小説
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 女審神者水野(仮名)彼氏いない歴=年齢の喪女が、何故か今。演練先で大変な目にあっております。


『無自覚主』


 我が本丸は発足してまだ半年しか経っていない弱小本丸だ。現在手元に顕現した刀は二十数振り。初期刀の陸奥守吉行、初鍛刀である小夜左文字と一人と二振りの三人四脚で頑張ってきた。というか現在進行形で頑張っている最中である。因みに政府によれば刀剣男士の数は総勢七十振りを超えたらしい。
 いや七十て。田舎の学校だと一学年どころか学校中の生徒に教師を足しても届かない数だ。どんだけおんねん、刀剣男士。とつい心の中で突っ込んでしまうほどの数である。しかし先にも述べたように、我が本丸に顕現しているのは二十数振り。その中でもカンストした刀はまだおらず、多くの刀が特を迎えたばかりというヨチヨチ歩きの本丸だ。
 現に今日来た演練会場でも、会う審神者会う審神者に「うちは今二振り目に力を注いでいて〜」だの、「たまには憂さ晴らしさせてあげないと、皆力が有り余っているから」と言われ、私が連れてきた刀よりレベルの高い刀に一方的にボコられている最中であった。酷ぇ話だよ、本当に。

「はあ……」

 今日連れてきた刀は、宗三左文字、和泉守兼定、燭台切光忠、鯰尾藤四郎、平野藤四郎、薬研藤四郎の、現在レベル上げに力を入れている刀たちだ。特に和泉守と薬研はようやく特がついたばかりなので、本丸にいる刀の足並みをそろえるためにも頑張ってもらおうと思っている。
 というわけで、私は意気揚々と演練会場に赴き、次の試合を申し込むために受付センターに来たわけなのだが……。

 何故かとんでもない目に合っていた。

「フフン、貴様、新入りの割りには見る目があるじゃないか」
「は、はあ……どうも……」

 私の目の前に立つのは背丈も体格もがっしりとした、我が本丸にはいない刀――大包平であった。彼はたまたま受付センターで鉢合わせた男性審神者が連れていた刀で、挨拶ついでに「そちらは大包平ですか? 初めてお目にしましたが凛々しくて良い刀ですね」と適当に社交辞令を述べたところ、当の本人(?)が食いついてしまったのだ。
 いやだって、毎日のように鶯丸から「大包平はああだ」「大包平はこうだ」と聞かされていたら「あ、こんな刀だったんだ」って思ってちょっと話しかけたくなるじゃん。でもまさかこんな勢いのあるというか、堂々を通り越した自尊心の塊だとは思いもしなかったけど。

「おーい、大包平。その辺にしておかないとそちらの審神者さん困ってるぞー」
「何?! 俺との会話に何を困ることがある! 俺は池田輝政に見出された刀だぞ! それにこの女、初見でありながら俺の価値に気づいたのだ。ただ者であるはずがない!」

 いやいやいや。悪いけど私そこら辺のモブと同じぐらいの超ド級の一般人なんですけど? 第一池田なんちゃらさんのことは知らんし。それにただ者じゃないってなんだ。ただの喪女ではあるけれども。大した審美眼もなければ実力もない。霊力だってそこの男性審神者の半分ぐらいしかないし、チビでデブで面倒くさがりのちゃらんぽらんだぞ? この大包平の頭は、というか目は大丈夫なのか? と不安になっていると、奥の人込みから見慣れた姿が見えてくる。

「ちょっと、あなたこんなところで何油売っているんです?」
「ああ、ここにいたのか。主、大包平。皆探していたぞ」

 現れたのは見目鮮やかなピンク頭が特徴の宗三左文字と、落ち着いた色合いに飄々とした物言いが特徴的な鶯丸の二振りだ。
 そして宗三にしては珍しく速足でこちらに近づいてくる。彼はうちの本丸の宗三だろうな。私に似て機嫌が悪い時は態度に出るから。
 いやー、分かりやすい反面似なくていいところが似ちゃって、悲しいったらない。これぞ『人の振り見て我が振り直せ』ってことなんだろうな。うんうん。

「いやぁ……それが何故か捕まっちゃって……」
「はあ? 一体何をやらかしたんです? あなた」

 不機嫌そうに見下ろしてくる宗三の、ひょろりとした体躯の隙間から向こうを伺う。あちらはあちらで鶯丸と審神者が大包平を挟んで何事かを話している。
 よしよし。お互いお迎えが来たということだな。これで解放される。とほっとしたのも束の間、何故か今度は大包平ではなく鶯丸が近づいてくる。

