小説
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 審神者に就任して早半年。彼氏いない歴=年齢の喪女審神者こと水野(仮名)、絶賛土下座中です。


『刀と人と想いと審神者』


 朝食を終え、今日の予定を発表した後に私は全員を大広間に集めた。そこで先日宗三に話した霊力のこと、そして顕現できる刀の数が限られていることを説明した。その間そのことを知っていた陸奥守を始めとし、小夜と宗三も揃って私の足りない言葉を補うように補佐してくれた。

「……ですので、今後僕たちは少ない戦力で戦う羽目になるであろう。ということです」
「わしも聞いちょったけんど、皆に伝えるのをすっかり忘れちょった。すまん」
「本当に申し訳ありません」

 意図的に黙っていたわけではないが、やはり兄弟刀や顔見知りに会うのを楽しみにしていた刀は多いだろう。短刀を始めとし、多くの刀の顔が見れずに深く頭を下げる。私の右隣に座している陸奥守も同様に頭を下げてくれるが、彼に非はない。そもそも皆が顕現した時に自分で説明すればよかったのだ。現に陸奥とは反対の、私の左隣に座す初鍛刀で来た小夜には自らの口で伝えていた。確かに短い間で刀が増え、やることが増えて手一杯だったのは事実だ。とはいえ任せきりだった己にも非がある。彼らの“主”になったのだからもっと責任感を持つべきだった。本当に情けなくて、下げた頭を上げることが出来ない。それなのに、

「僕も知っていたのに皆に伝えていませんでした。すみません」

 小夜が謝る必要はないのに、陸奥や私と並んで小さな頭を下げる。私が慌てて「いやいや! 小夜くんは悪くないから!!」と顔を上げれば、宗三から「当然です」と言われた。
 はい。全く以てその通りでございます。再び「申し訳ない……」と頭を下げると、最前列に座っていた短刀、秋田藤四郎が声を上げた。

「主君、顔を上げてください」
「い、いや、でも……申し訳なくて……」

 合わせる顔がないというか……ともごもごと続ければ、秋田の隣に座っていた前田と平野が揃って口を開く。

「確かに主さまの霊力は高くありません」
「ですが、僕たちは既に顕現した身。主君を守るのが使命です。どのようなことがあろうと、主君を責めることは致しません」

 きっちりと背を正し、まっすぐとした言葉を向けてくれる二振りが眩しすぎてますます頭が下がる。口ではこう言っているが、心の奥底では兄弟刀である『一期一振』に会いたいはずだ。実際演練会場で彼を見かける度、藤四郎たちは必ず視線がそちらへ向く。今後も表立って私を責めたりはしないだろうが、彼を見かける度に『会いたいけど、会えないんだろうな』と思わせるのかと考えると、遣る瀬無くてしょうがない。
 ただでさえ私は安全な場所に独り身を置き、彼らを血なまぐさい戦場へと送り出しているというのに。本当に私はなんて情けない審神者なんだろう。それに政府も政府だ。こんなろくでなしではなく、もっと霊力も責任感もある人を採用すればよかったのに。戦争は勿論喧嘩だって嫌いだし、リーダーシップもないからこんなにも多くの刀――しかも神様だ――の上に立つだなんて、私には向いていなかったのだ。いや、初めから分かっていたことなのだけれども。それでも『拒否権がないから』という理由で気持ちの整理もつけぬまま、深く考えることを放棄し『まぁ何とかなるだろう』と思って審神者に就任した自分が愚かだった。
 本当、穴があったら入りたい。というより自分で掘るから誰かシャベルを貸して欲しい。そんなことをつらつらと考えていると、一振りの刀がそろそろと手を上げた。

