小説
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木の葉でそんなやりとりがされているとは露知らず、翌日我愛羅は仕事に出かけるサクラを見送ると例の収容所へと足を運んだ。

「久しぶりだな」
「…何だよ」

夏の事件を起こした彼の青年と話をするのはこれが初めてではない。
実はあの後もサクラに黙って我愛羅は何度か仕事の合間を縫って少年に会っていた。

初めは話しかける我愛羅の言葉をずっと無視し続けていた青年だが、最近では折れたのか言葉を返してくるようになった。
不機嫌そうな顔は相変わらずだが、顔色は悪くないので体調面での問題はなさそうだと頷く。

「いっつも聞くけどさ、俺の刑罰まだ決まんねえの?ちんたらしすぎじゃね?」

文句を零す青年にそれがだな、と腕を組む。

「サクラがお前の実力を買っていてな。できれば力になってほしいという要請があった」
「…あんたの嫁さんだっけ、あの人」

結婚するんだろ?
問われた内容に頷けば、けっ、と顔を背けられる。

「ふざけんじゃねえよ。誰があんなクソ女に手ぇ貸すかよ。そんなことするぐらいなら舌噛みきって死んでやる」

顔を背ける青年に、我愛羅は組んだ腕を解き顎に手を置くと、思うんだがと青年に言葉を投げる。

「何故お前たち囚人はそう易々と命を投げ出そうとするんだ?」

理解できん。
紡がれる内容に青年ははあ?と不可解な表情を向ける。
それに対し我愛羅は再び何故だと問う。

「以前捕まえた囚人もその妹も、簡単に命を投げようとした。それがよく理解できんのだ」

まさか本当に死にたいわけではあるまい。
尋ねる我愛羅に青年は知らねえよと答える。

「俺は単にあの女に手ぇ貸すぐらいなら死んだ方がマシだって言ってんだよ」

嫌そうに顔を顰め悪態をつく青年に、我愛羅は不可解だと首を傾ける。

「だから何故そうすぐに死を選ぶ。もっと他に道はあるだろう」

真面目に言葉を返す我愛羅についに青年はバカじゃねえの?!と額に血管を浮かばせる。

「言葉のあやだよ言葉のあや!あたりめーだろ!んなことで死んでたまるかよバカか!!」

叫ぶ青年に監修がおい!と叫ぶが、我愛羅は気にするなと手を振る。

「何だ。やっぱり死ぬ気はないんじゃないか」
「ったりめえだろ。けどプライドの問題なんだよ」

プライド。
繰り返す我愛羅に応、と頷く。

「俺だって独学だとはいえずっと薬学やってきたんだ。こっちが必死に作り上げた薬をあんな簡単に解毒されて腹立ってんだよ」
「つまりは嫉妬か?」

デリカシーのない直球な問いに青年は拳を握るが、すぐさまそれを開くと我愛羅を睨みつける。

「てめえには分かんねえだろうな。誰にでもへこへこ頭下げんだろ?里長ってのは」

どうせ上の奴らに対して強く言えねえくせに。
悪態をつく青年に我愛羅もそうだなと頷く。

「確かに上の意見に弱いのは事実だ」
「ふん」

我愛羅の肯定に青年は顔を背けるが、すぐにだが、と続けられ視線だけ戻す。

「やりようによってはどうにでもなる」

この世は結局情報だからな。
続けられた言葉にへぇ、と零せば、例えばどんなだよと聞き返す。

「定石ではあるが出来るだけ多く、相手にとって不味い情報を得ることだな」

特に表に出されれば出されるほど危ういものをな。
何の感慨もなく紡がれる言葉に、青年は軽く目を見張る。

「…あんたって結構腹黒いんだな」

いっつもボケッとしてっから騙されるところだったぜ。
呟く青年に我愛羅は喉の奥で笑う。

「当然だろう。忍は身内に対しても腹を隠すものだ。そう易々と素性を表すわけなかろう」
「どーでもいいけど、嫁さんあんたのそーいうとこ知ってんの?それこそ知られたら不味い情報じゃないわけ?」

