小説
- ナノ -






翌朝、夜中タカ丸に文を持たせていた我愛羅はサクラと共に宿へと赴く。
砂隠とは違い宿に着くまで町の至る所に雪が積もっており、今が冬であったことを実感する。

「よく来たねぇ」
「お久しぶりです」

迎え入れてくれた先代と女将に頭を下げれば、宿の奥にある母屋の方へと案内される。

「ごめんなさいね、今日は宿を閉じてて」
「急に文を寄越すんもんだから何にも用意してなかったんだよ」

まったく困った男だね。
呆れる先代に頭を下げれば、いいから入んなと背を押される。
部屋の中心に設えている囲炉裏を囲むよう腰を下ろし、改めて二人に結婚することを報告すればあたたかな祝辞を受ける。

「サクラさんの恋が叶って私も嬉しいです」
「やれやれ。やっとここまで来たかい」

あたしゃ待ちくたびれたよ。
からかう先代に苦笑いすれば、我愛羅は仕方ないだろうと返す。

「こいつの周りは手強い奴ばかりでな。うちの里もサクラを認めるまで公言するわけにはいかなかったんだ」

その甲斐あってか今では堂々と並んで町を歩き、道行く人から祝辞や激励を受けることが多々あった。
ありがたい話だと零せば、先代がからりと笑う。

「それはあんたたちが頑張ってきたからさ。それで?式はいつ挙げるんだい?」

昔似たようなやり取りをした気がする。
デジャヴのような思いを抱きながらも我愛羅が秋口だと返せば、楽しみだねぇ、と穏やかに頬を緩める。

「それで神社にお礼参りに行こうと思っているんです」
「成程ね。そりゃあいい。ちょいと休んでから行ってくるといいよ」

まだ来たばかりで冷えてるだろうしね。
先代の言葉に頷き、淹れてもらった茶を啜れば広がる香りに頬を緩める。
宿に置いている物だけでなく自宅の物にも気を使っているところが先代らしい。
その後暫く四人で言葉を交わし、小一時間ほどしてから席を立つ。

「それじゃあ行ってきます」
「はいな。気を付けておいき」
「お気をつけて」

シーズンオフということもあり、夏場では栄える商店街も今はガランとしている。
少しばかり物寂しい通りを通っていると、昔土産を買った店が開いており二人は足を止める。

「おじさん、こんにちは」

笑うと目尻の皺が猫のように広がる店の店主は、サクラと我愛羅を見るなりおお、と目を開く。

「どうしたんだい、こんな季節外れに」
「神社に参拝しに来たんです」

答えるサクラにそうかいと笑みを向ける店主の目尻に、やはり猫の髭そっくりな皺が広がる。
その変わらない顔立ちに自然と笑みを浮かべるが、すぐさまそうだと手を合わす。

「おじさん、私たち結婚するの」

そう言って隣に立つ我愛羅の手を取れば、店主はそうかい!と感嘆の声を上げる。

「そりゃあよかったな兄ちゃん!夢が実現したじゃねえか!」
「夢?」

首を傾けるサクラに、我愛羅はあー…と頭を掻く。

「以前ご店主からハネムーンか?と問われ違うと返してな。頑張れと応援されてたんだ」
「あ、そうなの?知らなかった」

口元に手を当てるサクラに店主は笑みを向ける。

「いやぁ、でも姉ちゃん別嬪さんになったなぁ。兄ちゃんも鼻が高いだろう」
「ああ。やらんぞ」

口の端をあげる我愛羅にサクラがおバカ、と背を叩けば店主はからからと笑った後そうだ、と声を上げる。

「神社と言えば縁結神社のことだろう?お礼参りならお神酒を持って行きな」

神様は感謝の心さえ入ってりゃあどんな酒でも受け取ってくれる。
そう言って店主は近くの酒場を教えてくれ、二人は礼を述べる。
そして流石に手ぶらで出るのは悪いからと、揃いの鈴を購入し店を出た。

