小説
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―小夜左文字と―

 僕たちの主は変わっている。そう思っているのは、僕だけではないようだった。

「お? 小夜坊、こんな朝早くに何をやっているんだ?」
「あ、鶴丸さん……おはようございます」

 挨拶と共にお辞儀をする。すると僕よりずっと背の高い全身真っ白な彼は、その白い顔に見合った白い歯を見せてカラカラと笑う。

「ああ、まずは挨拶が先だな。おはよう」
「えっと……さっきの質問ですけど、今日は僕が近侍なので、花の水やりをしています」

 本当は水やりは畑当番に任せてもいいのだけれども、本丸が出来たばかりの頃から忙しい主の代わりに陸奥守さんと交代で続けてきたことだった。だから今更誰かに任せるという気はなく、今でも二振りで交代で行っている。

「でも、ここに咲いていた花が誰かに切られていて……主が気づくかどうかは分かりませんが、少し、悲しいな、って……」

 咲いていたのは黄色い花だ。書斎にあった図鑑には『マリーゴールド』と記載されていた。主が「この花結構好きなんだ」と言ったから、陸奥守さんと一緒に育てたのだ。他にも群生しているとはいえ、切り取られた部分が分からないほど埋もれてもいない。見た目がよくないから、歌仙が騒ぎ出す前に刈りとろう。と根を引っこ抜いていると、鶴丸さんが「ははぁ」と声を上げる。

「成程なぁ。まぁ、何となく犯人の目星はついているが……他にもこんなことがあったのか?」
「いえ、今日が初めてです」

 何か知っているような風の鶴丸さんだが、犯人は彼ではないのだろう。目星がついている。と言っていたし。それに花が切り取られたのは今日が初めてだ。だから余計に驚いてしまったのだけれど。

「成程、分かった。では俺から言っておこう。せめて刈りとるなら自分で育ててからにしろとな」
「あ……いえ、別に、無碍に扱っていないならそれでいいんです。部屋に飾るとか、押し花にするとか、そういうことなら、主も許してくれると思いますし……」

 元々この本丸は主の霊力で成り立っている場所だ。彼女は「自分の霊力マジゴミだわ」なんて嘆いているけれど、僕はそうは思わない。確かに演練先で出会う他の審神者に比べたら主の霊力はとても少ないけど、誰よりも僕たちを『刀』として扱ってくれている。
 それに嘘はつかないし、こざっぱりとした裏表のない性格はロクな刃生を辿っていない僕にとっては心地よい。歌仙は色々と言いたいことがあるみたいだけど、無駄に飾らない素朴な人柄は傍にいてとても落ち着くのだ。
 それに主はむやみやたらと僕たちの過去に首を突っ込んだりしない。始めは色々と聞かれたけど、今では自分から率先して勉強しているらしいので、刀たちに直接聞くようなことはしなかった。
 だから、僕は主の元に呼ばれたことは数少ない幸運だと思っている。

「そうか。小夜坊は優しいな」
「え……そう、でしょうか……僕は、僕のことを『優しい性格』だとは思いませんけど」

『優しい』というのは、藤四郎の短刀たちや、陸奥守さんにこそふさわしい言葉だと思うんだけど。そう思ったのが顔に出ていたのか、鶴丸さんは軽く笑った。

「ま、君はうちの主が初めて“自らの力”で鍛刀して呼んだ刀だ。一番主の気質を継いでいるのかもしれないな」

 そう言うと鶴丸さんは「じゃあ俺は犯人に釘をさしてくるから。またな」と言って去ってしまった。それに対し「はあ」としか答えられなかったけど、構わず水やりをすることにした。今日は鶴丸さんと話をしました。と、主に話そうと思いながら。



―伊達組と―


「おーい、伽羅坊。いるかー?」

 小夜と話をした後、俺は悩むことなくその部屋へと進んだ。

「あれ? 鶴さんどうしたの? 伽羅ちゃんならいないけど……」
「あー、部屋には戻っていないんだな。仕方ない、あそこに行ってみるか」
「え? 何々? 何かあったの?」

 黄金の瞳を輝かせた光坊が後ろから付いてくる。
 この本丸にいる燭台切光忠は少し好奇心旺盛だ。というより、身内に対して少々お節介な所がある。別に悪いとは言わないが、あんまりやると誰かさんから嫌われるぞ。と忠告したくなる。とはいえ俺にとっては可愛い弟分だ。苦笑いだけでそれを許し、雛鳥よろしく後をついてくる光坊と共に馬小屋へと足を運んだ。