聞きようによっては我愛羅を心配するようなその口ぶりに思わずからかいたくなるが、それを堪え特に問題ないなと答える。

「サクラもある程度知っている。それに俺が存外腹黒いこともな」
「…あっそ」

つまんねーの。
零される言葉にだろうなと返し、つまりだなと続ける。

「里の上役と言えど俺に逆らえん奴もいるということだ。それに国にとの繋がりもあるしな」
「…何。あんた国とのパイプがあるわけ?」

単なる忍の長が?
問いかける青年にまぁなと頷く。

「俺はお前との件で人選の甘さを味わった」

詳しく調べずサクラの護衛につかせたこと、その時覚えた屈辱と怒りは忘れはしないだろう。
だが、だからこそそれを生かせたと続ける。

「反面教師ってやつ?」

多少意味は違うがまぁそのようなものだと頷けば青年はふーん、と答える。

「だから?」

それでどうなるわけ?
問うてくる青年につまりだな、と続ける。

「俺はお前の罪を“無かったこと”に出来るということだ」

見つめる瞳に感情はなく、その底知れなさに自然と青年の眉間に皺が寄る。

「…俺の罪を無かったことにして、どうするってんだよ」

睨む青年に嬉しくないのか?と首を僅かに傾ける。

「普通ならば諸手を上げて喜ぶだろう。己の首を刎ねられることもなく、罪状もつかず外に出られる」

これほど美味い話はないだろうと口の端を上げれば、青年は冗談じゃないと顔を背ける。

「自分のやったことに対する責任を負わずにこの先生きるなんて俺はごめんだ」

今度は顔だけでなく背中まで向ける青年に我愛羅はやはりなと腕を組む。
青年の親元が判明した時、我愛羅は霧隠に事情を説明し情報提供を頼んだ。
送られてきた書類には青年の父親が小さな町医者として働いていたこと、そしてその知識と腕前がどれほどのものであったかが記されており、同封されていた文にはメイも惜しい人を亡くしたと綴っていた。

彼の父親はおおらかでありながらも責任感が人一倍強く、命の大切さを一人息子である青年によく聞かせていたという。
無意識か意識的かは分からないが、その教えを守っているのだろう。
子供なのか大人なのか。
我愛羅は喉の奥で笑うと、では、と続ける。

「俺の下で働け」
「…は?」

ぐるりと振り返ってきた丸い眼に、口の端を上げた我愛羅の不敵な笑みが写る。

「貴様は俺が憎くて仕方ないのだろう」
「…まあな」

頷く青年に我愛羅は続ける。

「俺の下で働く代わりにいつでも俺の首を狙っていい条件を付ける」

その発言に青年は目を見開くと、ふざけんな!と腰を浮かせる。

「それこそお前の方がよっぽど簡単に命を投げ出してるじゃねえか!自分の言ってることの意味分かってんのかよ!」

再び声を荒げる青年に監修が声を上げるが、我愛羅は構わんと制す。

「ただしサクラと里の者には手を出すな。手を出せばその瞬間俺が貴様の首を刎ねる」
「何だよそれ…独り善がりもいい所だぜ。てめえそんな独善的なやつだったのかよ」

嫌悪の視線を向けてくる青年に、我愛羅は何の問題があるのかと問う。

「お前は俺の首を狙える。しかも無条件にいつでも、だ。寝首を掻こうが隙をつこうが文句は言わん」

祭事の時に狙っても構わんぞ。
続ける我愛羅にふざけんな!と青年はガラス板に拳をぶつける。

「俺はてめえだけじゃなくこの里全員に復讐するって決めてんだ!てめえの首獲っただけで満足できるかよ!」

息を荒げ首を縦に振らない青年に何故そう拒むんだ?と首を傾ける。

「言っただろう。サクラと里の者に手を出したら俺が首を刎ねると」
「ああ」
「気付かんか?」

ニヤリと口の端を上げた、我愛羅の悪人面を見下ろしながら青年は眉を寄せ先程の言葉を反芻する。
そこで我愛羅が何を言わんとしているかが分かり、バカじゃねえのと再度顔を顰める。

「てめえ自分の命を何だと思ってんだよ…!てめえを殺したらすぐさま俺を罰せる者がいなくなるからその隙を狙って全員殺せって事だろ?!てめえ人の命を何だと思ってやがる!!」

人の命を簡単に天秤に掛けんじゃねえ!
強く拳を叩きつける青年に、我愛羅は喉の奥で笑う。

「成程。それがお前の本音か」
「…あ?」

何言ってんだ?
見下ろす青年に、お前今自分で何を言ったか考えてみろと答えてやる。

「自分から“全員殺す”と言った後に“命を何だと思っている。簡単に天秤に掛けるな”等と言うとは…とても同じ人間から発せられた言葉だとは思えんなぁ…?」

口の端を上げ、悪人面で笑う我愛羅に青年は顔を赤くする。

「てんめぇ…!!汚ぇぞ!!」
「バカもん。忍に汚いもなにもあるか」
「うぐっ…!」

己の仲間が同じ言葉を紡いでいたことを思い出し、青年が詰まれば我愛羅は軽く嘆息する。

「ようはお前も父親と同じ人を救う立場にある人間だということだ。命の重さを知っているからこそ、お前はあの時毒ガスをばら撒かなかったんだろう」

問いかける我愛羅に青年は目を開くと、不機嫌そうに椅子に座りなおす。

「あの時俺が来る前に爆発させていれば自ずと里の者は皆死んでいた。なのにお前はわざわざ俺が来るのを待ち、尚且つ無駄話にも付き合っただろう」
「…気分を楽しんでたんだよ」

そんなちゃっちな優越感などお前には必要ないだろうと我愛羅は腕を組みなおす。

「調べた結果暗部の者を殺害したのはお前の仲間だということも判明した。現状お前がしたことと言えば劇薬の開発と人体実験での殺人未遂、あとは誘拐となる」
「なかなかの悪じゃねえか。これをどうもみ消すってんだよ」

