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それからは特に何の問題もなく日々平和に過ごし、春先にナルトが生徒を引き連れ砂隠に任務で訪れた。
生徒たちは初めて相対する風影の我愛羅に緊張していたが、ナルトとサクラがいたおかげですぐさま打ち解けることが出来、ナルトは俺が先生でよかったな!と大人気なく生徒たちに胸を張った。
「まー俺ってばいずれ火影になるからよ!今のうちお前らも我愛羅と顔見知りになっとけば鼻が高いだろ!」
ふふん、と胸を張るナルトに生徒はえー、と白けた眼差しを向けるが、我愛羅とサクラは穏やかに表情を緩める。
「全く。見ないうちにちょっとは大人になったかな、って期待してたけどこれじゃあまだまだ火影には遠いわねー」
「そうだな」
笑いあう二人を横目に見やり、ナルトはよしと手を叩く。
「んじゃまぁこれからは仕事の話すっからよ。サクラちゃん席外してくれる?」
「ん、分かった。じゃあ皆またね」
サクラさんまたねー。
手を振る生徒たちに見送られながら、サクラは執務室から退室する。
先程はああ言って茶化したが、ナルトもしっかり先生として生徒を引率していることが分かり少しばかり寂しくなる。
(まだまだ子供っぽいところもあるけど…ちゃんとやってんのね)
幼い頃からの夢を諦めず、変わらぬ姿に励まされる。
私も負けてらんないわ!
サクラはぐっと伸びをすると、久しぶりに口癖を零しながら職場である研究室へと向かった。
そしてサクラが出た後の執務室では、我愛羅が書類を片手にナルト達に説明を始めていた。
「今回はうちの生徒との合同任務だ。本来ならばこの場にいるはずなんだが、今砂嵐が起きていてな。到着に時間がかかっているんだ」
「あー。そういやぁ砂嵐に遭遇したことあったけど、あれってば結構納まるまでに時間かかるよなぁ」
頭の後ろで腕を組み、古い記憶を呼び起こすナルトに我愛羅は頷く。
そして未だ少しばかり緊張気味の生徒たちに視線を移すと、砂嵐は見たことがあるか?と問う。
「見たことないです」
「砂嵐って怖いですか?」
「台風と違うんですか?」
それぞれ首を傾ける生徒たちに我愛羅は一つずつ答えていく。
台風は海から来るもので砂嵐は強風が砂塵を巻き込み起き上がること、そしてそれがどれほど恐ろしいものであるかも掻い摘んで説明すれば、生徒は頷いたり怖がったりと豊かに表情を変える。
「しかもいつ納まるかわかんねえのも怖いよなぁ」
「そうだな。数時間程度で去るものもあれば何日も滞在するものもある。大きさも威力も様々で一歩間違えれば死に繋がる」
ナルトと我愛羅の会話に生徒がヒー!と声を上げたところで執務室の扉がノックされる。
そこでようやく砂隠との生徒との対面となり、我愛羅は生徒と担当上忍に労わりの声をかけてから、すまないが次の任務にあたって欲しいと説明を始めた。
「ねーナルト先生ー」
「ん?どした?」
下忍同士の簡単な任務とはいえ気を抜くことが出来ないと周囲に目を光らせていたナルトは、生徒に袖を引かれ視線を下す。
何かあったのかと問えば、風影様って格好いいね、と言われは?と目を見張る。
「ナルト先生と違って頭よさそうだしさ」
「最初無表情だからちょっと怖かったけど、喋ったら優しかったし」
「サクラお姉ちゃんとも仲よさそうだったしね」
「…お前らな…」
我愛羅の頭がいいのは分かる。
サクラと仲がいいのもこれはまぁしょうがない。
だが格好いいとはどういうことだ。
「お前ら、俺だってじゅーぶん格好いいってばよ?」
俺だって一応里の英雄だし?
