小説
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散々妹に罵られた我愛羅はぐったりとしながらも学んだことを反芻していた。

(女性を褒めることはナンパで、好きでもないのに気遣いしすぎるのもダメで、振ったのならば手を差し伸べるべきではなくて…いや、そもそも手を差し伸べるとは具体的にどういうことなんだ?)

悩む我愛羅が唸っていると、何故かサクラが帰ってくる。
忘れ物でもしたのかと問えば、お弁当忘れてきちゃったと照れ笑いを浮かべながら後ろ頭を掻く。
その顔が妙に愛らしく、きゅんと高鳴る胸に逆らわず両手を広げ、弁当を手に取るサクラを後ろから抱きしめる。

「え?!ちょ、何で?!」

突然の熱い抱擁に目を白黒させるサクラに、可愛い可愛いと頬ずりすれば鬱陶しい!と怒られる。
それでもぴったりと抱き着いたままサクラに引きずられるようにして歩けば、一体何なのよ、としかめっ面を向けられる。

「今日あの囚人たちと話をしてきたんだ」
「え?あの子たちと?」

抱き着く我愛羅の腕を掴み引き剥がすと、ちょっと詳しく聞かせてよと椅子に座り忘れて行った弁当を開ける。
そういえばもう昼かと時計を見上げながら、青年のことと姉妹のことを掻い摘んで話せばそう、と頷き目を細める。

「ちゃんと解決できたんだね」
「ああ。少し時間はかかるかもしれないが、あの青年のことをお前に頼もうと思ってな」

穏やかに紡がれる我愛羅の言葉にサクラは頷き、姉妹のことも誤解が解けてよかったわねと続ける。
それに対し我愛羅も頷くが、すぐさま顔を曇らせる。

「だが説教を喰らってな…」
「ええ?あなた一体何したのよ」

我愛羅手製の卵焼きを咀嚼しつつ問いかけるサクラに、俺は女性に対し無自覚らしいと答える。
それに対しはあ?と素っ頓狂な声が返ってくるが、正直自分もいまいちよく分かっていないことも話す。

「女性を褒めることはナンパで、好きでもない女を気遣いすぎるのはダメな行為で、振った女にむやみに手を差し伸べるべきではないと言われたんだが…」

げんなりとした顔で呟く我愛羅に、サクラはそんなことかと呆れた吐息を零す。

「あなたのそれは今に始まった事じゃないじゃない」
「何?!」

驚く我愛羅に、思い出して御覧なさいよと紡いで注いだ茶を啜る。

「いのが来た時自分が何をしたか」
「何を、とは…」

木の葉から冬期講習に来ていた山中に突然自宅訪問され関係がばれ、高まった感情を処理できず泣き出した彼女にハンカチを差し出しハーブティーを淹れてやった。
それの一体何が悪いのかと問いかければ、全部よと返され硬直する。

「気が利くって言えば聞こえはいいけど、普通好きでもない相手にそこまでするもんじゃないわ」
「だ、だが、山中はお前の大切な友人なんだろう…?」

おろおろと無意味に手を動かす我愛羅にサクラはそうだけど、とほうれん草のおひたしを口に含む。

「例え私の友人相手でも、あんまり気が利きすぎると勘違いしちゃうわ。私もいのも」

それに男なんて女が泣きだせば大概右往左往するもので、泣くなと懇願するかティッシュを差し出してくるのが精々だと答えればバカな、と返される。

「では俺がしていたことは間違いだったのか?」
「別に間違いじゃないけど、傷ついてる時に優しくされると女は弱いって話よ」

分かる?
問われるが正直よく分からず首を横に振れば、だよねぇと嘆息される。

「でもね、男の人ってそういう生き物なの。本質的に」

言葉の意味がよく理解できずどういうことだと問えば、デザートを頬張っていたサクラはしっかりと飲み込んでからあのね、と話し出す。

「遺伝子の関係上雄は子孫をより多く残そうと一個体の雌だけでなく、大多数の雌に向けて愛情がいくようにできてるの」
「ほぉ…」

だから浮気が起こりやすいわけだなと頷けばそういうこと、と返される。

「だから男性は博愛主義とも言われるし、浮気性とも言われるの。女の涙に男が弱いのは、大多数の女性に情が向くようにできてるからなの」
「成程…そういう理由があったわけか」

