小説
- ナノ -





小さい頃よく遊んだ、石鹸水を作ってシャボン玉を作る遊び。
サクラは紅がついてしまった衣服を一度手洗いで落とした後洗濯機に放り込んだが、残った石鹸水を見つめ暫し思案した。

「わー、懐かし〜」

ふわふわと浮かぶ大小様々なシャボン玉は美しく、砂隠の強い風に負けじと飛んでいく。
流石に屋根まで飛ぶことは難しいだろうが、それでもサクラが飽きずに一人でシャボン玉を量産していると、背後からくすりと笑う声が聞こえる。

「何よ」
「いや。随分可愛らしいことをしているな、と思ってな」

笑う我愛羅は久しぶりに非番であった。とはいえ緊急事態があればすぐに飛び出すが、それでも今日は珍しく長閑な一日を過ごしている。
浮かぶシャボン玉は幾重にも、太陽の光を反射させながらサクラの手元から離れて行く。

「昔はよくそれで遊んだのか?」
「うん。まぁ、それなりにね」

女の子の遊びと言えばおままごとであったりお人形遊びであったり、お花を摘んだり花冠を作ったり、絵を描いたり絵本を読んだり、大人しいものが多い。
外で遊ぶにしても男の子に比べれば穏やかなものが多く、鬼ごっこや色つき鬼などが主だった。
昔は苛められっ子だったサクラはいのと出会うまでは一人遊びしかしたことがなく、母親が作ってくれた石鹸水でこうしてシャボン玉を作っていた。

「でもあんまりいい思い出がないから…小さい頃だけね。こんなことしてたのは」

いのと知り合ってからは一人で遊ぶことはなくなり、シャボン玉とも縁遠くなった。
一人で遊ぶことがなくなったサクラに母親も石鹸水を作ることはなく、サクラもまたシャボン玉を作りたいと強請ることはなかった。

「綺麗なんだけどね」

苦笑いするサクラに我愛羅は暫し瞬くと、読んでいた新聞を折り畳みサクラの隣に腰かける。
そうして何の躊躇いもなく石鹸水に手をつけると、親指と人差し指の間に出来た薄い膜に向かって息を吹きかけた。

「…成程、勢いよく吹くと割れるんだな」
「ふふっ、知らなかったの?でも優しすぎても上手くできないのよ」
「そうか」

指先を擦り合わせれば小さな泡がぷくぷくと立ち上がってくる。それを飛ばすように息を吹きかければそれは天には上らず地面へと落ちていく。
風に攫われても結局それは落ちて行き、我愛羅は泡とシャボン玉じゃやはり違うんだな、とそんなことを思いながら再度石鹸水に手をつけた。

「こんなものか?」
「あ、いい感じじゃない。上手上手〜」

上手い具合に膨らんだそれを指から離せば、それは丁度柔らかく吹いてきた風に攫われ飛んでいく。
視界の端では今朝方干したばかりの衣服が風に揺れ、その穏やかな光景に我愛羅は思わず頬を緩めた。

「たまにはこういうのもいいな」
「ふふ…あなたが楽しんでくれるなら、シャボン玉もいいものね」

サクラにとっては寂しい思いでしかない。綺麗で儚いシャボン玉。
それでも我愛羅と共に並んで作るそれはどこまでもキラキラと、太陽の光を反射させながら昇っていく。
まるで我愛羅の瞳のようだ。
青空を透かすようにして浮かぶシャボン玉と、子供のように瞳を輝かせる男。
キラキラと眩しい程に輝いて、いつだってサクラの空虚な心を埋めてくれる。
懐かしい、郷愁にも似た想いを抱きながらサクラが視線を落とせば、気づいた我愛羅が石鹸水に両手をつけてサクラに向かってそれを掲げた。

「この形で作れると思うか?」

そう言ってサクラに見せてきたのは、両手の親指と人差し指の先同士をくっつけた、所謂ハート型。
我愛羅の意外な行動にサクラは目を開いたが、すぐさま吹き出し破顔した。

「知らない!やってみれば?」
「ものは試しと言うやつか」

自分を気遣ってくれたのだろう。どこかとぼけつつもサクラが笑えば嬉しそうに目を細める、自身を深く思ってくれる男に頬が緩む。
もうサクラはあの頃のように一人でシャボン玉を飛ばしているわけではない。自分の隣にはこの心優しい男がいる。
それがどれだけ尊く有難いか、深く噛みしめながらサクラはシャボン玉づくりに悪戦苦闘する我愛羅を見つめた。

「ダメだ、くっつく」
「あら、いいじゃない。二つの心臓がくっついて一つになるみたいで、私は好きよ」

本当は別々だけど、重なり合って一つになれたら嬉しい。
その考えが伝わればいいと思いつつ告げた言葉に我愛羅は暫し瞬くと、それもそうかと頷き一際大きくなったシャボン玉を空へと投げた。
それは他の小さなシャボン玉に比べ中々高くは昇らなかったが、それでもゆっくりと青空に向かって昇っていく姿は清々しく、二人は穏やかに頬を撫でていく風と共にそれを見送った。



end



サクラちゃんの一人遊びに付き合う我愛羅くん。でも多分そのうち我愛羅くんの方が嵌ったりするんじゃないかな。(笑)




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