続けるナルトに生徒はでもさー、と顔を顰める。
「英雄だけど、普段は全然英雄じゃないし」
「優しいけど結構抜けてるし」
「そりゃあ格好いいかな?って思う時もあるけど、基本全然だし」
紡がれる無邪気な評価にがっくりと肩を落とせば、合同任務相手の生徒からもくすくすと笑われる。
「でも風影様はナルトさんを高く評価してますよ」
「サクラ様も同じことをおっしゃっていました」
「それに普段から英雄気取られてたら、お前たちも困るだろう?」
ナルトの受け持つ生徒たちよりも幾分年上なだけあり、冷静でさりげないフォローにナルトは思わず涙ぐむ。
だがすぐさま嫌々と首を横に振り、年下にフォローされるとか情けなくねえか?と頭を抱える。
「えーと、うーんと…とりあえず、お前ら帰ったら筋トレ三倍な」
「えぇー?!」
ビシッとキメ顔で言い放つナルトに生徒は盛大に顔を顰め、砂隠の生徒たちは苦笑いする。
だがここでようやく仕掛けたトラップに反応があり、途端にナルトは忍の顔に戻すと全員に声をかける。
「さっきのはA地点でのトラップだったな。今から作戦Cに入る、準備しろ!」
「はい!」
何だかんだ言って生徒たちも任務中のナルトは尊敬しているらしい。
砂隠の生徒たちはそう分析すると、自分たちも無線機をつけ作戦へと移る。
「ナルトさん」
「んあ?」
駆けだした生徒の後を追おうとしていたナルトを一人の生徒が呼び止める。
それに対し律儀に立ち止まったナルトに生徒は頬を緩めると、これからも里のことをお願いしますと頭を下げ、ナルトは数度瞬く。
「おう!任せとけってばよ!」
俺と我愛羅が手を組んだら最強だぜ!
笑うナルトに生徒も頬を緩め、互いに駆けだした。
「…つーことがあったわけよ」
「へぇ〜そうなんだ」
夜。
任務を終えたナルトは生徒たちと共に宿に戻った後、我愛羅にお呼ばれしていたため我愛羅宅にお邪魔していた。
そこには既に仕事を終えたサクラが台所に立っており、思わずいいなぁと呟きそうになったものだが、言ったところで空しくなるだけなのでぐっと堪えてソファーに腰かけた。
「つか、我愛羅遅いな」
時計を見上げ呟くナルトに、サクラは今日は会議があったからねー、とのんびり返す。
やはり二人で生活しているから相手の帰宅時間が分かるのだろう。
羨ましいという気持ちと、二人が幸せならそれでいいと思う気持ちとがない交ぜになり複雑な気分に浸っていると、玄関の方からただいま、と声がする。
「おかえりー!ナルト来てるわよー!」
「そうか。待たせてすまんな」
「おう。邪魔してるってばよ」
笑うナルトに我愛羅も頬を緩め、洗面所に消えた後自室に戻り、着替えてからナルトの前に戻ってくる。
「ちゃんと手洗いうがいしてんだな」
「サクラにどやされるからな」
感心するナルトに我愛羅が肩を竦めれば、台所から何か言ったかしら?と声が聞こえ同時に何でもないですと返す。
「あー…その、手紙来たよ。あんがとな」
頭を掻きつつ視線を逸らすナルトに、我愛羅はそうかと頷く。
何となく気まずい空気を互いに感じながらも無言でいると、ナルトがあのさ、と耐え切れなくなったようで言葉を紡ぐ。
「その…よかったな」
「何がだ?」
意味が分からず問う我愛羅に、ナルトはあーいやそうじゃなくて、と手を振る。
「じゃなくてその、お、おめでとうって…言いたかったんだってばよ」
ただちょっと、思ってた以上に照れくさくてよ。
だはは、と笑いながら続けるナルトに我愛羅は一つ吐息を零すと、お前は本当に分かりやすいなと返す。
「本当は複雑なんだろう」
ずっと愛していた女を横取りされ、あまつさえ里から引き剥がされ終いには身まで固めてしまう。
己であれば祝辞を送る前に嫉妬してしまうだろう。
交際と結婚は違う。
結婚は生涯を共にするのだ。交際のように簡単に別れることなどできはしない。
だからこそ思うところがあるのだろうと問えば、ナルトは暫し瞬いた後まぁなと零す。
「付き合ってる時もそれはそれで腹立ったけどさ、結婚ってなると…嬉しいけど寂しいつーか…」
サクラちゃんもお前も、幸せならそれでいいって分かってんだけどよ。
戸惑うように言葉を紡ぐナルトに我愛羅はそうだろうなと頷く。
「俺もお前と同じ立場なら素直に祝辞など言えん」
「…でもやっぱり、おめでとう、って言いてえなとは思うじゃん」