「そこの君、少し良いか?」
「はえ? 私ですか? 何でしょう」

 てっきり私は「大包平が世話になったな」とでも言うのかな。と思っていたのだが、続いた言葉は私の想像を遥かに超えていた。

「君は大包平に興味があるそうだな? どうだ? 俺と一緒に茶でも飲みながら話さないか?」

 What??? ナニナニ? ドーイウコトナノ???
 固まる私と宗三だが、目の前の鶯丸はニコニコと笑いながら言葉を続けてくる。

「何、そう驚くな。俺はそこにいる主にもそうだが、仲間たちからも『お前は大包平大包平とうるさい』と言われて取り合ってくれないのでな。大包平について語り合える相手がいることが喜ばしいんだ。勿論、本人に聞かれたくないのであれば主に言って連れ帰ってもらおう。安心してくれ。ああ、金の心配ならするな。俺の手持ちはないが、審神者に借りるから問題ない。君に払わせたりはしないさ」
「あ、は、はあ……」

 鶯丸にしてはよく喋る方だな。とは思うが、多分彼の言う通り『大包平について語れる相手』がいなかったから興奮して饒舌になっているのだろう。これはこれで珍しいものを見ているな。と思い好奇心半分で黙って聞いていると、私のすぐ傍に立っていた宗三が突然前に出てきた。

「ちょっと、何なんです貴方。ここは演練会場ですよ? ナンパなら余所でやりなさい」
「ん? 別に軟派などしているつもりはないんだが……何だ。嫉妬か? 宗三左文字とあろう者が」

 剣呑な空気を漂わせる宗三を揶揄うようにして鶯丸が笑う。おいおいおいおい。待て待て待て。お前らそんな刀だったか?! これが巷で聞く『個体差』という奴なのか?! 頼むから一旦落ち着いてくれ! ブレイクブレイク! ていうか向こうの審神者は何やってんだ! と思い視線を投げれば、相手の男はこちらを値踏みするように上から下まで眺めた後「この女はないな」と言わんばかりの体で顔を横に振った。

 うるっっっせえな!!!! こっちだってテメエみたいな刀の躾がなってねえ男なんて願い下げだよ!!!! と一気に沸点突破したが、すぐさま大包平に「俺は貴様のそういうところが好かん」と言われていてちょっと留飲が下がった。大包平、自尊心の塊だなんて思ってごめんよ。お前はいい刀だ。
 などと一人頷いていたところで、

「あー!!! いたいたいたー!!!! 主ー! 宗三さーん! もー! こんなところで何してるんですかー? もうすぐ試合始まっちゃいますよー?」

 そう口にしながら駆けてきたのは我が本丸の鯰尾藤四郎だった。よ、よかった! これでこのロクでもない状況から脱することが出来る……!! 嬉しさのあまり涙が出そうになったが、私はすぐさま力を入れて宗三の着物を掴み、鶯丸から引きはがした。

「そ、それじゃあ私たちはこれから試合がありますので! あ、大包平さん貴重なお話どうもありがとうございました! それじゃ!!」
「ああ、またな」

 律儀に返事をしてくれた大包平さんにはキッチリとお辞儀をし、何事かを言っている審神者には軽い会釈だけで済ませた。ついでに鶯丸からは名残惜し気な視線を寄越されたが、ひたすら顔を見ないように何度も頭を下げながら後退し、最後には軽くダッシュして人込みに混ざった。
 全く、酷い目に合った。

「はあ〜……やっと解放された……」

 ぐったりと、まだ戦ってもいないのに赤疲労コマンドが出ていそうだ。というよりHPゲージが真っ赤になって点滅していそうだ。あーあ。誰か回復薬持ってないかなぁ〜。ポーションとか。なんて軽いゲーム脳を繰り広げていると、私のすぐ後ろを歩いていたはずの宗三が再び不機嫌そうな足取りで隣に並んでくる。

「ちょっと! さっきのは一体何なんです?!」
「え? 何が?」

 ぶっちゃけ帰ったらおやつのどら焼き食べよう。とか思っていたので、宗三が怒っている原因がすぐには分からなかった。それは後から来た鯰尾も同じようで、興味津々といった顔で宗三と挟むようにして私の隣に並んでくる。

「珍しいですよね、主が男性と話をしているなんて。一体何を話してたんです?」
「え。男性って言っても話してたの余所の大包平だよ? 審神者とは殆ど何も話してないし、そもそも一方的に話を聞かされてただけなんだけど」

