小説
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 女審神者水野(仮名)(二十代後半)、彼氏いない歴=年齢の弱小本丸運営中の喪女が――何故か最近、うちの刀剣男士たちにやたらと絡まれます。


『弱小本丸の喪女審神者』


 自己紹介をしよう。私の名前は水野(仮名)。しがない一般人だ。身長は百五十センチジャスト。小柄とは名ばかりの、残念ぽっちゃり体系の彼氏いない歴=年齢の喪女中の喪女だ。そんな私が何故審神者になったのかと言うと、刀剣男士たちの名前が世に広まり始めて数年。激化する戦闘とは裏腹に、本丸や審神者の数は常に足りない状況だった。
 当初は霊力の強い男女が年齢問わず審神者として政府に迎え入れられていたが、今では私みたいにほんの僅かな霊力しかない人間を誘わなければやっていけないほどギリギリの状態だ。
 一時期刀たちを無理に戦わせている。と問題になった『ブラック本丸』も、今は激減した。だがその分総戦闘数が減り、刀剣男士と歴史修正主義者たちとの戦争は激化の一途を辿っている。結果として私みたいな弱小霊力しか持たない者でも審神者になることが決定し、現在元の仕事を辞めてこの本丸に勤めている次第である。

 正直言うと、荷が重い。元は単なる事務員――しかも中小どころか零細企業の一般事務員だったのだ。そんな自分が突然『付喪神』たち――ようは神様だ――と一緒に共に戦うだなんて、無茶にもほどがある。だが政府からのご用達だから拒否権などないに等しい。
 唯一救いなのは元ブラック本丸ではなく、新しい本丸を任されたことだろうか。ホワイト本丸であっても顕現した主が違えば男士たちも色々気兼ねするだろうし。その点だけは助かったかなー。と思うぐらいだ。

 そんなわけで、私はまったくもって乗り気じゃなかった。別に前の職場が気に入っていたわけではないが、所謂『付喪神(末席でも神様に違いはない)』と『戦争』に加担するなんて。気が重くてしょうがなかった。
 とはいえ、渋々始めた審神者業ではあったが、初期刀に選んだ『陸奥守吉行』の気さくな性格のおかげでだいぶ肩の荷が下りたのは事実だ。彼のおかげで現在もどうにか本丸を回すことが出来ている。
 初鍛刀で来てくれた『小夜左文字』も、初期刀の陸奥守同様よく働いてくれているのでとても助かっている。むしろ彼が陸奥守とは正反対の性格であったからこそ助かったというべきか。


 そもそも私は『刀剣』について全くの素人であった。
 刀と聞けば時代劇か、お土産屋さんにある模造刀ぐらいしか想像できなかった。刀の名前どころか刀種すら知らなかった。当然彼らの元の持ち主のことや、渡り歩いた背景も知らない。名付けられた理由だって、どんな風に使われたのかも知らない。だからどんな性格の刀がいるのか、本当に知らないことだらけだった。
 だから初めて出会った男士が『陸奥守吉行』という比較的明るくて接しやすい刀であったのに対し、『小夜左文字』の押し潰されそうな闇には度肝を抜かれた。だけど私には陸奥守の明るさより、小夜の薄暗さの方が『刀らしさ』を感じた。

 私の中で刀とは、人を殺す道具だ。確かに結果としてそれは『誰かを守る』行為にはなるんだけど、そのためには結局誰かを『斬り』、『殺す』のだ。だから私は刀があまり好きではない。色んな刀剣男士を見てきたけど、やっぱりこの気持ちだけは変わらない。どんな物であれ、人を殺す道具は好きになれない。
 だって私痛いの嫌いだし。血も苦手だ。月一でくるアレなんかマジで大嫌いだ。そもそもあの鉄臭い匂いが好きじゃない。色も赤って言うのが嫌だ。怖い。
 話が逸れたが、それを加味しても私は刀剣男士たちとは一定の距離は取るようにしていた。とはいえ、何も初めからそうだったわけじゃない。
 初期刀が陸奥守だったから、つい「何だ、『付喪神』って言うからどんなもんかと思ったけど、案外フレンドリーなんじゃん」とか思ったけど、そんなわけなかった。

