小説
- ナノ -


所謂『あーん』ってやつ





「我愛羅くんも食べる?」

そう聞いて彼の口元にお菓子を持っていけば、彼は腰を折り口を開けてお菓子に噛みつく。
初めてされた時はとても驚いたが、彼はこうして差し出された食べ物を手で受け取らずにそのまま食べる癖がある。
所謂『あーん』というやつだ。
どうしてそうなったか聞けば、彼の家ではこれが普通らしく、初めてされた時私がえ?!と驚けば彼もん?と首を傾げた。
彼の中では普通でも私にとっては普通じゃないとそこで教えれば、彼はそうか。と呟いた後以後気を付けると言った。
それはまだ私と彼が付き合う前の話なのだけれども、今ではもう公認というか、彼が無意識だから仕方ないとそう考えるようにした。

それでも彼は一応気を付けているらしく、ちゃんと意識している時は私でも他の誰からでも手で受け取るようにしている。
でも一旦意識がどこか別の方向に行っている時に私が口元にお菓子を持って行けば、彼は自然に口を開けそのままぱくりと食べてしまう。
そしてその後すぐに
しまった。
という顔をするのが実は面白くて仕方がない。
別にいじめているわけではない。ちょっとからかっているだけなのだ。
彼のこういう素の反応が見れることはなかなかないので貴重だ。だからこそ見たくなるのだけれども。
うふふ。
と私が笑えば、彼は居心地悪そうに視線をそらすもののお菓子はちゃんと咀嚼する。
もぐもぐと動く頬が可愛らしい。
再度私が口元にお菓子を持っていけば、さすがに今回は手で受け取ろうとしたので

「罰ゲーム。口から食べて?」

と微笑んで言えば、彼は顔を赤く染めて、このやろう。と言わんばかりに睨めつけてきた。
が本気じゃないのはわかっているので怖くもなんともない。

はい。
と私が機嫌よくお菓子を差し出せば、彼は渋々顔を近づけてそれを食べる。
可愛い。
と呟けば彼は悪趣味だ。ともごもごしながら呟いた。
でもそんな私も好きでしょう?
と聞けば彼は完全に動きを止め顔をそむけてしまう。
ねぇねぇ、と袖を引けば、制服に隠れた彼の首元が赤く染まってるのが分かる。本当に、可愛らしい人だ。

がーあーらーくん!
と抱き着けば、ようやくこちらを向く我愛羅くんの顔は真っ赤だ。
トマトみたいね。
と笑えばうるさい。と怒られる。でも全然怖くないよ。
お前のそういうところは…少し苦手だ。
そう言ってそっぽを向く我愛羅くんだけど、苦手なだけで嫌いではないらしい。
彼は私に甘いのだ。
そしてそれに甘えて彼にイタズラする私もどうかと思うのだが、私も彼が好きで、彼のそういう反応が見たくて、いろんな表情を知りたいから仕方ないと思う。
というより、仕方ないと我愛羅くんの方が諦めるべきなのだ。
だって私は彼が好きなのだから。

「私は好きよ、我愛羅くんのそういうところ」

彼に抱きついたまま言えば、彼は少し体を固くした後、消え入りそうな声でそうか。と呟いた。
手の甲で隠したつもりでも、真っ赤に染まった耳も首も隠せていない。
本当に可愛い人だと私は笑って彼を抱きしめる腕に少しだけ力を入れた。


end


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