者の仕事を兼業しておりますが、基本的には週休二日制を取っていますし、報連相も欠かさず行わせていますから」
「しゅ、週休二日制」
「はい。企業だろうと本丸だろうと、労働基準法は守らなければいけませんから」

 流石公務員。しっかりしていらっしゃる。
 審神者業だけでなく政府の関係者としても業務を行っているのだから当然休みは必要だ。だけど本丸が家と職場でもある私からしてみれば、本丸での『週休二日制』は何とも妙な気持ちにさせた。いやまぁ、他人の本丸事情に口出しするつもりは毛頭ないのだけれども。

「早速ですが、水野さん。本題に移させて頂きます」
「あ、はい」
「まずは水野さんの足の痣についてですが、武田の言によりますと“お祓い”自体は成功した。とのことです」

 何か含みのある言い方だな。と思いつつ軽く上掛けを捲れば、私の足首にはハッキリとした薄紫色の痣が出来ていた。
 うわぁ……も●●け姫のア●タカかよ……と思わなくもないレベルの痕だった。だいぶ気持ち悪い。
 軽いショックを受けている中、柊さんは構わず報告を続ける。

「痣が残っていることからも分かりますが、水野さんに掛けられた“呪い”については未だ不明な点が多いです。検査を受けたはずの本丸に何故あのような“空間の割れ目”があったのか。そして何故水野さんだけが捕われたのか。お渡しした測定機もそうですが、このような件は異例で類を見ません。勿論水野さんの本丸だけでなく余所でも特異なことは様々起きてはいますが、同じ本丸で、同一の人物がここまで多くの被害を被っているのは初めてです。今までの報告書や検査結果を見ても不可思議な点はありません。こちらの調査不足もありますが、まずは水野さんご自身に何か心当たりはないでしょうか?」

 淡々と告げられた報告に目を白黒させる暇もなく、私はただ「うーん」と悩む。
 生まれてこのかた誰かに恨まれるような生き方をしてきたつもりはない。イジメたりイジメられたりなんてこともなく(そりゃあ多少幼さ故の悪さをした時期はあったけども)非行に走ったり犯罪に手を染めるようなことはなかった。友人関係も「広く浅く」よりかは「狭く深く」なタイプなので知人は多くないし、親や兄弟とも関係は良好だ。余所の審神者と問題を起こしたこともないし(多分)、刀ともそれなりにいい関係でいると思うのだが……。
 考えても何も出てこない様子の私に、柊さんは無表情のままに頷いた。

「水野さんご自身にも心当たりはないようですね」
「すみません……」
「いいえ。今はご自身の体調が一番大事ですから。こちらの方でも引き続き調査を続けます」

 そう言って立ち上がろうとする柊さんに、私は慌てて問いかける。

「あ、あの、質問してもよろしいですか?」
「はい。何でしょう」
「その、ここはどこで、私の刀は今どうなっているんでしょう?」
「ああ、すみません。先を急いでいて、その辺りについて説明していませんでしたね」

 柊さんはしっかりしているようでウッカリさんなのか、それとも仕事以外の事に関しては無頓着なのか。良く分からないが、彼女は嫌がることなく私の質問に答えてくれた。

「現在水野さんがいるのは特別病棟です。特別、と言っても一般の患者も勿論います。ただその半数以上は審神者なんです」

 どのくらいの規模の病院かは分からないが、全国津々浦々。様々な事件や怪異に巻き込まれ、負傷した審神者を一時的に避難させるための施設だと言う。そのため刀の顕現も施設内では可能であり、中には近侍や初期刀を連れている審神者もいるらしい。

「水野さんの本丸に顕現した刀は現在武田の本丸にて管理しております。あのようなことがあった以上、あの本丸は閉鎖する必要があります」
「へ、閉鎖?」
「はい。一度空間ごと解体し、浄化した後に再度点検し、問題がなければ再度本丸として使用を開始する。といった感じですね」

 自分が体験しておいてなんだが、やっぱりあの時別本丸に移動させられたのは可笑しなことらしい。柊さんに尋ねてみれば、他の本丸でもそれなりに『怪異』だの『不思議現象』などは起こっているという。ただ突然別本丸に飛ばされただけでなく、強力な“呪い”を掛けられたのは私だけだと言う。大変不名誉なことである。

「武田の本丸にいる刀は全て最高練度に達しておりますので、ご心配は不要かと」
「そ、それは凄いですね」
「いえ。武田も私もこの戦争が始まってからずっと審神者を務めておりますから。この病院内では私の刀が見回りと護衛を致します。水野さんには暫くご不便をおかけするとは思いますが、ご了承ください」
「え。私の刀じゃダメなんですか?」

 柊さんの刀たちも武田さんの所同様、皆最高練度に達しているのだろう。だから私の刀より強いことは分かっているが、私にだって頼りになる刀たちがいる。実力は及ばずとも信頼できるのだが。と思ったのだが、柊さんは首を横に振った。

「水野さんがお考えになる以上にこの術者は厄介な相手です。武田の髭切や太郎太刀、石切丸が気配を察知できなかっただけでなく、お祓い自体もかなり時間を要しました。それに水野さんが目覚めるまで二日要しましたが、その間に一度危篤状態に陥りました」
「え?! 危篤?!」

 一度ならず二度も私は死にかけたらしい。いつの間に……。自身の事なのにサッパリ記憶にないことが恐ろしい。いや、確かにしんどかったし苦しかったんだけど、ほぼほぼ記憶にないのだ。誰がどういう話をしていたとか、傍にいたとか。全く覚えていないし聞こえてもいなかった。何となく熱に浮かされていたような、嫌な夢を見たような気はするが、思い出せることは何一つとしてないのだ。
 本当、よく生き延びたものである。

「危篤状態に陥ったのは病院に運ばれる前のことです。石切丸がお祓いを行っている最中、水野さんの命を術者に持って行かれそうになりました。その場にいた髭切、膝丸、太郎太刀、にっかり青江がいたので事なきを得ましたが、水野さんの刀では折られていたでしょう。お気持ちは分かりますが、私たちにはあなたを守る義務があります。どうかご理解ください」

 言い終わると同時に、柊さんは綺麗に腰を折って頭を下げてくる。流石にここまで言われて「私の刀じゃないと嫌です!」とは口が裂けても言えず、私は慌てて「頭を上げてください」と彼女の肩に触れる。

「分かりました。まさかここまで大変なことになっているとは思ってもみなかったので……お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
「いえ、私たちも早急に原因解明に努めますので。暫くの間ご不便かと思いますが、ご協力お願い致します」

 今後は柊さんの刀が交代で私の護衛に着いてくれることになった。先程の大典太光世を始めとし、髭切や膝丸。石切丸や太郎太刀と言った怪異を斬れる刀と、彼らの機動力を補うためにもう一振り。短刀か脇差を一振りつけてツーマンセルで行動させるということだった。その間私の刀たちは武田さんが管理してくれるらしい。彼はこの場にいなかったが、測定機や私の本丸の件であちこち走り回っているらしかったので、今度会った時お礼を言おう。と私は一人になった病室で考えていた。



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