 事の発端は我が本丸に『へし切長谷部』が来てからだ。
 その時まではそれなりに刀たちと仲良くやっていた。神様だけど、何と言うか、もっと『身近な存在』として不躾なほど気楽に接していた。陸奥守のことは私が名前を噛みまくるから『むっちゃん』って呼んでたし、小夜のことも『小夜くん』なんて呼んでいた。でも長谷部が来た時――私は自分の浅はかさを恥じた。

「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」

 そう言って顕現した彼は、うちに来た八番目の刀だった。
 サラサラとした榛色の髪に、刀の装いとしては珍しいストラをその身に纏い顕現した彼。そんな『織田信長』の刀として知れ渡る彼に、私は違う方向で食いついた。

「え?!『へし切長谷部』って、あの福岡市博物館に保管されてる?! 嘘、本当?! 私一時期福岡に住んでたんだー! 一回だけだけど見に行ったことあるよ! 君も『刀剣男士』の対象刀だったんだねー」

 言っておくけど悪気はない。うん。悪気はないんだけどバカだった。バカだし、浅はかだった。今でもタイムマシンがあればこの時に戻って自分の口を塞ぐか頭を殴りたい。
 だって今でも忘れられない。あの時の、長谷部の強張った顔を。だけど、私はあまりの興奮でそれに気づかなかった。

「私のおじいちゃんが福岡に住んでてね。おじいちゃんは隣に展示されてる『日本号』っていう槍が好きなんだ。知ってるよね? うちにはまだいないけどさー、福岡に住んでた身としては『へし切長谷部』と仕事が出来るのは何だか嬉しいよ! 来てくれてありがとう!」

 そう言って差し出した手を、彼はぎこちない仕草と笑みで受け入れてくれた。陸奥守もその時は「おんしにしては珍しく知っちょったんじゃのぉー」なんて笑っていたから、長谷部の硬くなった空気に気づかないままだった。
 私は福岡が好きだ。数年しか住んでいなかったけど、食べ物は美味しかったし、便利な施設も多かったし、周りの人も気さくで暖かな人が多かった。だから余計に舞い上がってしまったんだと思う。私の大好きな福岡にいる『長谷部』だから、きっと同じ福岡の話で盛り上がれたり仲良くなれるんじゃないか、って。
 でも現実は違った。長谷部は「織田信長」の刀として顕現していた。
 口にするのは元主のことばかり。別にそれが嫌だったわけじゃない。気になったのは、それを口にするときの長谷部の『表情』だった。

 彼は織田信長のことを口にする度、顔を引き攣らせ、私から目を逸らす。まるで福岡にいる自分の本体から目を逸らすかのように。まるで、黒田官兵衛に下げ渡された当時から目を逸らすように。
 元主の話ばかりするくせに、吹っ切れられないのか、福岡が好きだと言った私を気遣うような目をする。心苦しそうな、葛藤するような瞳。それを目にした時、私は「ああ、間違ったな」と思ったのだ。

 刀は決して無条件でその出自や、元の主を好いているわけではないのだ。それを長谷部から学んだ。彼にとって、自身が褒美として『下げ渡された』ことは受け入れがたい事実だったのだと。その時になってようやく気付いた。

 失礼なことを言ってしまった。
 そう思った時には既に遅く、長谷部は私とどう接してよいのか考えあぐねているようだった。だから、私は刀たちと一定の距離を取ることが必要なのだと考えた。
 ただ『一定の距離を置く』とは簡単に言えても、実際にどういう風にするかは中々決められないでいた。すぐに出来ることと言えば、今まで馴れ馴れしく呼んでいた名前を正すことぐらいだ。それでも陸奥守と小夜だけは以前の呼び方で落ち着いているんだけど。何せ本人たちから「今更呼び方を変えられても気持ち悪い」と苦言を呈されたからだ。酷い話である。
 まぁそれだけ短い間でも濃い付き合いをしてきたからなんだけど、それを喜べばいいのか申し訳なく思えばいいのか、今でも時折迷う。