「お、いたいた。おい伽羅坊」
「……何だ、鶴丸か」

 馬小屋の前に座ってぼんやりとしていたのは、打刀である大倶利伽羅だ。この刀もまた、俺の可愛い弟分の一振りである。

「君、うちの庭にある花を少し刈っただろう」
「ええ? 伽羅ちゃんが? 生け花でもするの?」

 キョトンとする光坊に苦笑いし、しれっと視線を逸らす伽羅坊に小夜坊の様子を教えてやる。

「あの花を育てたのは初期刀である陸奥守と小夜だ。まだうちの本丸が始まったばかりの頃、二振りが主のために、と育てた花だそうだ。勝手に盗らず、彼らの許可を得てからにしような」

 別段小夜坊は怒ってなどいなかった。むしろ『無碍に扱わないのであれば構わない』とすら言っていた。その辺はうちの主とよく似ており、命を粗末にしなければ特別怒ったりはしないのだ。

「……詫びは、後でする」
「あー、分かった。伽羅ちゃん昨日遠征先で主にお土産買い忘れちゃったから、慌ててお花渡しに行ったんだ。そうでしょ?」

 悪気のない顔で図星を突く光坊に、伽羅坊の視線が鋭くなる。

「別に忘れてなどいない。資材が大量に手に入ったから、両手が塞がっていただけだ」
「ああ、そういえば珍しく主が『豊作じゃー!!』と叫んでいたな。でかしたじゃないか、伽羅坊」

 うちの本丸は常に資材が枯渇気味だ。主も満遍なく俺達を戦に出そうと頑張っているから、資材の減りはどうしてもある。そのため毎日の遠征は欠かせず、少しでも多く資材が手に入ると非常に助かるのだ。
 主に遠征を担当しているのは江雪だが、大倶利伽羅もよく遠征に駆り出される。まぁ皆平等に駆り出されているので、誰が担当、というわけではないのだが。

「まぁ今回は主への“ぷれぜんと”だからな。小夜坊も許してくれるだろう」
「……別にそんなんじゃない」

 決まりが悪そうに顔を背ける伽羅坊だが、俺は知っている。彼は彼なりに主のことを大切に思っているのだ。「慣れ合わない」と言いつつ、彼も主の気質を引いて優しいところがある。
 そういう面では、俺も光坊もお節介焼きな所は主に似たんだろうがな。

「ふーん……そっか。じゃあ伽羅ちゃんがお花をあげたなら、僕は食事で勝負しようかな。やっぱり大切な人の健康管理は大事だよね」

 一体どこですいっちが入ったのか。伽羅坊に対抗心を燃やしたらしい光坊がぶっこんでくる。それにげんなりとした顔を見せる伽羅坊だが、光坊はそれを尻目に一人頷いている。こういう突拍子のなさは我が本丸独自のものだろう。

「おいおい光坊、それじゃあまるで親みたいだぞ」
「ええ? 酷いな鶴さん。でも伽羅ちゃんにばかりいい格好させられないしね。それじゃあ僕は朝餉の用意に向かうから、今朝の献立楽しみにしててね」

 そう言うと光坊は颯爽と歩き出し、俺と伽羅坊は二振りして目を合わせる。

「さて、俺達も戻るとするか。どうだ? 伽羅坊。爺ととらんぷでもするか?」
「はあ……断る。俺は誰とも慣れ合う気はない」

 そう連れない返事をしながらも、きっと伽羅坊は俺が強請れば付き合ってくれるだろう。「慣れ合わない」とは名ばかりの、身内には甘い刀だから。


―厨の中で―


 僕たちの主は変わっている。そう思っているのは、僕だけじゃない。

「おはよう燭台切。珍しいね、君が遅れるなんて」
「おはよう歌仙くん。いやぁ、ちょっとね」

 すでに朝餉の用意を始めていた歌仙くんの後ろを通りながら、僕も手を洗う。
 僕たちの主は少し変わっている。僕たち自身も本体から分離し、こうして『肉の器』を手に入れた変わった存在だけど、主は余所の審神者とはどこか違っている。

「ねぇ歌仙くん。僕たちの主って変わってるな、って思わない?」
「何だい藪から棒に。そんなの今更じゃないか」

 呆れたような声音で返す歌仙くん。その表情は声音に見合った呆れ顔だ。それには笑ってしまうが、それでも彼は気にした素振りは見せない。

「主は僕たちをただの『刀』として見ている。僕たちに『肉の器』を与えた割に、僕たちが人らしい感情や行動を見せるととても驚く。誰よりも長く『人』を見てきた僕たちなのにね」
「全くだよ。僕には主が何を考えているかさっぱり分からないね。『嫌だやりたくない』と言いつつ仕事はさぼらないし、『お金がない!』という割にはお守りはいいものを買ってくる。資材がないと分かれば『いっそ自分も遠征行けたらいいのに……』とか呟くし、遠征や出陣でよい結果が出せなくても『無事に帰ってきたからいいよ』とけろっとしては資材管理に移っていく。本当、何を考えているんだろうね、あの人は」

