小説
- ナノ -





我サクお題『この花が枯れたとき、』

一輪挿しの花瓶に生けた花が、少ない花弁をまた一枚ひらりと手放す。物寂しく曲った背はこの花が余命幾許ともないことを密かに訴えかけてくる。

「もうすぐ散っちゃうね」

落ちたか弁を拾い上げ、柔らかな感触を楽しむ横顔に憂いはない。ただ穏やかだった。

「冬が明ければ春が来る。散った花も植えればすぐにまた芽を出すだろう」
「ふふ…そうかもね」

以前よりずっと細くなった手を握りしめ、浮いた血管の感触に恐れを抱く。

「春になったら木の葉へ行こう。お前が好きな桜を見に行こう」
「…うん」

少しの間を置いて返された答えは柔らかい。
落ちた花弁そっくりなその声音に、頼むからこれ以上不安にさせないでくれとただ願う。

「愛してる…愛してるんだ、サクラ…」
「うん…」

もうベッドの上から起き上がれなくなった、一回り小さくなった体を抱きしめる。
彼女と俺を繋ぐ鼓動は確かに聞こえるのに、その背後からひっそりと忍び寄る骸の白いむき出しの腕が待っている。
その手に彼女を掴まれてたまるものかと、強く彼女を抱きしめれば痛いと零されハッとする。

「すまない…」

鮮やかだった薄紅の髪も、今は艶もなくくすんでいる。彼女が徐々に消えていく。

「私、幸せよ。あなたに愛されて、本当に幸せだった」

微笑む横顔は俺に向けられていない。寝そべったまま喋る彼女の声が、徐々に遠くなる。

「サクラ、いかないでくれ、サクラ…!」

彼女を助けてくれるなら、悪魔だろうが怪物だろうが契約してやる。なのに、現れるのは骸の腕だけ。

「…ごめんね…我愛羅くん…あいしてるわ…」
「サクラ…」

手招きする、骸のように細くなった指先からコトリと指輪が抜け落ちる。
輝きを失った彼女の瞳のようにくすんだソレが床に落ちると同時に、窓際に置いていた花瓶から最後の一枚がひらりと落ちた。

end


我サクお題『たった二人の世界』

夜半、寝入る横顔を見て思う。世界にもし己と彼女だけだったならどれだけ幸せだろうかと。けれど彼女はとても寂しがり屋だから、きっと二人だけじゃ耐えられないだろう。

「世界に俺達だけしかいなければよかったのにな」

無垢な君を汚す言葉は届かないままでいい。

end

我サクお題『帰り道、君と肩を並べて』

区切りのいいところで仕事を切り上げて、逃げるように飛び出てきた風影邸から離れた位置にある施設に足を向ける。夕暮れもそろそろ闇に呑まれる頃の、さまざまな色が融解していく空を見上げながら壁に背を預ける。
一番星がそろそろ輝く頃だろうかとぼんやりと空を見上げていれば、施設から出てきたサクラがぎゃあと声を上げる。

「び、びっくりした…!!」
「…お前、いくらなんでも気を抜きすぎだろう」

疲れていても忍なんだからしっかりしろと背を叩けば、だってあなた気配消すの上手いんだもん、等と嘯く。

「それにしても迎えに来てくれるなんて珍しいわね。早く終わったの?」

いつの間にか自然と合うようになった歩幅と視線に愛しさを覚えながら、早めに切り上げてきたと返せばそっかと柔らかく微笑んでくる。
久しぶりに見る、サクラの穏やかな笑みだった。

「晩御飯どうしよっか」

小さな石を蹴り上げて、楽しげに呟く彼女に今日は外食にしようと返す。いつもなら二人揃って食事を作るものだが、今日は気分じゃなかった。だがそれはサクラも同じだったのか、やったーと子供のように声を上げ破顔する。

「サクラ」
「うん?」

名を呼べば春の日差しの如く柔らかい視線が向けられる。その穏やかな翡翠に目を細め、今日は沢山話そう、と続ければ、サクラは少女のような笑みを浮かべうんと頷いた。
足元に伸びる影が隙間なくくっつく姿が、妙に愛しかった。

end


我サクお題『お前がいない』

久々にサクラと喧嘩をした。理由は些細なことだったのだろう。正直もう思い出せない。それなのに彼女に頭を下げれずにいるのは、タイミング悪く彼女が木の葉との合同任務に出かけてしまっていたからであった。

