小説
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忘れ物





「あ」

思わず零した声にいのがどうしたの?と振り返る。

「…体操着忘れた…」



*忘れ物*




「体操着忘れたって…あんたもう着てるじゃない」

何言ってんの?
といのの呆れたようなバカにしたような視線にそうじゃなくて、と私は反論する。

「長袖の方よ!」
「え、マジ?!」

うちの学校は体育時、夏場以外は半袖の体操着の上に長袖の体操着を着用することになっている。
それを洗濯したまま体操着入れに仕舞い忘れていたらしく、鞄の中は空っぽだ。

「うわぁ〜…どうしよ〜…」

別にちょっと減点されるぐらいなら問題ないのだが、今の季節は北風がびゅんびゅん駆け巡る11月だ。
これはちょっと…寒いどころの話じゃない気がする。
と私が少し遠い目をしていると、ヒナタが誰か余分に持ってないかな?と辺りを見回す。

「でも普通持ってないよねー…」

いのの言う通り、周りに居た女子全員がごめん、と首を横に振る。
やっぱりそうよね。と項垂れるが、ないものはしょうがない。
気合で乗り切るか!と私がえーいと更衣室から飛び出せば

「…サクラ、上着はどうした」

ちょうど体育委員と用意をしていた我愛羅くんに見つかってしまう。
え、えーと、と口ごもる私の代わりに、いのがこの子忘れちゃったのよ。と呆れた口調で説明する。

「忘れたのか?この時期に?」
「面目ない…」

しゅん、と項垂れる私に我愛羅くんはちゃんと確認しないからだ。と呆れる。
返す言葉もございません。と私が小声で返せば、突然頭に何かあたたかいものが被さると同時に視界が暗くなる。

なになに?!
とすぐに開けた視界に声を出せば、目の前には半袖姿の我愛羅くん。

え?
と私が固まっていると
俺はもう一枚持ってるから、貸してやる。
と言われてようやく状況がつかめる。

「…いいの?」
「構わん」

それに風邪なんて引きたくないだろう?
と返されそれはそうだけど。と頷く。

「…かたじけない」
「うむ。苦しゅうない」

もぞもぞと貸してもらった長袖に腕を通せば、思ったよりもぶかぶかでやっぱり彼は男の子だなぁ、と思う。

「洗って返すね」
「別にそのままでも構わんが」
「ダメよ。しゃぼんの香りをつけて返すわ」

しゃぼんか。
しゃぼんよ。
と返せばあんたたち何言ってんのよ。といのから突っ込まれる。

「あんたたちのゆるーい会話聞いててあげてもいいんだけど、そろそろ行かないと先生来るわよ?」

呆れるいのにそうだった。と私が呟けば、いのは溜息をつきヒナタはサクラちゃん…と苦笑いする。

「じゃあ俺は上着を取って来よう」
「我愛羅くん、ありがとね」

彼に向かって笑えば、ああ。と言って笑い返してくれる。
あーやっぱり我愛羅くんカッコいい。
と彼の匂いとぬくもりでいっぱいの上着をぎゅっと抱きしめれば
ごちそーさまでしたー!
といのに首元を掴まれ引きずられる。

「ちょっといの!伸びちゃうじゃない!!」
「じゃあ自分の力で歩きなさいよ!!これみよがしにいちゃつきやがって羨ましいったらないっつの!!」
「まぁまぁ、いのちゃん、サクラちゃん」

落ち着いて。
と苦笑い気味に宥めてくるヒナタにむぅ、とむくれれば子供かあんたは。といのに呆れられる。

「あたしが子供ならあんたも子供よ」
「よく言うわよ」

ぎゃーぎゃーと二人で言い合いながら、時にヒナタに同意を求めながらグラウンドに出る。
途端にびゅう、と吹いた風に顔を顰めるが、彼のぬくもりが残った上着は暖かい。

やっぱり幸せ。
むふふと笑えば、いのからその顔腹立つわね。と軽く小突かれた。

ま、幸せそうで何よりだけど。
とツンデレ気味に呟く親友にまぁね。と返せばやっぱり腹立つわ。と頬をつねられた。


end


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