どっちも大切だからよ。
そう続けたナルトはもう一度頭を掻くと、決心したように顔を上げあのさ、と我愛羅を見据える。
「今ばあちゃんたちが六代目火影に誰を就かせるか会議してんだ」
「ほお」
目を開き背を正す我愛羅は、蒼天の如く碧くまっすぐとした瞳を見つめ返しながら身を乗り出す。
「つってもまだ始まったばかりだからよ、すぐ決まるわけじゃねえってのは分かってる」
「だがそこにお前の名が上がらないはずがない」
二人は暫し見つめ合った後、バシンと共に手を合わせる。
「俺火影になったらお前に真っ先に報告すっからな!」
「ああ!楽しみに待っている」
まだ決まったわけではないとはいえ、ナルトは火影になるだろう。
我愛羅の眼差しからそう読み取ったナルトは誇らしげに笑みを浮かべると、握り合った手をぶんぶんと上下に振る。
「つかさー!何でお前結婚報告俺が後なんだってばよ!いのが先とかずりーじゃん!!」
「仕方なかろう。俺がお前に文を飛ばすより先にサクラが山中に送っていたんだからな」
事実いのの手元に文が届いた翌日に我愛羅の文がナルト宅に届いた。
だから別に後回しにしたわけじゃないと答えればそれでもさー、と唇を尖らせる。
「一番初めに聞きたかったてばよ」
「悪かった」
子供のように拗ねるナルトに頬を緩めれば、あーすっきりした!と言ってナルトは手を離す。
「本当はよ!お前がサクラちゃんと結婚するって聞いた時素直によかったなって思ったんだよ。でも後回しにされたのがちょっと悔しくってよ」
大人気ねえよなぁ、とナルトは笑った後、今度はいつも通りの穏やかな瞳で我愛羅を見据え、おめでとうと紡ぐ。
「俺もお前も父ちゃん母ちゃんのことまともに覚えてねえけどさ、やっぱ家族とか、家庭とか、そういうのって憧れるよな」
「ああ…だからこそ不安もあるが、サクラとならば大丈夫だと思えてな」
惚気る我愛羅に羨ましいなチクショー!と笑い返し、なぁなぁと子供のように言葉を続ける。
「ドレスとかもう決めた?サクラちゃん何着んの?綺麗?可愛い?それともセクシー?!」
はしゃぐナルトに思わず吹き出し、それは当日までのお楽しみだと返せばちぇー、と顔を顰める。
「あ。じゃあお前ってばタキシード着んの?」
「まぁな」
ドレスを着た新婦の隣に立つ新郎がタキシードを着ずに何を着るのかと問えば、タキシード姿の我愛羅を想像したのかナルトは吹き出す。
「に、似合わねー!!お前いっつもゆったりした服着てっけど腹とか出てねえよな?!」
「な…!失礼なことを言うな!俺の腹筋はしっかり割れてる!」
やんややんやと騒ぎ出す男たちの声が台所にいるサクラまで届き、何を争っているのかと火を止める。
そして何をしているのかと居間へと続く扉を開ければ、目の前に広がる光景に絶句した。
「ほら見ろ!俺の方が筋肉多いってばよ!」
「ふん、甘いな。俺は量より質でな。誇大していればいいというものではあるまい」
「な…んで…」
上半身の服を脱ぎ捨て筋肉自慢し合う男二人に頭を抱えると、サクラは腰に手を当て深く息を吸い込む。
「何しとんじゃお前らはー!!」
喝!
と雷のような怒声に二人は肩を跳ねあげ、しまったと顔を見合わせる。
「ナルト!」
「はい!」
腰に手を当てたまま般若の形相で名を呼ぶサクラに、ナルトは青い顔のまま返事をし背を正す。
「生徒持ってるくせに何バカやってんのよ!」
ぴしゃりと諌められ、ですよねと項垂れるナルトから我愛羅へと視線を移すと、我愛羅くん?と絶対零度の瞳を向ける。
「あなたも一体何をしてるの?」
「す、すまん…」
思わず悪乗りしてしまったが、確かに冷静に考えてみれば阿呆なことをしていたと顔を青くすれば、サクラはふうと吐息をつく。
「どーせロクなことじゃないでしょうけど、くだらないことやる元気があるならちょっとは手伝ってよね」
今日はあなたとナルトが好きなもの作ってあげてるっていうのに!
ぷんすかと怒るサクラにもう一度すまんと謝れば、いいから服着て手伝いに来てと諌められはいと頷く。
「まったくもう…本当幾つになっても男ってバカなんだから!」
でもそんなバカの一人に惚れたんだからしょうがないと上げていた肩を下し、ついでに二人の裸体をちらりと見やってからうーん、と顎に手を置く。
「まーナルトの方が男らしいっちゃ男らしいわよね」
「マジで?!」
やった!
