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 夢見が悪いのは昔からだった。自分が死ぬ夢は勿論のこと、巨大な蜘蛛に追いかけられる夢や、蜂から逃げ回る夢。ホラー映画に出てきそうな凶器を持った恐ろしい男から逃げ隠れする夢や、全身の皮を剥がれる夢だって見たことがある。まぁ、夢診断では自分が死ぬ夢は吉兆だと言うし、追いかけられるとか逃げるとか襲われるとかもストレスの表れらしいから、深く悩むこともない。
 それでもこうして立て続けに見ていれば流石にしんどく、何だか寝るのが恐ろしくもあった。だがどんなに悩もうが願おうが夜はやってくる。

 今日の分の報告書を送信した私は、腕に巻いた霊力測定機へと視線を落とす。そこには相変わらずの姿の球体が中心部に出来ており、大きな変化は見当たらなかった。武田さんからも明日の朝変化がなければ外してもいいと言われているので、このまま眠ることにする。
 まさかとは思うが、悪夢を見るのはこの測定機のせいではないだろうな。なんて勘ぐってしまう程には参っているのだ。だってこれを付けるまでは普通に眠れていた。時折妙な夢を見ることはあったが、それもすぐに忘れてしまうようなものばかりだ。だけどここ最近見る夢は正直私の中でも歴代一位に上るような“悪夢の中の悪夢”だった。

「やだなぁ……寝るの」

 仕事をするよりはダラダラしていたいし、眠るのも好きだ。だけどこうも悪夢続きじゃ滅入ってくる。でも眠らないと明日に響くし、陸奥守や長谷部にも心配をかける。それに三日続けて悪夢を見たとはいえ、今日も見るとは限らない。
 とはいえ、布団を敷いたのはいいが眠気は来ない。夕餉は既に済んでおり、広間の灯りは落ちている。各々の部屋には灯りが点いているが、こんな時間に押しかければ今度こそ宗三と大倶利伽羅に大目玉を喰らうだろう。流石に学んだぞ。私は。と思いながらも縁側に出て膝を抱えていると、思わぬ人物が通りかかった。

「……あんた、こんなところで何をしているんだ?」
「え? わっ! お、大典太さん……! あなたこそどうして……!」

 廊下の先に立っていたのは、天下五剣の一振りである大典太光世だった。のっそりとした出で立ちの彼は私に近づくと、ぴくりと何かに反応する。

「……妙な気配がするな。誰かいるのか?」
「え……ま、まっさかぁ。私しかいいませんよ……あははは……」

 別に怪談やら幽霊やらを怖がるようなタイプではない。霊力があっても見えないし、そういった事象に遭遇したことがないからだ。悪夢は見ても金縛りとは縁がないし、ポルターガイストとかも体験したことはない。先の台詞を友人が言ったのであれば「ビビらせようたって無駄だぜ!」と笑い飛ばしたが、大典太が言うとちょっとシャレにならない。
 若干血の気が引いてきた私を尻目に、大典太は私の部屋をじっと見つめていた。

「……おい、あんた」
「は、はい!」

 じろり、とお世辞にも目つきがよろしいとは言えない、三白眼気味の小さな黒目がこちらを見下ろす。そこに感情が宿っているようには見えずちょっとビビるが、大典太は悪い刀ではない。恐れる必要はどこにもないのだと強く言い聞かせながら、私は彼の瞳を見返した。

「……俺を枕元に置くといい。怪異も病も俺を恐れる。その様子だと眠れていないんだろう? 試すだけ試してみろ。悪いようにはしない」
「え……あ、は、はあ……でも、いいんですか?」

 確かに大典太光世はそういった刀だ。病の度に蔵から出され、枕元に置かれた刀。あまりの霊力の高さに小鳥さえ落としてしまったという彼は、訊ねる私に頷いた。

「この本丸に怪異を斬れる刀は俺しかいない。ならばあんたは俺を選ぶべきだ。不満かもしれんがな」
「そ、そんなことないです!! ただ、その……大典太さんも今日は演練に行って疲れているでしょう? それなのに私が枕元に置けばちゃんと休めないんじゃないかな、って……」

 レア太刀は出陣と遠征は控えるよう言われているが、演練には参加させていた。少なくとも経験値は溜まるし、ストレス発散にもなる。なので今日の演練には大典太と鶴丸が行っており、怪我はなくとも疲れているのではないかと思ったのだ。しかし大典太は首を横に振ると「平気だ」と答えた。

「えっと……それじゃあ、お願いします」
「ああ」

 今のところ彼と同室はいない。彼の兄弟刀であるソハヤノツルキもいないし、縁がある刀は前田藤四郎ぐらいだ。だが前田は藤四郎兄弟たちと共に寝起きしているので、時折遊びに行くぐらいであった。そのため彼は同室の刀に許可を取らずとも、部屋を空けたところで問題ないのだ。
 そんなわけで私は彼から渡された本体を枕元に置くと、布団に潜る。

「あの、大典太さんも眠くなったら寝てくださいね?」
「ああ。分かっている」

 本体のすぐ傍で、彼は行儀よく正座する。何だかこうしていると寝づらいなぁ〜。と思わなくもないが、彼のおかげだろうか。先程のような不安感は薄れ、何だか眠くなってくる。
 うん。最近まともに眠れていなかったしな。今日だって十分しか仮眠取れなかったし、やっぱり睡眠は大事だ。もぞもぞと蠢きながら薄眼で大典太さんを見上げると、彼はじっとこちらを見下ろしていた。

「……大典太さん」
「何だ」
「えっと……おやすみなさい」

 彼からの返事は特に期待してはいなかったが、傍にいるのだ。挨拶は基本だろうと思って声を掛ければ、彼から小さな声で「ああ」と返事が来てちょっとだけ驚いた。だが彼は元々コミュニケーションを取るのが苦手なだけで、悪い刀ではないのだ。そう思うと何だか安心して眠れる気がして、私はすぐさま寝落ちてしまった。




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