「んふふ、これにも御前様と朝霧様のご利益があったりして」
「まぁな。この地はお二方のお膝元だから、ないとは言い切れんだろう」

教えてもらった酒場で酒をそれぞれ一升ずつ購入し、再び大きな鳥居の前に立つ。

「…懐かしいなぁ…」

呟くサクラの隣、我愛羅もああ、と頷く。

「俺に関してはほぼ十年前だからな」
「あ、そっか。二十歳になってからお参りしたんだっけ?」

サクラの問いに我愛羅は頷くと、ちょうど今のような時期に参ったのだと言う。

「新年の行事を終えて休みをもらった時に逃亡したくなってな。先代に頼んだら此処に行けと背を押された」
「ふふ、昔から先代は変わらないのねぇ」

変わらぬ二人の関係に軽く笑い、足並みを揃え鳥居を潜っていく。

「そう言えばね、私初めて此処に来た時すごく怖かったの」

誰も居ない、生き物の気配がしない中傘を握りしめ一人で登った時のことを思い出す。
それに対し我愛羅はそうかと頷くと、繋いだ手を強く握ってくる。

「今思えば私不安だったんだわ。あの時はまだあなたとの関係に悩んでた時期だったから」

我愛羅が自分を愛しているのかが分からず、芽生えた想いに苦しんでいた。
誰にも言えず、かと言って我愛羅に直接尋ねることも出来なかった。
その不安がこの鳥居を潜ることでむき出しになったのだと今なら分かる。

「でも不思議。今はちっとも怖くないの」

神主の息子だと名乗る少年に出会わなければ、きっと自分はあそこでずっと立ち止まり、蹲ったままだっただろう。

「ねえ」
「何だ?」

朱い世界はまだ続く。
この世とあの世を繋ぐトンネルのような世界の中、サクラは我愛羅に笑みを向ける。

「私ね、今とっても幸せよ」

鳥居の下を潜る時、きっと人は生まれたままの姿になるのだと思う。
矜持や見栄、嘘も建前も全て脱ぎ捨て裸の心になって初めて神様の御前に立てるのだ。
そうして嘘偽りのない言葉で想いを紡ぐからこそ、手を差し伸べてくれるのだと考える。

「だからね、私怖くないわ。不安も迷いも、あなたとなら解決できるってそう思えるから」

暗に昨日の話を持ちかけていることに気づき、我愛羅はそうかと頷いてから前を見据える。
初めてこの鳥居を潜った時、我愛羅も一人であったが不安など微塵も抱かなかった。
その時はサクラのことを特別好いていたわけでもなかったし、これからそうなるとも思ってもみなかった。
唯一懸念があるとすれば里の未来の事だけで、それ以外のことなど頭になかったのだ。

だがサクラの言う通り、己も三年程前に此処を通っていたならば何かしらの思いを抱いただろう。
これほどまでに不思議な力が溢れるこの参道を、どうして昔の自分は何も思わぬまま通り抜けられたのだろう。

「俺も同じだ。お前がいれば心強い」

己を律し他者を守り、どんなことにも挫けず折れず立ち上がってくる。
その凛とした、けれど柔らかく豊かに育った心に唯々尊敬の念を抱き、焦がれる。

「サクラ、俺はお前を愛している。そして同時に尊敬もしている。不甲斐ない俺ではあるが、これからも支えてほしい」

真摯で穏やかな翡翠の眼差しを見上げながら、サクラはうんと頷く。
木の葉に戻った時、チョウジだけでなく方々からサクラと我愛羅が恋人だなんて意外だと零された。
きっとそれは互いに正反対の性質を持っているからだろう。
だが正反対ということは互いの足りない部分を補い合えるということだ。
昔この男の心が分からず悩んでいた時、別れる度己の半身を失う気持ちを抱いた。
だがそれは間違いではなかったのだろう。

人は不完全だ。互いに足りないところ等沢山ある。
だがそれを補えあえるからこそ半身と呼び、一生を共に出来るのだ。

「これから先、不安を覚えることもあると思うわ」
「ああ」

一歩一歩、所々雪が残る石畳を踏みしめながら頂を目指し登っていく。

「怒ることも、不満に思うことも、あなたととんでもなく大きな喧嘩をしちゃうこともあるかもしれない」
「ああ」
「でも、」

最後の鳥居を潜りぬけ、境内を手前にサクラは立ち止まり、並んだ我愛羅の翡翠の瞳をまっすぐと見つめる。

「私はあなたと一緒に生きたい。これから先も、ずっと一緒に」

生きていればこの先何が起こるか分からない。
同盟が何かのキッカケで破棄になり、昔のように里同士で争いが起きるかもしれない。
あるいはかの戦争の時のように、新たな敵が現れるかもしれない。
だが自分は何があっても、どんなことが起きようとも隣に立ち続けると宣言すれば、あたたかな眼差しは穏やかに細められ、そうかと頷かれる。