褒められたナルトは喜ぶが、サクラはでも、と続ける。
「色っぽいのは我愛羅くんかなー」
「ほらみろ」
ふふん、と嫁に褒められ誇らしげになる我愛羅にナルトはうっせえ!と返す。
結局惚気られただけじゃねえかと続ければ、サクラがくすくすと笑いだす。
「だってしょうがないじゃない。人間ってそういうものでしょ?」
笑うサクラにナルトは唇を尖らせると、ごそごそと脱いだ服に腕を通している我愛羅を見やる。
「…我愛羅のむっつりすけべえ」
零された悪態に我愛羅は固まり、じろりとナルトを横目で睨む。
「お前のように公開セクハラするよりマシだろうが」
お色気の術についての諫言だろう。
ナルトはそう決めると、アレは男の美学だろ!と叫ぶ。
「ナイスバディーの女の子に憧れんのは男の性だってばよ!」
「悪いが俺はそのナイスバディーよりもスレンダーなサクラの方が好みだ!」
「だからお前らいい加減にしろ!!」
その後も三人でやいのやいのと騒ぎながらも食事を囲み、サクラの腕の上がった料理にナルトが上機嫌になり、気を抜いたところで我愛羅が席を立ち冷蔵庫からこの日のために用意していたケーキを取り出す。
「ナルト」
「んえ?」
すっかり油断していたナルトの肩に手を置き振り返らせると、その間抜けた顔面に向かってケーキを盛大にぶつける。
「ぶっへえ?!」
クリーンヒットしたケーキの残骸がテーブルに落ち、そのあまりにも綺麗にはまったイタズラにサクラは爆笑する。
一体何なのかとサクラの笑い声を聞きつつ額から落ちてきたケーキを頬張れば、我愛羅がくつくつと喉の奥で笑いながら告げる。
「ナルト、六代目火影就任おめでとう」
「ほあ?」
ぱちぱちと、顔中についたクリームの間から目を瞬かせるナルトの前に我愛羅は一枚の文を取り出す。
「五代目火影から先日届いた文だ。会議は既に終わっていてお前に決まったと知らせが来た」
「え?!俺まだ聞いてねえんだけど?!」
立ち上がるナルトに我愛羅はだろうなと頷く。
「と言っても正式にお前が火影になるのはまだ先だ。今の生徒を全員中忍に昇格させてからだ」
「…何だそれ…」
何で全部俺後回しになってんの?
呆然と呟くナルトにまぁ簡単なドッキリだなと我愛羅は笑ってやる。
「実はねナルト、この間私が師匠に結婚報告の手紙を出した時の返信に書いてあったのよ」
「“今度ナルト達を任務で向かわせるから、その時お前たちから言って驚かせてやれ”とな」
「何だよそれぇ…」
どうやら火影は俺たちの交際について黙っていたお前に意趣返しがしたかったらしいぞ?
笑いながら告げる我愛羅にばあちゃん大人気ねえってばよ!と叫んだが、すぐさま声を上げ笑いだす。
「へへ、んじゃあ俺ってば六代目か!」
「ああ、六代目だな」
顔中にクリームをつけた六代目など他里でもいないだろうとからかってやれば、それはお前がだなー!と声を上げる。
「つかこのケーキ美味ぇし!」
零した分がちょっともったいないってばよ。
嘆くナルトに食い意地はってるわね、とサクラが軽く笑った後、それ我愛羅くんが作ったのよと教えてやれば目を丸くする。
「え?え…?」
「味見はサクラにしてもらったがな」
笑う我愛羅にお前ー!とナルトは叫ぶ。
「だったらもっと普通に渡せよ!」
「それだとつまらんだろう」
「普通でいーっつーの!!」
クリーム塗れの顔と手で我愛羅と肩を組めば、汚いと罵られうるせえ!と返す。
子供のような男二人にサクラは楽しげに笑い続け、ナルトおめでとう!と隠していたクラッカーを鳴り響かせる。
「ぶわははは!これじゃあまるでお誕生日会だってばよ!」
「あら、間違ってないじゃない。六代目火影誕生会よ」
「ただし集まったのは二人だがな」
「うっせえ!」
笑うナルトに鼻先にクリームをつけられ、顔を顰める我愛羅にサクラがイチゴを乗せる。
そうして二人で季節外れのトナカイだと笑えば、機嫌を損ねた我愛羅は余ったクリームを冷蔵庫から取り出すとサクラの額にハートを描き、残りすべてをナルトに向かって派手に投げつけた。
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