小説
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 彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野(仮名)。遂に政府から呼び出しを受けました。


『惹』


 うちの本丸に三日月が顕現したことを報告したのは当日の夕方で、政府から返信が来たのが翌日の昼間だった。そこに記載されていたのは『本丸ではなく私の方に異常があるのではないか?』という旨で、検査を受けるべく久しぶりに現世へ戻ることになった。

「わ! あるじさんどうしたの?! 珍しいお洋服着てるー!!」
「所謂『スーツ』と呼ばれる正装ですね? 会議ですか?」
「ああ、うん。ちょっとね」

 現世に戻るだけならまだしも、政府に呼ばれたのだ。流石にシャツにジーンズと言ったラフな格好は出来ない。一応就任時に政府から巫女服を渡されはしたが、着たことはない。いや、厳密にいうと一度着たことはあるのだ。だがまともに動けず大変苦労したので、即お蔵入りとなった。だって巫女服で料理したり掃除したり畑に出るのは本当に大変だったのだ。袖はシャツみたいに捲れないから括らないといけないし、袴だって裾が引っかかって汚れそうだったし。第一履き慣れなくて違和感が凄かったのだ。
 結局すぐにTシャツとジーンズ(またはジャージ)にシフトチェンジした。今では前みたいに本丸内を慌ただしく移動することは減ったけど、やっぱり巫女服に袖を通す気にはなれず演練でもシャツとジーンズで参加していた。
 実際私以外にも私服で訪れている審神者は結構いる。学生であれば学生服が多いし、社会人であればスーツ姿であったり、中には奇抜なファッションをしている人もいる。ゴスロリやV系メイクをしている人もいるし、作業着で来ている人もいた。それに比べれば大人しい方だ。
 というわけで、私はオーソドックスなパンツスーツスタイルで現世へ戻ることにした。

「じゃあ今日主いないんだ。夜には帰ってくるの?」
「うん。何時になるかはちょっと分かんないけど、ちゃんと帰ってくるよ。あんまり遅くなるようだったら現世で泊まって、翌日には戻ってくるから」
「えー。あるじさん夜まで戻ってこないの? ボク寂しいなー」
「おい。あまり主を困らせるんじゃない」

 寂しげな加州と乱に思わず苦笑いが零れるが、すぐさま長谷部がそれを諌めた。長谷部はキッチリしている性格だ。なので彼がいれば本丸内が荒れることはないだろう。というわけで、私は長谷部に仕事を与える。

「長谷部、一つお願いしてもいい?」
「はい! 何なりとお申し付けください」

 やはりじっとするより仕事をするのが好きなのだろう。彼は私の言葉にキラキラと瞳を輝かせる。現代であれば確実に社蓄だな。と思いながらも、私は長谷部に陸奥守とは別のお願いをした。

「本丸内が荒れないように見ててくれる? 内番をさぼる刀がいないかとか、部屋を散らかす刀がいないかとか……。そういう簡単なものなんだけど」

 言ってもうちにいる刀たちは部屋を荒らしたりしない。ゴミが散乱することもないし、後片付けが出来ないということもない。ただ私という『主』がいないことで気が緩んで本丸内が荒れたら困るので、その辺だけを見て欲しかった。
 あまり彼にお願いすべき内容でもないなとは思うのだが、それでも長谷部は快く引き受けてくれた。

「分かりました。この長谷部、必ずや主命を果たして見せます」
「あー、うん。まぁそんなに固く考えなくていいから、皆と仲良くね?」
「はっ。主命とあらば」

 うーん……。ま、いっか。仕事が与えられ満足げな長谷部にこれ以上水を差すのも悪いし。
 なので私は傍にいた小夜に「それじゃあ行こっか」と声をかける。現世で刀を所持していると『銃刀法違反』で御縄につくが、審神者だけは特別に許可が下りている。そもそも政府からも『護衛として最低限一振りは連れてくるように』と言われているのだ。もし警官に職質されたとしても、事前に渡されているIDカードを提示すれば事なきを得る。とはいえ審神者の多くは彼らを本来の『刀』姿ではなく、本丸と同じ『人型』の状態で護衛につかせる。
 だが私は霊力が少ない。そのため現世で彼らを人型として顕現できず、刀に戻ってもらう必要があるのだ。だから脇差や打刀は持ち運びには向かず、短刀しか選べない。少し大きめの鞄の中であれば持ち運べるから。というのが理由だ。一応政府が管理している施設内では審神者の霊力なしに彼らを『人型』として顕現出来るが、外では無理だ。なので施設外で何かあれば困るが、施設内であれば問題ない。小夜は短刀の中で最も練度が高く、皆にも信頼されている。
 本当なら初期刀の陸奥守を選びたいところだが、私の右腕的な存在だし、本丸で最も練度が高いのは彼だ。私が不在の間皆を守って欲しかった。特に三日月なんて顕現したばかりだしな。そんなわけで、私は改めて頼りになる初期刀に顔を向けた。