「少し、いいだろうか」
「おや、あなたが自分から発言するなんて珍しいですね。大典太光世」

 背丈順に座してもらった一同の中、最後列に座っていた彼が発言の許可を求めて手を上げる。それに反応したのは私ではなく、私の後ろに立っていた宗三左文字だった。

「いいですよ。ねぇ、主」
「あ、はい。どうぞどうぞ」

 今回ばかりは私が悪い。恨み言でも何でも聞こうじゃないかと顔を上げて促せば、彼は至極困惑した顔で私を見つめ、それから口を開いた。

「あんたの霊力がないことは顕現してすぐに分かった。今の話を聞き、納得する部分もある。だが、あんたの霊力が古刀とは馴染みにくいというのであれば、どうして俺はあんたに呼ばれたんだ?」
「確かに。言われてみればそうですね。古い刀がダメだというのなら鶴丸だって同じでしょうに」
「早速俺を爺さん扱いか? だが俺も不思議に思っていたところだ」
「鶴丸が爺なら俺も爺だろう。ならば俺が来たのも不思議ということか?」

 大典太同様、最後列に座っていた鶴丸と鶯丸が口を開く。特にこの二振りと江雪は『レア』と呼ばれる存在だ。本来ならばこんなゴミッカスな霊力しか持たない私が顕現できる存在ではない。皆の視線が一様に向かってくる中、多くのイケメ……力強い視線に晒され、じわじわと背に汗を浮かばせながら口を開く。

「あー……その、実はですね……正直言うと、鶴丸さん、鶯丸さん、大典太さん、江雪さんがうちに顕現したのは『まぐれ』なんです」
「はあ? 何だそりゃ」

 素っ頓狂な声を上げる鶴丸もそうだが、大典太も鶯丸も江雪も、うちでは『鍛刀』で顕現した刀だ。決して出陣していた部隊が持ち帰ったわけではない。そしてそこに、解明できない謎があった。

「実はですね、うちの鍛刀場、何故か異常なほどにバグが起こり易いんです」
「バグ? バグっていうと、刀に異常性が出やすいと言われているアレのことかい?」

 私の言葉に首を傾けたのは燭台切だ。彼は戦国時代の刀でありながら横文字の取得が早く、また誰よりも馴染んでいる。そんな彼の疑問に頷き、更に続ける。

「本来であれば、私程度の霊力では『レア』と称される刀は顕現出来ません。確かに古刀との相性が悪い私ですが、それでも打刀までであれば顕現させることは可能です。ですが皆さんはうちに顕現しました。その中でも大典太さん。あなた様が顕現したのは、本来“ありえない”ことなんです」
「ありえない? ……どういう意味だ」

 古刀とは相性の悪い私だが、それでも霊力の消費が激しくない短刀や脇差、打刀までならば顕現することは可能だ。大なり小なり彼らには違和感を抱かせるかもしれないが、それでも政府からは『審神者と刀の霊力差は許容範囲内である』と言われている。だが彼ら、特に『大典太光世』がうちに顕現したことは『謎』なのだ。

「私が審神者に就任した頃、大典太さんは政府により『極々稀にしか顕現しない刀である』と通達されていました」

 大典太以外にも期間限定でしか顕現することが出来ない刀がいる。私は元々就任したのが遅かったうえ、霊力もない身だ。政府に刀剣男士の一覧表や資料を貰い説明を受けた時も、正直我が本丸には無縁のことだと思っていた。ぶっちゃけ政府の人からも『水野さんの本丸に顕現することはないでしょうが』と言われたし。だのに、何故か何度も原因不明の『バグ』が起きた。この本丸の鍛刀場で。

「大典太さんは現在、すべての本丸で『鍛刀』での顕現が出来ないようになっています。その通達は私が審神者に就任する前に既に行われており、幾ら霊力が高くとも顕現することは不可能に近い状態です。それだけではありません。この本丸には私の力では呼ぶことが出来ないはずの鶴丸さんと鶯丸さんがいます。流石にこれはおかしいと思い、私は鶴丸さんが顕現した時点で政府に報告し、鍛刀場の点検を受けました」

