小説
- ナノ -


私の専属ガードマン





学パロ兼妖(?)パロ



私は大きな獣を飼っている。
真っ黒い毛並みの、だけど光に当たると錆色に光る大きな獣。
彼は時々によってその姿を変えるけど、いつだって私を守ってくれる。

「サクラ」

響く声は低くくぐもり聞こえずらい。
今日は何に化けたのかと目を開ければ、長い尾っぽの豹がいる。

「朝だ。起きろ」

零された声にうーんと唸り、後五分と言えばダメだと腹を突かれる。
この獣を飼っていると表現したけれど、彼は決してペットではない。

「遅刻して綱手嬢にどやされても知らんぞ。お前はアレが一番苦手だろう」

優雅な足を繰り出して、部屋から出ていく際に余計なひと言を放っていく。
私の担当教師は綱手先生で、怒ると大層怖くて有名だ。

「…分かったわよ…」

起きた私の前を歩く、四足の黒い豹はあっという間に姿を変え人の形に変化する。

「早く飯を食え。髪は整えてやる」
「ありがと、我愛羅くん」

我愛羅と名乗るこの獣と出会ったのは、私がまだ小さく記憶も覚束ない頃だった。
目には見えないものから狙われていた幼い私を、幾度も助けてくれたのがこの獣だった。

「しかし派手に寝癖がついてるな。今日は結ぶか」
「あははー、ごめんねぇ」

人の形を取っている時の彼の声は無機質なようなあたたかいような、不思議な声音をしている。
表情筋が動かないから怒っているようにも見えるけど、話してみるとそうではないことがよく分かる。

「あ、我愛羅くん。今日の一限目って何だっけ?」
「古文だ。三日前に予習を済ませている。特に問題はないだろう」

彼はとても長生きだ。
今年で幾つになるのかと聞けば、きっと四桁に近い三桁の数字が返ってくる。
人の世に紛れながら生きる彼は、私の想像以上に人の世に詳しい。

「だが一部間違って訳している部分があった。付箋を貼っているから後で確認しておけ」
「え、本当?助かるわ、ありがとう」

それに彼は幼い頃から私を見ていたからか、とても面倒見がいい。
まるで父のように、時に兄のように、私を気遣い心配し、時には存分に甘やかしてくれる。

「出来たぞ」
「ありがとう。我愛羅くんって本当髪の毛結ぶのは上手だけど、ネクタイ結ぶのは下手くそよね」
「む、すまんな」

彼が結んでくれた髪を揺らしながら、歪に曲がったネクタイを正してやる。
人の世に紛れて生きてきた彼だから着物や袴を着るのは得意だけれど、ネクタイを結ぶのはいつまでたっても上達しない。
得手不得手があるのだとぼやく彼の横顔は相変わらずの無表情だが、目を閉じて落とされる声に耳を傾けてみれば照れていることがよく分かる。

「よし!じゃあ今日も行きますか!」
「そうだな」

私は得体の知れない獣と共に住んでいる。
その正体が何なのか、私は知らない。
妖なのかもしれないし、お化けなのかもしれない。
知らないことは恐ろしいことだけど、彼は私に絶対に手を出さないと分かっているから安心して共に居ることが出来る。

「サクラ、そっちは通るな」

いつものように通学路である曲がり角に差しかかった途端、彼に腕を取られ足を止める。
何かいるのかと問いかければ、お前を喰いたがってる奴がいると言う。

「俺がいるから手は出してこんがな」

唸るように低く呟き、どこかを睨みつける彼の袖をそっと引けば、途端に張りつめていた空気は霧散しいつもの仏頂面に戻る。

「遠回りだが仕方がない。もう一つの道で行くぞ」
「うん。分かった」

彼は私を守ってくれる。
幼い時からずっと傍にいる。
時には獣として、時には人として、時には道具として、ずっと私を守るために傍にいる。

「ねぇ、我愛羅くん」
「何だ?」

呼びかければ答えてくれる声は無機質なようであたたかい。
その不思議な声に安心するのはきっと世界で私だけだろう。

「ありがとう」

私が物心つかない幼い頃から、どんなものからも守ってくれる専属ボディーガード。
冷静沈着なおじいちゃん。
そんな専属ボディガードは私の礼に対し構わんと一言そっけない。
だけどその声が少し柔らかいと気付けるのは、きっと世界で私一人だけ。



私は大きな獣を一匹飼っている。
普段は黒い毛並みも、光が当たれば錆色に光る大きな獣。
がぱりと開いた大きな口を覗いてみれば、私の体も何もかも、全てを砕いてしまえるほどの鋭く強い牙がある。
だけど私がその牙に触っても、彼は一向に口を閉じずに私が飽きるのを待っている。

体だけでなく心も大きい、そんな強く優しい大きな獣。
私よりもずっとずっと長生きで、もうすっかりおじいちゃんと呼べる歳なのに、いつまでたっても現役できっと私が死ぬまで傍にいる。

私の為の専属ガードマン。

信号で立ち止まった背に額を当て、鼻先を寄せれば人でもない、この世のものでもない不思議な匂いがする。
だけどこの獣の背に乗り旅するならば、きっとどこへ行っても幸せだろう。