「それじゃあむっちゃん。私がいない間のことよろしくね」
「おう! 任せちょけ! おんしも気を付けて行くがよ」
「うん。ありがとう」

 輝かんばかりの笑顔を私に向けた陸奥守は、すぐに私の隣に立つ小夜へと視線を向けた。

「小夜。主を頼むぜよ」
「はい」

 言葉少なに頷く小夜ではあるが、この二振りにはちゃんと絆がある。現に陸奥守はそれ以上は何も言わず、ただこっくりと深く頷いただけだった。
 いいよなぁ〜。こういうの。何かさぁ、こう……男たちの友情! みたいなさ。元は刀だけど、やっぱり人に触れてきた分そういうのが自然と出来るのかもしれない。私には縁遠いやり取りを羨みながらも門前にあるゲートを操作し、現世への扉を開く。

「それじゃあ行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい!」

 見送ってくれる皆に手を振り返し、私は小夜を引き連れゲートを潜る。
 因みに今日の出陣はなしだ。その分遠征と内番に振り分けているので、特に大きな怪我をすることはないだろう。軽傷ならともかく、中傷や重傷となれば手入れが必要になる。その手入れは私がいないと行えないので、今日の出陣はなしだ。皆も了承してくれた。聞き訳がよくて助かる。などと頷いている間にも施設へと到着した。本丸からだと施設手前にアクセスできるから便利なのだ。
 私は早速受付に足を運び、名前を伝える。すると受付嬢がすぐに担当者を呼び出してくれた。数カ月に一度行われる会議だとそのまま『何階にある〇〇室へどうぞ』と言われるのだが、今回は違うようだ。大人しく小夜と並んでロビーで待っていると、スーツ姿の大柄な男性と、その男性より少し高い着物姿の男性が近づいてきた。

「よお! あんたが審神者の水野さんか?」
「え。あ、は、はい」
「今日からあんたの担当は俺になった。武田だ。よろしくな」
「あ、どうも。よろしくお願いします」

 以前から私とやり取りをしていた担当の人ではなかったので一瞬戸惑うが、下げている名札にはちゃんと政府関係者であることが明記されている。百五十センチしかない私に比べ彼の背丈は百八十センチはあるだろうか。がっしりとした体つきは威圧感があり、何だか熊みたいだ。スーツも黒いし。だが見た目に反して顔つきはあどけなく、どちらかと言えば童顔寄りだ。話した感じじゃ性格もよさそうだし、悪い人ではなさそうだ。
 以前の担当はひょろりとした長身痩躯な人で、うりざね顔と言うのだろうか? とにかくあまり印象に残らない、ぱっとしない影の薄い人だった。その癖嫌味や余計な一言が多く、あまり好きではなかったのだ。だから彼と会う度小夜は「復讐……」と小声で呟いていたのだが、今回からはなくなりそうだ。
 ちょっと安心。なんて胸を撫で下ろしていると、武田さんの後ろに控えていた男性がゆったりとした動作で会釈した。

「初めまして。私は太郎太刀。彼が私の主であり、護衛兼補佐を言い付かっております。よろしくお願いします」
「うわわわわ……!! は、初めまして。審神者の水野です。よろしくお願いします」

 う、うわぁ〜〜〜!!!! 本物の大太刀だ!!! うちにはいないから改めて思うけど、でっかいなぁ〜〜〜!!! 何センチぐらいあるんだろう? 本当に刀として振るえるのか不安になってしまう大きさだ。マジマジと見つめてしまう私とは対照的に、小夜は至って落ち着いた態度で自己紹介をした。

「僕は小夜左文字。主の護衛として付いてきました。よろしくお願いします」
「おう。しっかし、小夜左文字を護衛として連れてくるなんて珍しいなぁ〜」
「え? そうなんですか?」

 互いの自己紹介が終わったところで、早速と言わんばかりに武田さんが口を開く。彼曰く『小夜左文字』を護衛として連れてくる審神者は少なく、殆どが長谷部か初期刀らしい。

「それに一振りだけ、っていうのも多くねぇな。大体二人か三人は連れてくる」
「はあ……そうなんですか。でも私の所は刀が多くありませんし、皆も特がついたばかりなので……。どちらかと言えば本丸で己を磨いて欲しいですかね」
「はっはっはっ! あんた見た目にそぐわず結構言うな! 気に入ったぜ!」

 ゲラゲラと笑う武田さんは何が気に入ったのか。私にそう言うと背を叩いてくる。が、めっちゃ痛い! 陸奥守もよくしてくるけど、陸奥守はちゃんと手加減してくれるぞ?!?! 困惑する私を小夜が不安げに見上げるが、向こうの太郎太刀は落ち着いている。つまり彼は普段からこういうことをする人ということだ。全く。いくら贅肉が着いていようと打たれ弱いのだ。この脂肪は防御アーマーじゃないからな。と叩かれて痛む背中に顔を顰めながらも、ここで立ち話もアレだから。ということで歩き出した一人と一振りに着いて行く。

「水野さんから送られてきた報告書は全部目を通してある。審神者になる前に取ったデータも見たが、あんたの本丸にこれだけ多くのレア太刀が来るのは確かに可笑しい」
「ですよねぇ……」