 そんな私に第二の転機が訪れたのは、小夜のお兄さんでもある『江雪左文字』が来た時だった。

「……江雪左文字と申します。戦いが、この世から消える日はあるのでしょうか……?」

 彼は小夜と同じか、あるいはそれ以上の物悲しいオーラを纏って顕現した。身長百五十センチしかない自分にとってはあまりの衝撃だった。そのデカさも、髪の長さも、性格の暗さも。当時我が本丸にいる中で薄暗さは最大値だった。曲がりなりにも癖のある刀たちを見てきた分、多少なりとも耐性が出来ていたと思っていが、彼は別格だった。

「戦いは嫌いです」
「世は悲しみに満ちています」
「救いはないのでしょうか」

 聞かされる言葉は悉く悲しいものばかり。江雪の前に来た刀が『同田貫正国』だった分、余計に衝撃はデカかった。同田貫はとにかく「戦に出られりゃそれでいい」という主義で、私はかなり気が楽になったのだ。
 先にも述べたが、私は刀を『人を殺す道具』だと思っている。だから『人を救うために戦う!』と言われると違和感を抱くのだが、刀の本分として『戦いたい』と言われたら「そうだよな」と思うのだ。だから同田貫が来た時は「こちらこそよろしくお願いします」と素直に頭を下げることが出来たし、その前に来た『山姥切国広』にだって「“写し”だと斬れなんですか? そんなことないですよね? じゃあ戦ってください」と言えたのだ。
 だけど『戦』を嫌っている刀が来たときは? 一体どうしたらいいのか分からず、私は暫し言葉を失った。

 見上げた先、見下ろされた先、かち合った瞳はこの本丸に顕現した誰よりも悲しみに溢れていた。全身で『戦いたくなどないのに』と物語っていた。そんな刀に何を言えばいいのか。分からずに混乱した私は、またもとんでもないことを口走ってしまった。

「戦ってもらわなくても、いいです」

 と。……いや、うん。何度も言うようだが悪気はない。悪気はないんだ。でも、だって、『戦』を嫌がる刀に『いいから(戦に)出ろや!』とはどうしても言えなかったのだ。私だって『戦』は好きじゃない。喧嘩だって嫌いだ。出来ればしたくない。穏便に、毎日平穏に、それこそ劇的な変化などなくていいから、平々凡々と縁側で茶でも飲みながらゆっくり老いていきたい。
 だから、言ってしまった。「無理に戦ってもらわなくてもいいです」と。

「戦は、私も好きじゃありません。審神者にだって、好きでなったわけじゃありません。勝手に呼んでおいて何ですが、戦いに出たくない刀を無理に戦場に出す気はありません。現状、江雪さんに出て貰わずとも今うちにいる刀たちでどうにか本丸を回すことが出来ています。というか、むしろ資材は枯渇気味で、正直余裕なんてちっともありません。手入れで資材を失くすぐらいなら、戦に出て貰わない方が助かる部分もあるんです」

 そう言って、当時近侍だった小夜から渡されていた資材一覧表を彼に見せた。

「我が本丸はかなり弱小です。それは私の霊力がほぼないからです。今顕現している刀たちには苦労をさせています。我慢も、無理も同じくらいさせています。貴方以外にも己の過去や、出自に関し悲しみを抱いている刀はいます。それでも彼らは『戦う』ことを拒みはしませんでした。だから、私もその気持ちに応えたくてその資材表と睨めっこしながら毎日彼らの出陣を決めています。こんなこと、顕現したばかりの貴方に言うのも卑怯だとは思いますが、今後戦に出るか、このままただの鈍ら刀として飾られるか、ご自分でお決めになってください」

 そう、言い切った。この時私は、怖くて近侍だった小夜の顔を見ることが出来なかった。私の顔は特殊な布で隠しているから江雪からは視えなかったと思うけど、それでも、彼の目を見ることすら出来なかった。