 うちに初めて『レア』と呼ばれる太刀、鶴丸が来たのは審神者に就任してからまだ二月しか経っていない時だった。鍛刀した刀が誰でどんな刀なのか。私は政府から貰っていた一覧表を確認するようにしている。そこで彼がうちに顕現するはずのない刀だと気付き、すぐさま政府に報告をした。報告を受け取った役員も驚いたらしい。申請後すぐに業者を連れてきた。
 因みにこのことを知っていたのは近侍であった陸奥守だけだ。他の刀は皆特が付く前だったので、不安や困惑を与えたくなかったので黙っていた。

「ですが鍛刀場に異常はなく、すべて『正常』な状態である。と報告されました」

 政府の役員も業者の人も、私には分からない細かな部分まで点検してくれた。勿論私自身の霊力の調査も受けたが、特に霊力が上がっていたということもなく、就任前と同じ結果だった。そのため今後は様子を見ながら『鍛刀』を続けて欲しい。ということで話が纏まった――はずだった。

「ですが、その後続けざまに江雪さん、鶯丸さんが顕現しました。ここで再度点検が入りました」

 一度ならず二度までも、それどころか三度目だと?! と一種の恐怖に慄いた私は再び政府に要請し、再度鍛刀場を点検してもらうことにした。そして訪れたのは見慣れた役員と、最初とは別の業者の人であった。今度もありとあらゆる方法で点検してもらったが、やはり『異常性』は見つけられなかった。

「二度の点検を受け、正直鍛刀するのが恐ろしくもありました。それでも『鍛刀』は仕事の一つとして定められていたので、規則に従って行いました」

 大典太がうちに顕現したのは一月前のことだ。
 それまでは審神者に就任したばかりということもあり、勝手が分からず資材を無駄に消費しつつ鍛刀を行っていた。だが彼が来る頃には、常に足りない資材を無駄に投資せず、出来る限り少ない資材で回すことを心がけていたのだ。
 しかしこの異常な『バグ』は三度では飽き足らず、四度目のバグを起こした。それが我が本丸初の天下五剣――大典太光世の顕現であった。

「『バグ』によって顕現した大典太さんですが、ステータスや刀自体に異常は見当たりません。報告した政府からも『定期的に報告を』と言われているだけです。霊力の高い大典太さんにとっては居心地が悪い場所かもしれませんが、今後もお力添え頂けると非常に助かります。勿論、鶴丸さんや鶯丸さん、江雪さんも。至らない審神者ではありますが、よろしくお願いいたします」

 言うだけ言って頭を下げる。黙って聞いていた刀たちは勿論、疑問を口にした鶴丸や鶯丸も、終始黙って聞いていた江雪や大典太光世も、望めば『刀解』するつもりでいる。『錬結する』という手もあるが、今まで黙ってついてきてくれた神様の意に従いたい。言ってしまえば私程度の霊力、彼らは縛られずに謀反を起こすことだって出来るのだ。それでも黙ってついてきてくれた。特に江雪は戦が嫌いであるにも関わらず、部隊に入れれば必ず戦果を挙げてくれる。下げる頭はあれど、天狗になる鼻はない。
 どんな意見が出ても受け入れよう。と額を畳みに押し当てていると、鶴丸の明るい声が耳に届いた。

「やれやれ。今更何を言い出すのかと思えば。例え『ばぐ』とやらのせいで顕現したとはいえ、きみに呼ばれた身だ。俺はきみに従うさ」

 下げた頭の向こう、鶴丸が動く気配がする。そうして彼は私の前で片膝をつくと、私の頭をぽんぽんと優しく叩いてきた。

「だから顔を上げてくれ。それに俺はきみだけでなく政府にも驚きを与えられたということだろう? それを愉快に思っても、不愉快だとは思わないぜ?」

 恐る恐る顔を上げると、鶴丸は顔いっぱいに喜色満面の笑みを浮かべていた。それだけでなく、彼の後ろからは別の声が続いてくる。

「そうだぞ、主。俺も存外ここは居心地がよくて気に入っているんだ。今更『出て行け』と言われても逆に困るんだが」
「う、鶯丸さん……」

 鶴丸の後ろに立っていたのは鶯丸で、彼も穏やかな色を瞳に浮かべていた。

「確かに大包平に会える確率が減ったことは残念だが、何。大典太光世が来たんだ。あいつも『ばぐ』か何かで来るかもしれん。気長に待とうじゃないか。茶でも飲みながらな」

 そう言って笑ったかと思うと、彼も片膝をつき私の背を軽く叩く。
 うっ……何ていい神様たちなんだ……! 簾の奥で目元を潤ませていると、件の天下五剣も長く息を吐き出したあと、了承してくれた。