 通された部屋には誰もおらず、私は武田さんとマンツーマンでやり取りをするらしい。呼び出されたのだからてっきり他にも人がいるのかと思っていたが、取り越し苦労だったようだ。

「俺も政府の仕事をやるついでに審神者業をしているが」

 え? ついで? そんなもんなの? 審神者って。と武田さんの言葉に私は困惑する。
 だって私は政府からお達しが来た時、仕事を辞めた。向こうから仕事と審神者業の両立は難しいだろう。と言われたからだ。提示されたお給金は前職よりも高かったが、それは仕事に伴う責任度合いが違うから当然のことだ。
 刀とはいえ付喪神。付喪神とはいえ神様。永久にも近い時間を生きてきた『彼ら』を使役し、戦争をする。とてもじゃないが今まで事務仕事だけを行っていた人間に務まるものとは思えない。だからこそ私は即決できず死ぬほど悩んだし、また『審神者になる』と決めた時点で身辺の整理もした。家族や友人にも『そういうことだから』と言って遺書を渡したり、会える機会が減るだろうということも伝えた。
 だから私にとって『審神者になる』というのは物凄い覚悟が必要なことだったのだが、武田さんにとっては『ついで』のことらしい。
 まぁ価値観の違いっていうのはどこに行ってもあるものだけど、まさか政府関係者との間でそれに直面するとは……。半ば呆然とする私に気付かず、武田さんは話を続ける。

「ここまで霊力が低いところに刀が三十振りも集まっている、ってのは初めてだ。俺も色々と調べたが、大体あんた程度の霊力なら短刀か脇差、せいぜいが打刀までだ。それは前の担当からも聞いてるよな?」
「あ、はい。編成する刀はよく考えないと私の霊力があっという間に底を尽きる。とも聞いています」
「ああ。その通りだ」

 霊力が高い審神者のレベルを百とすれば、私は精々五だ。ゲームのHPゲージで例えると瀕死状態。今すぐ回復しないと! と焦る赤ゲージレベルなのだ。MPに例えても同じだ。これではまともな召喚獣など呼び出せるわけがない。出来たとしてもスライムぐらいだろう。だが実際はMP消費の高い召喚獣をバグで呼び出したという状態だ。政府もこれにはビックリだろう。鶴丸になった覚えはないが、武田さんが困惑していることは私でも分かる。

「あんたは二回検査を受けているな。就任前と、初のレア太刀である鶴丸が顕現した時に。だがどちらも異常はなかったと」
「はい。相変わらずの霊力しかありませんでした。多分、今でも変わっていないと思います」

 施設と言い本丸と言い、政府が管理している『空間』はものすごく特別な仕様で成り立っている。元来、霊力と言うのは後から追加できるステータスではない。そのため強化も出来なければアクセサリーで補助することもできない。どちらかと言えばマイナスアビリティ寄りの力だ。
 だが中にはそのスキルが異常に高く、また何かしらの『力』や『技』として使用できる人がいる。そんな人たちが作り上げたのが『本丸』というシステムだ。言ってしまえば『本丸』も政府の人たちがそれぞれの場所に『神卸』したようなものなのだ。私たちが一振りしかない刀から分霊として彼らを呼び寄せるように、本丸もまた分霊の一つとして存在している。だから審神者自身の霊力を少し馴染ませれば、元々強い霊力で顕現しているため殆ど独立した状態で保持することが出来るのだ。
 まぁこれはあくまでも簡単に例えただけなので厳密に言うと色々と違うし細かな設定があるらしいのだが、それは以前の担当から聞いていないしそもそも企業秘密だと思うので知らぬが吉というものだろう。
 だが私はそんな強い霊力を持った人たちとは違う。『力』もなければ『技』もない。彼らを呼び出す『神卸』だって特別な方法があるわけではない。元々本丸に備わっている道具を使って呼び出すだけなのだ。だから映画みたいに召喚するための呪文なんて必要ないし、真名を伝える必要もない。
 彼らにとっては『大きな契約』だが、私にとっては『仕事の一つ』でしかないのだ。まぁ、だからこそ私みたいな雑魚霊力しかない審神者でも彼らに命令できるわけなのだが。

「あんたの霊力の量が変わっていなくても、“質”が変わっている可能性はある。つーわけで、あんたにはこれを渡したい」
「え? 何ですか、これ」

 武田さんが取り出したのは、小型のスノードームみたいな物体だった。直径は正確には分からないが、ポイントカードぐらいの幅だから十センチ弱か? 占いで使う水晶のような球体には腕時計のような太く頑丈なバンドがついており、何だか一昔前の発明品みたいだな。と思った。

