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「全く、無自覚と言うのは本当に厄介なものですね」

 天下五剣に釘をさした後、僕は陸奥守に後の事を任せて部屋へと戻った。そこでは寝ていると思っていた江雪兄様と小夜が起きており、どうやら僕の帰りを待っていたようだった。

「おや、起きていたんですか。先に寝ていてもよかったんですよ?」
「うん。でも僕も気になっていたから……主は大丈夫だった?」
「ええ。どうやら不埒なことはしていないそうです。小夜から話を伺っていたとはいえ、気にかけていて正解でしたね」

 今日の僕は遠征に出ていた。出迎えてくれた主と小夜から再び鍛刀場にバグが起き、来るはずのない刀――天下五剣が一振り『三日月宗近』が顕現したことを知った。
 呑気な主は「今日は歓迎会をするから」と言って下がったが、これは毎度のことなので特にどうこう思うことはなかった。僕が来た時もそうだったし、他の刀が来た時もそうだ。“日頃働いている僕たちに少しでも楽しい時間を過ごして欲しい”と思っているらしく、宴は盛大に開かれるのだ。中には戦うことがご褒美だという刀もいるが、多くの刀は酒や宴が好きだ。僕自身騒がしいのは苦手だが、宴自体を厭うてはいない。むしろ食卓が豪華になるのでどちらかと言えば楽しみですらあった。

 しかし僕の機嫌がよかったのはその時だけだ。すぐに小夜から『話しがある』と言われ、三日月宗近と主がどのようなやり取りをしたのかを聞かされた。当然肝が冷えたし、目がくらむような思いもした。まったく、あの人は本当に何を考えているのか。痛む頭を押さえる僕に、小夜は続けた。

「何だか嫌な予感がするんだ……主は鈍いから……」

 そう口にした後小夜は騒がしさを増す広間から離れた一室を見つめた。僕たちの主がいる、執務室へと。
 彼女は気付かなかったのだろう。小夜がどんな気持ちで自身の柄に手を掛けたのか。僕たちのことを『ただの刀』だと思っている節がある主に、どうすればこの思いが伝わるのか。鈍感すぎるのも罪なものだ。と、小夜の小さな頭に頬を寄せて目を閉じた。
 僕たちの主はとても軽い。自身の命の重さをちっとも理解していない、ダメな方向に軽い人だ。だけど、そんな人だから目が離せない。それが悔しく、もどかしかった。

***

 数時間後、手入れをしていた刀たちも戻ってきたので宴が始まった。
 主はいつものように乾杯の音頭を取り、数度三日月に酒を注いだ後広間を後にした。僕たち兄弟も早々と撤退したが、そんな話を聞いたせいか妙な胸騒ぎがして起きていたのだ。始めは三振りで話をしたり本を読んだりと各々で時間を潰していたが、厠に立っていた小夜が主の部屋で三日月の暴挙を目にした。小夜はすぐさま駆けだしたが、それよりも早く大倶利伽羅が部屋へと入り、三日月を引きはがしたらしい。彼は小夜と入れ違いで厠から出て行ったそうで、小夜よりも早く駆け付けることが出来たのだろう。
 まったく。先日僕が忠告したばかりだというのに……。どうすればあの人はもっと自覚を持ってくれるのだろうか。
 僕たちは刀だ。だが男でもあるのだ。少しでも好ましい部分があれば惹かれるのも性というもの。しかも今の自分たちにとっては唯一の主だ。執着にも似た思いを抱える刀だっているというのに、本当に何も分かっていないのだからゾッとする。
 自信過剰な人間は愚かで好きにはなれないが、あそこまで無自覚無頓着なのも困る。こうなれば一度本気で迫ってやろうか。とすら考えてしまうのは、結局それだけ僕があの人を大事にしているということだ。
 大変不本意だがしょうがない。普段は頼りになるが、陸奥守は酒盛りが大好きである。今は当てにならないだろう。そう判断し、僕が呑気に月見をしていた三日月に話をつけてきたところであった。

「主はどうしてあんなに警戒心を抱かずに過ごせるんだろう……僕には分からない」
「同感です。きっと僕たちには理解できないのでしょうね。生きた時間が違いますから」

 己は一度焼け落ちた身だが、焼き直されてもいる。所々曖昧なところもあるが、殆どのことは覚えているし、時代が流れる毎に価値観が変わっていくことも知っている。だから僕たちとの間に大きな価値観の違いがあることは分かっているが、あそこまで無防備な女性は初めて見た。
 どうしたら理解してくれるのか。ため息を吐き出しつつ布団に潜ると、隣に座っていた江雪兄様が口を開いた。

「一つ疑問なのですが、三日月宗近の同室は陸奥守でしょう? 彼が黙って見過ごすとは思えませんが……」
「ええ。主は何にも知らないようですが、アレはアレで恐ろしい男ですよ。若いくせに腹を見せない。天下五剣とどう渡り合うのか……見ものですね」
「……陸奥守さんは兄様に負けないぐらい主を大切にしてるから……。いざとなったら僕たちより恐ろしいかも……」

 小夜の発言に突っ込みたい所はあったが、訂正するのも面倒なのでそのままにしておく。
 だがあの主のことだ。陸奥守がどのような気持ちを抱えて傍にいるのか考えたこともないのだろう。人のことを探ったり変な勘繰りをしない人だから。だがその素直さが今は少し憎らしかった。

「……僕たちがしっかりしないといけない主人なんて、初めてですよ」
「ふっ……そうですね」

 何がおかしいのか、江雪兄様が珍しく穏やかな表情で布団に潜る。対する小夜も僅かに頬を緩めたかと思うと、再びおかしなことを口にした。

「兄様と陸奥守さん、僕はどっちを応援したらいいのだろうね」
「小夜、流石にそれは訂正させてください」

 僕と彼が同じ土俵なのはおかしい。と続けようとしたところで、江雪兄様がのんびりとした口調で「もう寝ますよ」と遮ってきた。

「もう夜も遅いですから。お喋りはまた明日です」
「ちょっと待ってください。僕はまだ、」
「宗三兄様、江雪兄様。おやすみなさい」

 江雪兄様に続き小夜まで僕の言葉を遮ってくる。それに驚く暇もなく、二振りは揃って目を閉じてしまった。

「おやすみなさい、小夜。宗三も、おやすみなさい」
「…………おやすみなさい」

 こうなってしまえば二振り共聞く耳を持ってはくれない。仕方ない。先程の発言は明日訂正することにしよう。でないと誤解ばかりが広まりそうだから。それこそ、健気に花を贈り続ける竜のように――。



 弱小本丸の夜は今日も穏やかに更けていく。沢山の想いを抱きながら――。







徐々に増していく刀たちの想いとは裏腹に、成長しない審神者の鈍感さは書いていて楽しいです。(笑)
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。m(_ _)m

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