小説
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8月中のログ


サソサクお題『どうしても分かりあえない』

私は人間。あなたは人形。
確かにあったものはそこにはなくて、なかったものがあなたにはある。
それは大事なものを捨ててまで欲しかったものなのか、それとも大事なものを大事にしたくなかったからあえて捨てたのか。それは私には分からない。
けれどあなたがとても怖がりで、いつまでたっても大人になりきれず、子供のままの自分を抱えていることも知っている。知っているけれど、何もできない。

「お前の手助けなんかいらねえよ。俺は一人で生きる」

伸ばした手はいつも振り払われる。臆病な子供の背は丸いまま、顔があげられることはない。
分かりたいのに分かりあうことができない。
あなたが私の方を向いてくれなきゃ私はあなたがちゃんと見えない。

「臆病者」

身体だけでなく心まで武装して、あなたは一体何から逃げてるの?

end



サソサクお題『こんなに好きにさせておいて』

「今更よね」
「何がだよ」

贈られた輪っかがキラリと中指の底で光る。太陽に翳すたびに煌めくソレは目に眩しく、根暗な彼が選んだにしては随分と綺麗なものだと目を細める。

「迎えに来るのが遅すぎるのよ」
「人のこと忘れてたのはどこの誰だ」

小さい頃に約束した『大きくなったらお嫁さんにしてね』を本気で叶えに来た年上の男にふんと笑う。

「女は待たせるぐらいがちょうどいいのよ」
「待たせすぎだクソ」

無駄に端正な顔に渋面を作り、それでも私の手を取る仕草は丁寧だ。

「いいから結婚すんぞ、アホ女」

握られた手は少し汗ばんでいて顔に似合わず緊張しているのかと思えば不思議と愛おしかった。

「そうね、しょうがないから付き合ってあげるわよ」

あなたの人生に。
あなたの得意な不敵な笑みで、あなたが言いそうな遠回しな言い方で、出したサインは届いたかしら?
似合いもしないあなたの真似をするのは、どうしてだか本当に分かっているのかしら。

「生意気な小娘だ」

零れる悪態は聞き慣れたもので、はいはいと笑えばぎゅうと頬を抓られた。
たまには私が一枚上手でもいいじゃない。だって私をこんな気持ちにさせたんだから。

「いつものお返しよ、バーカ」

左手の薬指に贈られた指輪がキラリと光る。
その指先で少し硬い頬を抓って、浮かんだしかめっ面にざまあみろと笑ってやった。
私の気持ちは、今はまっすぐあなたに向かってる。

end


サソサクお題『待て、なんていわないで』

似合わないのよ、あなたが私に『待て』っていうなんて。

「いいから待ってろ!絶対そこにいろよ!」

震える指先が丸めた新聞紙を握りしめる。
あーあ、バカね。そんなに緊張してたら狙いが逃げちゃうじゃない。

「俺ならいける俺ならいける俺ならいける…」

呪文のように繰り返される言葉にため息を一つ零して、もしものためにと愛用の蝿叩きを後ろ手に隠し持つ。

「そぉらあ!!」

パン!と聞こえた音の後にぎゃあと叫ぶ情けない声。
ああ、だから『待て』なんて言葉似合わないのよ、ヘタレのあなたには。

「ゴキブリ退治位できるっつーの」

情けない男の肩に手を置いて、いいから下がってなさいと後ろに押した。
蠢く黒光りに向かって一閃を放つ。私の前に現れた、それだけであなたの命は終わっていたのよ。

「まったく、人ん家に勝手に入ってくるなんて…人間だったら不法侵入で訴えてたわよ」

倒れた死骸を網に乗せ、そぉらと外に放り投げる。

「だから言ったじゃない。私が殺った方が早いって」

そこで待ってろなんてキャラじゃないわよと教えてやれば、悔しそうに唇を噛んだあなたが一言。

「可愛くねー女」

そんな女が好きなあなたは随分物好きねと、涙目な男の顔を踏んづけてやった。

end


サソサクお題『君の声が聴こえた気がした』

時折、ふいに思い出す声がある。人間を辞めようとした子供のような彼の声が、時折思い出したように蘇る。

『よぉ小娘』

頭の中で響く声が本当に彼のものなのかどうかはわからない。けれどこの不遜な物言いをするのは彼だけだと知っている。

(何よ)

彼の声が聴こえてくるのは、決まって私がへこんでいる時。上手くいかなくて、心が悲鳴を上げている時。どうしてそんな時ばかり敵だったあの人の声が聴こえるのか。

『シケた面してんなぁ』

木霊する声にうるさいと返しても、腹立たしいほどに楽しそうに笑われるだけ。もう、黙ってよ。

『お前も傀儡になってたらそんな風に泣くことはなかったぜ?』

神経を逆なでするような声にうるさいと叫ぶ。

「放っといてよ!一人にしてよ!何で出てくるのよ!!」

嫌味を言うにしろ、バカにするにしろ、陰からコソコソ言うな。言いたいことがあるなら真正面から言いに来い。
思った所で、そんなことできるわけがない。分かっている。分かっているけれど、傍にいるなら、姿を見せてほしいと思った。