「これは霊力を測る道具の一つでな。まぁ簡単に言うと『組分け帽子』みたいなもんだ」
「組分け帽子」

 組分け帽子ってあれか。あの某魔法学校で出てくるアレか。と思っている間にも武田さんはそれを自身の手首に巻き、私に見せてきた。

「だいぶ不格好だが、血圧測るアレと同じだと思えばいい。こうして腕に巻くと、この水晶に変化が起きる」
「あ! すごい! 何か色づいてきましたよ!」

 武田さんが説明する中、理科の実験で行うリトマス試験紙みたいに透明だった水晶に変化が起きる。水晶の中心部からじわっ、と赤い何かが滲んだかと思うと、それはすぐさま全体に行き渡り、透明だった水晶は真っ赤な球体となった。

「これが俺の霊力の“色”だ。そんでこの球体にどれだけ色が滲むかで霊力の大きさを測る」
「ということは、武田さんの霊力は“赤くて多い”ってことですか?」
「そうなるな」

 武田さんは頷くとバンドを外し、私に渡してくる。

「あんたも付けてみな」
「あ、はい」

 渡されたバンドは意外と重い。玩具みたいな見た目をしている割にしっかりとした道具らしい。私は自分の手首にそれを巻き付け、じっと観察した。

「あ。何かうすぼんやりとオレンジ色の煙みたいなのが……」
「あー……何かタバコの煙みてぇだな。いや、まだあっちの方がハッキリ見えるか……」

 武田さんの時はすぐさま色が浸透したのに対し、私のオレンジ色の霊力はのったりとした動きでじわじわと広がり、水晶の中に非常に小さな丸を形成した。

「うわぁ〜……私の霊力マジゴミ〜……」
「ははは、まぁそう言うなって。普通は霊力なんてそうそう持たねえもんだ。気にすることねえよ」

 結局この十センチ足らずの水晶の中で形成されたのは、一センチ程の球体だ。ライターの火にすら負ける小さな球体に落ち込むが、武田さんは気持ちいい程あっけなく笑い飛ばしてくれた。

「だがまぁ、この大きさからしてみるとやっぱりあんたの霊力では短刀か脇差までじゃねえとおかしいな。打刀ですら危ういってのに、何でこんなに刀が集まったんだ?」
「え。打刀ですらヤバイんです?」

 一応前任の担当者からは「まぁ打刀までならいけなくもないでしょう」と言われていたから、てっきり『ギリセーフ!』なのかと思っていた。だが武田さんは顎に手を当てると、先程よりも少しだけ難しい顔をして束になった資料を取り出した。

「こいつを見て欲しいんだが、この水晶で測った俺の本丸にいる刀たちの霊力一覧表だ」
「うわー……皆綺麗に真っ赤っか」

 刀たちは基本的に審神者に影響を受ける。霊力の色であったり性格であったり。特に逸話がハッキリとしていなかったり、焼け落ちて記憶がない刀ほどその傾向が強く出るらしい。うちにはまだいないが、骨喰藤四郎なんかがその代表格らしい。他にも御手杵や一期一振などにもその傾向が出るそうだ。うちには誰一振りとしていないけど。
 現に見せられた一覧表に載る水晶は全て赤く、その中心部は短刀ほど小さく、槍や大太刀となると武田さんのようにほぼ一つの球体と言えるほど隅々まで赤く染まっている。確かにこれだけ小さな球体しか形成できない私であれば、平均約四センチ程の球体を形成する打刀の顕現は難しいだろう。
 だが私の本丸には初期刀である陸奥守を始めとし、宗三左文字、加州清光、鳴狐、歌仙兼定、和泉守兼定、山姥切国広、大倶利伽羅、同田貫正国、へし切長谷部とそうそうたるメンバーが揃っている。むしろ短刀や脇差の方が少なく、ステータス的にも申し分ない彼らは貴重な戦力である。他の本丸に比べ進軍が遅いだけでなく、戦績も悪い我が本丸に徐々に勝利をもたらしているのは彼らなのだ。もう少し資材があればもっと頻繁に太刀を出陣させるのだが、彼らの手入れで消費される資材が痛いためあまり隊に組み込めないのが現状だ。
 まぁ江雪は戦いたくないと言っているし、皆遠征や演練を嫌がってはいないから今のところ文句は言われていないのだけれども……。もっと出陣させるべきかな。と考えていると、武田さんが別の資料を広げた。

「で、こっちがあんたと同じぐらいの霊力しかもたない審神者のデータだ」
「え……嘘……短刀と脇差しかいない……」

 出された資料には短刀と脇差しか載っていなかった。練度は高いが刀は少ない。少数精鋭で作られた部隊そのものだった。

「他にも脇差の顕現すら困難で、短刀と初期刀でしか回せない本丸もある。中には初期刀すら顕現出来ない本丸だってある」
「初期刀ですら顕現出来ない?! 嘘でしょ?!」

 初期刀とは政府が用意する、私たち審神者が一番初めに手にする刀であり、初めての神様だ。それが顕現出来ないとなると一体どうするのか。困惑する私に武田さんが解説してくれる。