 大包平も男だけど、結局彼は刀だし。厳密に言うと男とは別の生き物というか無機物というか。まぁ神様なんだけど。でも神様に性別はないっていうし、やっぱりそう考えるとあの場にいた『男性』はあちらの失礼な審神者だけである。人を見た目で判断するロクな男じゃないけどな。と心の中で付け足せば、自然と顔がチベットスナギツネみたいになる。まぁ二振りには見えていないのだが。
 私の顔は政府から渡された特殊な簾のおかげで向こうからは見えないでいる。いやぁ〜、便利な道具があるもんだ。化粧しなくてもバレないし、何より自分のお世辞にも整っているとは言い難い顔を美男子な彼らに見られなくて済む。本当に助かるわ。なんてお気楽に考えていると、苛々とした様子を隠しもしない宗三から「ですから、」と常にない怒った瞳で見下ろされる。

「何ぼーっと、呑気にナンパされてるんですか。あなたご自分の性別ちゃんと理解してます?」
「男は狼なんですよ! 主なんか簡単にパクッ! って食べられちゃうんですよ? 分かってます?」

 え。何で私怒られてんの? ていうかどういう意味だ。私がナンパされる? 食べられる? こんな贅肉だらけの体なんて食っても旨くねよ! と突っ込ませたいのか? それとも『いやー、私みたいなのが女として意識されるわけなーいじゃーん、このこの〜』とかバカやれっての? つーか鯰尾は殆どノリで言ってきてないか? え? 何これ私が悪いの? と顔を右往左往させて「え? え?」と困惑を露にしていると、いつの間にか自陣に辿り着いていた。

「あ、やっと帰ってきた。遅いよ主。試合開始まで残り一分もないよ」
「ったくよー、しっかりしてくれよな。俺まだここに慣れてないんだぜ? 国広もいないしよー」

 真っ先に私を出迎えてくれたのは、短刀たちよりも高い位置から私を視認することが出来た燭台切と和泉守だった。そしてすぐさまその後ろから平野と薬研が顔を出してくる。

「主さま、ご無事だったのですね。お戻りが遅いので心配しました」
「そうだぜ、大将。傍にいてくれなきゃ守れないだろ?」

 おうおう、本当にこの短刀たちはいい子だし男前だなぁ。と頭を撫でてやると、平野が少しだけ嬉しそうな顔をする。うん。やっぱりお年を召していても子供の姿だと可愛いもんだな。と癒されていると、未だ一振りだけ不機嫌さがカンストしている宗三が私の頭を掴んでくる。

「仕方ありませんね。今は時間が迫っているので、先程のことは後で話し合いましょう」
「イダダダダダダダ!!!! 宗三さん力! 力加減忘れてる! 頭割れるわ!!!!」

 打刀の中では非力な癖に、やっぱり『刀剣男士』らしく一丁前に力はあるのだ。これが燭台切だったら確実に頭蓋骨粉砕されてたんだろうな。と痛む頭を押さえつつ宗三を見上げると、彼の冷たい瞳が射抜くようにして私を見ていた。

 こ、こっぇえ〜〜〜……!! ブリザードだよブリザード! 宗三絶対魔法職就かせたら氷系の呪文唱えてくるよ〜。怖ぇよぉ〜。流石魔王の所にいただけある。怒った時の迫力は本丸一だよ。などと口が裂けても言えない感想を抱いていると、何かを察したのだろう。勘のいい宗三から「怒りますよ?」とそれはそれは美しい微笑を向けられた。
 やばい。これは本気だ。流石の私も危険を察し、邪念を捨てることにした。

「ま、いいでしょう。さて皆さん、今からは楽しい殺し合いの時間ですよ」
「はーい! ガンガン刈っていきましょお〜!」
「待って待って、どうしたの二人共。やけに殺気が凄いんだけど?」
「お? 珍しく殺る気満々じゃねえか。どういう風の吹き回しだ?」
「ほお、宗三にしては珍しいじゃねえか。こりゃあ何かあったな」
「薬研兄さん、何かあったとはどういう……?」

 試合会場に向かって歩き出す彼らの背後で、私は一人乾いた笑いを漏らす。ははっ。やっぱりむっちゃんか小夜くんについてきてもらうんだった……。考えても既に遅いが、怒り心頭の宗三を筆頭に士気の上がった面々はそれなりにいい成績を収めてくれたのであった。



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