「サクラ、あんまりひっつくな。小僧共がすごい顔でこちらを睨んでいる」
「え?」

彼が言う小僧共とは、私の幼馴染であるナルトとサスケくんのことだ。
案の定彼の背中から額を離し顔を上げれば、反対側の道路で物凄い顔をした二人がこちらを見ている。

「相変わらず過保護だな、あの小僧共は」
「でも一番の過保護はあなただと思うんだけど」

サクラちゃーん!
サクラー!!
叫んでくる幼馴染に恥ずかしいなぁと思いつつ手を振れば、我愛羅くんはバキバキと肩を慣らし大きな欠伸を零す。

「一限目は古文だったな」
「うん」

じゃあ俺は寝てても構わんか。
長いこと生きているせいか古文など序の口だという彼は、古文のテストでは満点以外取ったことがない。
おかげで教師も寝こける彼に何も言えない。
大した問題児だと思うが彼の実年齢を考えれば子供扱いなんてできやしない。

「おい我愛羅!お前サクラちゃん家に居候してるからって調子乗んじゃねえぞ!」
「サクラもサクラだ。もう少し危機感を覚えろ!」

男は皆狼なんだぞ!
怒るサスケの諫言に耐え切れず、思わず吹き出せば二人は怪訝な顔をする。

「そうねぇ…でも、狼になら食べられてもいいかな?」

首を傾け微笑めば、二人はぎょっと目を開いた後に彼を睨む。

「…豹は嫌いだったか?」

見当違いな言葉に声を上げて笑い、大好きよと答えれば満足そうに頷く。
そんな私たちの会話の意味が分からず顔を顰める二人に、何でもないわと微笑めば、二人は腑に落ちんと苦いコーヒーを口にした時のような顔をする。

「さ!早く学校行きましょう」
「あ!待ってサクラちゃん!つか、さっきの言葉の意味なんだけどさ!」
「まさか本気じゃねえだろうな?!」

過保護な二人にさあねと返し、のんびり歩く彼を仰ぎ見る。

「ねぇ、我愛羅くん。明日は狼でも構わないわよ?」

悪戯心に突き動かされるままに囁けば、彼は暫し瞬いた後そうかと頷く。

「ではお前が恐れるほど立派な狼に化けてやろう」
「あはは!楽しみにしてるわね」

任せておけと頷く彼と私の間に、ナルトは腕を入れるとちょっと待てーい!と高く叫ぶ。

「我愛羅!サクラちゃんに手ぇ出したらタダじゃおかねえからな!」
「二度とサクラに近づけねえよう縛り上げてやろうか?」

唸る二人に彼は肩を竦めると、何もせんから安心しろと返している。
それはそれでどうなんだ。
唸るナルトの言葉にサスケくんがバカ!と突っ込み、彼はのんびり欠伸を零す。

彼は私だけでなく、この二人を小さい頃から知っている。
それこそ寝小便をして叱られている姿もしっかり見ているというのだから、二人の言葉に迫力のはの字も感じないだろう。
精々子供の甘噛みぐらいにか思っていないはずだ。

それが哀れなような愛おしいような。
のらりくらりと諫言を躱す彼に二人が勝てる日は来ないだろう。

「ではまたな」
「じゃあまた後でね」

昇降口で靴をはきかえ、クラスの前で別れる。
私と彼は今まで一度たりともクラスが離れたことがない。
それは彼の仕業らしいのだが、どんな手を使っているのかは教えてくれない。

「ぐっ…我愛羅!サクラちゃんに何かしたら許さねえかんな!」
「サクラ!昼に迎えに行くからな!」

過保護な二人にはいはいと苦笑いを返し、既に教室に入っていた彼の背を追う。

「やれやれ…子犬のマーチに付き合うには歳を食いすぎたな」
「ふふ、一生懸命だもんね。あの二人」

きゃんきゃんと吠える二人はやはり彼からしてみればまだまだ子供のようで、どれだけ吠えてもどこ吹く風だ。
現に彼は眠たげに机に腕を乗せ、うとうとと微睡んでいる。

「少し寝る?」
「…そうだな…」

本来夜行性である彼は私を守るために生活を合わせてくれている。
それが少々悪いとは思うが、彼は少し寝れば大丈夫だと言うので甘えることにする。

「…綱手嬢が来たら起こしてくれ…」
「うん。分かった。おやすみ」

そっと触りのいい髪を撫でれば、すぐさま穏やかな寝息が聞こえてくる。
綱手先生が来るまであと二十分はある。
そして一限目も寝る気でいるのだから、きっと二限目には元気になるだろう。

「…今日も一日よろしくね」

私の頼もしい、不思議な獣のガードマン。



end



特に意味のない突発的に浮かんだWパロ。
別に魔法学校とか、召喚獣との学園生活、とかじゃなくて、普通の生活にひっそり紛れ込んでる不思議な存在と、それと暮らす一人の少女っていう感じで書いた話。

我愛羅くんは別に神様でもないし妖でもない。
悪くもなければよくもない。
サクラちゃんにとっては良いものであったとしても、他の何かにとっては悪いものだし、いくらサクラちゃんにとって良いものでも他の誰かにとって悪いものかもしれない。
だけど我愛羅くんもサクラちゃんもお互いがお互いを尊重する小さな世界にしか生きてないから、他の何かには目を向けてない感じ。
我愛羅くんは意図的に目を向けず、サクラちゃんは幼い故に気づいてない。
この先サクラちゃんがそのことに気づいて悩むことがあれば、我愛羅くんは迷わずサクラちゃんの傍から離れていく。
だけど見守ることは忘れずに、闇にまぎれてその身を案じる。
そうしてサクラちゃんが死ぬ頃には、そっと枕元に座って沢山噺を聞かせてやるんだろうな。

イメージとしては山狗ですが、化けてるので狸でも可。
そんな微妙なファンタジー小話でした。



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