「勿論本丸内での顕現は可能だ。審神者の霊力を消費せずに済むからな。だが戦場となるとダメだ。単騎出陣でないと人の姿を保つことが出来ず、刀に戻ってしまうんだ」
「え……例えそれが短刀との部隊編成であっても、ですか……?」
「ああ。短刀一振りとならまだ出陣出来るそうだが、それでも上手く霊力が伝わらないらしい。体の動きが鈍くなったり索敵に失敗したりと、弊害があまりにも多いと報告が来た」
「……そんな……」

 私は自分の本丸が弱小だと思っていた。刀が集まらないのは自分の霊力が少ないからだと思っていた。でも私より苦しい戦況に立たされている人は多くいるのだ。演練会場で出会う人たちは皆刀を揃えていたし、長く審神者を務めている人ばかりだから気づかなかった。私の本丸は全然弱くなんてない。ただ私の采配が悪いのだ。だから皆無駄に傷つき、戦場もすぐに新しいところには行けない。皆が何も言わないのは優しいからだ。長く生きてきたから寛容で、私の拙い采配にも着いてきてくれているんだ。
 こんな私が本当に審神者を続けていてもいいのだろうか……。俯きかけたその時、武田さんが「だがな、」と続けた。

「不可解なのはあんたの霊力や本丸でのバグだけじゃない。出陣先でも幾つか疑問があるんだ」
「え……出陣先で、ですか……?」
「ああ」

 私は基本的に出陣や遠征の記録をその日のうちに纏め、報告書として提出する。人によっては一週間分を纏めて提出したり、一カ月分を簡素に纏めて提出したりするそうだが、私はそんなことしたくなかった。だって一週間ならともかく、一カ月分なんて目を通すのに時間がかかるじゃないか。処理だって大変だし、報連相が出来ない人みたいに見られそうで嫌だ。だから私は何事もなければその日のうちに提出していた。メールで送るだけなので大して難しいことではないし。
 その半年分の報告書を見て武田さんは疑問を抱いたらしい。

「あんたの霊力は高くないが、どういうわけか刀には恵まれている。だが戦場では違う。敵との練度差が大きすぎるんだ」
「え? それはどういう……」

 敵にも練度というものがあるらしい。こちらからは分からないが、すぐに破壊することが出来ないということは生存値が高いのだろう。よって白刃戦が長引き、刀装が全てダメになる時もある。だが長く審神者を務め、政府の役員として多くの審神者と触れ合った武田さんはそれが「可笑しい」という。

「殆どの場合、合戦上にはそこに見合った練度の敵がいる。時々妙に強いやつがウロチョロしているが、大概そこまでじゃない。言ってしまえば短刀たちだけでも十分勝てる戦場は多くあるんだ」
「は、はあ……?」

 短刀たちだけで編成し、勝利したことがある合戦上は多くない。堀川と鳴狐が来てくれなければどうなっていたか。陸奥守だって疲労するし、彼らがいなければ出陣どころではなかったのだ。だが私の本丸にいる刀と戦績が見合わないと武田さんは続ける。

「霊力が低いとはいえ、戦場に刀を送り込んで今のところ大きな弊害は起きていないそうだな? 鞘から本体が抜けないとか、手足が動かないとか」
「あ、はい。それはないです。皆ちゃんと動けているみたいです」
「よし。だが刀に弊害がなくとも遭遇する敵があまりにも“強すぎる”んだ。それこそ、あんたの刀が折られてもおかしくない程にな」
「え゛」

 まだうちの刀は折れたことがない。陸奥守と小夜はそれぞれ重傷となって帰ってきたことは度々あったが、それでも持たせたお守りが発動することはなかった。他の刀にしてもそうだ。血塗れの肉体にボロボロに欠けた刀身。息をするのも億劫そうな姿を一度でも目にすれば重傷進軍なんて出来るはずがない。いや、数年前まで蔓延っていた『ブラック本丸』では重傷でも進軍させていたのだろうが、私には無理だ。
 戦が嫌いなことを差し引いても、私自身血がダメなのだ。刀とはいえ、仮初の肉体とはいえ、そこからは血が出る。肉が裂け、骨が飛び出し、生暖かい血が流れては血だまりを作る。
 初めて陸奥守が重傷となって帰還した時、その様に驚くよりも恐ろしさが勝った。恥ずかしいことに腰も抜けた。手伝い札を使うことも出来たが、その時は頭が回っていなくて、泣きながら震える手で手入れしたものだ。小夜の時もそうだ。重症手前の陸奥守が背負って帰還した時には殆ど虫の息だった。その時も怖くて怖くて、私は酷く情けない姿を二振りには見せている。だからこそ私は重症になる前に必ず帰還させるようにしていた。
 だが武田さん曰く、一回に出会う敵が強すぎるのだと言う。

「刀自身の強さと審神者の霊力は比例しない。例え審神者の霊力が少なくとも、あいつらには各々の霊力があるからな。仮初の肉体と刀身が馴染まずとも戦えないことはない。だが敵があまりにも強いとどうなる? 一度に喰らうダメージは大きいし、進軍だってままならない。結果戦績は振るわず、資材は減る一方だ。それがあんたの本丸の現状だ。違うか?」
「……余所の本丸がどうかは知りませんが、うちではその通りです」