 演練先で余所の審神者に嫌味を言われても、主は「あ、そうですか。はいはいどうもー」と軽く笑い飛ばして帰る頃には忘れている。だけど僕たち刀剣男士の誰かが遠巻きに貶められたら、「ふっざけんなよ! うちの刀の切れ味やべえんだぞ! 舐めんなコラ!」と烈火のごとく怒る。それに「勝っても負けても気にしない。大事なのはそこから何を得るかだ」と僕たちの前では気丈に振舞うけど、陰では「自分のせいで負けたー! うわー!!」と自己嫌悪に陥って悔しがっている。
 誰よりも僕たちを『刀』として扱ってくれる主を、僕たちはそれぞれの形で慕っている。

「質の悪い天邪鬼だよ、本当」
「無自覚なのが余計にね」

 本人は「こんな主ですまんね……」とよく謝るけど、この本丸にいる誰もが主に不満なんて持っていない。
 戦うことが好きな同田貫くんは「アイツとは話が合う」と好戦的な瞳を輝かせているし、自虐的なことで有名な山姥切くんも「俺を“写し”だと侮らなかった。俺の“切れ味”だけを信じてくれた。だから、俺も主を信じる」と酔った勢いではあったけど、口にしていた。
 歌仙くんだって憎まれ口を叩いてはいるけれど、主に「歌仙は刀だけど趣味がいいよね。凄いなー」と褒められたことで好感度が上がったらしい。少しちょろすぎる気もするけど、それが彼のいいところだ。
 伽羅ちゃんだって「アイツは無駄に干渉してこないからいい。俺は刀として審神者の期待に応えるまでだ」とか言いつつ、主と少ない言葉を交わすのが好きらしい。彼も体外天邪鬼だけど、彼は分かりにくいようでわかりやすいのだ。

「皆主のこと大好きなのにね」
「本人が一番それに気づいていないんだから、本当! 手に負えないよ」

 ダン! と歌仙くんが勢いよく包丁を下す。その音に「怒ってるなぁ」と苦笑いしながら、僕も少しだけしょんぼりする。

「僕さぁ、この間誉を取った時主から頭を撫でられたんだよね。今まで一度もされたことがなかったから驚いちゃって。短刀の子たちにはしてたみたいなんだけど、僕は初めてだったから。格好悪いけど、固まっちゃったんだ」

 忘れもしない、一週間前の出陣先で僕は誉を取って帰還した。中傷だったけど誉桜のおかげで疲労や痛みは感じず、意気揚々と主に報告しに行ったことを覚えている。

「そしたら主、僕が頭を撫でられたのが嫌だと思ったらしくてさ。『ごめんなさい! もう二度としないから!』って謝られちゃった」

 僕の頭に触れた、小さくも暖かな手。柔らかくて、優しい仕草でさらりと僕の髪を撫でていった。その手の感触を、今でも忘れられないでいる。 

「すかさず『そんなことないよ! むしろすごく嬉しい!』って弁解したんだけどね。逆に慰められたと思われちゃったらしくって、『気遣わせてごめんね。ありがとう』って言われちゃった」

 僕は本当に嬉しかったのに。『お飾り』になることよりも『戦うこと』を楽しんでいる刀が多いから、きっと主は『刀に愛情を注ぐ』ことを避けているんだろうね。『大事』にすることと『飾る』ことは違うのに。少なくとも僕は主に触れられるのはすごく嬉しい。だけどそれが通じなかったことが悲しかった。

「本当、ままならないよねぇ」

 切った具材を鍋に入れ、煮詰めていく。僕の話を黙って聞いていた歌仙くんは呆れたような吐息を一つ零した。

「あの主にはどう説明したら僕たちの想いが伝わるんだろうね」
「ははっ、僕たちの『信頼』は伝わっているとは思うんだけどね。『好意』は微妙なところだよねー」

 二振りで同時に「はあ」とため息を零したところで、ようやく今朝の厨当番である最後の一振りがやってきた。

「いやー、すまん! 遅れてしもうた」
「遅いよ陸奥守! 早く手伝ってくれ!」

 そう、我が本丸最初の刀。主に最も信頼され、最も主を理解している初期刀、陸奥守吉行だった。



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