「分かった。そういうことなら……。それに、あんたが望んでいるなら俺はここに有ろう。どうせ戻っても蔵の中だからな」
「あ、ありがとうございます!」

 うわー!!! よかったよー!!! 幾ら『バグ』とはいえ、天下五剣がいるというのは結構誇らしかったのだ。うちには同じ天下五剣である『三日月宗近』も『数珠丸恒次』もいないから余計に。
 あーよかった。ほっと胸をなでおろすと、知らぬうちに緊張していたらしい。体から余計な力が抜けていく。それは他の刀たちにも伝染したらしく、皆一様に張り詰めていた気を緩めて談笑し始めた。

「ったく、改まって何を言うのかと思えば……。しっかりしてくれよな、大将。俺っちはまだ来たばかりなんだぜ? あんまり冷や冷やさせないでくれよ」
「えっと、えっと、その……僕はあるじさまと出会えてうれしいです。だから、あるじさまもそう思ってくださると、嬉しいです」
「薬研さん、五虎ちゃん……うっ……ありがとう……」

 元々涙腺が緩いのに、健気な短刀たちに更に泣かされそうになる。本当に私にはもったいないくらいの刀たちだ。それに薬研や五虎退だけでなく、初期から本丸に顕現して支えてくれた前田、秋田、鳴狐、堀川も柔らかな表情を見せてくれる。

「そうですよ、主君。例え他の本丸のように出来ずとも、主君は主君のやり方で進めて行けば良いのですから」
「僕もそう思います! 何かあったら言ってくださいね。僕たちも精一杯お支え致しますから!」
「そうですとも、主殿! 鳴狐もそう申しております!」
「うん。一緒に頑張ろう」
「まったくもう、主さんは考えすぎですよ。相談してくれたら乗りますから、これからも一緒に頑張りましょう」

 本丸を構えてすぐの頃、彼らも大変だっただろうに、私も勝手が分からず迷惑をかけた。それでも変わらずに支えてくれる。支えようとしてくれている。感謝の気持ちを胸に再度頭を下げると、隣に座していた陸奥守がバシバシと私の背を叩いた。

「がっはっはっ! おんしは何も心配せんでええ。わしらが着いちょるき」
「イダダダダッ! むっちゃん痛いて!!」

 流石本丸一の練度を誇る刀である。何度も叩かれれば流石に痛い。と抗議すれば、加州や長谷部からも非難の声が上がる。

「陸奥守! 少しは加減をしろ! 主は女性だぞ!」
「そうそう! っていうかさ、何で俺たちのことは『さん』付けなのに陸奥守とか五虎退とかは愛称なの? 口調も親し気だしさー。それってずるくない?」
「言われてみればそうだな。きみ、何か理由でもあるのか?」

 加州と鶴丸の指摘にうっ、と詰まる。確かに陸奥守や小夜、五虎退なんかは愛称で呼んでいるし、皆のことも心の中では呼び捨てにしている時もある。だけど私はあくまでも『主』という立ち位置にいるだけで、彼らより偉くもなんともない。年齢だって彼らの方が上だし、何より神様だ。砕けた態度で接する方が罰当たりだろう。
 しどろもどろになりながらも説明すると、宗三から「そんなことだろうと思いました」と呆れた声で嘆息された。

「でもあなた、思考が飛んでいる時は結構砕けた口調になるんですよ? 知ってました?」
「え?! 本当ですか?!」
「お? おんし、まさか自覚してなかったがか?」
「え! むっちゃんまで?!」

 何で教えてくれなかったの?! と肩を掴んで詰めよれば、加州から「はい! それー!!」と指を指される。その眦はいつもより吊り上がっているように見えた。
 え……もしかして、嫉妬……? してるのかな??? マジで???