 刀装は作ってもすぐ戦闘でダメになる。そして刀装が剥がれると刀身に傷がつく。それを繰り返せばあっという間に軽傷が中傷に、中傷が重傷となる。ともすればそれだけ手入れに時間も資材もかかるし、手伝い札を増やすのも大変だ。部隊の多くが傷を負えば勝利しても余所に比べ戦績は振るわず、誉を取った刀以外は疲労や痛みを耐えての進軍となる。だがそれが『戦争』なのだと思っていた。この痛みや苦しみを耐えて己を振るうのが『刀の仕事』で、その痛みを分かりながらも戦場に送り出し、彼らを使役するのが『審神者業』なのだと。ずっとそう思って耐えてきたのに。それがおかしかったなんて、分かるわけないじゃないか。

「もっと早くに教えてやれたらよかったんだが、上が『せめて半年分のデータを取ってからだ』と言って聞いてくれなくてな。あんたや刀たちには酷い思いをさせた」
「…………いえ……」

 膝の上で拳を強く握りしめる。一度の白刃戦でボロボロになった小夜。初めての戦闘で中傷となり、それでもこれから一緒に頑張ろう! と私を励ましてくれた陸奥守。泣いて許されるとは微塵も思っていないが、止めようと思っても止まらない涙を流しながら打ち粉を振るった私は、傷ついた私の刀たちは、政府にとっては『実験台』でしかなかったのだろうか?
 どうしてもっと早く教えてくれなかったのだろう。せめて忠告でもしてくれたら私だってもっといろいろ考えて編成したというのに。思わず俯いて唇を噛みしめると、ずっと黙っていた小夜の小さな手が私の手に重ねられた。

「ダメだ。あなたに復讐は似合わない」
「小夜くん……でも……」

 私を見つめる小夜の瞳は驚くほど落ち着いている。普段「復讐」を口にする割に、私に復讐は「似合わない」と言う。彼は、今までの持ち主にもそんな気持ちを抱いていたのだろうか?

「僕は復讐に捕らわれている刀だ。でも、あなたは違う。あなたにこの澱みは似合わない」
「……でも、もしもっと早くに教えて貰っていたら、陸奥守も小夜くんも、他の皆も重傷にならずに済んだのに……」

 重症になったのは二振りだけじゃない。秋田も前田も鳴狐も堀川も。皆一度は重傷を経験している。刀が増えた今ではある程度練度が高くなるまで他の仕事をしてもらう時もあるが、刀が少ない時はそうもいかなかった。だからお守りだけが支えだった。その心細さを踏みにじるかのように、政府は『データ』欲しさに黙っていたのだ。
 例え武田さんや他の人が悪くなくても、私は素直に許すことが出来ない。確かに彼らは刀だけど、本体から分離した分霊の一振りにしかすぎないけど、それでも。彼らはもう“私の刀”なのだ。私のことを『主』と呼ぶ。そんな彼らに応えようとしてきた私は、そしてその私に応えようと頑張ってきてくれた皆の流した血は、一体何だったのだろうか。
黙る私に、武田さんが頭を下げる。

「すまない。本当に、すまなかった」

 彼だって審神者をしている。彼が刀を失ったことがあるかどうかは知らないが、それでも彼らが傷つくことについて何かしら感じたことはあるはずだ。彼が、人の痛みを理解する人間であれば。
 無言を貫く私に、小夜と同じく黙していた太郎太刀が口を開く。

「……私たち刀は、少なくとも呼ばれた理由である戦を果たすため労は惜しみません。あなたの気持ちも分からなくはありませんが、人にも物にも『死』は付きものです。我々も痛いのは嫌ですが、務めですから。あなたが審神者としての務めを果たそうと奮起するのと同じです。我らは刀。そしてあなたはそれを振るう権利のある人間です。自らの持ち物をどう扱おうと勝手ですが、あなたの元に集った刀は少なくとも、振るわれる喜びを感じているのではないでしょうか」
「……そう……でしょうか……」
「我々はあなたたちよりも長く『人』というものを見てきていますから。持ち主が自分をどう思っているか。大事にしてくれているか、意外と分かるものです」

 太郎太刀の言葉はゆっくりと紡がれる。落ち着いた声音は波の音のように、私の荒んだ気持ちを宥めていく。

「あなたは私たちを『刀』としても『付喪神』としても見ているのですね。見た目に騙されず、本質を捉えることの出来る人間はそう多くはいません。あなたの元に多くの刀が集ったのは珍しいことかもしれませんが、私には“なるべくしてなった”としか思えません」
「それは、どういう……」

 困惑する私に、太郎太刀は少しだけ表情を和らげる。

「出会いは必然です。良くも悪くも。刀が人を引き寄せることもあれば、人が刀を呼ぶこともあります。だがあなたは、そのどちらでもない。あなたの本丸にいる刀は、皆あなたに会いたくて顕現したのでしょう。でなければ、そう強く“惹かれる”ことはありませんから」
「……? えっと……それはどういう意味でしょう……?」