「…はあ…」

積み重なる書類と進まない筆。
墨の匂いと砂塵が舞い散る音だけが五感を満たす。全くもって味気ない。

「…我愛羅、お前今日何回溜息つくつもりだい?」
「もう五分に一回の割合で溜息ついてんじゃん」

呆れる姉兄の言葉を右から左に聞き流し、サクラが足りないと机に伏せれば困ったものだと呆れる声が降ってくる。

「骨抜きどころかこれじゃあただの腑抜けだね」
「根性見せろよ我愛羅、サクラが帰ってきた時にちゃんとしてねえと愛想つかされるじゃん?」

なじる声も気遣う声も煩わしい。というよりも分かってはいるのだ。二人の言い分も。だが如何せん、サクラ欠乏症の自分には意味をなさない。

「…サクラサクラサクラサクラサクラサクラサクラ」
「うわ、ついに壊れた」
「読経みたいじゃん…」

とりあえず言葉にして彼女の不足を補おうとしてみたが、かえって彼女不足を助長させるにすぎなかった。骨折り損のくたびれもうけだ。

「サクラに会いたい…」

正直仕事なんてする気になれない。筆なんて持ちたくない。書類なんて破けてしまえ。そんなことを思っていると、コンコンと執務室の扉が数度ノックされ無意識に入れと唇が動く。習慣とは恐ろしいものである。

「サクラ只今戻りました…って我愛羅くん何してんの?!」

聞こえてきた声にがばりと伏せていた身を起こせば、存外近くにいた彼女の手が伸ばされ額に置かれる。

「うーん…熱はないみたいだけど…ねえ、私がいない間ちゃんとご飯食べた?睡眠はちゃんと取ったんでしょうね?」

目の隈をなぞり、首の脈をはかり、話しかけながら真剣な眼差しで診察し始める。
そんなサクラの姿に暫し瞬いた後、彼女の名を呼べばうん?と返事を返すとともに煌めく瞳が向けられる。
星が瞬く夜のように、春の息吹を呼び込む風のように、五感を震わせる美しい瞳にただ魅入る。

「…おかえり」

出てきた声は僅かに掠れ、それでも至近距離にいた彼女にはしかと届いただろう。
案の定サクラはにこりと笑うと、ただいま我愛羅くん。と言って頭を撫でてきた。
不思議なぐらい、体から力が抜けた。

「…あーあ、結局サクラに骨抜きじゃん」
「まったく…しょうがない奴だねぇ」

サクラの背後から聞こえてくる声は全て無視することに決め、この間はすまなかったと謝れば、何のこと?と彼女が首を傾ける。

「謝るようなことなんてあったかしら?忘れちゃった」

本当は覚えているだろうに、笑顔でそれをさらりと流す彼女に感銘を受ける。
こうしたところが彼女の魅力の一つなのかと思っていると、でも、と血色のいい唇が悪戯に弧を描く。

「今日は美味しいものが食べたいかなー、なーんて」

子供のような笑みを浮かべ、さあどうする?と言わんばかりの空気を纏う彼女に降参だと両手を上げる。

「何が食いたいか決めててくれ」
「やったー!今日はいーっぱい美味しいもの食べちゃおーっと!」

朗らかに笑う彼女に吐息を零し、
それでもやはり彼女のそういうところが愛おしいのだと実感する。

「サクラ」
「うん?」

振り返った瞳の眩しさに目を細め、無意識に伸ばした腕の中に閉じ込めた。

「逢いたかった」

君のいない時間は退屈だ。声が聞けないことも、姿が見えないことも、苦痛で仕方がない。
これでは本当に骨抜きだと、嬉しそうに抱きしめ返してくる彼女の額に口付けた。

end

(…おもっきし二人の世界じゃん…)
(出るタイミングを完全に逃したね…)
苦労人姉兄。



我サクお題『約束破り』

「嘘つき」

ずっと一緒だと約束したのに、どうして私を置いて逝ってしまうの?顔中皺だらけになっても隣で笑い合っていようって、そう約束したのに。

「嘘つき、」

頼もしかったあなたの体は、いとも簡単に崩れてしまった。

end


我サクお題『余裕なさ気に服をめくる』

「わあああ我愛羅くん虫が!虫がああああ!!」
「いいから落ち着け、すぐとってやるから」

感慨もなくめくられた服の下、現れた虫に羨ましい奴めと内心で呟いてから取り除く。露わになった肌が目に眩しかった。

end


我サクお題『暗い空の下で 今にも泣き出しそうに 君は一人、 「他にどうしたらよかったんだろう」 と言いました。』

「…じゃあね、我愛羅くん」
「ああ…元気でな」

誰にも言えずに育んできた愛も、今日で終わり。あれだけ望んでいた彼との未来があったはずなのに、終わりは欠伸が出るほどあっけなかった。

「…私じゃ、だめだったのよ…」

身分違い、里違い、国違い。
分かってる。私じゃあの人の隣には立てない。

「…だめだったのよ…」

どれだけ頑張っても、どれだけ知識をつけても、私はあの人にたどり着けない。私じゃダメだった。無理だったと、諦めるのは至極簡単なことだった。もう、歩きたくなかった。

「…これでよかったのよ…」

呟く声は闇に消え、落ちた雫は音にもならなかった。

end



prev / next


[ back to top ]