「そういうの一部の刀だけにするのってズルいと思います! ってことで、あーるじ。俺とももっと仲良くしてよ。寂しいじゃん」
「加州くんの言う通りだよ。僕たちは主の刀なんだから、大事にしてくれているのは分かるけど、もっと色々と話したいよね」
「そうだね。互いのことが分かっていないといざという時に困るだろう?」
「僕も! 主さんともっと仲良くなりたいな!」

 そんなことを言うのは加州だけかと思っていたが、まさか燭台切、歌仙、乱もそう思っていたとは……。驚きのあまりぽかんとしていると、黙っていた小夜が私の袖を軽く引いた。

「皆、あなたのことをもっと知りたいと思ってる。でも今のあなたは意図的に距離を置いている。それは何故?」
「え。そ、それは……」

 確かにまだこの本丸に陸奥守と小夜しかいなかった頃、私たちの距離はとても近かった。勝手が分からぬ私に、人の身体に慣れない刀。人としての過ごし方が分からないという二振りに、人としての過ごし方を説いたこともある。共に食事を作ったり風呂に入れたことだってある。
(当然その時は濡れてもいいようにジャージに着替えたけど)
 初めは二振り共濡れることを嫌がったけど、今は人の体から大丈夫! と説得してシャワーの使い方や風呂の焚き方を教えた。すると、陸奥守は初めてのシャンプーに大はしゃぎしたし、小夜は「僕は復讐するための刀なのに……」と呟きながらも湯舟の中でうとうとしていた。今では『懐かしい』と思える出来事だ。
 他にも『眠る』という行為が分からないという二振りと共に夜通し話し込んだり、カードゲームや双六などの玩具を持ち込んでは遊び倒し、寝落ちさせたこともある。
 刀が増える毎にそれらは二振りが率先して行ってくれたけど、三番目に顕現した秋田や、前田、五虎退、鳴狐、堀川とも遅くまで一緒にいたことがある。何せその頃は私も私室ではなく、この大広間に布団を敷いて一人と七振りで寝起きしていた。
 勿論刀とはいえ男性だ。寝起きの姿を見られるのは恥ずかしくもあったが、すぐに吹っ切って生活した。まぁ悩んでいる暇なんてなかったしな。忙しすぎて。顔隠しの簾はずっと外せなかったけど、別にあって困るような代物でもないし。今でも何が起きてもいいように、風呂以外では外すことはほぼない。
 思い出せば思い出すほど、私は彼らと『主従』ではなく友人のように過ごしていた。
 今では流石に出来ないけど、あの時は楽しかったなぁ。と思い出していると、秋田も同じことを思い出したのだろう。少しだけ気落ちした表情を見せる。

「主君がお忙しいのは分かっています。でも、僕はまた主君と一緒にお布団に入ったり、眠たくなるまでお話ししたいです」
「ぼ、僕も、そう思います……虎くんたちもきっと、そう思ってます」

 秋田に続き、五虎退までもがしゅんと肩を下げる。罪悪感を駆り立てる姿に、地面にめり込むほど深く頭を下げたくなる。だがそんな私とは裏腹に、多くの刀から「え?」という声が漏れ出た。

「いや、ちょっと待って? 秋田くんもう一度言ってくれる? 主と何をしたって?」
「俺の聞き間違えじゃなければ“一緒にお布団に入った”とか聞こえたんだけど、気のせいだよね?」

 いつもより目力が半端ない燭台切と、珍しく動揺している様子の加州の視線に秋田が若干後ずさり、五虎退が涙目になる。だが流石藤四郎の短刀と言うべきか。すぐさま秋田は「ええと、」と言いながらも姿勢を正す。