だから己も山中の涙に狼狽えたわけだなと納得したが、すぐさまハッと目を開く。

「だからと言って浮気じゃないぞ…!」
「バカ。誰も疑ってないでしょ」

呆れるサクラにほっと息をつけば、あなたって本当バカよねぇ、と言われぐさりと言葉が胸に突き刺さる。

「…バカじゃない…」

ぽつりと小さな声で否定すれば、サクラはくすりと笑う。

「でもね、女はバカな男に弱いのよ。可愛くってしょーがないの」

分かった?
朗らかに微笑みながら我愛羅の鼻先を抓むサクラに、もう何度も思っているはずなのにやはり心の底から彼女を愛してよかったと思う。
衝動のままに身を乗り出し抱き着けば、もう何なのよ!と笑う声がする。

「今日のあなたは一段と甘えん坊ね。問題が解決したら安心しちゃったの?」

しょうがない人ね。
ぽんぽん、と背を叩かれ、じわりと滲む視界に何故だろうと思う。
それを見られたくなくてサクラの肩口に額を押し付ければ、いい子いい子と優しい声音であやされ顔を上げる。

「サクラ」
「うん?なあに?」

柔らかな笑みを見つめながら、好きだと言えばうふふと笑われる。

「あなたって、昔は一言も言ってくれなかったのに今じゃ毎日のように言ってくれるわよね」

恥ずかしい人。
笑いながらも己を受け入れてくれるサクラにぎゅうぎゅうと抱き着けば、熱い熱いと背を叩かれる。

「ほら離して。もう行かなきゃ午後からの仕事に遅れちゃう」
「…行かせたくない」

きゅう、と寂しげな顔をする我愛羅に思わずうぐ、と詰まるサクラだが、心を鬼にしダメよと紡ぐ。

「帰ってきたらいっぱい甘えさせてあげるから」

むうと唇を尖らせる我愛羅にいい子にしててね、と口付れば、俺は子供じゃないぞと返され軽く吹き出す。

「じゃあ寂しがり屋の猫ちゃんかしら?」
「猫でもない」

がぶりと鼻先に噛みついてくる我愛羅にやめてよ、と笑えば、猫じゃらしを目にした猫のような瞳に見つめられ笑みが零れてくる。

「うーん、じゃあ帰ってくるまでにちゃんと旦那さんの顔に戻ってれば認めてあげる」
「?どういうことだ?」

首を傾ける我愛羅の首元のボタンに昨日買ってきた鈴を引っ掛けるとチリン、と軽く鳴らしてからじゃあねと手を振る。

「いい子で待ってるのよー!」

からかうサクラにやられた、と頭を抱えながらも、チリンチリンと鳴る鈴の音は美しい。
サクラが撫でたように指先でそれを鳴らせば、揺れる鈴の動きが面白く徐々に楽しくなってくる。
己の首元に掲げられたそれを取れば鳴らすのは楽なのだが、それだとつまらんなとそのままの状態で暫く遊んでいると、唐突に今の自分が何をしているのか理解でき顔が赤くなる。

(…確かにこれでは猫ではないか…)

恥ずかしい…
突っ伏す我愛羅は鈴を握りしめ、サクラの言っていた言葉を如実に思い出す。

「…旦那さんの顔とやらに戻れるのだろうか…」

自分の呟いた言葉に耐え切れずバタバタと足を鳴らすが、すぐさま疲れソファーに身を投げる。
最近どうも子供返りしている気がする。
昔の方が遥かに大人びていた気がするが、理由はサクラが甘やかすからだろう。
勝手に責任転嫁した我愛羅はうん、と一人で満足げに頷くと、目を閉じ穏やかに近寄ってくる睡魔に意識を投げる。

そして夜、サクラが戻ってくればソファーに突っ伏し寝こける我愛羅を見つけやれやれと額を覆う。
やはり朝早く起きたらこうなるか。
日頃の激務を思えばしょうがないかと思うが、今日は昼間の仕返しも込めて悪戯をしかけてやろうと笑みを浮かべる。
と言ってもあまり酷いのはなぁと考えつつも仕事で使う髪ゴムを取り出し、なだらかな額を覆う前髪をちょこんと結んでやる。

(やだ可愛い…!)