はっ、と挑発する青年に、貴様を医療班のチームにいれると答え青年ははあ?と再び目を開く。

「おんまえ…だからお前バカじゃねえの?!学んだんじゃねえのかよ?!人選はしっかりしろっての!」
「しっかりしてるだろうが。お前の実力を買っただけだ」
「それはてめーじゃなくててめーの嫁さんだろうが!!」

あー苛々すんなもう!
叫ぶ青年にだがなぁ、と我愛羅は上体を反らす。

「うちは医療が乏しいからな。知識がある者が一人でも欲しい。囚人と言えどお前の能力は評価できるものだし、これから実力を付ければ将来有望だぞ?」
「んな甘い罠に誰が引っかかるかよ。第一俺の面倒なんて誰が見るんだ?それに囚人だぞ?一般人は知らなくても多くの忍は俺の顔を見てる。そんな奴の腕なんて誰が信用するんだよ」

もっと考えろよな。
結局根が真面目で優しい青年に我愛羅は腹の底から笑いだしたくなるが、それを必死に堪え深刻な表情を作り上げる。

「お前の面倒はサクラが見てくれるだろう。あいつの拳の恐怖はお前が一番よく知っているだろう」
「げっ…じょーだんじゃねえよあんな怪力女…」

それこそ命がいくつあっても足りねえよ。
嘆く青年にだが実力は認めてるんだろう?と問えば無言が返ってくる。
無言は肯定だ。

「ならば問題なかろう。お前が劇薬を試した暗部の者は幸いにもお前の顔を見ていないそうだからな」
「…お前、腹黒い通り越して性格最悪だぞ…」

どんな神経してんだよ。
顔を顰める青年にお前にだけは言われたくないと返す。

「…言っとくけどな、俺は暗部の奴以外にも人体実験を繰り返してる。何人殺したかなんて覚えてねえよ」

己の罪状を吐きだす青年に、我愛羅はそんなものは知らんと答える。

「お前が実験を繰り返していたのは他里でだろう。ならば俺の独断で処罰を下すことはできんし、実験相手が指名手配犯なら刑罰の内容も変わる」
「じゃあ何?結局どうしたいわけ?」

むすったれる青年に、我愛羅は働けと答える。

「医療忍者として、奪ってきた命よりも多くの命を救え」

お前にはそれを全うできる技量がある。
答える我愛羅に青年はあのさぁ…とため息を零す。

「だから、そんな独善的に物を考えんなつーの。例えあんたと嫁さんが俺を受け入れたとしても大多数は受け入れてくれねえよ」
「勿論初めからは無理だろう。だからこそ実力で先入観をねじ伏せ、お前自身の実力を見せつけてやればいい」

ようは考えようだと返せば青年は頭を抱える。

「…何かさ、あんたって思ってたよりバカだし、バカなくせに妙に腹黒いし…何なの?」

項垂れる青年に我愛羅はさあなと答える。

「それはこれからお前が判断すればいい。俺はお前を殺したくはない」

何だかんだ言って未来ある青年だ。
技量もある。技術もある。知識も根性も、頭の回転もそう悪い方ではない。
そして何より、サクラと同じく命の尊さを誰よりも理解している。

「俺はずっとお前のような医忍が欲しかったんだ。力になってはくれないか?」

俺がまともな里長でないと判断したならば、その時首を獲ればいい。
そう続けた我愛羅にだからあんたはバカなんだよ、とくぐもった声が聞こえてくる。

「簡単に命を投げ出すなつーの…つか、あんた殺したらそれこそ嫁さんにぶちのめされるどころじゃ済まねえし…ガキとか、ほしくねえのかよ…」

その言葉に軽く笑い、欲しいぞと答えればバカ野郎と力ない声が返ってくる。

「…親なら責任を放棄すんな。子供の命は大切にしろ。何があっても見放すな」
「ああ」

穏やかな声で頷き返せば、青年はようやく顔を上げる。
その顔は少々疲れてはいたが、不機嫌さはなかった。

「…今から俺に、救える命があるって本当に思ってんのかよ」
「あるさ。お前がこれから生きていく時間の中で、お前の手が追いつかないほど沢山の人がお前に助けを求めるだろう」

そしてサクラのように、また新たな芽を育てていくことになる。
先程とは打って変わって穏やかな翡翠に見竦められ、青年ははあと大きく吐息を吐きだす。

「…自分のしたことの責任は自分で取る。実験で殺した奴の命を背負う代わりに、その倍の人間を助ける」
「ああ」
「…それで…俺の罪滅ぼしになるのなら…」

俺は、医者になりたい。
零された言葉に我愛羅は笑みを浮かべると、是非なってくれ、と答える。

「だがお前の上司はサクラだ。それは変えんぞ」
「…わーったよ…ただアレだ…殴られるのは勘弁だから、NGワードぐらい教えててくれよ?」

じゃねえと外出て速攻俺の骨が折れる。
顔を青くする青年に我愛羅は勿論だと答える。

己も重大な新しい芽を親であるサクラに潰されたくはない。
共に頑張ろうと手を伸ばそうとするが、ガラス板があってできないことを思い出す。
しまった。
間抜けた面を晒す我愛羅に青年は吹き出し、やっぱあんたってバカだなぁと年相応の笑みを浮かべ笑い転げた。




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