「僕が顕現した頃、主君は僕たちと一緒にお布団を並べてくださったんです」
「そうそう。確か……そうだ! 長谷部さんが顕現するまでは大広間に布団を敷いて、皆で一緒に寝てましたよね。夜通し話をしたり、カードゲームをして遊んだり」

 秋田の言葉を補うかのように堀川が続ける。そうして当時を振り返るかのように顎に手を当てると、堀川は鳴狐へと視線を向けた。

「そういえば、この時からだったよね? 主さんが少しずつ僕たちと距離を置き始めたのは。ね? 鳴狐」
「はい。そうでございます。お供の狐である私も、鳴狐と共に主殿にお風呂に入れて頂いたことがありますゆえ」
「気持ちよかったね」
「あはは。確かにお供のきみは主さんに洗ってもらってたよね。懐かしいなぁ〜」

 にこやかな空気を漂わせる堀川と鳴狐だが、他の刀は違った。

「え……何それ……初耳なんだけど……」
「いやぁ……これは驚いたな……まさか風呂まで一緒に入っていたとは……本当に驚いた」

 あの鶴丸が呆然と「驚き」を口にする。が、ここで私は慌てて止めに入った。

「いやいやいや! 確かにお風呂には入れたけど、あくまで私は別だからね?! 裸になんかなってないからね?!?!」

 確かにあの頃は皆水を怖がっていたから「大丈夫だよ〜怖くないよ〜」と教えるためにも風呂場に足を踏み入れたが、あくまで入り方を教えただけだ。鳴狐のお供の狐だって今じゃ本体がきちんとお風呂に入れているし、そもそも当時だって一度も服を脱いだことはない。第一こんな、女として終わっている身体なんか見せられるか! と思っていると、宗三と燭台切から「当たり前(です・だよ)!」と怒られてしまった。何故だ。解せぬ。

「つまり、堀川が言うには長谷部が来るまでは態度が違った。ということですね?」
「宗三さんの言い方に毒があるのはいつものことですけど、別に長谷部さんのせいじゃないですからね」

 確かに彼らとの距離感について考えたり、もっと彼らについて勉強しよう。と思うようになったのは長谷部との出会いで私がやらかしてしまったせいだが、彼に非があるわけではない。しかし『へし切長谷部』という刀は真面目な刀だ。彼は一瞬で顔を青くすると、その機動力を生かして私の前に飛び出してくる。かと思えば、その勢いのまま頭を下げてきた。

「申し訳ありません、主! 俺があのような態度をしたばかりに……!!! もし俺が不要だと言うのであれば、いつでも刀解なさってください! 少しとは言え資材にはなります。どうぞ遠慮なさらず……!」
「いやいやいやいや! しません! 刀解なんてしませんからね?!! むしろ私の方こそあの時はすみませんでした! 軽率に発言してしまって……。長谷部さんを困らせてしまいました」

 私の発言が何を指しているか分かっているのだろう。長谷部はすぐさま「いいえ」と首を横に振る。

「あの時まともにお返事が出来ず、俺の方こそ申し訳なく思っております。折角主が話しかけてくださったのに……」

 視線を落とす長谷部の全身から後悔の念が伝わってくる。どうやらあの時のことを引きずっていたのは私だけではないらしい。皆がきょとんとする中、私は「それじゃあ」と長谷部の顔を下から覗き込んだ。といっても、簾越しだから彼には私の顔など分かりはしないのだけれども。

「これだとお互いに謝ってばかりになりそうなので、あの件は『水に流す』ということで……ダメでしょうか?」

 少し強引というか、自分に都合のいい状況に持って行こうとしている感は否めないが、それでも私の提案に長谷部は頷いてくれた。

「むしろ俺の方こそよろしいのでしょうか……。あのような不躾な態度をお見せしてしまったというのに……」
「不躾なのは私の方ですよ。長谷部さんはお気になさらないでください」
「……分かりました。主命とあらば、そのように」