「だがお前にそんな辛い選択はさせたくはない。俺も日々励もう」

悲しみや苦しみを分かつことが出来たとしても少ない方がいい。
頬を緩める我愛羅に笑みを返し、拝殿へと向き直る。

「まずはお礼参りね。うんといっぱい、お礼言わなきゃ」
「そうだな。今度は里の安泰ではなく、お前との生活の安寧を祈ろう」

さらりと告げられたうっかり発言に、口に出したら意味ないじゃないと突っ込めばそれもそうかと頷き、今のは聞かなかったことにしてくれと返され思わず吹き出す。
そんなうっかり者と共にお神酒を奉納し、今までの礼とこれからの二人を見守ってくれるよう願うため再び参拝する。

ガランガラン。
頭上で鳴り響く鈴に、これで自分たちの鈴を返したことになるんだなと感慨深い気持ちを抱く。
思えばこの鈴を我愛羅が鳴らさなければ、ずっと友人のままだったのだろう。
本当に巡り合いとは数奇なものであると思いつつ目を開ければ、既に礼を終えた我愛羅がサクラを待っていた。

「そう言えば、御神木が裏手にあると言っていたな。見てみるか?」

その言葉に頷き拝殿の裏に回ると、厳かながらもどこか優しい。
不思議な空気感を漂わせる大木が拝殿を包み込むように手を広げている。

「立派な御神木…」
「そうだな」

枯葉も散った枝だけの姿ではあるが、しっかりと根を張り力強く腕を伸ばす様は酷く逞しい。
想像以上の大木に驚きはしたが、二人はその姿をしかと焼き付けると顔を合わす。

「素敵な御神木ね」
「ああ」

春になれば花が咲くだろう。
その時にまた来ようかと提案すれば、他にも野桜が咲くから花見にはもってこいだろうな、と遠回しに肯定されたことが分かり頬を緩める。
もっと素直に言えばいいのに。
そんなことを思ったところでそうだ、と手を打つ。

「そこのお茶屋さんに顔を出してもいいかな。とてもいい人だから、あなたのことを紹介しておきたいの」

それは構わんが。
頷く我愛羅の手を引き、暖簾が掲げられた茶屋の戸を叩く。

「こんにちは〜」

戸を引き中に入れば、あたたかな空気の中、はーいと聞こえた声は高い。
あれ?と首を傾ければ、姿を現した人物にあ!と声を上げる。

「君…!」

店の奥から出てきたのは神主の息子であるあの少年で、サクラと同じように驚く少年に久しぶりねと笑みを向ければ、うんと頷く。

「お姉さんも元気そうでよかった。今度は怖くなかった?」

からかってくる少年にもう大丈夫よ!と笑いかけてやれば、少年はサクラの後ろに立つ我愛羅に気付き、こんにちは!と声をかける。

「あ、お姉さんごめんね。今おばさん奥にいるんだ。すぐ呼んでくるね!」
「急がなくてもいいのよー!」

駆けだす少年に慌てて声を掛けるが、大丈夫ー!という声と共に奥へと消えて行く。
少し背丈が伸びた少年に懐かしさを抱いていると、後ろからおい、と声を掛けられる。

「あの子は誰だ」
「神主さんの息子さんよ。私が鳥居で心細かった時に手を引いて此処に連れてきてくれたの」

説明すれば先程の話を思い出したのだろう。
我愛羅はそうかと頷くが、すぐさま腑に落ちないような顔をする。

「…しかしお前は本当によく俺の知らんところで男を引っ掛けてくるな」

妙な嫉妬をする我愛羅に何バカ言ってんのよと顔を顰める。

「あの子はまだ子供でしょ?」
「バカ言え。子供と言えど男は男だ。将来お前に目を向けてきたらどうする」

相変わらず突然器が小さくなる男に重い吐息を吐きだし、じゃあ教えてあげると不満げな顔に指を突き立てる。

「あなたが私以外の女に興味ないって言ったように、私もあなた以外の男に靡くつもりはないわ」

だからそんな心の狭い言動は慎みなさいね。
いい?と爪先で丸い額を弾けば、むうと不服気な顔をしながらも渋々頷く。

「ああそれと、男の嫉妬は醜いわよ?」

いつかのテマリの言葉を借りてからかえば、我愛羅は苦い顔をした後口を噤む。
どうやら返す言葉が見当たらないらしい。
今のは私の勝ちねと笑いかければ、後ろからあらあら、と柔らかな声がする。
振り返れば以前と変わらぬ姿が立っており、サクラはお久しぶりですと柔らかな身体に腕を回す。