『…一人になんてできるかよ、阿呆が』

背中側から聴こえた声は、それでもやはり半透明に透き通っていて現実味がない。薄ら寒い背中は暗闇に抱かれたままだ。

『…まぁ暇つぶしに見ててやるよ』

高みの見物とはいい度胸だ。死んだくせにやたらと上から目線なのも腹が立つ。
けれど、自分を見てくれている人がいるのは何だか心強かった。

「あんたに励まされなくても大丈夫だっつーの」

いるかいないか分からない、暗闇に向かって拳を振り上げる。
聴こえてきた危ねえ!という声は無視して、しゃーんなろー!と声をかけ立ち上がった。

「もう絶対に負けないんだから!」

拳を握り無力さに耐える。嘆く暇があるなら立ち上がって歩き出す。そう決めた。

「あんたもさっさと成仏しなさいよ」

立ち上がって部屋を出る際、ぽつりと零した言葉が彼に届いたかどうかはわからない。
けれど、彼が少しでも早くこの世から解放されればいいと思った。

「じゃあね、サソリ」

閉じた部屋から声は聴こえない。私の中にいる彼はただ不敵に笑んでまたなと呟いた。

end


サソサクお題『泣いてもダメだよ』※歳の差で現パロ

近所に住む我儘姫は今日も我儘だ。
幾ら学生の時に世話になったからと言って、こうも連日この我儘姫に付き合わされるのは正直ごめんだった。
だのに、この我儘姫は今日も俺と遊ぶとご指名しに来てくださった。とんだ迷惑である。

「はい!きょーはコレよんで!」

小さな手が持ち上げたのは、一冊の絵本。何度も読んでやった記憶のあるソレを再び我儘姫は持ってきた。

「はやく!」

我儘なお姫様は待つと言うことを知らない。一度ふざけて犬猫に言うみたいに待てと言ったら、わたしに命令するなと小さな足で蹴られたことがある。
とんだじゃじゃ馬姫である。だがそんな我儘姫も、存外可愛らしい趣味をしている。

「えーと…昔々の話です…」

持ってきたお気に入りの絵本は、綺麗なお姫様のところに格好いい王子様が迎えに行き、そのまま結婚してハッピーエンド。というよくある物語であった。
それをキラキラとした瞳で見つめ、王子様格好いい!と叫ぶ姫は正しく女の子であり、玉の輿ね!と叫ぶ姿もまた女であった。

「サソリもだれかのおーじさまになるの?」

問われた内容に思わず顔を歪めれば、いないのねと胸を抉ってくる容赦のなさに視界が滲む。別にモテないわけじゃない。
ただ長続きしないだけだと自身に言い訳していると、俺の膝の間に座っていた姫がしょーがないわねーと言い出す。

「しかたないから、サクラがおーじさまになってサソリをむかえにいってあげる!」

まだ発育するに至っていない小さな胸を張り、何を威張って言うのかと呆れたがへいへいと頷いておいた。
機嫌を損ねると面倒を被るのは自分である。ここは大人になれと姫の言葉に従事する。

「じゃー楽しみに待ってますから、必ずお迎えに来てくださいね、お姫様」

小さな手を取って、約束ですよと悪戯に唇を落とせば我儘姫の頬が熟れた果実のように鮮やかに色づく。

「や、約束するもん!」

大きな瞳を潤ませながら、強気な態度を崩さぬ我儘姫に苦笑いを一つ零し、爺になっても待っててやるよと石鹸の香りのする柔らかい髪をそっと撫でてやった。

end


サソサクお題『無理をするのは得意』

痛みには慣れてる。物理的なものも、精神的なもの。愛想笑いだって、得意なのに。

「不細工な面してんじゃねえよ」

ぎゅっと噛みしめた唇を指先で撫で、額を爪弾くあなたにはどうあっても隠せない。年の功だとしてもそれが悔しのだと、不遜な顔を睨みつけた。

end


サソサクお題『二文字以内で答えを聞かせて』

「結婚すんぞ」
「…はい?」

ぶっきらぼうに掴まれた左手に、無造作につけられた輪っかを見下ろしもう一度瞬く。

「返事は二文字だ。それ以外は聞かねー」

相変わらずの上から目線に嘆息し、しょうがないわねと答えを口にした。

end


サソサクお題『孤独の中で 名残惜しそうに 君は私に 「…なんてね、嘘だよ。」 と言いました。』

傀儡って死なないのよね。私が年老いても、病気になっても、毒で苦しんでも、あなたはずっと独りで生きるのよね。

「…寂しくない?」
「当たり前だろ」

何もうつさなくなった瞳とは違い、いまだに音を拾う聴覚を頼りにあなたを見る。強がってばかりの、意地っ張りのあなたを。

「…素直じゃない人ね…」

私はあなたを置いていくわ。ごめんね、一人ぼっちにして。

「…いくなよ…」

ぽつりと、掠れる声で呟かれた言葉は聞かぬふりをして、握りしめられた手を力の限り握り返した。それでも私の指は、僅かにしか動かなかった。

end



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