笑いそうになるのを必死に堪え、起きないのをいいことに冷凍庫を開けると、氷を一つ取り出し水に濡らす。
それを片手に我愛羅の上着を捲り下に何も着てないことを確認すると、そのゆるやかな背中に向かって勢いよく氷を滑らせた。

「つっ!!!」
「あはははは!!!」

ガバッと飛び起きた我愛羅はソファーの上だと忘れたのか、そのまま崩れ落ちゴン、と頭をぶつける。
いっ…!と痛みを堪える声が聞こえ、起き上がった我愛羅は顔を顰めながらも左右に首を巡らせ、床に突っ伏し爆笑するサクラに気づくとお前な、と呆れた声を漏らしつつ滑り落ちてきた氷をゴミ箱に向かって放る。
だが額の上で結ばれた髪には気づいておらず、綺麗にできたちょんまげ姿のまま顔を顰めるので更に爆笑を誘ってしまう。

「ちょ…まってこっちみないで…!!」
「はあ?」

顔を真っ赤にし笑い転げるサクラに首を傾ければ、普段額にかかる感触がないことに気づき指で前髪に触ってみる。
当然だが前髪は結ばれているため普段の位置には存在していない。
一体どうなっているのかとぱたぱたと手で頭を触り、ようやく今の状況が理解できた我愛羅は眉間に皺を寄せ髪ゴムを毟るように解く。

「お前…この…サクラ!」
「あはははは!!!」

ばんばんと床を叩き必死に呼吸を繰り返すサクラに毟り取った髪ゴムを投げつければ、だって、と息も絶え絶えになりながら言葉を紡ぐ。

「あなた全然起きないんだもん…!!」

やだ苦しい!
ひーひーと笑い続けるサクラに、我愛羅はむすっと唇を尖らせる。

「お前…覚えておけよ…」

絶対に仕返ししてやる。
剣呑な獣の瞳で射抜かれ、サクラはようやく笑いを収めるとごめんねと謝る。

「許さん」
「でも可愛かったわよ?」

思い出して吹き出せば、怒った我愛羅に脇腹に手を這わされくすぐられる。

「あー!まって、やだあはははは!!」

ソファーに転がされくすぐられ、笑いつつもがくがそう簡単に許してはくれない。
サクラは何とか掴んだクッションで我愛羅の顔を押し返し、手が離された隙に距離を開け乱れた呼吸を整える。

「あー…もー…笑い死ぬかと思ったわ…」
「そもそもお前が変なイタズラをするからだろう」

意趣返し出来てある程度満足したのだろう。
先程とは打って変わって呆れだけの我愛羅に、だってと笑う。

「たまにはお互い楽しめることしたいじゃない」

うふふと笑いかければ、俺は楽しくなかったぞと背中を擦る。
ちょんまげよりも氷の方がきいたらしい。
ごめんねと手を合わせれば、上体を倒し口付てくる。

「罰として今日の晩飯の用意と片付けはお前だ」
「えぇー?じゃあ我愛羅くんお風呂の用意してよ」
「やだ」

やだじゃなーい!
圧し掛かってくる我愛羅に再び脇腹をくすぐられ、バタバタと足をばたつかせながら笑い、腕に爪を立て何とかソファーの下に逃げ出す。

「もー!これじゃご飯作れないでしょ!」

浮かんだ涙を拭っていると、くすぐるのは案外楽しいな、と我愛羅が手を動かしてくるのでもうダメ!と諌める。

「料理中はイタズラしちゃダメだからね」
「前振りか?」
「なわけあるか!」

ふざける我愛羅にお風呂の用意して!と背を押せば、面倒くさいと言いながらも戸を開け消えて行く。
何だかんだ言って手伝う気はあるらしい。

(あー、でもイタズラって楽しいわね。ユカタちゃんに教えてもらったから試してみたけど、ちょっと癖になりそう)

早いうちに身を固めたユカタから夫婦で互いによくイタズラを仕掛け合うのだと聞き、サクラも試してみたくなったのだ。
流石に怒らせるものはアウトだが笑えるものなら大丈夫だろうと実行してみたが、意外と楽しく仕事の疲れも一瞬で吹き飛んだ。
これはユカタちゃんに感謝ね。
冷蔵庫から野菜を取り出し鼻歌交じりに切っていると、風呂掃除を終えた我愛羅が手を拭きながら出てくる。

「湯は後で溜めればいいだろう」
「うん、ありがと…ってあはははは!!何それー!」

礼を言おうと振り返れば、いつのまに用意したのか自らの頬に猫の髭を描いて出てきた我愛羅に膝から崩れ落ちる。

「お前が料理中はするなというから自分にしてみた」
「ちょ…あははははは!!やだもう、立てなーい!!」

慣れてないせいか若干線が歪んでいることも更に面白く、笑い転げていれば風呂に入るまでこのままでいるか、と続きの野菜を切り出すので堪らない。

「待って、落としてきて!これじゃあ笑ってご飯食べられない!」
「何が悪いんだ?俺は猫なんだろ?」

にゃー、と御丁寧にも首のボタンに鈴を引っ掛けてきた我愛羅に再び崩れ落ち、暫く笑いが収まらなかったサクラは結局夕飯を我愛羅に作ってもらうことになった。




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