 私に会いたくて皆が顕現する? 強くひかれる? 誰が? 私に? と首を傾けていると、武田さんも同様に首をひねった。

「じゃあお前も俺に会いたかったのか?」
「自惚れないでください。私は“呼ばれた”だけです。あなたと彼女は違いますから。勘違いしないでください」
「冷てぇなぁ、おい」

 交わされる言葉は辛辣だが、その裏には互いに対する信頼感が滲み出ている。太郎太刀は『刀が私に惹かれた』というけれど、そういう言葉は二人みたいな関係が築けている人たちにこそ相応しいように思えた。

「話が逸れましたが、あなたは良くも悪くも“ひきよせる”力が強いのだと思います。運、と呼ばれるものの一つなのでどうこう出来る物ではありませんが、幸いあなたは刀に恵まれているようですから。あなたに呼ばれて「不幸だ」と嘆く刀はいないでしょう。私は、そう思いますよ」

 太郎太刀の言葉が単なる慰めなのか、それとも付喪神から見た感想なのかは分からない。だが落ち着いた声でゆっくりと話されているうちにささくれだった心も落ち着いてきた。それにずっと私の手を握ってくれた小夜の存在も大きい。彼は短刀だし、その手は私のように小さい。それでも不思議と逞しさを感じた。見た目は子供だけど、私よりずっと長生きだもんね。私なんかじゃ想像できないぐらい辛い思いも沢山してるし、実際苦しんでいる。それでも小夜は挫けず戦っている。『復讐』に駆られる心と、その『澱み』と共に生きながら。

……何だ。そう考えると私の一時の感情なんて馬鹿みたいだ。思えば宗三なんて焼け落ちたにも関わらず焼き直されてるし、鶴丸なんて墓まで暴かれてるんだぞ? 陸奥守は飾られて使われることはなかったし、薬研だって主人の最期を見ている。大典太なんてずっと蔵入り生活だったんだぞ? それに比べたら今は自分の足で好きな所に行けるし、美味しいものも食べられる。
 確かに政府がデータ欲しさに色々黙っていたことには腹が立つが、そんな過酷な戦況だったからこそ皆一丸となれたんじゃないだろうか。私のことを懸命に補佐してくれる陸奥守。何かあればすぐに駆け付け、時にはこうして支えてくれる小夜。過保護だけど、裏を返せばそれだけ私を大切にしてくれているのだろう宗三。何だかんだ言って面倒見のいい大倶利伽羅。
 思い起こせば皆楽しそうに過ごしているじゃないか。戦場では生き生きと、内番では文句を言いつつもちゃんとこなす。演練では例え負け戦であっても手を抜かず、全力で挑んでいる。

 そっか。皆、私が思っている以上に『今を楽しんでいる』んだ。宴会だけじゃない。日々の生活の中で、私なんかよりもよっぽど『平穏な時間の楽しみ方』を知っている。江雪も、山姥切も。普段は悲観的な発言を口にするが、時折口元を和らげたり兄弟刀と楽し気に話している時もある。だから私が彼らの現状に『憤る』必要はないのだ。だって皆、ちゃんと『今を楽しむ』方法を見つけているのだから。

「……うん。ごめん、小夜くん。ありがとう。もう大丈夫だよ」

 握りしめていた拳を解き、ずっと安心させるように重ねてくれていた手を両手で包むようにして握りこむ。小さな手だ。だけど、私なんかよりずっと強い。皮が厚くて傷だらけの、頼りになる刀の手だ。

「……そう。よかった。あなたが復讐に捕らわれなくて……」
「そうだね〜。ま、復讐しようにも方法が何も思い浮かばないんだけどね! 基本戦下手だから。まず武器がない! 今繰り出せるのは拳か足しかないからね? 武田さんに勝てるわけなくない? 太郎太刀さんにしてもそうだよ! 無理無理! ゲームであっても勝てる気しねぇわ。あはははは〜」

 ケラケラと笑い飛ばせば、小夜の口元がほんのりと緩む。逆に武田さんはあっけにとられたようなぽかんとした顔をしたが、太郎太刀さんだけは穏やかな表情のままだった。

「まぁ過ぎちゃった時間はどうしようもないですし。今後どうするか、ってのが今最も優先すべき事項ですから。鍛刀場のバグもそうだし、何だろうね。刀には恵まれても場所には恵まれないのかね? 小夜くんどう思う?」
「さあ……僕に聞かれても……」
「だよねぇ〜」

 うんうん。と頷いていると、何故か武田さんが笑いだした。

「だははははは! いやー、あんたやっぱりいい性格してんなぁ」
「はい? そうですか?」
「ああ。益々気に入ったぜ。よし! とりあえず、だ。今後の方針としてまず『鍛刀』は原則として禁止だ」
「禁止?! マジですか!」