「……そうですか。分かりました」

 江雪はそれだけ言うと口を噤んだ。しんとした重苦しい空気の中、気を利かせた小夜が江雪を促し、私の部屋から出て行った。
 結局江雪は「“仕事”ですから」と言って戦には出てくれたけど、今でも彼とはどんな顔をして接すればいいのか分からず困っている。

 そんなわけで、私は刀たちと必要以上には喋らず、極力接する機会がないように努めているのだ。まぁこんだけやらかしてりゃあな。はは。と虚しい笑いを零したところで、私は机に突っ伏した。

「なのに、何故!!! 何故奴らは最近私の周りをうろちょろしているんだ……?!?!」

 そう。最近まで彼らも私には必要以上に近づいてはこなかった。
 長谷部が来るまでの七振り、初期刀である陸奥守吉行、初鍛刀で来た小夜左文字、前田藤四郎、秋田藤四郎、五虎退、堀川国広、鳴狐とはそれなりにいい関係を築けていたけど。それ以外では、特にへし切長谷部を初めとし、江雪左文字、大倶利伽羅、山姥切国広、奇跡の産物大典太光世とは非常に微妙な、日々綱渡りのような状態で過ごしていた。
 分かりやすく言うと、親しさとは程遠い、ぎこちない、ぎくしゃくとした関係だ。特に前者二振り。私がやらかしたせいもあり、一方的に苦手意識が強い。
 大倶利伽羅は言わずもがな『慣れ合わない』主義だし、山姥切国広は自分から近寄ってこないから会う機会がそうそうない。大典太光世は私の力が弱小すぎて申し訳なく、彼もまた私に近づくと不味いと思っているのか接触を避けているので会う機会がないのだ。
 いやー、本当……何でうちの本丸上手くいってんだろう。初期刀のおかげかな? いやー、むっちゃんのコミュ力の高さには本当感謝しかねえわー。とか思っていたのに。

「……おい」
「ふぁい?!」

 すらりと静かに開けられた襖の先、立っていたのは例の大倶利伽羅だった。

「……そこで拾った。やる」
「え。あ、ありがとう……」

 ぶっきらぼうに差し出されたのは、黄色い花。多分、庭のいたるところに咲いているマリーゴールドだと思う。ぱっと見で判断出来るほど花に詳しくはないから断定できないんだけど……。ただこれって「拾った」っていうより切ったんじゃないの? とは思うが、ありがたく受け取ることにした。どんな関係であれ、流石に貰ったものを「いらない」とは突っ返せないし。
 そんな私に何を思ったのか、彼は「それだけだ。じゃあな」と言って襖を綺麗に閉めて去っていった。

……え? どういうことなん? マジで。

 正直言うと、大倶利伽羅から花を貰ったのはこれが初めてではない。数えているから分かる。花を貰ったのはこれが四度目だ。それもここ最近の話で、初めて貰ったのは遠征帰りのことだった。
 隊長に任命していた彼から資材と報告書を受け取り、いつものように「お疲れさまでした」と頭を下げた時だった。

「……ついでに、拾い物だ。やる」

 そう言って渡されたのが、鮮やかな桃色をしたナデシコの花だった。当時は驚きすぎてすぐに言葉が出なかったが、大倶利伽羅の「……いらないのか」という言葉に我に返り、慌てて受け取り礼を述べた。以来、彼からは週に一、二度花が贈られてくる。そのどれもが「拾った」ものらしい。……どこで拾ったのかは聞いてはいないが。

「……しかし、どうすっかなぁ〜。私生け花とかしたことないし」

 茶道や華道というのは古き女性の嗜みだったのだろうけど、現代に生きる女子の多くはそれらとは無縁の生活を送っている。……はずだ。別に私が無頓着なだけじゃないって信じてる!!
 そんなわけで今日も私はうんうん悩みながら、歌仙に借りた花瓶にマリーゴールドを活けるのであった。



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