「まぁ、あなたあの時の娘さんよね?元気にしてた?」

優しく背を叩く懐かしい感触と、そのふくふくとした笑みを見返しながらはいと頷く。

「その節は大変お世話になりました」

そう言って笑みを向ければ茶屋の女将は嬉しそうに頬を緩めた後、控えていた我愛羅に視線を移す。

「このお方?」
「はい。主人です」

笑うサクラの後ろで紹介された我愛羅は頭を下げる。

「初めまして。妻がお世話になりました」
「いえいえ。まぁ、素敵な方ね。よかったわねぇ」

向けられた柔らかな声と朗らかな笑みに、先程まで僅かばかりささくれていた心が落ち着いていく。
そうして女将の後ろから現れた少年に、我愛羅は改めて挨拶を返した。

「ねえお姉さん。お姉さんのいい人ってこの人?」
「うん。そうよ」

尋ねてくる少年に頷けば、よかったねと純粋な笑みを向けられる。
瞬間我愛羅は自身の心の狭さに罪悪感を覚えたが、知るはずのない少年はニコニコと笑みを向けてくる。

「お兄さんお姉さんのいい人なんだね。もう手を離しちゃダメだよ」
「…心遣い感謝する」

少年の諫言にずきずきと心を痛めながら礼を言えば、女将がコロコロと笑いだす。

「寒かったでしょう?今あったかいもの淹れてあげるからね」
「あ、じゃあ私飴湯がいいです。あの時と一緒の」
「俺は緑茶でお願いします」
「はーい。ちょっと待っててね」

台所に消えて行く背を見送り少年へと向き直るが、少年はよいしょと立ち上がる。

「それじゃあ僕行くね。これから家の手伝いがあるんだ」
「あ、そうなんだ…もっとゆっくりお話ししたかったな」

少し寂しさを覚えながらそう言えば、少年はまた来てよと破顔する。

「お姉さんとお兄さんなら大歓迎だよ!」

それじゃあね!
店を出て駆けて行く後ろ姿にありがとー!と叫べば、幼い頃のナルトのような笑みが振り返り、大きく手を振ってくる。
その姿に我愛羅も目を細めると、あれはいい男になりそうだなと呟く。

「ね?いい子でしょ?」
「ああ。如何に俺が大人気ないかがよく分かった」

心が痛い。
項垂れる我愛羅に笑っていると、茶と菓子を盆にのせた女将が戻ってくる。
サクラの隣に腰かけた女将から茶を受け取りつつ結婚する旨を伝えれば、よかったねぇと心からの笑みを向けられる。

「神様はちゃんと見ていてくださったのよ」
「はい。だから今日はお礼参りに来たんです」

サクラと女将が交わす言葉をじっと聞きながら我愛羅は茶を啜る。
自分もサクラの知らぬところであれこれ走り回った身ではあるが、サクラも己が知らぬ間にこの地で人脈を築いていたらしい。
我愛羅のことを信じて待つだけでなく、自らも行動を起こしていたサクラに本当に頼りになると頷いていると、ねぇと呼ばれ意識を戻す。

「式が終わったらまた来てもいいかな」
「ああ、構わんぞ」

頷く我愛羅にサクラは嬉しそうに笑うと、女将に向き直り写真持ってきますね、と話しかける。
それに対しまぁ嬉しい、と返す女将の顔も楽しそうで我愛羅は知らず頬を緩める。

サクラの実家で体験したのとはまた違う、優しく穏やかな空気が心地好い。
思わず目を閉じたらこのまま眠れそうだなとぼんやり考えながら、サクラと女将の朗らかで楽しそうな会話に耳を傾けていた。




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