 ここでも主命か〜。と思わなくもないが、元々人に使役されていた武器だ。人の望むようにしたいのだろう。なので私はこれを機に、長谷部と和解(?)することにした。

「それでは、改めてよろしくお願いします」
「俺の方こそ。一層働かせていただきます」

 頭を下げ合う私たちの横で陸奥守がほっとしたような息を吐く。ああ、そういえば長谷部を顕現した時一緒にいたのは陸奥守だった。私の発言で長谷部を傷つけてしまった。と泣きついたから、きっと笑顔の裏では常に気を配っていてくれたのだろう。改めて陸奥守にはお礼をしないとな。と思っていると、終始黙っていた江雪が音もなく近づいてきた。

「あなたが気に病んでいるのは、彼の事だけではないのでしょう?」
「うっ、は、はい……江雪さんにも、失礼なことを言って申し訳ありませんでした」

 下げ続けてきた頭を再び下げる。特に江雪は長谷部の時より酷かった。今思えば顕現して間もない彼に言うべきことではなかった。あんな突き放すようなこと。嫌われてもおかしくはなかったのに、彼はこうして話しかけてくれる。世を憂いているのはいつものことだけど、それでも「“仕事”ですから」と出陣してくれる。それは正直、ありがたかった。

「今でも戦は嫌いです。ですが、あなたのことを憎らしいとは思っていません。責任を持って職務を全うしようと励んでいる姿を、この目で見ていますから」
「江雪さん……」
「あなたが私を疎んでいないのであれば、私とも和睦を結んで頂きたいのですが……よろしいでしょうか?」
「は、はい! むしろ私こそよろしくお願いします!」

 普段は無口無表情な江雪さんが、この時初めて少しだけ表情を緩めてくれた。それが喜ばしくもあり、ありがたくもあり。私の犯した失態を広い心で許してくれただけでなく、存在まで認めてくれるとは思ってもみなかった。
 何だか今日はポンポンと話が進んで纏まって、気にしていた刀たちとも和睦できて、いい日だなぁ〜。と簾の奥で笑っていると、私たちのやり取りを見守っていた加州が前に出てきた。

「で? 主は俺のことを何て呼んでくれるわけ?」
「え?」
「そうだぜ、大将。秋田や五虎退だけ呼び方が違うってぇのは贔屓じゃねぇのかい? 俺とも仲良くしてくれよ」
「え、で、でも、あの……」

 最初の頃は何も知らなかったからアレだけど、今じゃしっかり勉強している分申し訳なさが勝つ。だってあの織田信長の愛刀に、新選組、沖田総司の刀だよ? 対等に接していい相手じゃないだろう。
 詰め寄ってくる加州と視線をそらさない薬研から逃げるようにして簾の奥で目を泳がせる。すると隣に座していた陸奥守が声を上げて笑いだした。

「がっはっはっ! ほがに悩むことはないぜよ。好きにしたらええ」
「ええ……でも失礼じゃない? 皆神様だし……」

 罰当たりなんじゃ……。と続ければ、加州が「いいの!」と言って手を握ってくる。
 ひ、ひえ〜! 加州の手、思ってた以上に大きい……。マニキュアもすごく綺麗に塗られてる。これ自分で塗ってるのかな? すごいなぁ。器用なんだろうな。何も手入れしていない私とは大違いだ。
 加州との女子力(?)の差を噛みしめていると、加州が「あのさ」といつもより硬い声を出した。

「俺は主に可愛がってもらえるならどんな呼び方でもいいんだけど、他人行儀なのは止めてよね。第一、俺結構好きなんだから。主の砕けた口調」
「そうだよ、あるじさん。ボク知ってるんだからね。あるじさんが五虎退のこと『五虎ちゃん』って呼んでるの!」
「え! 何それズルい! 俺のことも可愛く呼んでよ!」

 加州に続き乱までが参加し、更に騒がしくなる。そんな中、ずっと隣をキープし続けていた小夜が再び袖を引いてきた。顔を向ければ、そこにはこちらをまっすぐと見つめる、力強い瞳があった。