 てっきりまた鍛刀場に点検が入るのかと思っていたが、今回は違うらしい。まさかまさかの『禁止』だ。そんなに酷いのか、うちの鍛刀場……。

「とりあえずな。一応俺が後日業者を連れて点検に行くが、結果が良くても悪くても一時禁止だ。刀の顕現はドロップした時だけにして欲しい」
「分かりました」
「それと、進軍は今まで通り無理なく行ってくれ。行かないと刀によってはストレスになるからな。人や動物と一緒だ。たまには運動させろ、って奴だよ」
「はあ……まぁ、言ってる意味は分かりますけど……」

 ちらり、と武田さんの隣に座る太郎太刀さんへと視線を移せば、彼は呆れた顔で息を吐いていた。ああ……本丸でもこんな感じなのね。この人。

「遠征・演練・内番は今まで通りで構わない。が、天下五剣を始めとし、レア太刀や打刀だけでの出陣や遠征は極力控えるように」
「え。何でですか?」

 進軍は今まで通り行ってもいいという割に、レア太刀での編成は控えろと言う。どうしてだろう。と首を傾ければ、武田さんは広げられたままの資料を指さした。

「これを見て分かっただろ? あんたの霊力じゃそいつらを満足に動かすだけの霊力が本来足りないはずなんだ。だがレア太刀共は問題なく動いている。それが“問題”なんだ」
「あ。そっか」

 顕現するだけでなく、本丸から出る『出陣』と『遠征』では人型を保つために私の霊力が使用される。だけど同じ霊力しか持たない余所の本丸では打刀一振りと短刀一振りでの編成が精々なのだ。太刀だけでなくここに短刀や脇差、打刀も組み込めば私が使用する霊力は限界値を超える。それなのに異常なく進めることが本来は『可笑しい』ことなのだ。今まで出来ていたからうっかりしていた。

「出来れば短刀を中心に。打刀や脇差は組み込むなら一振りに留めろ。刀だけじゃない。あんた自身に何が起きるか分からんからな」
「分かりました。皆にもそう伝えます」

 今までより出陣が減ることに文句を言う刀も出てくるだろう。だけど今は出来るだけリスクを減らさなければならない。私は勿論だが、皆を守るためにも。

「それと、今日はこれを持ち帰ってくれ」
「え? これを、ですか?」

 差し出されたのは例の霊力測定機だ。確かに持ち運ぶのに困るようなサイズではないけど、一体これをどうしろというのか。尋ねれば「こまめに測定してくれ」と言われる。

「薬と同じだ。朝・昼・晩と三回でもいいし、出陣・遠征の前でもいい。必ず決められた時間、事象の前で測ってくれ」
「はい」
「報告は出来るだけ毎日行ってくれ。勿論今日帰ってからもな。あと、今日から最低三日間は付けたままにして過ごしてくれ。違和感が凄いとは思うが、一日でどれほど変化があるのかも知りたい」
「成程。分かりました。……あの、お風呂や寝る時も、ですか……?」

 風呂はともかく、寝る時は寝返りをうつ。これだけデカいと邪魔だし、そもそも水晶が割れるのでは? と思ったが、武田さんは頷いた。

「邪魔くさいとは思うがそいつは濡れても問題ないし、寝返り程度で壊れるやつじゃない。落としても割れんから心配すんな」
「分かりました。じゃあ三日間付けたままにします」
「ああ。だがこちらから継続して願い出る可能性もある。その時は悪いが、更につけたまま過ごしてくれ。……ま、拒否権はあってないようなもんだけどな」
「ははっ、そうですね。知ってます」

 審神者業をする時もそうだった。政府と言うのはいつも勝手で、拒否権なんてない。それを笑って流すのもどうかとは思うが、何だか今なら何でも乗り越えられる気がしたのだ。何せ私には三十振りもの神様が味方についているのだから。
 
「ははっ、そいつぁすまねぇな。だが協力感謝する。さってと。それじゃあ今日はこれでお終いだ。測定の結果によっちゃあまた呼び出すことになるが、その時は頼むぜ」
「はい。私こそよろしくお願いします。これ以上皆に苦しい思いはさせたくないので」
「おう。じゃあ後日業者連れて本丸の点検に行くからよ。その時はまた連絡するわ」
「分かりました。よろしくお願いします」

 武田さんと太郎太刀さんと別れの挨拶を済ませ、私は施設を後にする。本当なら施設前のゲートを潜って本丸に戻るが、久々の現世なのだ。少しだけ寄り道をして帰ろうと決めていた。

「小夜くん。悪いんだけどちょっとだけ付き合ってくれる?」
「いいよ。僕はあなたの刀だから。あなたの好きにしたらいい。僕は刀に戻るけど、意識はあるから気にしないで」
「うん。ありがとう」

 施設から一歩外に出た瞬間、小夜は人型を保てず刀に戻る。彼が地面に落ちる前にキャッチした私は、肩に下げていた鞄の中にそっと彼を仕舞った。
 窮屈だろうけど我慢してね。と小声で囁きながら。

「よし! じゃあ皆と会ってくるかー!」

 久しぶりの現世。久しぶりのプライベートな時間。あんまり遊んでいられる立場ではないが、時には息抜きも必要だ。というわけで、私は早速家族や友人に会うため街に繰り出すのであった。



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