「僕たちはあなたの刀。あなたの好きにしたらいい。例えあなたが今のままでも、僕たちがあなたを守ることに変わりはないから」
「そうですよ。第一他人行儀なあなたなんてらしくないですし。いい加減似合っていない羊の皮など脱ぎ捨てたらどうです? 誰もあなたの素の態度を見たところで幻滅なんてしませんよ」

 小夜だけでなく宗三からも毒の入った励ましを受ける。流石にここまで言われたらもう無理だ。こんなにも粘られたならしょうがない。過ぎたる謙遜は却って失礼になるし、嫌がる刀の前では丁寧に接して、そうじゃない刀とはフレンドリーにやっていこう。そう腹を決めると、加州の手をぎゅっと握り返した。

「分かった! じゃあもうこれからはフレンドリーに行くから! 嫌だったら言うこと! OK?! 分かった?!」
「やったー!! あるじさん大好きー!!!」

 意外なことに加州よりも先に乱が飛び跳ねて喜ぶ。更にその勢いのまま胸に飛び込んできたので、慌てて抱き留めた。
乱は短刀だけど、私自身小さいためそんなに身長に差はない。それに見た目は可愛くとも男の子だ。それなりに逞しい身体を受け止めると、加州だけでなく他の短刀たちも揃って「あー!!」という声が上がった。

「おい乱! 大将は女なんだぞ?! 無闇に抱き着く奴があるか!」
「主君! 僕のことも前みたいにぎゅってしてほしいです!」
「こ、コラ秋田! 主君に何をお願いしているんですか!」
「さあさあ主殿! 私の毛並みも堪能してくだされ!」
「えっと、えっと、僕の虎さんたちも撫でてあげてください」
「ちょ、短刀たちばっかりずるくない?! 俺だって主に可愛がってもらいたいんですけど!」

 先程よりも一層騒がしくなる中、腕の中にいた乱は薬研に回収される。そうして入れ替わるようにして五虎退の虎とお供の狐が膝の上に乗ってきたので、私はそっと彼らの頭に手を置いた。正直実家でも一人暮らしをしていた時もペットを飼ったことがなかったから、触るのは緊張する。それでもフワフワの毛並みを整えるようにして撫でてやれば、虎もお供の狐も気持ちよさそうに目を細めた。
 おおおお可愛い! 可愛いぞ! これぞまさしくアニマルセラピー!! と興奮していると、パンパン! と手を合わせる音が広間に響き渡る。

「おまんら、ええ加減仕事に戻るぜよ! 主もええろう?」

 皆の意識を集めたのは陸奥守だった。彼が言うように、気づけば朝食が終わってから随分と立っている。そろそろ動き出さなければ不味い。出陣や遠征は勿論だが、演練だって行かなくてはならないのだ。内番だってサボることはできない。やらねばならないことは沢山あるのだ。
 これ以上時間をロスするなら、それこそ『怠慢』である。ただでさえうちは資材も金も時間も余裕もないのだ。こうしちゃいられない! と私も虎とお供の狐を膝から下ろして立ち上がった。

「よし! それじゃあ第一部隊は身支度が終わり次第出陣、第二部隊は遠征お願いします!」
「はっ。この長谷部、きっちりと主命を果たしてみせましょう」

 長谷部が胸に手を当てて宣言する。今日の彼は第一部隊で出陣だ。隊長である陸奥守に視線を向ければ、安心させるように頷いてきた。

「ほいじゃあ、ちっくと行ってくるきの」
「うん。よろしくね、むっちゃん」
「おう! まーかせちょけ!」

 どんと胸を張る陸奥守に部隊を任せることに決め、私は再度内番と演練の刀を発表する。

「それじゃあ、畑当番は鯰尾と江雪さん。馬当番は堀川と五虎ちゃん。手合わせは前田くんと鳴狐。演練は部隊長を大典太さんとします。第一部隊、第二部隊は用意が整い次第玄関口に集まってください。さ! 今日も一日、頑張りましょう!」

 皆の応える声を聞きながら、私はそっと安堵の息を零す。
 私はまだ審神者を続けてもいいんだ、と……。



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